異世界で生き抜いた結果

タケトラ

1 異世界に転移したい? やめとけ死ぬぞ(経験者は語る)


 今どきの、特に中学生男子や高校生男子はこんな妄想をしたりするだろう。「異世界に行きたい!」と。
 クラス転移で気になるあの子やムカつくあいつをチート能力で好きにしたい。なんて感じだろうか。
 あるいは自分はクラスでは目立たないけど人気者のアイツらに巻き込まれてたまたま異世界に行っちゃって、これまたチート能力でハーレムを作ったりしちゃうのだろうか。
 もしくは神様の手違いで死んじゃったけど異世界に送られて、またまたチート能力で無双してひょんなことから一国を救う活躍なんかしたりして、色んな種族の女の子を侍らせて好き放題するのか。

 かく言う俺も男なのだからそういう妄想をする気持ちはすごくよく分かる。
 けれども現実は非情だ。特に努力もしてない奴が何かを得られるわけはない。チート能力はそこら辺に転がって無いし、そうそうトラックが突っ込んでくるわけもない。
 女の子が何もしていない自分になんとなく、「優しいから」みたいな理由で惚れるなんて滅多にない。

 いつだって何かを得る人間は何かを失い、得たりするものだ。クラスのイケメンもイケメンであるために時間を費やしているのだ。過去にそういう努力があってイケメンでいられるのだ。
 なんの努力もせず、ラノベを読んで、授業中に寝て、帰宅してゲームをして、寝る。そんな奴が異世界に転移して何が成せるというのだ。
 喧嘩もしたことがない奴が剣を持って戦う?無理に決まっているだろう。剣がどれほど重いか分かっているのか? もやしっ子が振れるほど軽くないぞ。
 
さて、長くなったが、まとめるとこうだ。

 「異世界にはいくな」

 なんでこんなことを俺が断言しているのかって? それはな、俺は異世界で8年間過ごしたからだ。
 今から俺の半生を少し語ろう。

 ◇

 普通の生まれだった。両親ともに普通だ。ごく一般的な家庭で育った一人っ子だ。小学3年生の時の将来の夢はサッカー選手だった。
 何事もなく成長した高校2年生の俺はある日唐突に異世界にほっぽり出されて8年間生きたんだ。
 小説や漫画に描かれているほど楽しくもラクでもない。ただ、ただ辛かった。
 チート能力なんてものは無かった。俺を召喚したお姫様や賢者もいなかった。神様との交流も無かった。待っていたのはどす黒い色をした恐竜のような化け物だった。
 ほんとうに、ただほっぽり出されたのだ。
 周りはいろんな化け物だらけだった。木の洞に隠れて一夜をすごし、洞窟の中で震えて眠り、毒物の恐れがある木の実を噛み締め、罠を仕掛けて小動物を捕らえて食った。

 傷も負った。骨折なんて数え切れないほどした。手の指は少しゆがんだ。肋骨が折れたら言葉なんて出せないほど痛かった。魔獣の爪に肉を裂かれたこともあった。

 それでも生きていけたのは、皮肉なことにそこが異世界だったからだ。

 自然治癒力を爆発的に高める薬草や、欠損した部位すらも回復させる泉。これらのおかげで俺は生きながらえた。

 そして、異世界ではチート能力こそ備わりはしなかったが不思議な力は手に入れた。

 その力を俺は「氣」と呼んだ。厨二チックな感じだが俺は気に入っている。後悔はしていない。
 氣は俺の体をはじめとしたありとあらゆる生命体に備わっているもので、異世界に転移した俺は自分に宿る氣の存在に気づくことが出来た。まさにファンタジー。この氣を操ることで俺は異世界の化け物たちに対抗しようとした。

 大抵は身体強化や感覚強化に氣を使った。
 氣特定の部位に集めたりすることで強化が可能だ。初めは微々たるものだった。握力とかは最初はグラム単位での増加だった。こんなんじゃリンゴひとつ潰せやしない。最初は絶望した。

