VRゲームでも身体は動かしたくない。
<とある管理者の白河さん 一部>
「白河くん。<Imperial Of Egg>のほうはどうだい?」
「運営に問題はありません。候補者の数も増えてきました」
「そうか。火種の方は?」
「こちらの息がかかった者の先導で行った一件は戦争まで発展し、結果都市が消滅しました。もう一件は水面下で何者かに阻まれ、事件自体が消滅しました」
私と話す男性は、私が勤める[Multi Game Corporation] の社長、最上賢治です。
当時25歳の時、[Multi Game Corporation] という企業を設立し、今ではゲーム産業の中心を担っています。
完全没入型VRゲーム機の開発では他社に遅れを取ってしまいましたが、それを補える高品質のゲームと低価格を実現することで地位を確立しました。
[Multi Game Corporation] では多種多様なゲームを開発運営していますが、その中でも<Imperial Of Egg>が最も開発費、維持費をかけた物になっています。
しかし、パソコンゲームとして稼働していた時期等の情報を当社の他のゲームと比較した際、一番の作品かと言われたら、「違う」という回答が社員の口からはでると思います。もちろん私もその一人です。
社長の考えは、幹部候補の私でもよくわかりません。
「それで候補者は今何人かな?」
「こちらが把握している状態では29名居ります。うち5名がテストプレイヤーで2名は社員です」
「意外と社員が少ないんだね。まぁもうじき社員も増えるんじゃないかな?」
「それは分かり兼ねます」
「最高レベルと最低レベルは?」
「最高レベルがLv.412、最低レベルがLv.166です」
「すごいな。もう4度目の転生まで終えたユーザーがいるのか」
「はい。4名だけですが、突破しています。うち二人はテストプレイヤーです」
「なるほどな。モニタリングのほうもよろしく頼むよ。俺はちょっと中に入ってこようかな」
「はい。いってらっしゃいませ」
くるりと踵を返し、運営部門のフロアから出て行く社長を見送ります。
今日も残業ですか。
日付を超える頃、小腹が空いたので私は社員用の食堂へとやってきます。
「美華夏ちゃん。今日も残業?」
広報部門に所属する同期入社の狩谷真奈美が話しかけてきました。
「真奈美ちゃんも残業?」
「そうだよ。新マップの実装用のトレイラーの作成とかいろいろあってね。TACの方で流す広告もあるし」
「広報部門は大変だね」
「運営部門程じゃないよ。とりあえず食事貰ってきなよ」
「そうする」
私はカウンターまで歩いていき、今となっては珍しい有人社員食堂の定番メニューのきつねうどんを注文します。
ほんの一分もかからず出来上がったうどんをうけとり、お盆に乗せ、真奈美の待つテーブルへと向かいます。
「おまたせ」
テーブルにお盆を置き、ジャケットを脱ぎ椅子の背もたれに掛けます。
「またうどん?」
「好きだからね。そう言えば社長のあの話ってほんとだと思う?」
「あー。あの話ね。信じられないけど、社長ならあり得そうかなって」
「たしかに」
そう二人でクスクスと笑います。
うちの社長は突拍子もない事をやり出す事があるのですが、それがはずれることはありません。
流石は、一代、それもたかが半世紀程度でこれほど大きい会社にしてしまう手腕、といったところでしょうか。
「美華夏ちゃん、恋人は?」
「できるわけないじゃん。毎日午前3時まで残業だよ? 近くにホテル借りてるから3時間は眠れるからいいけど」
「そっかー。どの部署も一緒だね。私も似たようなもんだし」
「うん。この後は?」
「TAC内部で流す新システムの広報ミーティング」
「あ! あのシステムか!」
ずいぶん昔に私が会社に提出した企画書で、実現は難しいという事でお蔵入りしたはずの物でしたが、TACができたことによって実現可能になった企画を思い出します。
「あれは面白いよ。まぁどうなるのかは<Imperial Of Egg>次第だけどね」
「そうだね」
「じゃぁ私食べ終わったから行くね。がんばって」
そう言って右手を顔の高さまで持ち上げる真奈美に私も右手をあげて答えます。
「がんばって」
きつねうどんを胃にしまい込み、少し火照った身体を冷や水で覚まします。
ふぅっと息を吐き、立ち上がってジャケットを羽織ります。
お盆と食器を返却カウンターに返し、私は自分のデスクのある運営部門のフロアまで戻ります。
「白河さん休憩おわったんですか?」
彼は今年入社した新垣という男です。
「ええ。新垣くんも休憩行ってらっしゃい」
「いえ。俺は今日もう上がりなんで」
「あっそうなんだ。気をつけて帰ってね」
