猫耳無双 〜猫耳に転生した俺は異世界で無双する〜
第5話 声の主
クロの住んでいた村が襲撃され、1週間が過ぎた。
場所はエルラルド王国の王都の中心に聳え立つ巨大な王城の謁見の間。
王が座る玉座には立派な髭を生やした小太りの男性が様々な装飾を施した服を着て、踏ん反り返っていた。
彼の名はサードス・フォン・エルラルド。
この人族至上主義国家のエルラルド王国の国王。
「陛下の御命令通り、取って参りました。」
今回の亜人の集落殲滅戦の部隊長に命じられた奇剣使いのメイトは国王の前に2つの首を広げる。
「ほぅ・・・・。それが獣王国の三獣士のうち、『黒弓のクロード』と『銀剣のティルト』の首か。」
床に広げられたのは、クロの父であるクロード・マクレーンとティナの父であるティルト・フローンの首だ。
少し腐敗しており、若干だが臭いはするが防腐処理がされているようで腐敗もそこまで進んではいない。
「はっ!そうでございます。」
「じゃが・・・・やはり彼奴は居らんかったか?」
「・・・・残念ながら、三獣士最強の『金魔のフレイド』は居ませんでした。」
サードスは自慢の髭を摩りながら呟く。
「そう簡単には捕まえさせてくれぬか・・・・。あの害獣が・・・・!」
少し苛立ちを見せるサードスにメイトは言う。
「しかし、獣人族・・・・亜人族の中でも最も危険と言われる猫族の殆どを処分できました。奴らの戦力はガタ落ちでしょう。」
「・・・・殆ど、とな?どう言うことじゃメイトよ?」
「・・・・子供2名を逃してしまいました。申し訳ありません。」
「お主ほどの者が逃すとは・・・・む?そうかこの2匹の雌は・・・・。」
「そうでございます。フレイドの弟子、『銀と黒』の精霊魔法士、ククルとテトが邪魔をしまして。」
「その2人の首はどうした?」
「最後の悪あがきに自爆をされまして・・・・。申し訳ございません。肉片なら回収したのですが。」
御覧になられますか?と呟き、メイトは袋を取り出す。
「そんな気色の悪い物は出さんでよい。じゃが・・・・逃した子供とやらは気になるの。」
「既に追っ手を送っております。逃れたとしてもまだ10歳前後のガキ・・・・、何もできないでしょう。その辺で野垂れ死ぬだけです。」
「ふっ。そうか。メイトよ。ご苦労であった。しばらく休息を取るがよい。下がっていいぞ。」
「はっ!もったいなきお言葉です!・・・・それでは自分はこれで。」
メイトはそう言い、謁見の間を後にする。
部下を連れながら王城を歩く彼は一つの懸念を思い出す。
「(・・・・そう言えば、『速剣のマイク』が雷魔法によって戦死していたな。あの集落の中、雷魔法を使っていた兵士も害獣も居なかった。つまり――――)」
ふと、銀剣のティルトが助けていた子供を思い出す。
さらに彼はあの子供のことを黒弓のクロードの息子と言っていた。
「・・・・嫌な予感がするな。・・・・おい。」
「はっ!」
近くにいた部下にメイトは命令をする。
「あのガキ2匹を追っている部隊に増援を送れ。嫌な予感がする。」
「かしこまりました。すぐに手配します。」
そう言って、部下の1人は別方向へと走っていく。
この瞬間をメイトは後に後悔することになる。
自分自身がこの時向かえばよかったと・・・・。
川沿いを虚ろな瞳でトボトボと歩いている少年と少女がいた。
2人はしっかりと手を握っているが、表情に生気はない。
「お母さん・・・・お父さん・・・・。」
ティナ・フローンは呟く。
だが、その呼びかけに返事するものはいない。
少し銀色に輝く髪の毛、頭からぴょこっと出ている耳はへなっと倒れている。
とても整った顔立ちなのだが、その顔すら霞ませてしまうくらい表情は絶望に染まっている。
「ティナ・・・・、まだ歩ける?」
ティナよりほんの少しだけ早く歩く彼の名はクロ・マクレーン。
元々はこことは異世界に生きていたクロだが、不慮の事故で死んでしまい、この世界に前世の記憶を持ったまま転生した。
しかし、彼は今まで戦争や戦いなどとは無縁の平和な日本で暮らしていた。
昨晩起きた出来事にまだ脳の処理が追いついていかない。
精神年齢では30歳を超えたクロですら、精神的にまいっている。
本当の10歳のティナには耐え難い現実なのだ。
「――――っつ!」
足に激痛が走る。
立ち止まり、足を見ると靴は所々真っ赤に染まっている。
追っ手から逃げきるため、夜通し森の中を歩き回っていた。
