VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第4章10幕 二段構え<two-stage preparation>


 私は気絶という状態異常にかかり、いま何が起こっているのかを認識することができません。タイミングを見計らってステイシーやエルマが気絶を解除してくれることを祈るばかりです。
 気絶という状態異常は、ゲーム内で睡眠を取るときに近いです。目が開けられず、そして音も聞こえません。しかし、掲示板を見たり、インベントリは確認できます。この辺が睡眠との違いになるでしょうか。
 起こしてもらえるまでの時間に私はインベントリに先ほど倒したであろう〔流体金属傀儡 L・M・D ディージー〕のドロップ品を確認します。
 するとインベントリには〔L・M・D ディージーの核〕というものが入っていました。〔ユニークモンスター〕からのドロップですと、そのモンスターの個性を受け継いだ武具や素材が落ちるので、先ほどのやつは〔ユニークモンスター〕に違いありません。〔核〕なので魔法系の武器が作れそうですね。

 インベントリを確認していると頭の中に声が響きます。
 「チェリー。おきてー。≪キュア≫」
 ステイシーの声ですね。
 真っ暗だった視界が明るくなり、意識が戻ります。
 「ありがとう。状況は?」
 「見ての通りさー」
 辺り一帯にデコボコとした穴が開いており、前衛のエルマがうまく球体を交わしています。
 「〔流体金属操者 L・M・P エムティー〕……」
 「二段構成の〔ユニークモンスター〕だったみたいだね」
 「そういうことか……」
 〔流体金属傀儡 L・M・D ディージー〕を倒すとその操り手である〔流体金属操者 L・M・P エムティー〕が出てくるわけですね。
 「でもなんで今まで情報がなかったんだろう」
 「みんな倒してすぐ転移で帰っちゃってたからかなー?」
 「かもしれないね。っと、戦闘に加わらないと」
 「僕の雷魔法はほとんど効かなかった。エルマの火魔法もあいつの風魔法を効果薄だったよー」
 「なら私の闇魔法は行けるかな?」
 「試してみてー」
 「わかった。エルマ!」
 そう一声掛け魔法を発動します。
 「≪シャドウ・スピア≫」
 エルマの横を抜けた魔法が、一直線に球体を貫きます。
 しかし、手ごたえはほとんどなく、驚きます。
 「駄目。あまり効果がない」
 「魔法には耐性があるのかな」
 「じゃぁちょっと斬ってくる」
 私はそう言って腰にさしてある【神器 チャンドラハース】を抜刀し、≪スライド移動≫を発動させます。
 「≪アジリティー・アップ≫、≪アタック・ゲイン≫」
 ステイシーの支援魔法を受けた私は球体目掛け飛びます。
 「っはっ!」
 球体を一閃します。
 スパッと真っ二つに斬ることはできましたが、すぐにくっつき、球体の姿に戻ります。
 「手ごたえ無し。液体か…・・個体にするしかないね」
 私のつぶやきが聞こえたからでしょうか、すぐさまステイシーが氷属性魔法を発動します。
 「≪フリーズ≫」
 温度を下げて個体にしようとしますが、今までの攻撃は避けようともせずに当たっていたのに、この≪フリーズ≫だけは俊敏な動きで回避しています。
 ということは……。
 「≪アイス・ドーム≫」
 氷属性の魔法で球体を閉じ込めます。
 「ステイシー!」
 「≪フリージング・バレッタ≫」
 私が作り出した氷魔法の牢獄の中に複数の棘が生まれ、なんとか回避しようとしていた球体を縫い付けます。
 「「≪フリーズ≫」」
 そして私とステイシーが同時に氷魔法を発動し、氷のオブジェを作ります。
 「よしー。うまくいったねー」
 「でも倒せてないよ」
 「そうだねー」
 「なら砕いちゃえば?」
 そうエルマが言います。
 「でも砕いたあとの破片が合体して復活されたら面倒だよー?」
 「あっそっか」
 「氷が、溶けない、ように砕い、たら?」
 「なるほどー」
 「じゃぁ凍らせ続けるね。≪フリーズ・サステイン≫」
 「えい」
 愛猫姫が持っていた鉄扇で氷を砕きます。
 「えい、えい」
 STRのせいかなかなか壊れませんね。
 見かねたエルマがパンチするようです。
 「はっ!」
 花瓶が落ちて割れるような音を立て、氷が砕けました。
 「すごい、力」
 「ふふーん。これでもSTRは100以上あるからね!」
 すいません。私はその4倍です。
 ゴリラ女の汚名を着せられたくないので黙っていることにします。
 「討伐アナウンスでた?」
 エルマにそう聞かれ、ログを確認しますが、討伐のアナウンスは出ていないようです。
 「でてないねー」
 「でてない」
 「でてない、わ」
 「じゃぁまだ生きてるってことか!」
 念のため≪フリーズ・サステイン≫は発動しっぱなしでしたので、まだ活動はできない見たいですね。
 地面に落ちた欠片を、冬場凍った水溜まりを砕いて歩く少年のようにエルマがぐしゃぐしゃと踏んでいきます。
 いいなー。楽しそう。
 
