VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第3章11幕 地雷<land mine>

 「もうぶっ放してもいいのかな?」
 私はそうつぶやきます。それに対してハリリンが待ったをかけてきます。
 「待つっす。向こうのプレイヤーにディスペル系が居たらまずいっす」
 「なるほど。じゃぁまず不確定要素になりうる向こうのプレイヤー側の排除に行くしかないね」
 「それと朗報っす。〔最速〕がログインしてきたっす」
 「えっ! デスペナ明けたんだ!」
 よく考えてみたらもう10日くらい経っていますね。
 「ちなみに【天罰神】もログインしてるっす。これで<最強>が5人っすね」
 「5人? ジュンヤとステイシーを入れて4人じゃないの?」
 「それともう一人、チェリーがいるじゃないっすか?」
 「え?」
 「チェリーは十分<最強>クラスっすよ」
 「いや。私は【神器】と【称号】の恩恵を受けてるだけだから」
 「いやいや。それだけで十分すごいんすよ! ってこんなこと話してる時間ないっす。〔最速〕と【天罰神】はこちらに向かっているみたいっす」
 「ステイシーは?」
 「彼は一番大事な役目があるっすから戦闘には関与しないっす」
 大事な役目……?
 「わかった」
 「ならいくっすよ!」
 そう言ったハリリンが坂を走り始めます。
 「私達も続くよ」
 みんなでハリリンを追います。

 坂を下りきると、一人のプレイヤーが木陰から姿を現します。
 「待ちなさい」
 そして呼び止める声が響きます。
 「出たっすね。〔妖魔〕」
 「その呼び方は嫌いよ」
 ハリリンに〔妖魔〕と呼ばれたプレイヤーが返事をします。
 見るからに魔法系の恰好ですね。
 「ふぅん。5人ね。対象は2人。いや、3人ね」
 3人……?
 誰が追加されてるんだろう。
 「このまま引き返すなら、見逃してあげるわよ」
 「そうはいかないんですよね。通させてもらいます。ハリリン、エルマ、ラビとマオのガードを」
 「わかったっす」
 ハリリンがバックステップで下がり、エルマの横に並び短刀を逆手に持ち、開いている方の手で印を結んでいます。
 「≪忍法・遮断結界≫」
 ある程度までのダメージを吸収する結界を張ったようですね。
 これは、おそらく私達の魔法の余波を防ぐためですかね。最初から全力で行くつもりですし。
 幸いなことに大量のポーション類がインベントリにありますので。
 「一対一は久々だわ。楽しませて頂戴な」
 「楽しくは、なりませんよ。すぐにケリつけますので」
 「言うわね。≪ランドマイン・クウェイク≫」
 土属性魔法の使い手のようですね。
 この魔法は確か、設置ポイントに乗ると発動して、拘束するものだったはずです。
 地に足がつかなければ地雷系のような設置型魔法に引っかからないので大丈夫です。
 そもそもここから一歩も動く気がありませんけどね。
 「≪シャドウ・ドール≫」
 闇魔法で私の分身を作り出します。
 魔術師同士の戦闘では、防御障壁を張りながら攻撃魔法を撃つのが一般的です。
 そして、私は分身を魔法で作り出せます。
 このアドバンテージは勝負にすらならないレベルで大きいです。
 イメージで分身に魔法を防御する障壁を作らせます。
 そして私は、攻撃に出ます。
 「≪ダーク・ボルテックス≫」
 土属性の魔法を持つ彼女に雷は防がれやすいですが、闇属性と雷属性の複数属性魔法なので、闇属性のダメージを消さないと確実にHPを削れます。
 「チッ! 厄介な魔法だね」
 後方に下がりつつ障壁を複数展開し、何とかしのいだようですね。
 ですが向こうが防御に出ましたので、防げない攻撃をすれば勝てます。
 「≪テレポート≫」
 腰に装備した【神器 チャンドラハース】を太もも目掛け転移させます。
 シュッと消える私の剣と地面に縫い付けられる〔妖魔〕。
 勝ちですね。
 「≪ハイフレイム・スピア≫」
 私が火属性魔法を発動すると、〔妖魔〕は大きく目を見開き、
 火属性の魔法をここまで温存しておいて正解でした。敵方に知られていなかったみたいですね。
 彼女の頭を貫通した私の魔法が、傷口を焼き、止血していたようで、血が溢れることはありませんでしたが、身体が地面に向かって倒れ、デスペナルティー特有のエフェクトに包まれて消えていきます。
 「弱いね。この程度の相手なら苦戦しないでもデスペナにできる」
 「それは違うっすよ。チェリーが本格的に魔法系でも強くなった証拠っす。お互い魔術師だったから楽に倒せたのは認めるっすけど」
 結界を解除しながらハリリンがしゃべりかけてきます。
 そして後ろを振り向いた私の目に、黒い影が見えました。
 「ハリリン!」
 そう声をあげますが、私の叫びは届かず、ハリリンの胸から刀が生えます。
 「ぐっ……てめぇ……」
 口から血を零しつつもハリリンは刀を握ります。
 「結界を解く瞬間を待ってたよ。あんな雑魚に防衛任務なんて割り振るわけないじゃないか。おっと動くな魔術師」
 すぐさま魔法を発動しようとした私を牽制してきます。
 「目的はラビ?」
 「そうとも言えるし、違うともいえるね」
 「わかりませんね。それほどの実力がありながら、悪の道を行こうという気持ちが」
 「馬鹿だね。こっちのほうが旨い話だった。それだけさ。好き好んで悪人になるわけないじゃないか。面白いイベントだから乗った。それだけだよ」
 そうですよね。そういう認識ですよね。
 プレイヤーみんなに私と同じ考えを抱けとか言うつもりはありませんが、そこまで割り切って行動されると腹が立ちますね。
 『チェリー。俺はここでリタイアっす。あとは頼んだっす』
 パーティーチャットがハリリンから飛んできます。
 『大丈夫。すぐ治療すれば間に合う』
 『魔法の発動が悟られたらまずいっす。ここは俺が、決める』
 「人を挟んで会話とか呑気なもんすね」
 そう言ったハリリンは握った刀にさらに力を籠めて、離さないようにしています。
 「おや。意外とHPがあるんだね。もうじきデスペナだから黙っててくれないかな?」
 「そうは……行かねーんっすよ。≪忍法・分身≫」
 ハリリンが発動し、生み出した分身は一斉に飛び掛かります。
 「数なんて関係ない。知っているだろう?」
 飛び掛かった分身を左手に握ったもう1本の刀で切り裂いています。
 そして私の目でやっととらえることができる速度でラビとエルマ、愛猫姫を抱え走り去る分身がいました。
 「ハリリン……」
 「これでおわりっす。≪奥義・人体爆破≫」
 ハリリンの身体がはじけ飛び、その爆発に二刀のプレイヤーを巻き込んでいきます。
 
