VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

間章9幕 観光<tourism>


 「完成でございます」
 嘉納が私の前からどき、鏡が見えるようにしてくれます。
 「えっ?」
 誰!?
 「いかがされました?」
 「いえ。一瞬自分なのかわからなくて……」
 「渾身の出来です」
 ふんすと鼻から息を吐き出した嘉納は私を化けさせたトリックを説明します。
 「まず目元を全て変えました」
 ですよね。整形レベルですよ、これ。
 「まつ毛がもともと長かったのでそちらは少し伸ばすに留めて、眉を太めにいたしました。目尻のラインは少し短めに取り、下瞼に暗めのトーンを足しております」
 「えっ? それだけでこんな変わるの?」
 「はい。あとはリップの中心に光のあるものを少し載せ、チークを多めに入れただけでございます」
 「それなら私でもできる!」
 「はい。是非覚えておいてください」
 髪のセットは自分でできそうもないですが、このメイクであれば一人でもできそうですね。
 「使った化粧品おしえてもらってもいいですか?」
 「もちろんでございます」
 そうして嘉納から今日使った化粧品を細かく教えてもらいました。
 「さて智恵理お嬢様、瑠麻お嬢様とお出かけのお時間が近づいております。表にお車が停まっておりますのでそちらまでご案内いたします」
 「あっ。もうそんな時間か!」
 椅子から立ち上がり、貴重品などをポシェットに詰め、部屋を出ます。

 階段を降りると扉の前でこちらに背を向けたエルマが立っていましたので話しかけます。
 「エルマお待たせー」
 「ううん。いまきたとこ……ろ!?」
 口をポカーンと開けて固まってしまいました。
 「エルマ?」
 「えっ? あっ? 誰!?」
 「私だよ!」
 「あー。うん。そうだよね。うん」
 「エルマ?」
 「いや! 何でもない」
 「変かな?」
 「そんなことは無いよ! でも、なんかちょっと……イメージと一致しなくて……」
 「そう?」
 「うん。なんかチェリーって歳よりも大人びて見えるお姉さん系の化粧してたじゃん? いまのどう見ても実年齢より3つは若く見えるよ」
 3つ!?
 後ろにいた嘉納をバッと振り返ると、フイっと顔を背けてしまいました。
 「…………」
 「と、とりあえずチェリーが改めて年下なんだなって思ったよ」
 「そうでございます。智恵理お嬢様は瑠麻お嬢様より若いのです。妹に見えるようにメイクさせていただいただけでございます」
 「ねぇ。若いっていうのやめない? あたし普通に傷付くんだけど」
 頬をぷくっと膨らませたエルマが見た目相応でとても可愛らしかったです。
 
 「じゃぁいこっか」
 エルマがそう言い、歩き出したので、私もそれに続き、玄関の前に駐めてあった車に乗り込み、ドアを閉めてもらいます。
 「それでは行ってらっしゃいませ」
 使用人たちがそうお辞儀をすると車が発信します。
 「いやー。でもびっくりしたなー。チェリーそういう系の化粧も似合うんだね」
 「似合うかどうかはわからないけど、自分でもびっくり」
 「本日ご案内させていただきます。執事の和久井でございます」
 あっ。彼も見たことがない顔ですね。スタイリスト兼任のメイドさんと同様で、推理ゲーム中にいなかった使用人のようです。
 「どこから参りますか?」
 「私はよくわかりませんので。エルマはどっか行きたいところあるの?」
 「んー。旧軽銀座と雲場池にはいつも行ってるから今回も行っておきたいなー。あとめがね橋?」
 「かしこまりました。では雲場池から向かいましょう。ちょっと前失礼致します」
 そう言った和久井が私の前にパンフレットを差し出します。
 「こちらでどこか行きたいところをお探しくださいませ」
 「ありがとうございます」
 受け取ったパンフレットを眺めつつ、最初の目的地と言われた雲場池に向かっています。
 7分ほど走ると雲場池に到着しました。
 「少し歩きますので、こちらを御召ください」
 私のサイズとエルマのサイズのウォーキングシューズが用意されていました。
 毎度思うんですが、用意良すぎですよ。
 言われた通り、靴を履き替え雲場池の周辺を散歩します。
 「今日は天気がよろしゅうございます。水面に映る木々がより一層美しく見えますね」
 そう和久井に言われ期待値がどんどん上がっていきます。
 しばらく歩き、たたずむカルガモや水面に移る木々を眺め、軽井沢の気候により生み出される情緒豊かな景色を堪能します。
 著名人や富豪がこぞって軽井沢に別荘を持ちたがる理由が垣間見えました。
 
 30分ほどかけぐるっと一周回り、車まで戻ってきました。
 「お疲れ様でございます。次は旧軽井沢銀座でよろしいでしょうか?」
 「いいよー」
 「では2、3分で着きますのでお待ちください」
 多くの著名人がこよなく愛した風景を見ることができ、上がったテンションを車の中で落ち着けていると旧軽井沢銀座に到着しました。
 「銀座と名が付く通りの商店街でございます。何か買うものがございましたら一声おかけください」
 「はーい」
 「わかりました」
 遠足だなぁ……。
 
