VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野佑

第3章7幕 酒場の主人<master>

 愛猫姫の部屋で行われた女子会が終了し、みんながその熱を胸に持ったまま部屋へと帰りだします。
 私もある種の疲労がたまっていたため、ベッドにもぐりこむとすぐに寝てしまいました。
 
 翌朝、いつもより早く目が覚めたので、そのままログアウトし、リアルへと帰ってきます。
 食事を取り、宅配されている品物をチェックします。
 その中に一つ、衝動で買ってしまった『気になる脂肪を一網打尽!』と書かれているダイエット器具を見つけます。
 お腹周りはそれほどでもないですが、二の腕や太ももあたりに少し脂肪がついてきていたので、試しに装着してみます。
 シールのようなものを張り付け、リモコンを操作し、電気を流します。
 「あっ」
 思ったよりも電気が強く、声が出てしまいます。
 これは……効きますね。

 向こうでは結構お風呂に入っていたのですが、こちらではあまり入っていなかったのでお風呂に入ることにします。
 防水のようでお風呂でも使える優れものだそうですが、ちょっと感電とか怖いのでさすがにお風呂での使用は遠慮しておきます。
 向こうのように一瞬で全ての衣類を脱ぐことができないので、面倒くささを感じつつも服を脱ぎ、浴室に入ります。
 「お湯溜めて」
 そう音声認識端末に向かい、声を出し、お湯を溜めながらシャワーを使います。
 「ふー」
 お風呂椅子に座りつつ、上から豪雨のように降ってくるシャワーを全身に浴びます。
 数分間浴びた後、シャンプーを手に取り、髪の毛をワシャワシャ洗います。
 やはりめんどくさいですね。
 向こうで洗ってこっちでも汚れが取れればいいのに……。

 頭を洗っている時間に溜まっていた湯船にそろりそろりと入ります。
 んー! やはり向こうでもこっちでもお風呂は気持ちいですね。
 あっそうだ。たまには入浴剤でも入れてみようかな。
 そう思い、音声で指示を出します。
 「入浴剤の種類、何がある?」
 『ヒノキの香り、名泉シリーズ、ローズドッカーンがあります。』
 そうですね。今日はリッチにローズドッカーンにしてみましょうか。
 「じゃぁローズドッカーン入れて」
 『かしこまりました』
 お湯を溜める時、水がじゃばじゃば出てくる部分から赤いローズドッカーンの粉が出てきます。
 鼻腔を刺激するローズの香りに癒され、1時間ほど浸かってしまいました。

 お風呂から上がり、ローズの浅漬けになった私は、牛乳を飲み、『気になる脂肪を一網打尽!』を二の腕に装備し、<Imperial Of Egg>に戻ってきました。

 暖かい布団を跳ね除け、立ち上がり、伸びをします。
 ふと視界の端にメッセージの到着を知らせるマークが出ていることに気が付きます。
 それを開くと、ハリリンからのメッセージでした。
 
 『チェリーログインしたらチャットくださいっすー』

 そう書いてあったのでハリリンにチャットを送ります。
 
 『今リアルから戻ったよ。どうしたの?』
 『お! チェリーやっときたっすか!』
 『リアルでお風呂に入ってたから許して』
 『見せてくれたら許すっす』
 『死ぬか?』
 『冗談っす。この間の話の続きがしたいっす。バーまできてもらってもいいっすか?』
 『わかった』
 
 チャットを終え、私はこの間ハリリン達と話し合うのに使ったバーへと向かって歩き出します。

 道を覚えるのは得意だったので迷うことなくたどり着くことができます。
 本当にお店なのか疑わしい扉をカラーンと鳴らしつつ開け、中に入ります。
 「こんにちはー」
 「チェリー様いらっしゃいませ。こちらです」
 「ありがとうございます」
 案内された席には、すでにハリリンとカリアンが居ました。
 「こんにちは」
 「まってたっすー」
 「こんにちは」
 ハリリンとカリアンが返事をくれます。
 「それで話の続きって?」
 「まだ待つっす。一郎と八城が来てないっす」
 あー。そういえばその二人を忘れていました。
 注文した飲み物を味わい、二人の到着を待ちます。