 爆発の突風が収まった所には、ハリリンがドロップしたものだけが散乱しています。
 やはり倒し切れなかったようですね。
 「よく生きていましたね」
 「まぁね。無傷とはいかなかったけど」
 右手を吹き飛ばされ、夥しい出血を残った手で止めながら話しかけてきます。
 「AGIに全振りでね。VITが低いからこんな有様だよ」
 やはりAGI型だったようですね。
 「一つアドバイスを。AGI型が足を止めるのは死です」
 「いやー。これは恐れ入ったね。魔法系ごときにAGI型のいろはを語られるなんてね。殺すぞ?」
 「できるものなら」
 血を撒き散らせながらこちらに距離を詰めてきます。
 挑発が効いたようですね。
 頭に血が上ってまともな判断ができていないようです。
 「足元に気を付けてくださいね」
 私がそうつぶやいたのは彼に届いたでしょうか。
 あと数歩で私に刀が触れるところで彼は立ち止まりました。
 「〔妖魔〕ぁあああああああああ!」
 「だから言ったんですよ。聞こえませんでしたか?」
 先ほど〔妖魔〕が設置していた≪ランドマイン・クウェイク≫は地雷型の設置魔法でした。この類の魔法は発動条件が上に物が乗ることなので、術者が死んでいようが関係なく発動します。
 私は大方MPの動きでどこに設置されているかを把握していたので今回の戦い方ができました。
 「ぶっ殺してやる! 貴様もあいつも!」
 「キャラ崩壊ですね。デスペナは初めてですか?」
 「殺す! 絶対殺す!」
 「うるさい人ですね。≪サイレンス≫」
 無属性魔法≪サイレンス≫は対象が発動者よりMNDが低い場合にその数値に応じた確率で声を出せなくする魔法です。
 AGI全振りの特化プレイヤーなら100%≪サイレンス≫で封じられます。
 まぁそれでも高レベルだと効かなかったり、速度で結局倒されたりもするんですけどね。無属性魔法を使える装備を今まであまり使ってこなかったのですが、【真魔導勇者】で使えるようになっていて良かったです。
 何か言っているようですが、声が出ないのでこちらには伝わりませんね。
 せめて名前とか他の戦力については聞いておきたかったんですがしかたありません。
 足元の地雷を確認しつつ、歩きより、腰の剣で仮初の命を奪います。
 再びのデスペナルティー演出には目もくれず、パーティーチャットを送ります。
 『終わったよ。ハリリンは自爆。敵はデスペナ。今どこにいる』
 『みんな最初の合流地点に来てる』
 エルマからそう返事があったので合流地点に戻ります。
 
 回りの様子を見ながらスタスタと歩いていると、となりを風が吹いていきました。
 ちらっ見えた横顔から〔最速〕かなと考えつつ歩いていると、後ろから声がかけられます。
 「貴殿は……チェリー殿!」
 「お久しぶりです。ござる丸さん」
 「すまぬ。世話になっておきながらこの体たらく。許せ」
 「かまいませんよ」
 「戦闘はどうした?」
 「ハリリンがデスペナになりましたけど、敵は倒しました」
 「そうか。速度型と聞いて向かってきていたが、もう終わっているとは」
 「速度型でしたけど大したことありませんでしたよ。中身がカスでしたので」
 「この惨状に加担するものみなカスである。む? 【勇者】の【称号】を手に入れたのだな?」
 自然にステータス覗かれましたね。
 「ええ。つい先日」
 「そうか。正直、チェリー殿は【魔王】のほうが似合いだと思っていた」
 「私もそう思っていました。【勇者】とか柄ではないので」
 「言うな。拙者もそうである」
 「えっ?」
 「ぬ? 拙者も【勇者】であるが?」
 し……知らなかった……。
 あのあとよく調べてみると、何かを守りたいという意思が強い人にはそんなに大変な【称号】ではないみたいでした。
 入手方法もたくさんありましたし。
 「時間を取らせた、すまぬ」
 「いえいえ。ござる丸さんはすぐ行きますか?」
 「うむ」
 「頑張ってください。私も仲間と合流したらすぐ向かいますので」
 「拙者がおらぬとき、貴殿には無理を強いた。故にここは拙者にまかせよ」
 「ええ。お願いします」
 「さらば」
 そう言って〔最速〕は風となり、吹き抜けていきました。
                                      to be continued...

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