VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第4章最終幕 購入<purchase>

 「随分綺麗な状態ですね」
 「一度も使われていませんから。今でも二日に一度城仕えの女給や執事が清掃や研修で参ります」
 そうジャンが綺麗に保たれている理由を教えてくれます。
 「ここで住む時の条件としては、定期的な新人女給と新人執事の研修、教育時に場所を提供して欲しいということです。それが王家との契約です」
 つまり、ここに住めば片付けなどはメイドと執事がやってくれるってわけですね。うん。好条件。
 「悪くなさそうだねー」
 「あぁ。ワタシも少しいいかなって思ってしまった」
 「あたしも」
 愛猫姫もコクコクと頷きます。
 皆同じ感想を抱いたようです。他に何かなければここで確定でしょうか。

 ジャンについて行き、この迎賓館を一通り眺めると、彼の言う通り他に欠点らしい欠点は見当たりませんでした。
 「いかがでしたでしょうか?」
 ジャンが私達にそう聞いてきます。
 「部屋数も申し分ない。その上、大浴場、修練場、庭園、私達の要望がすべて反映されている事に寒気さえ覚えるよ」
 やはり何か裏がありそうですね。
 「ジャンさん。何故この物件が今まで売れていなかったのですか?」
 この物件なら買い手はたくさんいるはず。それなのに売られてないという事は何か理由があるはずです。
 「仕方ありません。全てお話します」
 この野郎……。何か黙っていやがったな……。
 「実はこの物件、迎賓館として作られて一度も利用されないまま売られたのです」
 「はい。そこは聞きました」
 「続きがありまして、女給や執事の訓練に用いる以外の利用法がなく、取り壊しも予定されておりました」
 そこまでジャンは一息に言うと私とステイシーの方を見て続きを語り始めます。
 「あなた方二人が亡命してくるまでは」
 「どういうことー?」
 ステイシーが聞き返します。
 「国王様曰く、彼女たちがここ、『ヨルデン』に居を構える事になったら相応の屋敷を用意したいのだ。あっ。ならあの迎賓館そのまんまあげちゃだめ? とおっしゃっていたそうです」
 あっ。ラフな格好で言ってるのが目に浮かびますね。
 「なのでこれはステイシー様とチェリー様にしか公開していない物件になります。こちらの隠密兵がお二人とそのパーティーメンバーの住まいを視察し、より満足の頂けるものに改築済みでございます。如何でしょうか?」
 言い終わったジャンはこちら全員を見回しながら確認を取ってきます。
 「そう言うことならここにするよー。最初から言ってほしかったんだけどー」
 「私もここでいいかなって。最初から言ってほしかったけど」
 ステイシーに続いて私も返事をします。
 「では契約に移りましょう。一度仲介所へ戻ります」
 そう言って歩き出すジャンの背中に短剣でも突き立ててやろうか、等と物騒なことを考えながらも付いていきます。

 「ただいま戻りました」
 「おかえりなさい」
 ルメリアが茶菓子を食べながら迎えてくれます。
 「例の物件に決めてくださいました」
 なんでジャンはルメリアに敬語なんだろう。皆に敬語なのかな?
 「良かったです! では伯母様に伝えに行ってまいります!」
 ん? 伯母様!?
 「あぁ言っていませんでしたっけ? ルメリアさんは現妃様の姪でございます」
 「…………」
 私だけでなく、皆黙り込んでしまいます。
 上手く手のひらの上で踊らされました。
 「改めてご挨拶致します。私はキャリアロ・ルー・ルメリアと申します」
 突然の王族との会話に皆一様に緊張し、やっとのことで自己紹介を終えます。
 「では報告に行ってまいります!」
 ぴゅーんと走り抜けていったルメリアを見送り、契約の準備に入ります。

 「はい。確かに完了です。では販売手数料込みで5000万金頂戴します」
 「安くないですか?」
 「ええ。物件自体は無料なのです。しかし増設に掛かった費用とセカンドハウスの手数料がありますので」
 私とステイシーが1500万金ずつ支払い、エルマとサツキが1000万金ずつ支払いました。愛猫姫にはお金持たせてないですから。
 「確かにお預かりいたしました。ではあちらの御屋敷をご自由にお使いください。何かあれば、玄関横にあります黄色いベルを鳴らしてください。王宮から女給が飛んできます」
 「あ、はい」
 「では『ヨルデン』での良い暮らしを」
 「ありがとうございます」
 私達が仲介所を出て、新居へ行こうと扉を開けるとジャンが背中に話しかけてきます。
 「言い忘れてました。ステイシーさんとチェリーさん、エルマさんの亡命扱いは現時点を持って終了です。正式に国民となりましたので、これからは不自由ないと思います」
 「あのさぁ……」
 「なんでしょうか?」
 「先に言えよ! 大事なことだろ!?」
 私はついに声を荒げてしまいました。
 「はっはっは!」
 「ジャンお前背中に気を付けろよ! いつか刺されるからな!」
 笑い出すジャンにそう言葉のナイフを投げ、私達は仲介所を後にします。

 「まぁ色々思うところはあるんだけれど、これで拠点が出来上がったわけだね」
 サツキが門の前でそう言います。
 「そうだね。あとは部屋割りとか諸々を決めようか」
 「大浴場が男と女で別れてるのて最高じゃないー?」
 「ステイシー長風呂だもんね。あたし角部屋がいい」
 「とりあえず中に入ろうか」
 