 30分ほどすると二人も到着し、、マスターが認識阻害の結界を張った後、先日の会話の続きがはじまります。
 「まず俺から話すっす。俺が調べた範囲で団長のほうはグレーっす」
 「グレー?」
 つい聞き返してしまいました。
 「そうっす。グレーなんすよ。関与しているんすけど詳しいことは知らないっぽいんす。副団長に金をもらって黙認しているってとこっすかね。あとは前国王に対して不信感があって、現国王が即位するために尽力していたらしいっす」
 「なるほど……」
 確かに白黒つけ難いですね。グレーの意味が理解できました。心情的には黒なんですけどね。
 「俺も同じ情報しか掴んでねぇ。プラスで言えるとしたら団長の奥さんがめっちゃ年下で美人ってことくらいだな」
 その情報はいらない。
 「重要じゃなさそうな情報ならいっぱい集まったんすけどね」
 例えば、『ヴァンヘンデン』の騎士団長とはライバルでよく一緒に鍛錬をしていたとか、副団長のほうが実力があるのに、自分が団長のままでいいのかと不安がっていたこととか、とハリリンが付け加えていました。
 今回の件にはあまり関係なさそうですが、一応覚えておくことにします。
 「私は収穫0だ」
 カリアンがそう言います。
 ズコーとハリリンが椅子から転げ落ちますが、みんな無視しています。
 「……『猫姫王国』のそこそこトップに近いプレイヤーにリアルで接触して、話を聞いてきました」
 そう一郎が言うとみな身を乗り出して聞き始めます。
 「まずジルファリは群れることを拒んでいたということ、そして自分が最大の権力者でないと許せないタイプだということが分かりました」
 そうですね。それは奏寅の話から大方察しは付いていました。もしかして一郎が話を聞いた相手って奏寅なんじゃないかな?
 「独占欲もかなり強く、デスペナルティーになった後、ギルドメンバーに対し、怒りを露わにしていたそうです」
 あー。そういうこともしそうなタイプですね。でも対面したときにはそこまで酷くは見えなかったんですよね。一応伝えておきましょうか。
 「私とハリリンはジルファリと一戦交えてるんですけど、その時感じたことを言ってもいいですか?」
 「ええ。お願いします」
 「まず、ジルファリがそこまで俗物に感じられないんです。愛猫姫に関しての話を聞くと少し疑わしいですけど、自分の利益をそこまで追及するタイプに見えなかったんですよね」
 「チェリー。それは違うっす」
 「えっ?」
 「奴は愛猫姫により気に入ってもらう為に、一国を滅ぼしたんす。そこに自分の利益なんて関係ないんっすよ」
 「よくわかるね」
 「アイドルに貢ぐ気持ちは痛いほどわかるっす」
 「あ、はい」
 「チェリーさん的にはジルファリは悪人ではないと?」
 一郎が鋭い目をこちらに向けてきます。
 「いえ。大悪人ですよ。でも、そこまでやるのかなーってちょっと疑問に思っただけです。あとは、実際戦ってみてわかったけど、あのレベルの戦闘力だったら何者かの手を借りずに一国落とせるレベルなのはわかったというくらいですかね」
 「それはチェリーも一緒っすよ。<最強>格のプレイヤーなら単騎で国を滅ぼすことは同じ<最強>格のプレイヤーを倒すのに比べれば楽っす」
 「別に私は<最強>格じゃないよ」
 「もっと自分の力を考えたほうがいいっすよ」
 「でもジルファリみたいなのを相手にすると考えたら、『ヴァンヘイデン』を更地にするほうが簡単っていうのはわかった」
 「そういうことっす」
 「発言いいか?」
 そう八城がいい、みなそちらを向きます。
 「そのジルファリってやつは『猫姫王国』のサブマスだったんだよな?」
 「そうっす」
 「おかしくねぇか?」
 「何がっすか?」
 「自分のとこのギルドがプレイヤーの中では最大だったんだよな? それを愛猫姫に譲って建国したいってことだろ?」
 「そうですね」
 「建国してから愛猫姫に渡すのじゃ駄目なのか? システム的にだが」
 そう八城が言うと、ハリリンがうーんとうなりつつ答えます。
 「システム的には大丈夫っす『ファイサル』の国王が変わったのと同じ事っす」
 「じゃぁなんで奴はわざわざ愛猫姫にマスターを譲ってから、行動したんだろうな」
 「初代国王を愛猫姫にしたかったとかですか?」
 「それもありそうだが、何か引っかかる」
 「じゃぁ愛猫姫に全部責任を負わせたかったとか?」
 カリアンがそう言うと八城が少し驚いた顔をしてから話し始めます。
 「自分が敬愛している愛猫姫を悪者にするつもりだっていうのは考えにくくないか?」
 「だからそもそも前提が間違えてるんじゃない? 彼は愛猫姫のファンじゃなかったとかね」
 そう言われて彼の行動を少し考えてみるとにしました。
 まず第一に、『猫姫王国』のお城からすぐに逃げていたことは愛猫姫を守るためということで納得できます。
 第二に、なぜ『鉱山都市 アイセルティア』を選んだのか。普通に考えれば逃げ場のない都市にくるとは考えにくいですよね。自分が絶対に愛猫姫を守れる確信があったんでしょうか。実際は高レベル4人、うち二人は<最強>クラスでやっと倒せるレベルでしたし。
 第三に、そして一番引っかかるのは私達の襲撃を受けた際、なぜ愛猫姫にログインさせていたのかということです。何かと理由を付けて愛猫姫を連れまわしていたそうですが、戦争中にわざわざログインさせておかなくてもいいですよね? 終わってから連絡とれば危険な目に合わせずに済みますし。
 このことと、先ほどのカリアン、八城の考えを合わせると、ジルファリは愛猫姫のファンではなく、愛猫姫の人を魅了し、集める力を利用していたと考えるのが妥当かもしれません。少し愛猫姫本人にも話を聞いてみたい所ですね。
 「私、愛猫姫に直接あって話をしてきてもいい?」
 「何か思い当たったんすか?」
 「んー。そこまでじゃないんだけど、ジルファリが愛猫姫を利用していただけなら、愛猫姫に直接聞いてみたら何かわかるかなって」
 「一理あるっす」
 「少し行ってくるね」
 そうみんなに告げ、愛猫姫に合うべく『セーラム』へと戻ります。

