VRゲームでも身体は動かしたくない。
第4章4幕 脱獄<prison break>
んー。警備が厳重ではないですね。
あれほどの騒ぎがあったのに警備を増員しないなんて……。
まぁ忍び込むには好都合ですけど。
「オムニ上官! 交代の時間です!」
「うむ。ご苦労。不審者なし」
「はっ!」
衛兵の声がしたので物陰に隠れます。
オムニと呼ばれた男性がこちらに向かって歩いてきます。
まずいですね。一瞬目を使えなくして切り抜けても交代でやってきた衛兵に見つかる可能性がありますね。
屋内なので≪影渡り≫も使えませんし。
うーん、と頭を捻っているとオムニが踵を返して先ほど交代でやってきた衛兵の元へ戻ります。
理由はわかりませんが、好都合ですね。
「≪静かなる殺戮≫」
小声でスキルを発動します。
10秒間は発見されないので急いで通り抜けようとします。
「本日22時より通達してあった秘密演習を行う。悟られぬように配置に着くように」
秘密演習?
そんな会話が耳に届きますが、それどころではないのですぐ通り抜けます。
第一関門突破といったところでしょうか。
これで地下まで降りれますね。
足音を立てないように、石の階段を下りていきます。
すこしジメジメとした空気が漂い始め、まさに地下牢といった雰囲気です。
階段を下り切った先には独房への出入りを管理する人物がいるようです。
居眠りしてますけど。
足音を立てないように近づきます。
警備交代表と書いてある紙を見つけることができたので、こっそり覗き見ます。
表を見ると4人で独房全体を監視していることが分かりました。
つまりこの4人をどうにかしないと独房からエルマを取り出して、ダミーと入れ替えることが難しいでしょう。
よし。
そこで居眠りしている人にはもっと長く寝ていてもらいましょう。範囲を極小範囲に限定し、効果時間をなるべく長くして発動します。
「『眠レ 我ガ歌ニテ』≪スリープ≫」
【神器】を装備していないのでそこそこ大きいMP消費になってしまいましたね。
左手の手袋をスルッと外し、ポイと床に放ります。
『ステイシー』
『どっちのー?』
『マオの方。転移先は左手のグローブで』
『おっけー』
ステイシーにチャットを送って愛猫姫を送ってもらいます。
「ふぅ。物、扱い」
「ごめんね」
「いい、わ。あら。よく、寝てるのね」
「魔法で眠らせた」
「便利、ね」
「この先に4人監視がいるみたいだからそれを何とかしてほしい」
「わかった、わ。目標が、わからないと、発動できない、の」
「どうすればいい?」
「姿、形、がわかれば、だいじょうぶ」
なるほど。となると……。
無属性魔法でうってつけのがありますね。
「≪クレヤボヤンス≫」
初めて使う魔法ですが、便利ですね。
壁の向こう側が全部見えます。
「えっと、≪感覚同調:視界〔対象:愛猫姫〕≫、発動」
「よく、見えるわ」
「それで大体わかる?」
「だいじょうぶ、よ。いく、わ≪全ては私の虜≫」
愛猫姫が【傾国美人】に備わっているというスキルを発動しました。
≪クレヤボヤンス≫で状況を見ている私はおかしさに吹き出しそうになります。
愛猫姫は4人を操作し、組体操を始めました。
「もう、感覚同調はいらない、わ。あとは、まかせて」
「お願い! すぐ連れてくる」
愛猫姫にそう告げ、私は走り出します。
≪クレヤボヤンス≫を発動しつつ、エルマを探します。MPポーションも飲みつつですが。
しばらく進むと、私を呼ぶ声が聞こえてきました。
エルマにしては野太く、男っぽい声ですね。
「チェリー。俺だ!」
「? どちら様?」
「だぁ! 諭吉だ! 諭吉! 忘れちまったのか?」
「? どちら様?」
「おいおい……まじで言ってんのか?」
「冗談です。どうしてこんなところにいるんですか?」