「はい。いつも遅くまでお疲れ様です。失礼します」
いいなぁ、と思いつつも運営部門長という立場上早々に帰れないので仕方がないと諦めています。
ではモニタリングと新マップの設定を確認しましょう。
自分の椅子に座り、画面と睨み合いを始めます。
新マップ設定を左の画面に、モニター情報を右の画面に表示します。
今回のモニタリング対象は……候補者ですか。
右のモニターに映る候補者のキャラクターネームをクリックし、今そのプレイヤーが見ている光景を正面の画面に映し出します。
なるほど。パーティーで探検ですか。
候補者がこのプレイヤー以外に2人いるのは驚きです。候補者は全体でまだ30人にも満たないので、そのうちの一割がいるわけですから。
バランスが悪いパーティーですね。
中距離が2人、遠距離が3人。
近距離ができるメンバーをもう一人加えた方が……。
そこまで考えた私はキャラクターの情報を全て確認して納得しました。
なるほど。一人を除いて全員が近距離も兼任できるわけですか。
そして一人のプレイヤーにマーカーを付け、『白河』と記します。
他の候補者達の動向も確認を済ませ時計を見ます。
午前2時を過ぎたところです。
新マップの設定を少しやれそうですね。
徘徊するモンスターのレベルや、〔ユニークモンスター〕の発生条件等を確認します。
上から順に目を通していき、後半部分一度止まります。
『6人パーティー×3のレイド、若しくは、15人以上のギルドでの狩場占拠状態における〔オブザーバーボスモンスター〕発生』
そう書かれている項目を見て私は目を疑います。
どれだけの人数で狩場を占拠しようとも、高レベルのモンスターを召喚する機能などありませんでした。
設定の画面から一度離れ、細かい指示書を開き読み始めます。
ポーンポーンと鐘がなる音が耳に入ってきます。
この音は午前3時を告げる音です。
流石の私もこの辺で上がっておかないと明日に響きます。
やりかけの作業をすべて保存し、いすから立ち上がります。
凝り固まった肩を回し、鞄を手に持ち退勤します。
ホテルまでの短い道のりの間、社長指示書に書かれた内容を再び頭の中で反芻します。
一体あの社長は何を考えているんでしょうか。
明日から増えるであろう業務のことを頭から追い出し、私はホテルのロビーへと入っていきます。
<とある管理者の白河さん 一部完>
「運営に問題はありません。候補者の数も増えてきました」
「そうか。火種の方は?」
「こちらの息がかかった者の先導で行った一件は戦争まで発展し、結果都市が消滅しました。もう一件は水面下で何者かに阻まれ、事件自体が消滅しました」
私と話す男性は、私が勤める[Multi Game Corporation] の社長、最上賢治です。
当時25歳の時、[Multi Game Corporation] という企業を設立し、今ではゲーム産業の中心を担っています。
完全没入型VRゲーム機の開発では他社に遅れを取ってしまいましたが、それを補える高品質のゲームと低価格を実現することで地位を確立しました。
[Multi Game Corporation] では多種多様なゲームを開発運営していますが、その中でも<Imperial Of Egg>が最も開発費、維持費をかけた物になっています。
しかし、パソコンゲームとして稼働していた時期等の情報を当社の他のゲームと比較した際、一番の作品かと言われたら、「違う」という回答が社員の口からはでると思います。もちろん私もその一人です。
社長の考えは、幹部候補の私でもよくわかりません。
「それで候補者は今何人かな?」
「こちらが把握している状態では29名居ります。うち5名がテストプレイヤーで2名は社員です」
「意外と社員が少ないんだね。まぁもうじき社員も増えるんじゃないかな?」
「それは分かり兼ねます」
「最高レベルと最低レベルは?」
「最高レベルがLv.412、最低レベルがLv.166です」
「すごいな。もう4度目の転生まで終えたユーザーがいるのか」
「はい。4名だけですが、突破しています。うち二人はテストプレイヤーです」
「なるほどな。モニタリングのほうもよろしく頼むよ。俺はちょっと中に入ってこようかな」
「はい。いってらっしゃいませ」
くるりと踵を返し、運営部門のフロアから出て行く社長を見送ります。
今日も残業ですか。
日付を超える頃、小腹が空いたので私は社員用の食堂へとやってきます。
「美華夏ちゃん。今日も残業?」
広報部門に所属する同期入社の狩谷真奈美が話しかけてきました。
「真奈美ちゃんも残業?」
「そうだよ。新マップの実装用のトレイラーの作成とかいろいろあってね。TACの方で流す広告もあるし」