 ざっと商店街を見回り、色々なお店を物色し、つまみ食いをしながら小一時間歩き回りました。
 「エルマ。ちょっともう限界なんだけど」
 「どうしたのん?」
 「疲れた、死ぬ」
 「……。車もどろっか。荷物も増えて来たし」
 「ごめんね」
 「いいよー。チェリーにしては頑張ったほうだと思う!」
 「うん」
 
 一度車に戻り、荷物を置きます。
 「もうよろしいのでしょうか?」
 「んー。まだ買いたいものあるんだけど、少しおなか減ったかなー」
 えっ。あんなに歩き食いしてたのに!
 「智恵理お嬢様はどうでしょうか?」
 「私はあまりお腹は空いていないんですけど、ご飯にしてもいいですよ」
 「でしたら、カフェに行くのはどうでしょうか」
 「いいねー!」
 「いいですね」
 「では近いので徒歩で向かいましょう」

 5分ほど歩くと執事が言っていたお店に到着します。
 ベーカリー&レストランと書かれており、外までパン酵母の匂いや、焼き上がるパンの香ばしい香りが漂っています。
 「この匂い嗅いだらお腹空いてきちゃうね」
 「だね!」
 「では私はお荷物の整理をしてまいります。ごゆっくりお過ごしくださいませ」
 そう言って和久井は車を停めている方へ向かっていきました。
 「使用人さんって大変だね」
 「だよねー。あたしが雇ってるわけじゃないからいいけど」
 「そっか。あっこれ美味しそう」
 自家製ねぎ味噌と鶏もも肉のピッツァを指さします。
 「あー美味しそう! あたしはこっちにしよーっと」
 信州産和牛ミートソースのピッツァを選んだみたいですね。
 店員に注文し到着するのを待ちます。
 「チェリーじゃないんだけどさ。以外にあたしも疲れちゃったー」
 「でしょ?」
 「誇らしそうに言うな! ところでチェリー。明日東京帰るんだけどお土産とか買っておかなくていいの?」
 「うーん。お土産か。渡す相手がいないんだよね。ん? 明日!?」
 「あれ? 言ってなかったっけ?」
 「聞いてないよ……」
 「失敬失敬ー」
 自分の頭をペチンと平手で叩くエルマを見て、日頃から思っていた愚痴を吐き出してしまいます。
 「なんでだろうね? <あいおえ>やってる人ってさ? みんなそうだよね? 言ってもいないことを後から言ってさ? それで言ってなかったっけ? だもん。あーやだやだ」
 「ごめんて! ごめん! サプライズのつもりだったんだよ!」
 「ねぇ? サプライズっていえば全部許されると思ってない?」
 「うん!」
 「……プッ」
 「キャハハ」
 エルマとしゃべると最後は笑顔になれるんですよね。私はいい友人ができました。

 出てきたピッツァに舌鼓を打ち、身も心も休まったあと車まで戻りました。
 「おかえりなさいませ」
 「旧軽銀座でもう少し買い物したらちょっとめがね橋見て、別荘もどるね」
 「かしこまりました」
 食事をとりながら決めた事をエルマが和久井に伝えます。

 再び旧軽井沢銀座をぶらりと巡り、お土産を買い、車でめがね橋と呼ばれる碓氷第三橋梁まで行き、眺めます。
 「あーすごい。ほんとに眼鏡みたいだ!」
 「現在は整備されておりますので、橋の上を歩くことも可能でございます」
 「チェリーいこ!」
 「うん!」
 橋の上から眺める風景や、周りの自然に溶け込んでいるめがね橋を心に刻み、名残惜しいですが別荘に帰ることにしました。
 帰り際、碓氷湖をちらっと見ることもでき、いい思い出になりました。

 別荘まで少し眠く、コクリコクリとしながら車に揺られていました。
 「瑠麻お嬢様、智恵理お嬢様。もうじきお屋敷でございます」
 耳に届いた和久井の声で意識が覚醒します。
 「いやー。今日は楽しかった!」
 「本当にね。連れてきてくれてありがとう」
 「気にするない! また来よう! 今度は海外旅行なんていかが?」
 「飛行機怖い」
 「……そっか」
 「到着いたしました。本日はありがとうございました」
 「いえ。こちらこそありがとうございました」
 「明日東京へお戻りになる際も私が運転させていただきます。ではゆっくりお過ごしくださいませ」
 「ありがとうございます」
 そう告げ、エルマと二人で車を降り、かいた汗を流すために二人でお風呂に向かいます。
 
 二人でサウナに入りながら、思い思いを話し、昨日今日の思い出はずっと色あせることがないんだろうな、という確信にも近い思いを抱きました。

 昨日のような食事を取り、遊技場で少し遊んだ後、また軽くお風呂に入ります。
 お風呂の中で今日はエルマと一緒のベッドで寝ることに決まったので、二人で私の部屋に帰ってきました。
 二人で他愛もない話をしているとどちらともなく寝息が聞こえ始め、それにつられたもう一人も自然と寝息を立てていました。
                                      to be continued...

「VRゲームでも身体は動かしたくない。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く