しかし、訓練を積むにしたがって徐々に力が上がった。手にマメを作り、そのマメを潰しながら必死に訓練を積んだ。
 そうして、握るものが木の実から木材、石へと変わりあらゆる鉱物を握りつぶせるようになった頃、俺は訓練を次の段階へ進めた。

 ここまでに1年かかっている。

 次は今までは手だけ、つまり握力しか強化できなかったが、今度はそれを全身の強化にする。
 強化の感覚は掴んでいたので簡単だろうと思ったが、全身ともなると神経の使い方が違う。
 血液の流れを意識しながら氣を全身に巡らせて強化をすることは出来る。しかし、この状態を維持したまま動くとなるとかなり難易度が跳ね上がる。
 足を一歩踏み出そうとするとすぐに強化が解除されたり、逆に変に意識をすると力を込めすぎて足が捻れたりした。死ぬほど痛かった。

 力んだり気合いを入れたりいろいろ試しながらときどき体が妙な方向へ捻れたりもしながらようやく全身の強化が可能となった。ここまでさらに1年かかった。
 しかし、1年かかってできる強化はせいぜいが一般人からプロレスラーぐらいの強化だけだった。それ以上の強化となると制御が追いつけなくて暴走してしまう。これでは異世界の化け物どもに対抗できない……。そう思った俺は諦める……。

 なんてことはしなかった。
 もはや意地である。このままでは超すごい握力を手にいれただけのちょっと強い男というだけで俺の異世界生活が終わってしまう。
 それだけは避けたかった。
 諦めなかった俺は必死に強くなれる方法を考えた。そして、ひとつの結論にたどり着いた。

 部位欠損すらも治す泉。俺は回復の泉と呼んでいたが、そこでひたすらに全身の強化を行うというものだ。
 泉の中ならどれほど怪我しようと体が捻じれようとすぐに治る。そこで、制御不能の暴走状態を発動し続けて徐々に体を慣らしていこうという発想だ。
 とてつもなく頭の悪そうな訓練だが当時の俺はこれがベストだと思った。そうして、実行に移した。
 
 体が引きちぎれる痛みを常時受けながら、しかし、意識はひたすら強化に向ける。泉の効果で体が破壊と回復を延々とループする。
 常に絶叫しまくってそんな行為を毎日続けた。
 すると、だんだん体に異変が起きた。肉体どころか骨格が変化しだした。背は伸び、筋肉は付き、気がついたらとんでもない体になっていた。
 あれだろうか、超回復というものがおきたのだろうか。学のない俺に理論はわからないが大幅なパワーアップが完了した。氣による強化もかなり出来るようになった。泉による訓練を始めてから半年が経過していた。
 いよいよこの世界の化け物に対抗する力を手に入れたと思った俺は戦いを挑んだ。今までは逃げ回るだけで戦おうとも思わなかったが、力を付けた今、いけると思ったのだ。

 しかし、現実はやはりクソだった。
 そりゃそうだ。この力はチート能力でもなんでもない。そう簡単に上手くいくはずもなかった。
 初日に出会った恐竜のような怪物に戦いを挑んだが、見事に返り討ちにあった。俺の全力の一撃は奴の硬い皮膚を撫でるだけで少しもこたえてはくれなかった。少し尻尾を振り回しただけで俺は吹っ飛ばされて壁に激突して小便を漏らした。咄嗟に体を腕で庇ったが、その腕はあさっての方向にひしゃげてた。
 
 情けなかった。命が助かっただけ運が良かった。悔しかった俺はさらに訓練を積んだ。
 今度は戦い方を考えた。日本にいた頃、幼い頃に少し習った空手の型を必死に思い出して繰り返した。
 肉体の強化も怠らなかった。ひたすら筋トレを繰り返し、少年マンガのようなトレーニングもやった。あの化け物に一撃で穴を空けるような力を手に入れるために努力した。

