VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

間章7幕 料理<cuisine>


 「お待たせいたしました」
 そう扉の方から声がかかります。
 「ご飯だ!」
 バッと顔をあげたエルマがそう言います。
 「元気になった?」
 私は一応聞いておきます。
 「もちろんよ! ところでチェリー。あとでその美顔ローラーは貸してくれるのかい?」
 「どうしようかな」
 「えっ」
 「ではこちらオードヴルでございます」
 私達の前にオードヴルが置かれます。
 外側に置かれたカトラリーを手に取り、オードヴルを食べ始めます。
 スモークサーモンを使ったマリネのようで、一口頬張ると、魚本来の甘味とビネガーの酸味のバランスが絶妙で、少しかかっているブラックペッパーが良いアクセントになっています。
 昔の美食家は、「オードヴルのない晩餐は、紅をささない美女のようなものだ」と言っていましたがまさにその通りです。
 軽めのお酒とオードヴルを味わったことで空腹をさらに主張し始めます。
 食べ終わり、カトラリーを皿に置くと、すぐ食器が下げられます。
 監視されてるようで落ち着かないのですが、<Imperial Of Egg>の中では王様と一緒に食事をしたこともあるので、それと比べれば大したことありません。あの時は髪の毛の匂いまで嗅がれるんじゃないかというくらい近くに執事が控えていましたので。

 「ポタージュでございます」
 カプチーノ仕立てに泡立てられているトマトスープのようです。
 スープスプーンを手に取り、口に運ぶと、口当たりがまろやかで無限に飲める、そんな気さえしてきます。
 私もエルマも無心でスープを飲み終え、一息つきます。
 「おいしい」
 「おいしいねー!」
 「現実でこんなおいしいもの食べたの何時以来だろう」
 「あたしもー」
 本番はこれからと言わんばかりに、空腹を主張するお腹に従い、次の料理を待ちます。
 
 「ポワソンでございます」
 タラをバターで焼いたような香ばしく甘い香りがしてきます。
 柑橘系のソースがかかっており、口に押し込むと、バターの風味とタラの香り、ソースのさっぱり感が絶妙でこれまた無限に食べられます。
 「お食事中失礼致します。メインの肉料理の焼き加減はいかがいたしますか?」
 焼き加減ですか。ここは大人ぶってレアとでも言ってみましょうか。
 レアが何かわかりませんけど。
 「あたしミディアム」
 「私はレアでお願いします」
 「かしこまりました」
 「チェリー大人だね」
 「一度言ってみたかっただけ」
 そう会話をしつつポワソンを胃にしまっていきます。
 出されていた小麦の香り豊かなパンをちぎり、一口ずつ口に運びながら、エルマと他愛のない話をし、昔のエルマのことを有馬から聞いたりしつつ肉料理を待ちます。
 「おまたせいたしました。ガルニチュール・ヴィアンドでございます」
 ガルニッチュ? 
 難しいですね。
 でも言いたいことはわかります。
 肉料理と付け合わせのことですよね。
 カトラリーを手に取り、肉へナイフを突き立てます。
 分厚く、熱を持っているので、切れ味の良いナイフでなるべく肉汁を零さないように切り分けます。
 そして一口、二口と口に運んでいきます。
 歯が必要なく歯茎でも噛み千切れてしまうほどに柔らかい肉から溢れだす肉汁は非常に甘く、肉を食べていることを忘れさせる程の美味しさでした。
 芸術的に盛り付けられた付け合わせの野菜も柔らかく、口の中で踊っています。
 