本気で誰だがわかりませんけど、それっぽく話を合わせておきます。
「いまちょうどログインしてきたところなんだ、色々あってな。簡単に言うとこの国の姫さんを守ろうとして城に入ったら捕まった」
「それは……ご愁傷様です」
「だしてくんねーか?」
「いいですよ。でも少し待ってください。私の親友が先です」
「わかった。その先に脱獄対策の魔法陣が仕掛けてある。解除しながら進め」
「と言っても解除するためのスキルを持っていません」
「……。駄目だ。俺を先にだせ」
「どうすればいいですか?」
「このエリアの監視担当の野郎が鍵を腰に着けてる。それを奪ってきてくれ」
「わかりました」
『マオ、まだ持ちそう?』
『あと5分、持たない、わ。思ったより、激しいの。抵抗が』
『わかった』
「すぐに取ってきます」
そう諭吉に告げ、来た道を引き返します。
そして組体操で汗を流している4人の元までやってきました。
どれがどの区画だかわからないんですよね。仕方ありませんね。全部持っていきましょう。
そう思い、鍵がいくつか連なっている輪に手を伸ばします。
ベルトにしっかり括り付けられていますね。
めんどくさいのでベルト切っちゃいましょうか。
右手に持った短刀で4人分のベルトを引き裂きます。
そのタイミングで愛猫姫が組体操の形を変えたので監視人のズボンがズルっと落ちますが、見なかったことにしましょう。
トトトっと走り諭吉の場所まで戻ってきます。
「鍵、取ってきました」
「パシっちまって悪かったな。今度旨いもん奢るよ」
「それより仲間の脱獄手伝ってくれるんですよね?」
「たりめーだ。とりあえず2つ束をよこせ。この牢の鍵を見つけねぇと」
「そうですね。ではこの二つ、お願いします」
「おう。番号が書いてあるな。チェリー。この牢をそちら側から見て番号は書いてあるか?」
「えっと……」
私は通路側から牢を見回します。
すると牢の上部に166と書かれているのが見えました。
「166って書いてある」
「166か。200の束と300の束か、チェリー1の束から探せ」
「なるほど。わかりました」
すぐに1の束をカチャカチャし、166の鍵を見つけ出します。
そして牢の扉に差し込むとカチリと鍵の開く音が聞こえ、扉が開きます。
「助かったぜ。牢から出ればスキルが使えるからな≪トラップ・サーチ・アイ≫。いいぞ。親友はどこだ?」
「まだ見つけていません」
「ここは軽犯罪の1区画みたいだからな。もっと奥か。とりあえず行くぞ」
そう言って走り出す諭吉を追いかけます。
「止まれ!」
そう言われ前に出していた左足でブレーキをかけます。
「どうしたんですか?」
「これは解除したらばれる類のトラップだ。どうするか……」
「トラップ自体を飛び越えるのは?」
「多分大丈夫だ。でも転移系じゃねぇと」
MPが少ないですけど短距離なら大丈夫でしょう。
「≪ワープ・ゲート≫」
「MP大丈夫か?」
「【神器】を装備していないのでちょっときついです」
「連発と長距離は無理か。とりあえずいくぞ」
そう言ってゲートに入る諭吉を見つつ、時間を確認します。
あと2分ないですね。急がないと。
解除がばれるトラップは区画の間に設置されているようで、2区画と3区画をまたぐ場所にも設置されていました。そこも≪ワープ・ゲート≫で抜けましたが、本格的にMPが足りなくなってきました。MPポーションでの回復が追いつかないですね。
「諭吉さん。次の3区画と4区画の間は転移できません。そこで転移しちゃったら親友回収した後、すぐに逃げ出すMPが足りません」
「そうか。その時は奥の手を使う。ゲートは出してくれ」
残り時間1分を切り、焦りも最高潮になってきます。
「あそこが4区画目の入り口みたいですね」
「あぁ。ちっ! そうきたか」
