VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

間章11幕 TAC<team avatar chat>


 「智恵理お嬢様、もうすぐ到着でございます」
 和久井にそう言われた気がしたので顔を起こします。
 「おはようございます。お疲れでしょうから、お荷物は私がお部屋までお運び致します」
 「おはようございます。荷物は自分で運ぶので大丈夫ですよ。少ないので」
 「かしこまりました。ではもう少々おまちください」
 「はい」

 それから数分細い道を進むと、エルマの実家が見えてきます。
 つまり私の家の近くですね。
 「まさか智恵理お嬢様が私の遠藤家の向かいだったとは意外でした」
 「ええ。私も初めて瑠麻さんから聞いたときはとてもびっくりしました」
 「使用人皆、驚いておりました。世間は狭いですね」
 「そうですね」
 「では到着いたしました」
 「はい。エルマ」
 そう言ってエルマの肩を揺すります。
 「うーん」
 「私の家に着いたから、降りるよ。誘ってくれてありがとね」
 「ふぁ! もう着いたの!?」
 「そうだよ」
 「わかった! じゃぁまた連絡するね!」
 「うん。またね」
 「またね」
 私はエルマに挨拶をし、車から降り、和久井から荷物を受け取りながらここまで送ってくれた和久井にも礼を述べます。
 「三日間ありがとうございました」
 「いえ。仕事ですので。また私共にお世話させてください」
 「機会がありましたらお願いします。ではこれで失礼します」
 そうして我が家に帰るため階段を上ります。
 電子ロックを開錠し、三日ぶりの我が家の空気を胸いっぱいに吸い込みます。
 うん。埃っぽい。
 ケホケホと多少せき込みつつ、荷物を片づけます。
 来ていた服を脱ぎ、モコモコのパジャマに着替え、洗濯機に放り込み回します。
 そして溜まっていた宅配物を片づけたり、賞味期限が近くなった牛乳を飲んだりしていると、再び睡魔がやってきたのでベッドでもうひと眠りすることにしました。
 
 たかが三日ぶりですが、とても懐かしく感じますね。
 自分の匂いが染みついた、妙に安心感のあるベッドに潜り込むと、その安心感故か、すぐさま夢の世界に引っ張られていきました。

 ふっと夢から覚め、時計を確認します。
 夜の11時を回っていました。
 空腹を感じたので、自動調理機を起動し、食事を用意します。
 味に頓着しないほうでしたが、最近は現実でも、<Imperial Of Egg>の中でもおいしいものを食べていたので少し味気なく感じてしまいます。機械のコーヒーも雑味が目立つような気がして少し気落ちします。
 いえ。贅沢していた私が悪いのです。
 とはいっても、また二、三日すれば慣れてしまうと思うので平気なんですけどね。
 そしてやはり<Imperial Of Egg>の掲示板やニュースを見る気にはなれなかったので、いつも通り動画サイトを見たり、携帯端末のアプリゲームをやったりして時間を潰します。
 数時間が立っても睡魔がやってこないのは当たり前なので、久々に資産を増やすことにしました。
 専用のツールを起動し、株価や為替を逐一チェックします。
 そしてこれから値上がりが起こりそうな企業の株を買い、値下がりしそうな企業の株を手放します。
 資産が増える前は寝ずに何時間も張り付いていたものですが、ある程度増えてくると一日数分から数時間のチェックで維持できるのは楽でいいですね。
 少し間違いを犯したらもう首くくるしかなくなってしまいますが。あまりリスキーな取引はしていないのでまだ大丈夫でしょう。
 <Imperial Of Egg>の開発運営会社の株価が上がりそうだったので少し買っておきました。
 これだけのクオリティーのゲームを生み出せる企業ですからね。もっと高くなるでしょう。
 株の取引を終了した私は、半ば趣味と化した為替トレードを行います。
 ぱっと見た感じですが、円が少し安くなっていますね。
 そう思い、ぱっぱと取引をしていると携帯端末にメッセージが届きます。
 