 3階に上り、愛猫姫の部屋を3階ノックします。
 「マオいる?」
 「入って、いいわ」
 「おじゃまします」
 そう言って扉を開け、入ります。
 「今日はマオに聞きたいことがあって」
 「なに、かしら?」
 「えっと……ジルファリのことなんだけど……」
 「ジル? なにか、あったの?」
 「ちょっと色々あって、ジルファリに対してマオが思ったこと、感じたことでいいんだけど話してくれないかな?」
 「わかった、わ。でも、あまり、話せ、ないかも」
 「大丈夫だよ」
 「まず、ね。ジルは、マオには優し、かったわ。いろんな、ところに連れて、行ってくれたわ」
 「うん」
 それは先日の会話等からわかっていました。
 「あとは、いろいろ、物をくれた、わ」
 「うん」
 それもですね。普段身にまとっている装備はすべてジルファリがくれたものだと言っていましたしね。
 「あとは、人間的、なもの、かしら」
 「なに?」
 「ジルは、マオのこと、見ていなかったわ」
 「見ていなかった?」
 「ええ。マオ、じゃなくてその、後ろを見ていた、気がするの。職業柄、そういうのは、わかるの」
 「なるほど」
 「それだけ、かしら」
 「ありがとう、助かったよ」
 この際ですし、愛猫姫には少し詳しく話してしまいましょうか。口止めされてませんし。
 「実はね、ジルファリが何者かとつながっていた可能性があるの」
 「だれ、かしら?」
 「まだわからない。『ファイサル』の副団長か国王か、別の人かもしれないし」
 「『ファイサル』? 副団長、なら、あった事、あるわ」
 「えっ?」
 「むかし、ギルドの、ホームに来た、ことあったの」
 これは大収穫ではないですか! 
 一気にジルファリが『岩塩都市 ファイサル』の国家騎士団の副団長とつながってる説が濃厚になりましたね。
 「ありがとう、今のもすごくいい情報だった」
 「いい、わ。チェリーには、いっぱい、お世話になってる、しね」
 くぅ……可愛い。
 「じゃぁ私はまたちょっと出かけてくるね」
 「ええ。いって、らっしゃい」
 この普段のおっとり、まったりとしたしゃべり方からは考えられないくらいの迫真の演技を見てしまっているので、どっちが素の愛猫姫なのかわからなくなってきてしまっていますが、どちらでも可愛いのでおっけいです。
 「いってきます」
 
