VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第5章3幕 新マップ<new map>


 「なにごと?」
 転移門の中心近くにいる少女のようなプレイヤーがこちらに聞いてきます。
 「やー。てれさなさん。『ELS』が張ってるんだよー」
 「戦闘した?」
 てれさな、どこかで聞いた名前です。
 「してないよー。ただ……うん。結界を監視してるっぽいかもー」
 「私が転移門で飛んだら押し寄せてくる?」
 「たぶん」
 ステイシーとてれさなが私には分からない会話を始めたので、私は周囲を見回します。
 ちらほらと見た顔があります。
 私はそちらに歩いていきます。
 「ジュンヤ久しぶり」
 「チェリーじゃねぇか。新マップか?」
 「うん。ハリリンと纏花も久しぶり。ファンダンはいないの?」
 「あー。言いにくいんだがな。あいつはギルドを抜けたよ」
 その情報に私は驚き理由を問います。
 「なんてことはねぇさ。もっと居心地がいいギルドを見つけたんだろう」
 「それはどうっすかね。ファンダンが入ったギルドはかなりルールが厳しい系っすよ?」
 「まぁファンダンが決めたことなら仕方ないよね。私が言えることじゃないし」
 「あたしも」
 いつの間にか隣にいたエルマがそう言います。
 「そんで『虎の子』は現在メンバー5人の弱小ギルドのままだ」
 「5人?」
 もともと『虎の子』私とエルマ、ファンダンがいて、アクティブなプレイヤーが6人のギルドだったはずです。
 加入した人がいるんだ。
 「チェリーは知ってると思うがな。まりりす、レーナン」
 遠くで談笑していた顔なじみの2人をジュンヤが呼びます。
 「チェリー久しぶり」
 「久しぶり」
 呼ばれてこちらに来たレーナンとまりりすとの久々の再会です。
 「2ケ月ぶりだね。久しぶり」
 レベルもかなり上がったようで、装備もグレードの高いものに変わっていました。
 「たまたまクエストで会って、意気投合してギルドに誘ったんだよ」
 ジュンヤがそう教えてくれました。
 「おっとみんな待つっす。そろそろ時間っす」
 ハリリンが左手の手首をとんとんとしながら行ってきます。
 時計つけてないのに。
 「じゃぁ邪魔しちゃ悪いから私達はパーティーのところに戻るね」
 「おう。向こうで会ったらよろしくな」
 「またね」
 顔なじみと会えて少しテンションが上がりました。

 ステイシーの姿が見えないのでサツキとマオのところに戻ります。
 「おまたせ」
 「ジュンヤ達じゃないか。懐かしいね。ステイシーは<聖属性最強>とどっか行ってしまったよ」
 あっ! そっか! てれさなさんってあのてれさなさんか!
 しばらく前に聞いた話を思い出し納得します。
 サツキが聞きたいことを先回りで答えてくれたので、別のことを聞きます。
 「他に高レベルの人はいた?」
 「高レベルなんてものではないよ。誰も彼も二つ名持ちだね。違うのは見送りか、観光かだね」
 言われてみると確かにそうです。
 皆、ハイグレードな装備を持ち、レベルも高そうです。
 まぁ新マップですからね。刺激を求めて、新しいコンテンツに挑戦する気持ちは分かります。私達がそうですし。

 「ごめんよー。おまたせー」
 てれさなを連れたステイシーが戻ってきます。
 「やっと戻ったかい」
 「おかえり」
 「おかりー。何話してたのん?」
 「てれさなさんは結界張りで残るって。しばらくは『ELS』を入れたくないってさー」
 「でもてれさなさんに悪いよね?」
 私がそう言うとにひっと笑ってステイシーが言います。
 「交換条件だよー。てれさなさんは3日ここで結界を張り続ける、僕たちは、3日間全ての情報をてれさなさんに与える。つまりは、パーティー加入ということだよー」
 今回のパーティーリーダーはステイシーだったので、パーティー招待を行っていました。ポヨンという音とともにすぐにてれさなが参加し、私達は久しぶりのフルパーティーとなります。
 「よろしく。たぶんだけど、転移先とチャットはできない。定時報告は12時。夜の。ここにきて」
 「分かったー」
 「すいません。任せる事になっちゃって」
 「気にしない。情報が貰えるならそれでいい」
 てれさなが言い切った瞬間、転移門が光を放ちます。
 「時間。気を付けて」
 「てれさなさんもねー。いってくるー」
 皆が口々に挨拶をします。
 私達は転移門の近くへと進もうとすると足元が奇妙に揺らぐような感覚を覚えます。
 私は立ち続けることが困難になり、尻もちを付きます。
 「あうっ」
 それは他のメンバーも同じようで、何故か仁王立ちして踏ん張っているサツキを除いて皆尻もちを付いていました。
 「ステイシー。まずい転移範囲とかあったっぽい」
 「考えが甘かったー。接触系の転移門とかフープ系かと思ってたー」
 「嘆いても仕方ない。結界が解ける。『ELS』が侵入する」
 『ELS』を足止めする為にてれさなが残るはずでしたが、一緒に転移されてしまったら、もはや打つ手なしですね。
 「すぐ戻るっていうのはダメなんですか?」
 私が声を張り、てれさなに聞きます。
 「それじゃ間に合わない。中で迎え撃つのが得策」
 「新マップの探索よりもPvPが先なんて……」
 私とエルマが似たようなことを嘆いているとふいに体が軽くなり転送が開始されました。