 各々気に入った部屋を自分の部屋とし、分かりやすいようにネームプレートを設置しました。
 1階には個室がなかったので2階から4階までで選びました。
 一階を除く各階の庭側に二部屋ずつあるようでしたので私は二階の階段近くの部屋を占拠します。
 ステイシーは3階の階段近くを、愛猫姫は書庫に近い3階の奥を、エルマは4階の階段近くを、サツキは4階の奥を選びました。
 部屋の大きさや家具の配置はほとんど変わらないのであとはその階に何があるかで決めた形になります。
 ちなみに2階はお風呂が近いです。
 一階には食堂、遊技場、応接室、地下への階段があります。
 二階はお風呂、三階は書庫、4階は多目的ホールのような場所がありました。
 各々探検や場所の確認を済ませ、食堂で合流します。
 「思った以上だよ。正直メインの家にしたいくらいだ」
 「読みたい、時、そこに本が、あるのは、いいわ」
 「お風呂広かったー」
 「地下の修練場の近くに貨物室と武器庫があったんだけど、そこにストレージをたくさん置いてきた」
 意外と皆住みやすそうですね。
 「このあとどうする?」
 「特にやることないし、ご飯でもたべにいこっか?」
 私がそう聞くとエルマが返事してきます。
 「それもいいんだがワタシは少しリアルにもどらなきゃ言えないから皆で食べていてくれ。ということでお先に部屋に帰るよ」
 サツキは椅子から立ち上がり階段へ向かって歩き始めました。
 「僕もちょっとやることがあるから出かけてくるー」
 「行ってらっしゃい」
 「行ってらー!」
 「いって、らっしゃい」
 ステイシーもどこかへ行ってしまいました。
 「三人で食べにいこっか」
 「そうだね」
 「それが、いいわ」
 私とエルマ、愛猫姫で食事を取るために一度屋敷から出ました。

 中央市街を歩き、美味しい食事処を探します。
 「どこかいいお店知らない?」
 エルマが私に聞いてきます。
 「実は『ヨルデン』のお店あんまり詳しくないんだよ」
 「そっか。なら掲示板で聞くか」
 そう言ったエルマがポチポチと掲示板をいじり始めます。
 「マオはどう? 気に入った?」
 「ええ。気に入った、わ。とっても」
 「良かった。なんだかんだマオと一緒にいるようになってから落ち着いた時間あんまり取れてなかったし、しばらくは何もしないでグダグダしてたい気分」
 「わかる、わ」
 「あたしも。色々と巻き込まれちゃったもんね。美味しいらしいお店があったからそこにいこう。こっち」
 エルマがそう言って歩き出したのに私達はついていきました。

 「そんなこともあったね」
 入ったレストランで食事を食べ、デザートを食べながらVR化した後に起きた出来事を語り合っています。
 「そうだった、の?」
 「うん。私も最初はマオが黒幕だと思って、絶対デスペナにしようと思ってた」
 「あたしも。でもステイシーとチェリーの怒りがやばくて冷静になってた」
 「でも正直そのあとの『ヴァンヘイデン』の対応のほうがやばかったよ」
 「わかるー」
 そんな話をしながら怒涛の2ヶ月間を振り返りました。

 屋敷へと帰る道すがら、今後の事も話しています。
 「チェリーはこの後何かすることあるの?」
 「なにもないかな。レベルあげたくなったらあげるくらいかな」
 「いま何レベル?」
 「全くレベル上がってないからLv.334のままだよ」
 「ほー。ステイシーが確かLv360超えたはずだから結構離されちゃったね」
 「別に気にしないよ。エルマは?」
 「あたしはLv.341だね」
 「エルマも高いね」
 「まぁね」
 「マオは、Lv.189よ」
 「おお! 結構上がったね」
 「ふふん」
 「んじゃあ当分大きな目的とかは無いね」
 「そうだね。VR化前とあんまり変わらない感じになるかな?」
 「うん。そう言えばチェリーVR化直後に比べたら結構動くようになったよね」
 「確かに動くようになったかな。慣れてきたって感じだけどね。バイク手に入れたししばらく楽はできそう」
 「どうしよう逆戻りしちゃったら……」
 「その時は、その時、よ」
 「だね」
 三人で笑いながら話し、屋敷へと帰ってきました。

 「ステイシーとかサツキとかにもちゃんと聞いておかないとね」
 「そうだね。あっ私も一度リアルに帰って食事取ってくる」
 「ならあたしも」
 「マオもいってくるわ」
 「じゃぁまたあとでね」
 私達はそこで別れ、各自の部屋へと入っていきました。

 「ふぅ」
 頭に付いた専用端末を外し、私は息を吐きます。

 長かったようで短かったな。この二か月。
 次に何をすればいいかとかもわからないし、VR化前みたいに惰性で遊ぼうかな。でもバイクで試したいこともあるかな。まぁそれは気が向いたらやろう。

 ベッドから立ち上がり、いつものように食事をとりシャワーを浴びます。

 やっとゲーム内でも落ち着いてきたし、平和でいられるといいな。

 シャワーを浴びながら私はそう思いました。

<第4章完>

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