 雨が降っても雪が降っても嵐が来てもストレスでハゲそうになっても、体が悲鳴をあげても、骨が折れてもトレーニングは断行した。この異世界で俺が生きるためには強くならねばならないというもはや強迫観念のようなものがあった。気が狂う1歩手前まで自分を追い込んだ。

 さらに2年が経った。

 俺の目の前には土手っ腹に大穴が空いた化け物が横たわっていた。

 俺は力を手に入れた。

 約4年半ほどかけて俺は異世界である程度の自由を手に入れた。

 そこからはいろんなことを試した。
 まずは人を探した。しかし、俺がいた場所は大きな無人島だった。島を探索し尽くした俺は4年半過ごした無人島に別れを告げて泳いで他の場所を探した。1週間ほど泳いでようやく人がいそうな大陸を見つけて上陸した。

 しかし、異世界人は俺を見るなり攻撃してきた。そりゃあそうだ。ほぼ全裸の大男が海から上陸して訳の分からない言語を使ったら怖いだろう。
 そう、言葉が通じなかったのだ。フィクションではなぜか言葉が通じるのが定番だが、現実はクソゲーなのだ。通じるわけがないのだ。
 ひたすら俺は友好的な態度を取り続け、住人の悩みの種であった凶暴なモンスターを打倒し、ようやく信用してもらい、人との交流が始まった。1ヶ月ほどかけて簡単なやり取りが可能になり、半年かけてコミュニケーションが出来るようになり、1年掛けて仲間として扱われるようになった。カタコトの異世界言語を駆使してな。
 その間に異世界での知識を貯めた。文字は読めなかったが、読み上げてもらうことでなんとか本での知識を得た。

  異世界の知識で1番驚いたことだ。
 異世界には魔法があったんだ。
 しかし、俺は使えなかった。
 だが、その代わりに俺が使っていた「氣」もれっきとした技術として確立しているものらしく、異世界の住人は「闘気」と呼んでいた。
 闘気は魔法や奇跡の力を打ち消す力があるらしいが、扱える人間は少ないらしい。

 なぜかというと、闘気が出来るのは強化のみで、魔法なんかと比べると万能ではなく、闘気を扱う場合はその時点で魔法及び奇跡の力は一切扱えなくなるらしい。

 また、魔法を打ち消せるといっても力の差があった場合はその限りでは無いらしく、闘気は扱いにくいというのが常識だった。
 
 俺は再び異世界に絶望した。どうせだったら魔法を使いたかった。闘気なんて地味なものではなく、ド派手な魔法を操りたかった。そう、後悔している俺の元に、1人の男が現れた。

 莫大な闘気を秘めた男だった。彼は俺の師匠となって闘気の扱い方、戦い方を俺に教えてくれた。俺の力を感じ取ってやって来たと師匠は言っていた。自分の戦う相手遊び相手になって欲しいという理由で俺を拉致し、俺に闘気を教えこんだ。

 師匠の元で2年間修行をした。

 この頃にはもう俺は異世界での理不尽には慣れっこだった。
 毎日師匠にボコられ、猛獣と戦い、言語の壁に苦しみ、ヒロインは現れず、師匠にボコられる。噂によると師匠は「地上最強の生物」とか呼ばれているとかいないとか。

 そんな日々を過ごすある日、師匠に俺は異世界人だと打ち明けた。元の世界に帰りたいと。
 すると師匠は、俺を倒したら元の世界へ帰る方法を教えてやると言った。

 師匠との戦いは三日三晩続いた。

 大陸の形が変わったらしいがそんなことはどうでも良かった。とにかく、俺はなんとか師匠に勝った。
 約束どうり師匠は俺に教えてくれた。
 彼と居た時間はなんやかんや楽しかったし、闘気を俺に教えてくれたことを感謝して、師匠の教えてくれた場所に向かった。