長時間の距離を移動することを想定していないただの鞣した皮の靴は激しい靴擦れも起こし足をボロボロにしていた。
だが、この痛みを感じるほど今の今まで余裕がなかったのだ。
「・・・・休もうか、ティナ。」
「・・・・うん。」
少し大きめの樹木を見つけ、そこの根元で腰を下ろす。
ティナはパタリとクロの膝に頭を乗せ、無理に声帯を震わすように声を出す。
「・・・・私たち猫族が何かしたのかな?」
「・・・・分からない。」
クロはこの差別の全体像を調べたことがある。
しかし、どの文献や本を読んでも人族の一方的な言いがかりや裏切り・・・・とにかく、全て人族が悪く書かれていた。
「(・・・・結局は全て獣人側の視点でしかない。全てを人族のせいにするのは早計な考えな気がする。それでも――――)」
クロは少し拳を握りしめる。
昨夜、強く握りすぎたせいで手のひらがボロボロなのが分かっていても力を込められずにはいられない。
沸々と腹の奥から怒りが込み上げてくる。
「――――俺は人族を赦さない。」
ふと、クロは我に帰る。
今は復讐よりも親から、彼女の親から頼まれたティナを守ることを優先しなければならない。
今の自分の感情ではティナの心の傷を癒すことはできない。
自分の感情が外に出ていたのを若干焦りながらクロは膝に頭を乗せているティナを見る。
「・・・・寝たのか。」
スースーっと寝息を立てているティナを見てクロは安堵する。
この怒りは忘れてはならない。
だが、ティナの前では出してはならないものだと直感的に思っているクロ。
慣れた手つきでクロはティナの髪の毛を触りながらいつもやっていた様に頭を撫でる。
いつもなら頬を緩ませるティナだが、今日はそうとはいかなかった。
寝ているのにも関わらず、ティナの目尻から涙がツーっと流れ落ちる。
「・・・・おか、あさん。」
クロはその涙を今後忘れることはないだろうと思った。
いつも微笑みかけてくるティナはもしかしたらもう見れないかもしれない。
「(人族どもには必ず復讐する・・・・!だが、まずは生活の安定を優先しないと――――!)」
クロの視界が一瞬だが歪んだ。
「(・・・・俺も限界みたいだな。精神年齢が大人でも、体は子供だ。長時間は起きてられない。)」
クロは太い幹に身を任せ、目を閉じた。
『本当にキミはバカだよな。』
クロは不思議な感覚を覚える。
意識はぼんやりだがある。
だが、喋れないし動けない。何も見えない。
声だけが聞こえる。
『ボクを呼びたかったら名前を呼びなよ。』
一方的に話しかけられる。
お前の名前なんか知らないぞと言いたいが口が動かない。
『いいや。キミは知ってるよ。ボクの名を。』
記憶を探してもこんな脳内に直接話しかけてくるタイプの猫は知らない。
『ほら。知ってる。ボクは猫なんて一言も言ってないのに猫って言い当てた。』
いや、ここ10年猫族としか関わってなかったから何でも猫だと思っちゃうんだよ。
『キミは忘れているだけだよ。猫なんだからボクの名前はアレだけだよ。』
ただでさえ、現状を飲み込みきれてないんだ。これ以上混乱させるのはやめてくれ。
『んー、じゃあヒントだよ?いつまででも待ってるよ。――――カズト。』
「――――ッ!?」
クロは突然目を覚ます。
寝ていた時間は1時間ほどだろう。
しかし、先ほどの夢はクロの脳味噌を揺らすほどの衝撃だった。
「(・・・・なんで、俺の前世の名前を?)』
ここは異世界だ。
理屈だけじゃ説明できない部分があってもしょうがないと理解はできる。
だが、クロは産まれてから一度も前世のことを口にしたことすらなかった。
だが、先ほどの夢の猫はクロのことをカズトと呼んだ。
ただでさえ、処理能力の悪い脳がフル回転して頭から煙が出そうだった。
「(・・・・そもそもなんで俺はあの声の主が猫だと思ったんだ?・・・・けど、なんだか懐かしい様な――――!?)」
クロは今まで歩いてきた方向にバッと視線を向ける。
「(大河の水流音に紛れて、金属音・・・・。追っ手か?だとしたら戦闘は不味い。流石に人族の全ての部隊が探しているわけではないだろうが・・・・。)」
さらに耳を澄ませてみるが距離があるせいか、正確な人数が分からない。
だか、確実にわかることがある。
音が徐々に大きくなっていく。
つまり、こちらに向かってきているのだ。
「ッチ!油断した・・・・!ティナ!起きろ!」
「・・・・ん、うーん。」
子供2人くらい見逃すと本音では思っていた。
だが、人族の差別主義はかなりイかれていると実感させられる。