 そうしてバーへと戻ると、バーのマスターであるリンプが右腕を失って、壁にもたれかかっています。
 「マスター!?」
 そう声を上げ、駆け寄ると、マスターが出血の状態異常でデスペナルティーになりそうになっていたのですぐさま治療します。
 「≪オーヴァー・ヒーリング≫」
 「ぐっ……助かりました」
 「何があったんですか?」
 「敵襲です。カリアンがつけられてました。諜報活動がばれていたようです」
 「なるほど」
 「カリアンはデスペナルティーで、八城と一郎は犯人を追っています。ハリリンは王城に向かいました」
 カリアンがデスペナルティーから帰ってきていないということは、重罪判定を受けているということでしょう。
 『猫姫王国』の重罪判定は愛猫姫がギルドを脱退する前に解除していないのでまだ継続中の人が大半です。ですがそちらは構成員がほぼデスペナルティーになっているので考えにくいですね。
 となると『ファイサル』が国家機密に触れたとして重罪判定を行ったかもしれないという事ですね。
 でも国家機密に触れただけで重罪判定は重すぎないでしょうか?
 そう考えていると、失った腕の部分を握りながら、マスターが話しかけてきます。
 「チェリー様の考えはわかります。恐らく罪人判定の方でしょう。こちらはデスペナルティーの延長が1日です」
 「なるほど」
 そちらもデスペナルティー期間の延長なのですね。
 「カリアンの諜報に気付く使い手がいるということですから、チェリー様も用心してください。恐らく、チェリー様のステータスなら瞬殺されます」
 「まじですか」
 「本当です。AGI特化のカリアンを私の認識完全阻害魔法の上からバラバラにするような相手ですので。高レベルの≪看破≫≪隠形≫持ちだと思います」
 「なるほど……」
 私にとっては一番やりにくい相手ですね。
 【暗殺者】状態でもAGIはせいぜい500でハリリンより劣っているので、それ以上の相手となると、流石に何もできないで倒される可能性があります。
 決闘のような向き合った状態で始まる戦闘であれば戦い方もあるのですが、このような状況だと手も足も出ないですね。
 「チェリー様、常に全方位の警戒をお願いします。二人の姫君も危険ですし、愛猫姫も狙われるかもしれません」
 「それだけの手練れですもんね。すぐにホームへ帰ります」
 「でしたらこちらを」
 すっとインカムのようなものを手渡してきます。
 「これは?」
 「我々隠密部隊が必ず携帯している発信機兼通信機です。こちらで情報のやり取りをした方がチャットよりスムーズなのです」
 「わかりました。お預かりします」
 「一緒にこの国を『ファイサル』の悪の国王から守りましょう」
 「えっ?」
 「あっ言っていませんでしたか? 黒幕は『ファイサル』の新国王様ですよ?」
 「あの……先に言ってください……」
 うちらの話し合い全部無駄じゃん……。
                                      to be continued...

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