 そこは、時と空間を操ると言われている伝説の聖獣の住処だった。それまで半年かかる厳しい道のりだったが師匠の修行に比べたら反吐が出るほど簡単だった。
 その聖獣に対してお願い脅迫して元の世界に戻すようにした。


 こうして、俺の8年間の異世界生活は終わりを迎えた。だいぶ端折った説明だったが異世界のクソっぷりは伝わったのではないだろうか。


 そして俺は現代社会に戻ってきた。
 俺が異世界転移した時から数時間しか経っていたなかった。あまりに何も変わらない日常に涙が出た。
 両親どちらも俺を見るなり通報しようとしたが、なんとか止めて説得し、あらゆる方法で信用してもらい、俺が異世界から帰って来たことを認めてもらった。
 俺の体が1日ででかくなりすぎたので、転校した。クラスの奴らにどう説明すれば納得するのか1ミリも思いつかなかったし、騒ぎが大きくなると思ったからだ。

 引越しをし、新しい土地で新しい生活が始まった。この時の俺は期待していたんだ。異世界ではクソみたいなことしか起こらなかったけど、こっちに帰ってきたら何か起こるかもしれないと。
 新しい学校で、運動部の勧誘をあしらいながら、久しぶりの数学に頭を痛めながら、放課後の校舎で黄昏ながら、俺は待っていたんだ。
 可愛らしいヒロインを、謎の超巨大組織を、周りの人間が不思議なパワーに目覚めるのを。

 だが!何事も起こらない!

 俺は異世界で得た力をひとつも使うことなく高校を無事卒業した。
 大学に進学し、ひとり暮らしを始めた。
 課題に追われながらも俺は再び待っていた。突如町の銀行が銀行強盗に遭わないか、テロリストがショッピングモールにたてこもらないか。マッドサイエンティストが暴走しないか。

 しかし! 何事も無さすぎる!

 ここは平和な国日本。摩天楼を縦横無尽に飛び回る蜘蛛男が居るような街でも、巨悪に対抗し続ける金持ちの蝙蝠男が居るような世界でもないのだ。

 そのまま俺は大学を卒業して就職した。

 そうしていくうちにいつしか非日常への願望が薄れていった。毎日遅くまで残業し、上司に怒られ、部下が出来たらその尻拭いもし、帰ってくるのは夜遅く。休みの日も容赦なくかかってくる出勤の電話。労基なんて守る気配がない。

いくら俺が強大な力を持っていたって、年月をかけて作られた社会へのルールに歯向かうことは出来ない。そんなことをしたら全世界を敵に回すだろう。それは俺も、俺の両親も望んでいない。

 社畜な生活にも慣れて、唯一の楽しみが深夜アニメを見ながら缶ビールを飲むことになった。

 ◇

 これが俺の半生だ。
 これを聞いても、まだ異世界に行きたいだろうか。俺はそんなクレイジーなことゴメンだ。
 いいか、現実は基本的にクソだ。なにかを待っているだけじゃ何も起こらない。そう思ったほうがいい。お兄さんとの約束だ。
 
 ……明日も早く出勤しないといけない。もう寝るか。

 ◇

 ・鈴木武蔵
 本作の主人公。異世界で8年間の滞在経験あり。(但し履歴書には書けない)
 圧倒的的フツメン。昔髪を染めようとしたが顔がフツメン過ぎてやめた。闘気による不思議パウワーで実年齢よりだいぶ若く見える。けど、いつも疲れた表情なのでそれも台無し。
 めちゃくちゃ強い。たぶん世界中の軍隊を相手にしても勝てる。
 厳しい異世界生活の結果、肉体が超進化。背が高い。腹筋がすごい。上腕二頭筋とかもすごい。けど顔はフツメン。出来の悪いコラ画像みたい。
 異世界での生活+社畜の経験により精神力はカンスト。戦闘力と精神力どちらも兼ね備えた超生物のような存在。けれど感覚は小市民的。スーパーのバーゲンとか逃したくないタイプ。
 ちなみにちゃんと童貞。
 

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