「(かなりの人数・・・・!10歳くらいの子供2人にここまでするのかよ!?)」
「クロ・・・・?どうしたの・・・・??」
眠たそうな目を擦りながらティナは起き上がる。
「ティナ!すぐに逃げるぞ!追っ手だ!」
「――――っへ?」
追っ手という言葉で目が覚めたのか、ティナは急いで立ち上がろうとする。
しかし、ティナは足を抑えて立ち上がれなかった。
「っつ!?」
クロの足もそうだが、ティナの足もすでに限界を達していた。
足に走る激痛が動きを鈍らせる。
クロは状況を察して、ティナを背負って逃げようとするが足音はすぐそこまで来ていた。
「――――!居たぞ!!亜人の餓鬼だ!!」
その声を聞いたのか、周りの茂みから次々と同じ鎧を着た人族が出てくる。
「ひっ」
「こんな所まで逃げやがって・・・・害獣が手間取らせるなよ!!」
人族たちは一斉に剣を鞘から抜き出す。
脳裏に昨晩死んだ父のクロードの生首が思い浮かぶ。
クロは歯を喰いしばる。
後ろを振り返れば怯え、小刻みに震えるティナの姿が見える。
「・・・・ティナ。隠れてろ。」
「く、くろ?」
クロは覚悟を決め、敵を見据えながらティナに微笑んだ。
「大丈夫だ。俺は逃げろなんて言わない。・・・・すぐ終わらせる。」
クロは魔力を放出し始める。
魔力は精霊を媒介し、紫電へと変化させていく。
右手で腰についていた頼りない解体用のナイフの柄を握りしめる。
「亜人如きが・・・・!人族様に勝てると思うなよ!!」
兵士たちは一斉にクロに飛びかかる。
「――――っく!」
ありとあらゆる方向から剣戟が飛んでくる。
クロは猫族特有の身体能力、反射神経をフル活用し紙一重で避けていく。
剣が空気を裂く音で次の攻撃を予測する。
兵士の一人一人の動きを観察し、筋肉の動き、間接の角度から次の攻撃を予測していく。
「(――――やってることは狩りと一緒だ。落ち着いて次の動きを予測する!)」
1人の兵士が振り下ろした剣が空振り、若干バランスを崩す。
その隙を見逃さずその兵士の鎧の隙間に手を入れる。
雷の魔法を発動させ、次の攻撃ができない様に確実に心臓が止まるレベルの電撃を放つ。
「くそ!!」
仲間がやられたのを見てから動きが単調になる。
クロは迫り来る剣をひらりと躱し、右手に握る解体用のナイフで喉元を切り裂く。
血飛沫が若干顔にかかるが、気にしてられない。
背後から迫る攻撃を喉元を切り裂かれた兵士を使ってガードする。
「――――がっ!?」
1人、また1人を殺していけばその死体は盾になる。
仲間を切り裂きそうになった兵士は一瞬の戸惑いを見せる。
その隙に解体用のナイフを兜と鎧の隙間に投げつける。
ナイフは問答無用で兵士の喉元に突き刺さる。
クロは盾に使っていた兵士の剣を奪い取り、大量の電気を帯びさせた状態で兵士を切り裂く。
切り傷としては軽症だが、電撃は兵士の身体を貫いていく。
「どけ!!――――『ストーンブラスト』!!」
1人の兵士の掌から石飛礫が大砲のような勢いで発射する。
「(――――っ!?魔法士か!?)」
無理矢理身体を捻じ曲げて回避しようとするが脇腹に直撃する。
「がっ」
バギッという音と共に肺から全ての空気が出て行く。
勢いを殺せきれず、クロは数メートル転がる。
血反吐を吐きながらもなんとか受け身を取り、すぐに立ち上がる。
しかし、脇腹に鈍痛が走り口から咳と共に血が溢れてくる。
「(クソ、油断した。全員が剣を掲げるもんだから魔法士は居ないと判断するのは早計だった。)」
身体が悲鳴を上げている。
だが、まだ動ける。
「魔物にも、獣にもなりきれぬ穢れた血が・・・・!!よくも同胞を・・・・!!!」
怒りを露わにしながら兵士たちはクロの出方を伺っている。
クロたちからすればより多くの同胞を葬ったのは彼ら人族だ。
だが、彼らにその様な理屈は通じない。
魔法士であろう兵士の1人が天に手を掲げる。
「主神ラッシュ様の名の下に下賤な害獣を駆除して見せましょう・・・・!!『ストーンバースト』!!!」
かなりの魔力が空へと放たれる。
空中で直径5メートルはあるであろう岩の塊ができる。
「死ねぇぇぇぇ!!」
魔法士は手を振り下ろす。
巨大な岩の塊はクロめがけて落ちてくる。
「(――――不味い不味い不味い!!クソッ!出し惜しみしてたら負ける!!!)」
クロは瞬時に魔力を放出する。
「はぁぁぁぁっ!!雷の精よ!!」
最大出力で雷の塊を岩の塊に打つける。
ドガアアアアアンッ!!!