 『はろーチェリー』
 『はろーエルマ』
 『なにしてたのー?』
 『株のチェックとか諸々してたよー』
 『ほうほう。やるねー』
 『エルマは何かしてた?』
 『いや。今起きたところなのー』
 『そっか』
 『VRC何か入れてる?』
 VRC……VRチャットツールのことですね。
 『何個か入れてあるよ』
 『新しく配信されてるTACっていうツールがあるんだけど、それでちょっと話さない?』
 『わかった。すぐ入れるね』
 『よろしくー。入れたら<窓辺の紫陽花>っていうグループがあるからそこに加入申請送っておいてー』
 『わかったー』

 そのメッセージを見ながらTAC、チームアバターチャットという好きなアバターを作り会話することのできるVRチャットツールを導入していました。
 公式のページをよく見ると色々な拡張があるものらしく、ソフト内でトランプをしたり、ボードゲームをしたりもできるそうです。私の趣味のTRPGの拡張とかもありました。こちらはゲーム内に入ってからでも拡張を入れられるみたいなので、とりあえずソフトだけ導入しておきます。
 そして<Imperial Of Egg>の専用端末が互換性を持っていたのでそのまま被り、TACを起動します。
 
 『アバターの生成を行います。』
 『アバターは10種まで保管することができます。』
 
 そう表示が出ている真っ暗な空間に私は立っていました。
 正面に色々なデフォルトアバターが表示されており、そちらを基準にアバターを生成するようですね。
 私は兎が好きなので兎耳の亜人を制作します。
 デフォルトから人型を選択し、体型を自分と同じ程度に設定し、メイド服を着せ、兎耳を生やします。
 結構バリエーションが多いので、暇なとき作るのはたのしいかもしれませんね。10種類まで保存できるみたいですし。
 
 『ニックネームの設定をしてください。』
 ニックネームですか。チェリーでいいでしょう。
 そのままチェリーと入力します。
 『重複確認します。』
 『使用可能なネームです。』
 『アバターの生成を完了しますか?』
 
 YESと書かれたボタンを押し、キャラクターの生成を完了しました。
 すると東京の秋葉原のような場所にポンと転送されます。
 おお。現実と大差ないですね。
 チュートリアル的な物があり、ツールのシステムを確認します。
 こちらの世界で購入したものは現実世界でも自宅に配送することができるみたいです。
 これはなかなか便利ですね。もう買い物行かなくてもいいじゃないですか。
 金銭は仮想電子通貨を用いるそうで、端末に登録してある口座から即時引き落としや、クレジットカード情報での支払い、後日請求書発送、配送時の代金引換なども対応しているようです。時代の進歩はすごいですね。

 アバターが生成されたとき、配布された板を操作することでメニューを呼び出すようです。
 こちらに『部屋』と書かれた項目があり、そちらから色々なグループに参加したりできるみたいです。
 早速、<窓際の紫陽花>に加入申請を送ります。

 『チェリーです。アバター制作完了しました』

 そう一言添えておきます。
 すぐさま承認されたというポーンという音が鳴り、テレポートが使えるようになりました。
 板を操作し、<窓際の紫陽花>というグループのルームへ飛びます。