 肉料理も食べ終わり、程よくお腹が満たされた頃、ワゴンに食後酒とチーズをのせて厨房のスタッフがやってきました。
 「フロマージュを持ってまいりました。瑠麻お嬢様はお飲み物何にいたしますか?」
 「ヴィンサントがいいかな?」
 「かしこまりました。カステッロ・ディ・アマでよろしいでしょうか」
 「いいよー!」
 「かしこまりました。智恵理お嬢様はいかがいたしますか?」
 そう言われても私よくわからないんですよね。お酒はビールか日本酒ばかり飲んでいたので。
 私がそう少し困惑していると、スタッフがニッコリと笑い言います。
 「お悩みですか? でしたら私のおすすめなどいかがでしょうか?」
 「はい。ではそれでお願いします」
 「かしこまりました。ピーター・メルテスにいたしましょう。こちらはアイスワインと呼ばれる種類でございます。マイナス7度以下で氷結させたブドウを用いて造るワインでございまして、大変手間暇かけて仕立てられる品ですので智恵理お嬢様でも満足いただけるかと」
 「おお」
 「あたしそのチーズ頂戴ー」
 エルマがそう言っているのを聞き、私もチーズを選びます。
 なるほど。それでワゴンで運んできたんですね。
 「では私はそちらのチーズをください」
 「かしこまりました」
 そうして選んだフロマージュと食後酒を堪能すると、目の前がきれいに片づけられます。
 これで食事は終わりかな? と考えていると、再びカトラリーがセットされます。
 ま、まさか……もう一巡あるの……? と震えていると、デザートが置かれました。
 「デセールでございます」
 パイ生地の上にクリームと苺が乗っておりさらにそれを押さえつけるかのように乗ったもう一枚の生地、そして王冠のように鎮座する大きい苺が私の視覚に殴りかかってきます。
 改めてセットされたカトラリーを手に持ち、別腹ってこういうことだったのね、とそう考えながらデセールと戦っていきます。
 
 「すごい美味しかった」
 「だねー」
 一通りの食事を終えた私とエルマはコーヒーを飲んでいます。余韻のせいもあり、なかなか椅子から立ち上がれません。
 「誘ってくれてありがとね」
 「無理やりだったけどねー! でもチェリーが満足してるみたいでおねぇさんうれしいよ」
 「どちらかといえば、智恵理お嬢様のほうがお姉様らしく見えますね」
 そう有馬が言います。
 「マナーも、ほぼ完ぺきでしたのでいっそのこと瑠麻お嬢様ではなく智恵理お嬢様が遠藤家にお入りになりますか?」
 「えっ?」
 「それいいですね。明日から遠藤智恵理になります」
 「えっ!」
 「では瑠麻お嬢様を岡田瑠麻様と改名すると致しましょう」
 「まって。ほんとに待って。岡田瑠麻になったらゲームのキャラクター名オカマになっちゃう」
 「ぶっ!」
 もたれかかっていた椅子から跳ね上がり、噴き出してしまいました。
 危ない危ない。コーヒーを口に含んでたら終わっていました。
 「では冗談はこのくらいにしてお部屋まで戻りましょう」
 そう有馬に言われ、根を張ってしまった椅子からなんとか立ち上がります。
 あまり飲んではいなかったのですが、慣れない環境だったこともあり、お酒が思った以上に回っているみたいですね。
 すこし覚束ない足を懸命に運び、部屋まで連れて行ってもらいました。
 「あとで余力あったらチェリーの部屋行くからねー」
 「わかった。起きてたら反応するから」
 「じゃねー!」
 「またね」
 エルマと別れ、部屋に入ります。
 この一部屋だけで普段私が住んでいるアパートの二部屋分はある大きな部屋に一人ポツンと取り残されます。
 こうして完全な一人ぼっちになるのも久しぶりです。
 普段は<Imperial Of Egg>の中でたくさんの人に会っていますから。
 突如胸にやってくる喪失感と焦燥感を忘れる為に、酔った身体で化粧を落とし、ベッドにスルッと入っていきます。
 ゲーム内のみんなが心配です。
 私が居ない間にうちの子たちに何かあったら全てをなかったことにしてしまいそうです。
 それが怖くて掲示板もよくは調べられませんでした。
 あと4日ほどでデスペナルティーが開けます。向こうに戻ってから細かいことは考えることにします。
 そのような思考を処理速度の落ちた脳でしていると、いつの間にか夢の世界へと降り立っていました。
                                      to be continued...

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