 『〔流体金属傀儡 L・M・D ディージー〕及び〔流体金属操者 L・M・P エムティー〕の討伐を確認しました。ユニーク素材〔L・M・D ディージーの核〕及びユニーク素材〔L・M・P エムティーの核〕をインベントリに獲得しました。』
 「どっちも〔核〕だった」
 私がそう告げるとエルマが自慢げに獲得した装備品を見せてくれました。
 「【L・M・Pコート】をもらった!」
 金属の光沢がほどほどに残っているロングコートを入手したようです。
 「MPを流すと形を変えられるらしい。ちょっとやってみよ」
 むむむっとと目を閉じ、念じています。
 そしてコートをマフラーのように変形させました。
 「おお!」
 「おー!」
 「かわいい、わ」
 「結構便利かも?」
 そう言った次の瞬間、マフラーを剣状に変化させていました。
 「すごい!」
 「チェリーちょっと斬ってみて!」
 「いいよ」
 そう言われたので握ったままだった剣で軽めに斬ります。
 スパッと軽快な音を立て、エルマの持っている剣がきれいに斬れていました。
 「ハリボテかよ!」

 おとなしくマフラーの形状に戻したエルマを慰めつつ、海を凍らせて『海上都市 ブラルタ』まで帰ってきます。
 船を造ると言って何度も沈めてふてくされるエルマは放っておき、手に入れた情報を情報屋に伝えます。
 「……という感じでした」
 「なるほどネー。うンうン。助かったヨー。これでこの情報が売れルー。気持ち程度だけどとっておいてヨー」
 そう言って私に一枚の紙を渡してきます。
 「これは?」
 「君が欲しそうな情報だヨ。本当なら10万金は取るところだけどタダでいいヨ」
 そう言われて紙を見ます。
 『『精霊都市 エレスティアナ』精霊駆動式二輪車入手クエスト』
 と書かれています。
 「これは!」
 「行くんでしョ? なら持っていきナ!」
 「ありがとうございます!」
 「いいノいいノー。じゃぁまた何かあったらお願いするネー。バイバイー」
 そう言ってマントをかぶり姿を消してしまいました。
 「チェリー。何貰ったのー?」
 「『エレスティアナ』の精霊式二輪車の入手クエストの説明」
 「おー! いいものもらったねー」
 「うん。正直これは助かる」
 「あたしに感謝してよ! それ取り付けたのあたし!」
 「そうだったんだ! エルマありがと!」
 「ええやでー!」

 情報屋に報告を終えた後、『海上都市 ブラルタ』の刺身がおいしいと評判のお店に行き、早めの晩御飯を食べました。
 サツキと合流して旅に出るのが楽しみです。
 エルマはちょくちょくTACの方でサツキと遊んでいるらしく、今日この後待ち合わせをしていると言っていたので、愛猫姫とステイシーにもTACの導入を勧め、一度ログアウトしました。

 現実世界で処理しなければいけないものを処理し、TACにログインします。
 そして<窓際の紫陽花>のルームへと飛ぶと早くもステイシーがログインしていました。
 「おー? チェリーだねー? あっちとそんなに大差ないからわかりやすかったー」
 「うさ耳生えてるけどね。ステイシーはちょっと意外かも」
 <Imperial Of Egg>のアバターは中性的というかほぼ女性のような見た目の男性キャラを使用していましたが、TACでは顔がより男性っぽくなっており、身長も少し伸ばしているように感じます。
 「体格は現実とあんまり変わらないようにしてるー。こっちでも買い物できるみたいだしー」
 「わかる」
 「おまたせ!」
 そう話しているとエルマも<窓際の紫陽花>のルームへやってきました。
 「ごめんね。愛猫姫が見つけられなくて遅くなっちゃった」
 そう言ったエルマの後ろからひょっこり愛猫姫が顔を出します。
 「おまた、せ」
 <Imperial Of Egg>に比べ少し背が低くはなっていますが、胸は二回りほど大きくなっています。顔はほとんど<Imperial Of Egg>とかわりありませんね。
 「お……おお……」
 私の視線が胸に行っていることに気が付いたのか、少し頬を赤らめ、愛猫姫は答えます。
 「体型も、顔も、現実とほとんど、変わらない、ようにした、わ」
 「えっ!」
 つまり、愛猫姫はほとんど現実と変わらない顔で<Imperial Of Egg>を遊んでいるということですね。
 なかなか勇気がありますね。
 「あら? あなたのこと、見たこと、あるわ」
 そう言ってステイシーの方へ歩いていきます。
 ステイシーは「じゃー」と言ってどこかへ走り去っていきました。
 「あとはサツキが来たら愛猫姫と初顔合わせだねー」
 「……。マオ、でいいわ」
 「わかった。じゃぁ今度からそう呼ぶね」
 少し嫉妬のようなものを感じつつ、サツキのログインを待ちます。
                                      to be continued...

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