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婚約破棄された男爵令嬢〜盤上のラブゲーム

しみずん

1章 婚約破棄

「ーーーーっと、とにかく! 僕と君との婚約については、かっ……解消させて貰うからなっ!」

 突如として、語られる衝撃の一言。

 声を荒げて放たれたその言葉は容赦なく私の心に突き刺ささりました。

 予想だにしないまさかの展開にまともに思考が働かなくなり、次第に狂いだし、世界が急速に閉じていきます。

 盛大な茶会の会場は一気に冷めきり、ピンッと張り詰めた空気が会場を支配しました。

 辺りには様子の変化に気付いた令嬢、令息のざわめきと困惑した視線が飛び交っていました。

 アシュトレイ様はいったいどうなされてしまったのだろう?

 二日前、私の屋敷に足を運んでくださった時には、あんなにも優しい笑顔で結婚式の段取りを話してくださったのに。

 急に私の事が嫌いになってしまわれたのかしら……。

 それとも私よりも好きな女性が出来た、とか……。

 分からない。

 いくら考えたって心当たりが全くない。

「アシュトレイ卿! お待ちくださいーーーー」

 私に背を向け去っていくアシュトレイ様をお父様が呼び止め、何かを話しています。

 お父様は明らかに冷静ではないご様子で、必死にアシュトレイ様にすがりついていましたが、お父様は力ずくで引き剥がされその場に力無く崩れ落ちました。

 そして私は視界の端でようやく捉えていたお父様から視線をきって、その場を後にしました。

 あてもなく、ただフラフラと歩き出した私の背中に会場の方々の視線が容赦なく突き刺さり私の胸の奥、心にまで達します。

 視線が一つ刺さる毎に少しづつ心臓がねじ上げられ、それまで胸の奥でどうにか押し殺していた心臓の悲鳴が喉を駆け上がり口元から徐々に溢れ出してきます。

 溢れ漏れ出す悲痛な悲鳴を悟られぬよう、必死に冷静を装って歩きますが行くべきところが見つからない。歩けど歩けどこちらを見つめる高貴な貴族達の視線からは逃れられません。

 静まりかえった会場には私の足音だけが妙に響いており、天井から床、床から壁へと次々に反響していきます。

 右に左にあてもなくふらつきながら歩いていると、ようやく目指すべき場所を発見しました。

 目標の無かった行き先に、目指すべき目標が出来た。その事で多少なりと足取りがしっかりとしたように感じます。

 前後左右から容赦なく突き刺さる視線に耐えて目指すべき、光が差し込む扉へと向かって一歩一歩突き進んでいきます。

 あの扉をくぐれば、

 あの、光輝く扉をくぐれば自分は助かる。

 自分は解放されるのだと、そう思います。

 満足に上がりもしない足を引きずり、小刻みに震える足が絡まないように気を配り、もう目の前に迫った光溢れる扉の輪郭を掴もうとして両手が空を切りました。

 倒れ込みそうになる上半身をどうにか持ちこたえ、素早く前へ前へ足を送ります。

 強烈な光の中へ身を投じ、視界は白に染まります。

 熱を、感じる。

 強烈な光に視界を奪われ、自然と右手で両目を覆います。

 風を、鳴き声を、感じる。

 光と熱が自身を襲う中、可愛らしい鳴き声と肌を撫でるふわりとした風を感じました。


『我々ポーンドット家はまさしくチェスのポーンのように弱く、力が無いから一つ一つ懸命に前に進んでいくしかないんだ。だが、よく考えてごらん? キングもクイーンも全てはひとつの駒にすぎない。ポーンだって立派な駒のひとつなんだ。みんな同じで、みんな一緒なんだ。だから決して貴族たる誇りを忘れてはいけないよ? そうすればきっと幸せになれるから。分かったね? ローレライ?』