「広報部門は大変だね」
「運営部門程じゃないよ。とりあえず食事貰ってきなよ」
「そうする」
私はカウンターまで歩いていき、今となっては珍しい有人社員食堂の定番メニューのきつねうどんを注文します。
ほんの一分もかからず出来上がったうどんをうけとり、お盆に乗せ、真奈美の待つテーブルへと向かいます。
「おまたせ」
テーブルにお盆を置き、ジャケットを脱ぎ椅子の背もたれに掛けます。
「またうどん?」
「好きだからね。そう言えば社長のあの話ってほんとだと思う?」
「あー。あの話ね。信じられないけど、社長ならあり得そうかなって」
「たしかに」
そう二人でクスクスと笑います。
うちの社長は突拍子もない事をやり出す事があるのですが、それがはずれることはありません。
流石は、一代、それもたかが半世紀程度でこれほど大きい会社にしてしまう手腕、といったところでしょうか。
「美華夏ちゃん、恋人は?」
「できるわけないじゃん。毎日午前3時まで残業だよ? 近くにホテル借りてるから3時間は眠れるからいいけど」
「そっかー。どの部署も一緒だね。私も似たようなもんだし」
「うん。この後は?」
「TAC内部で流す新システムの広報ミーティング」
「あ! あのシステムか!」
ずいぶん昔に私が会社に提出した企画書で、実現は難しいという事でお蔵入りしたはずの物でしたが、TACができたことによって実現可能になった企画を思い出します。
「あれは面白いよ。まぁどうなるのかは<Imperial Of Egg>次第だけどね」
「そうだね」
「じゃぁ私食べ終わったから行くね。がんばって」
そう言って右手を顔の高さまで持ち上げる真奈美に私も右手をあげて答えます。
「がんばって」
きつねうどんを胃にしまい込み、少し火照った身体を冷や水で覚まします。
ふぅっと息を吐き、立ち上がってジャケットを羽織ります。
お盆と食器を返却カウンターに返し、私は自分のデスクのある運営部門のフロアまで戻ります。
「白河さん休憩おわったんですか?」
彼は今年入社した新垣という男です。
「ええ。新垣くんも休憩行ってらっしゃい」
「いえ。俺は今日もう上がりなんで」
「あっそうなんだ。気をつけて帰ってね」
「はい。いつも遅くまでお疲れ様です。失礼します」
いいなぁ、と思いつつも運営部門長という立場上早々に帰れないので仕方がないと諦めています。
ではモニタリングと新マップの設定を確認しましょう。
自分の椅子に座り、画面と睨み合いを始めます。
新マップ設定を左の画面に、モニター情報を右の画面に表示します。
今回のモニタリング対象は……候補者ですか。
右のモニターに映る候補者のキャラクターネームをクリックし、今そのプレイヤーが見ている光景を正面の画面に映し出します。
なるほど。パーティーで探検ですか。
候補者がこのプレイヤー以外に2人いるのは驚きです。候補者は全体でまだ30人にも満たないので、そのうちの一割がいるわけですから。
バランスが悪いパーティーですね。
中距離が2人、遠距離が3人。
近距離ができるメンバーをもう一人加えた方が……。
そこまで考えた私はキャラクターの情報を全て確認して納得しました。
なるほど。一人を除いて全員が近距離も兼任できるわけですか。
そして一人のプレイヤーにマーカーを付け、『白河』と記します。
他の候補者達の動向も確認を済ませ時計を見ます。
午前2時を過ぎたところです。
新マップの設定を少しやれそうですね。
徘徊するモンスターのレベルや、〔ユニークモンスター〕の発生条件等を確認します。
上から順に目を通していき、後半部分一度止まります。
『6人パーティー×3のレイド、若しくは、15人以上のギルドでの狩場占拠状態における〔オブザーバーボスモンスター〕発生』
そう書かれている項目を見て私は目を疑います。
どれだけの人数で狩場を占拠しようとも、高レベルのモンスターを召喚する機能などありませんでした。
設定の画面から一度離れ、細かい指示書を開き読み始めます。
ポーンポーンと鐘がなる音が耳に入ってきます。
この音は午前3時を告げる音です。
流石の私もこの辺で上がっておかないと明日に響きます。
やりかけの作業をすべて保存し、いすから立ち上がります。
凝り固まった肩を回し、鞄を手に持ち退勤します。
ホテルまでの短い道のりの間、社長指示書に書かれた内容を再び頭の中で反芻します。
一体あの社長は何を考えているんでしょうか。
明日から増えるであろう業務のことを頭から追い出し、私はホテルのロビーへと入っていきます。
<とある管理者の白河さん 一部完>
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