「どうしたんですか?」
「転移系でも感知される。解除もダメだ」
「ならどうします?」
「この系統なら……いけるか……」
「?」
「チェリー。手を出せ」
「? こうですか?」
「すまねぇ。≪マジック・トランスポート≫」
私のMPが急速に回復していきます。
「MPをすべてやる。ダミーか何かだせるか?」
「うん」
「人型で何か出してくれ。中身はスカスカでかまわん」
「わかった。≪フレイム・ドール≫」
最もMP消費が少ない火属性魔法で分身を作り出しました。
「借りるぞ……。あつ!」
そう言った諭吉が人形を抱え、ポイっとトラップに投げ込みました。
「えっ!」
驚いている私の腕を掴み、諭吉がその人形の上に飛び乗り、私を奥に投げ、再び飛びます。
「これで大丈夫だ」
「トラップ作動しちゃいましたよ!」
「平気だ。これは発動したことが他の人には知られない物だ。即死トラップと言える。多分ごく一部の者しか知らない上に、最近設置されたみたいだ」
「そ、そうなんですか」
「何はともあれ、4区画だ。敵影はなし、トラップもなし。怪しいな」
「のこりの時間があと30秒無い……」
「お仲間には撤退指示を出せ。捕まるのが増えるだけだ」
「わかった」
『ステイシー』
『人形かなー?』
『いや。その前にマオを≪シフト≫で戻して』
『しくじったー?』
『トラップが大量で進めなかったの』
『わかったー』
『マオ。一回≪シフト≫でステイシーのところに戻ってもらううね』
『わかった、わ。もう、限界』
『ごめんね』
『気に、しないで』
「撤退を指示しました」
「早いな。監視人の意識を奪っているんだろ? ならこの4区画まで戻って来るのにもう2、3分は余裕があるか?」
「だといいですね」
4区画は隣の牢との距離が離れており、捕まった人同士でも楽に会話ができない作りになっていました。
「チェリーの親友はどんな罪ではいってる?」
「反逆罪、だそうです」
「反逆罪? その程度で4区画はやりすぎだ」
「さぁ? 私を重罪人にできなかったのが癪で腹いせにやってるだけだと思いますけど」
「お前……なにしたんだ?」
「国からの依頼で他国を消し飛ばしました」
「国の依頼でそれか。腐ってやがるな」
「わかりませんけどね。最初から捨て駒のつもりだったようですし」
「けっ! 胸糞悪いぜ。おっとあそこじゃねぇか?」
一つだけ灯りのついている牢がありました。
それを確認した私は急いで向かいます。
「チェリー!」
「エルマ! 来たよ!」
牢の番号を確認し、鍵を開け、右手の手袋を投げ込みます。
『ステイシー』
『人形の方だねー?』
『お願い』
私が放り込んだ手袋と入れ替わるように人形が出現します。
「よしこれで作戦完了かな?」
エルマがそうニッコリ笑っていますが、私のカンがこれで終わらないことを告げています。
「…………」
凄い殺気ですね。
「エルマ。諭吉さん。逃げて。≪ワープ・ゲート≫」
「えっ?」
「おいていくわけにいかないだろ!」
「いいから早く。お願い」
「わ、わかった」
「気をつけろよ。多分最終兵器レベルだ」
諭吉は【称号】的にこちらに近いみたいですね。
ゲートを潜り抜けたことを確認し、そのゲートを閉じます。
そして私はいつもの武器に持ち替えます。
『グオアアアアアアアアアアアアア』
こんな化け物を野放しに……。
あぁ。即死トラップはこいつの封印解除も兼ねていたのかもしれませんね。
「トラップを発動させてしまったのは私の責任ですね。では私と本気で試合ましょう。ダーロン」
私は目の前に立つ化け物にそう声をかけます。
to be continued...
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