 視界を埋めつくすまばゆい光が晴れ、転送先の光景を見ることができます。
 空は黒い雲に覆われ、地面は生命の息吹すら感じられぬ岩肌、そして身体を焼き尽くす程の高温。
 地獄と言って差し支えないであろうこの場所は『無法地帯 ヴァンディーガルム』という場所でした。
 「≪クール・キーピング・フィールド≫」
 すぐに状況を把握したてれさなが高温によるダメージを緩和するフィールドを作り出します。
 「ありがとうてれさなさんー。状況整理!」
 ステイシーがそう言うので近くに集まります。
 「高温、瘴気、岩盤、推測するに地獄系マップ」
 てれさながそう言い、私達も皆頷きます。
 「混ぜてくれ」
 てれさなの後方から走ってきた『虎の子』のメンバーが会話に加わります。
 「久しぶりだな。てれさな」
 「挨拶してる暇ない。すぐに『ELS』がくる」
 「だな。わりぃ。地獄系マップなら氷、水属性魔法、もしくは聖属性魔法使える奴が緩和フィールド作らねぇとすぐにデスペナだ」
 たしかに、てれさなが作ったフィールドの外に運悪くいたプレイヤーはすでにデスペナルティーになっている様です。
 「かなりダメージがエグイ。俺は最初フィールドの外にいたからわかる。秒間でHPの1割程度だ。10秒前後で死ぬ」
 「ジュンヤそれは本当かい。かなりやばいマップだね」
 「あぁ。っともう話している時間はねぇみたいだな」
 「だから言ったのに」
 てれさながそうつぶやくと、私達の目の前に『ELS』が現れます。
 「はーっはっは。いいねぇ。いいねぇ。最高じゃねぇか」
 『ELS』のマンバーはてれさなの作ったフィールドの外で、ダメージを受ける様子もなく立っています。
 「どういうこと?」
 エルマの疑問にマオが答えます。
 「性向度、ね」
 なるほど……。
 あり得ます。
 性向度がプラスのプレイヤーの為に用意されているコンテンツは腐るほどありましたが、マイナスのプレイヤーの為に用意されたコンテンツはありませんでしたから、このタイミングで実装されてもおかしくはありません
 めちゃくちゃ迷惑ではありますけど。

 私達がそう話している間に『ELS』の連中は近くにいたプレイヤー達を無差別に狩っています。
 高レベルばかりである、この集団を無傷で。
 「300、600、1000。60とかもいる、わ」
 「性向度のマイナス値?」
 てれさながマオに聞きます。
 「ええ。数値が、大きいのが、強力……?」
 「そう言うことかよっ!」
 【聖槍】ではない予備の武器を構えたジュンヤが叫びます。
 「説明してっ!」
 エルマがジュンヤに向かって叫ぶと、こちらを見ずにジュンヤが答えます。
 「性向度のマイナスが1000に近づけば近づくほど強化されるんだよ! プラスがでかければでかいほど弱体化されんだ! しかも……」
 ジュンヤの言葉の続きを纏花が言います。
 「ステータスの弱体化が酷すぎて、高レベルの装備が一切使えませんね」
 だからジュンヤは装備制限のある【聖槍】ではなく、予備の槍を構えているんですね。
 それを聞いた私もいくつかの装備が使えないことを確認します。
 「だから、私の魔法の範囲がこんなに狭いのか。打つ手なし。帰る方法を探す?」
 「それは構わねぇが、『ELS』連中の背後にある転移門まで行かねぇと」
 「しかたありませんね。あまりスキルに頼らない人で道を開きましょう」
 どこからか取り出した刀を抜刀し構える纏花が、私を見ます。
 「チェリーさんも残ってくれますよね?」
 「言うまでもないよ」
 私は装備を転換し、懐かしい短剣と短刀を両手に装備します。
 「あたしも!」
 「エルマはダメだ」
 ジュンヤに止められます。
 「あー! もうっ! わかったよ!」
 ステイシーとマオを立たせたエルマが手を引きながら走り出します。
 「巻き込んじまってすまねぇなチェリー、てれさな」
 「私がいないと皆死ぬ」
 「どこまでやれるかわからないけど、犠牲は最小限で行きたいから」
 ジュンヤの言葉にてれさなと私が答えます。
 「はーっはっは! 面白れぇ。今なら無敵だぜ? 俺たちとやろうってのかい?」
 今いる『ELS』のメンバーの中で一番強いであろう片手斧使いがそう言います。
 「あぁ。まぁ。どこまでやれっかはわかんねーけどよ? やるからには全力だぜ?」
 「おー。こえーこえー。<最強>様は弱い物いじめが大好きってか?」
 そう彼が言うと、ドッと『ELS』が笑い出します。
 「まっ。笑うのは勝手だけどよ……」
 ジュンヤが小さな声で言った言葉は彼らの耳には届かなかったでしょう。
 でも私達には届いていました。

 あんまり俺らを……なめんじゃねぇぞ。

 確かにそう聞こえました。
                                      to be continued...

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