激しい轟音と共に岩は砕け散る。
「はぁっはぁっ!」
魔力はまだある。
しかし、一度に無理に出すとまだ発達しきってない脳内の魔力回路がショートしてしまう。
クロは強い頭痛と軽い目眩に襲われる。
「――――っく!まだ、だ!!」
クロは近くに落ちていた剣を拾い、構える。
「亜人風情が!!」
3人の兵士がかが一斉に襲いかかってくる。
クロはしゃがみこみ横一線の剣戟を避ける。
しゃがむと同時に地面の土を握りしめ、3人の兵士たちの顔をめがけて投げつける。
「――――っ小賢しい!!」
一瞬の視界を奪った。
戦いではその刹那が勝敗を決める。
クロは隙を突き、2人は同時に感電させ、1人の喉元を剣で突き刺した。
「はぁっはぁっ!」
息が上がる。
クロは武器の確保のため、突き刺さった剣を引き抜く。
見たところ、15人ほど居た兵士はあと1人となっていた。
あの土魔法を使う魔法士だ。
「あとは・・・・はぁはぁ・・・・おまえ、だけだ!」
一対一なら疲労しているとはいえ、人族と獣人では圧倒的な力量差がある。
勝ちを確信し、魔法士に攻撃を仕掛けようとした瞬間、クロは違和感を感じ取る。
そして、魔法士の身体は脆くなった土の様にボロボロと崩れていく。
「(――――なっ!?)」
「――――きゃっ!?」
バッと振り返るとそこにはニヤニヤと卑劣な笑みを浮かべる魔法士の男がいた。
「ティナ!!」
魔法士はティナの髪の毛を強引に掴み、剣を首元に当てている。
「へへへっ・・・・動くなよこの害獣が!動いちまったら・・・・おまえの大切なこの雌の首を切り裂いてやる!!」
「・・・・どこまでも!屑なんだお前らは・・・・!!」
「あ?テメェらみたいなゴミが人間様に向かって何言ってんだ?お前らに道理も人道も必要ねーんだよ!」
苛立ちを隠せないのか、魔法士はティナの髪の毛を引っ張り、刃を首に当てる。
「――――ひっ」
首筋からはツーっと血が垂れてくる。
「いいか?武器を捨てて両手を上に挙げろ。下手な真似はすんなよ?」
「・・・・くそ。」
クロは手に持っていた剣を放り捨てる。
指示通り、両手を上に挙げた。
「お前は絶対に楽に死なせねぇ!四肢を切り落としてこの雌ガキを目の前で犯してやるよ・・・・!!」
卑劣な笑みを浮かべ、魔法士は剣をクロに向ける。
「――――くろ!私は、いいから!逃げて!!」
ティナが叫ぶと魔法士は平手でティナの頬を殴る。
「うるせぇぞ!!雌ガキ!!」
ふつふつとクロの中に怒りがこみ上げてくる。
犬歯を剥き出しにし、今すぐこの男を殺したい衝動が襲ってくる。
「お涙頂戴の展開ってかぁ〜?害獣如きが人間様の真似事してんじゃねぇぞ!!」
もう一度魔法士はティナの頬を殴る。
「やめろぉぉ!!」
身体が動きそうになるが、それを察知した魔法士は素早くティナの首に刃を当てる。
「おいおい〜?コイツがどうなってもいいのかよ?」
クロは動きを止め、奥歯をギリギリと噛みしめる。
「(この状況を、打開する方法はねぇのかよ!・・・・俺は、俺は女の子1人守れねぇのかよ・・・・!!)」
下賤な笑い声が耳を劈く。
すると、クロの脳内に声が聞こえる。
『ピンチだね?ボクを呼ばないのかい?』
夢で聞いた声だ。
脳内に直接語りかけてくる、落ち着いた声。
『キミは覚えてるはずだよ。ボクの名前を。』
「(・・・・。)」
『ボクはキミの呼びかけにはいつも答えてあげてたじゃないか。』
クロの記憶の中で何かが引っかかる。
『ボクは・・・・もう一度、キミに名前を呼んで欲しいんだよ・・・・カズト。』
そして、記憶が蘇る。
『こんな所で何してんだよ・・・・?寒いだろ?うち来るか?』