 目の前の現実と大差ない秋葉原から一転、森の中にあるログハウスのような場所に転送されました。
 「きたねチェリー」
 「おまたせー」
 迎えたエルマは猫耳を装着した、<Imperial Of Egg>のキャラクターとあまり変わらない姿でした。
 「あまり向こうと変わらないね」
 「それはチェリーもだよ?」
 「そうかな?」
 「うん」
 「そっか。かなり現実に忠実だね」
 「百貨店とかが出資して作ったツールみたいだよー。国もフォローしているみたい」
 「なるほどね。だからこのクオリティーなのかー」
 「その分少し買い物は高くなってるけどね」
 「そうなんだ」
 「よしじゃぁ早速その左手に持ったメニュー板で拡張をいれるのだー!」
 「これで? 何を入れればいいの?」
 「トランプ! あとボードゲーム!」
 「わかった」
 メニュー板というらしいこの板切れに入力し拡張を入手というボタンを押します。
 おお! 所持品にトランプデッキやオセロなどのボードゲームの道具が追加されましたね!
 なるほど。こうやって拡張していくツールみたいですね。
 <Imperial Of Egg>のようなMMOゲームも非常に面白いですが、こういう何をするわけでもなく、ただ友人を顔を合わせてしゃべって現実と変わらないように遊べるというのはいいですね。
 「ちなみにこのツールの開発したところはなんと……<Imperial Of Egg>開発運営の[Multi Game Corporation] なのだ!」
 「まじか! もしかしてもしかすると!?」
 「「<Imperial Of Egg>が拡張されるかもしれない!」」
 二人で綺麗にハモリました。
 もともと<Imperial Of Egg>はゲーム内で拡張ソフトをインストールすることでいろいろなことができる便利なゲームでしたが、現実世界を実数とすると、虚数のような関係であるこのツールが<Imperial Of Egg>と互換すれば、さらにその便利さは増していきますね。
 『仮想現実の世界に<Imperial Of Egg>のモンスターが侵入したから討伐せよ!』のようなクエストが出たらそれも楽しいですし、TACにログインしている人がその光景を見れるのであれば、最高の盛り上がりを見せるでしょう。
 「これはデスペナ明けるまで退屈しなくて済みそうだね」
 「でしょー。あたしがデスペナになってすぐに配布が始まってすぐに試してみて正解だったよー! あっ<窓際の紫陽花>はまだチェリーを入れてメンバー3人しかいないから、好きな部屋使っていいよ!」
 「おお! ありがとう。じゃぁ少しログハウス内見てくるね」
 「いってら! 戻ったらトランプしよう! あと麻雀の拡張も入れておいて!」
 「わかった」

 『サツキが<窓際の紫陽花>ルームへ転送されました。』

 こういう風にルームへ来ると表示されるんですね。
 えっ? サツキ!? サツキってあのサツキ!?
 VR化する前に<Imperial Of Egg>でよく遊んでいたフレンドです。
 自分の部屋を見繕う前にサツキに一言挨拶がしたくなり、私は広いリビングへ戻ります。
 「っよ! チェリー元気だったかい?」
 <Imperial Of Egg>のキャラクターと同様に、血のように赤いファーのついたロングコートを着ているサツキを発見しました。
 「サツキー!」
 私はサツキの名前を呼びながら胸元へ飛び込みます。
 「ぐはっ! 痛いよー」
 「久しぶり!」
 「久しぶりだね」
 「ずっとあってなかったような気がするよ!」
 「まぁVR端末初期生産分買えなかったからね。仕方ないよ」
 「じゃぁ第二生産分買えたんだ?」
 「おうよ! ジュンヤのバカがワタシじゃなくてモホダチに端末あげちゃったみたいだからね。んまぁ、ワタシは『虎の子』入ってなかったし、ジュンヤは尻に敷いてただけだったから仕方ないね。いやー。健康的な生活だったよ」
 あっ。そういえばジュンヤ端末複数買ってたんだった。『虎の子』はみんな自力で購入できていたのでてっきり余ってるかと思ったらちゃんとあげていたんですね。
 「久々に会えてうれしいし、初めてVRで話せてテンションがやばい!」
 「ワタシもだよ! この寂しんぼさんめ!」
 そうこつんと私のおでこをつっつきます。
 「さてさて、感動の再会はすんだかな?」
 「うん!」
 「よーし、デスペナでしょげてるチェリーのために無条件で部屋を選ばせてあげようと思ったけど、やっぱりここはゲームで決めよっか! ゲーマーらしくね!」
 「いいねー。ワタシもそれがいいと思うよ」
 「私もそれでいいよ」
 「じゃぁまずゲームを決めよう」
 そう言ったエルマが何処からともなくくじ引きに使うガラガラを取り出します。
 「新井式回転抽選機じゃん。このツールなんでもあるなー」
 久々に正式名称聞きました。
                                      to be continued... 

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品