 幼い頃、お父様からよく言われていたそんな事をぼんやりと考えながら、今までの自分の行いを振り返り現実から目を背けるように私は光の中へと逃げ込みました。

 強い光に照らされ私の身体の輪郭は瞬時に溶けていきます。


 世界がーーーー切り替わった気がしました。


 輝く白の世界を抜けて辿り着いたのは、会場のすぐ隣に造られた庭園でした。

 そこには様々な形に剪定された多くの庭木が植えられてあって、ところどころにゼフィランサスの白い花や、アルストロメリアの赤い花が彩りを添えるように咲いており、間違っても我々人間に届けるためではないと思いますが数匹の蜂が花の蜜取りに精を出しています。

 また、足元に広がる活き活きとした緑の芝生に目をやると、どこも長さが均一に切り揃えられていて入念な手入れが行き届いている事が窺えます。

 そんな芝生の一部分には疎らな色合いの煉瓦で作られた遊歩道があって、庭園のずっと奥の方まで続いているようなので、恐らく庭を一周できるように造られているのでしょう。

 その時、ふいにどこからともなく現れたのはこの辺一帯に多く生息するエメラルドグリーンの羽根が特徴的なアオスジミカドアゲハ蝶。そんな二匹は互いの身を寄せ合い仲睦まじくひらひらと優雅に宙を舞い遊んでいます。それはまるでここ、アヴァドニア公爵家の庭園でランデブーを楽しんでいるようで、その光景はさながら少し前までの自分とアシュトレイ様のように思えてきて、悲しみが胸の奥にひっそりと影を落としました。

 そうでした。

 私はつい先ほど、婚約破棄されたばかりなのでした。

 ふらふらと辿り着いたこの立派な庭園にすっかりと心を奪われていたけれど、こんなのんきな事をやっている場合ではありません。

 現実逃避はやめて、現実に向き合わなくては。

 でも、

 ここにこうしてやって来て少しでも気を紛らわせていなかったら、あのままあの場所で人目を憚らずに泣き喚いていたように思うので、これはこれで良かったとも思います。

「はぁ……」

 ため息を一つ小さく漏らして、テラスの手摺を指先でそっと撫でながら歩きます。

 恐らく有名な職人に作らせたのであろうテラスは、細部まで見事に造り込まれていて素人目にも職人の類稀なる技術と努力が伺えます。

 私の家とは大違いですね。

 憧れのテラスを羨望の眼差しで、端から端まで一通り眺めながら歩いていると庭園へと降りるための階段にさしかかりました。

 再び視線を庭園へと移します。

 視界に飛び込んできた暖かな陽の光に包まれた庭園は、まるで御伽噺の楽園のように神秘的で心を強く惹きつけられ、魅了されました。

 このまま庭園の奥へと行ってしまいましょうか。

 無意識に、そう思いました。

 そうすれば辛い事や悲しい事なんか全く起きない、この世界とは全く別の隠された新たな世界に行けるかも知れません。

 それこそ、幼い頃に読んだ一冊の本に出てきた摩訶不思議な世界のようなーーーーそんな夢の世界。

 幼い頃の記憶を辿りながら、ぼんやりと美しい庭園を眺めて一歩階段を下り、二歩目を踏み出そうとした瞬間、

「ーーーー痛っ!」

 右足に感じる硬く重い感触、耳に届いた聞いたことのない若い男性の声。

 予期せぬ出来事に突如として私の意識は現実の世界へと引き戻され、現状の確認作業が急ピッチで進められます。

「ーーーーあっ、えっ? えっ?」

「……ん?」

 取り乱す私と、腰の辺りをさすりながら苦悶の表情を浮かべる男性。

 女性のように艶やかな青髪、そこから覗く切れ長の目、白くきめの細かい肌、男性とは思えないたおやかな身体付き、恐らくはどこか名のある家の令息なのでしょうが見覚えはありません。

 観察をしている間にも男性は立ち上がりこちらへと向きなおって、

「すみません。ちょっと考え事をしていたもので……失礼致しました」

 考え事をしながら歩いて、ついうっかりと背中を蹴るという無礼を働いたのは私の方なのになぜか謝られてしまいました。

「あぁっ、いえっ、あのっ、そのっ……私の方こそ……ごめんなさい!」

 取り乱す私を見ながら男性は優しく微笑んでいました。
 
 








 




 

 

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