『――――ミ、ミャー』
『ははっ!そんなに舐めるなって!』
『和人、飼うのは全然ウェルカム!!なんだが拾った本人が名前を決めるべきだぞ?』
『ミャー!』
『そうだよなぁ・・・・。猫って言ったら?』
『天使!!』
『母さんは黙ってて。・・・・でも天使かぁ。んー、妖精?あ、そうだ!』
『決めたのか?』
『あぁ。アイルランドの伝説に出てくる猫の妖精にちなんで・・・・君の名は――――』
「――――ケット。」
クロは呟く。
「あ?何言ってんだお前?ついにイカれちまったか?」
そう。思い出したのだ。
前世の猫宮和人が中学2年生の冬。
家の近くの公園に捨てられていた1匹の妖精の様な可愛い猫。
「――――顕現せよ、雷を統べる精霊よ。」
膨大な魔力が紫電となり俺の前で形を成していく。
「お、おい!何してる!?」
「俺に力を。――――助けてくれ、ケット!!!」
ドンッ!!!
空気を揺らす衝撃とともに閃光がクロたちを包む。
「ぐがあああ!!」
直接光を見てしまったのか、魔法士は目を抑え、その場に尻餅をついてしまう。
ティナも光を見たが彼ほどではなく、ダメージは少ない。
チャンスと見て、クロの方へ走り抜ける。
『・・・・本当に呼ぶのが遅いよ?飼い主サマ?』
閃光を放った場所にはバチバチッと電気を帯びて、ぷかぷかと浮いているブリティッシュショートヘアの猫がいた。
「まさか・・・・お前だと思わなくてな。久しぶりだな、ケット。」
彼は昔、クロの前世である猫宮和人が飼っていた猫。
アイルランドの伝説に出てくる猫の妖精、ケット・シーから名付けた愛猫、ケットだ。
『まぁ、聞きたいことは沢山あるだろうけど・・・・今はあの蛮族をやっちゃおうか。』
「あぁ。」
ケットの姿を見て、魔法士は震えている。
「ばばば、馬鹿な・・・・っ!!それはせ、精霊・・・・!?」
紛いにも魔法士の端くれである彼は知っていた。
過去に精霊を顕現させることができた者は1人だけ。
三獣士最強と呼ばれた、精霊魔法士。『金魔のフレイド』だけなのだ。
最強と呼ばれる所以、それは顕現した精霊は精霊魔法を昇華させることができることだ。
その強さは、まさに最強。
『じゃあ、行こうかカズト。・・・・いや、ここではクロだったね。』
「あぁ。そう呼んでくれ。」
クロはスッと手を前にかざし、照準を魔法士の男に合わせる。
『初の顕現化だから、あまり強いのはダメだよ?キミの魔力が吹っ飛んじゃうから。』
「わかった。――――『雷轟電撃』!」
「――――ひっ!?」
クロの掌から爆音とともに激しい電撃が放たれる。
魔法士はそれに呑まれ、一瞬で灰となった。
クロたちとあまり離れていない距離にある樹木の上で1人の男はクロの放った『雷轟電撃』を眺め、ニヤッと笑っていた。
「・・・・危なかったら割って入ろうと思ったが。」
『無駄な心配だったようですね。』
彼の頭部にも獣人の証である獣耳が生えている。
ピンっと張った耳と髪の毛は黄金色の美しい輝きを放っている。
「・・・・あの年で精霊を顕現化させるとはな。流石はククルの忘れ形見というわけか。」
先ほどまで枝に座っていたラグドール、フワッとした毛並みを持っている猫はピョンっと跳ね、男の肩に乗る。
『・・・・アレはもう努力でなんとかなるレベルを超えてるわね。』
「ほう・・・・?つまり?」
『才能・・・・ね。流石あの人が認めたことはあるわ。』
金髪の男はふふっと笑う。
「これからが楽しみだな。」
『そうね。』
そう言って、彼らは残像を残し、その場から消えた。
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