back Ground

あかね

逃げる



ボコボコのアスファルト。
崩れ落ちたビルや電信柱。

 ここはかつて大都市と言われた東京の中心部である。

歩く人々でごった返していた交差点は
今や無法地帯となり、そこを歩く人はいない。


そんな中、逃げ惑う一人の少年と
それを追う全身スーツの集団の
足跡が静けさを包む街並みに響き渡る。


「このご時世になっても、盗みは犯罪っていうのかよ…!
頭イカれてんのはそっちだろうが!」


叫ぶ少年。
無造作に伸びた黒髪に茶色の瞳。
所々に破けたパーカーにデニム。

 こんな世界になっても総理大臣という職務を続け
国民の大半から憎悪を買っている
染谷日和の一人息子。

染谷 大和《そめや やまと》である。


大和は軽やかに目の前の障害物を避けながら
狭い道へと徐々に進んでいく。


見失わない様に、黒スーツの集団も
大和の背中を追う。

その時、走る大和の目の前にあった青いポリバケツが
勢いよく宙を舞った。
集団の一人が放ったミニガンの銃弾が当たったのだ。


「…おいおいおい。
流石に今のは当たったら、ヤバイやつだろ。
大の大人複数が一人の子供に大人気ないんじゃねーの?」


大和はそう言いながら集団の方へと振り向く。

最悪な事に大和の後ろは行き止まりだった。

日々劣化していく街並みであるが故に
昨日まで通れた道も
崩れゆく建物の瓦礫で塞がれ
通れなくなる事は珍しくない。


「お前を殺してもいいなら、今の弾丸は確実に
お前の心臓を貫いていた。
残念ながら俺たちはお前を生かして
保護する様に命じられているんでな。
命拾いしたな。」

黒スーツの集団の一人が大和に言う。

全員がガスマスクをしており
一人一人の顔が見えないのが更に
大和の緊張を刺激する。


「はは…そりゃあ残念だったな…。」

力弱く笑い、そう言い終えると
降参したかの様にその場にもたれこんだ。


ゴソゴソッーー。


大和は自身のパーカーのポケットから
何かを取り出そうと手を入れる。


「こ…こいつ!凶器を隠し持っていたのか…!構えろ!」


集団は一斉に持っていた銃の銃口を
大和へと急いで向けた。


そして大和の、パーカーのポケットから出たものは
先ほど盗んだパン一つだった。


そのパンは知る人ぞ知る、かつてその場所に健在だった頃は
行列を作る東京屈指の人気店のパンだった。

だが今、大和が手に持つパンは
カビだらけで、一見ソレが
“パン”だとは誰も分からない代物であった。


「やっと探して手に入れた食料なんだよ。
もう腹ペコだ…食わせてくれ。」


集団は銃口を大和から離し、安堵で肩を落とす。


「何だよクソガキ…驚かせやがって…。立て。
残念だがその汚ねぇ物体を食わす事も許されていない。
お前には、ある組織からの加入命令が下されている。

だから、こんな汚染された街の食べ物を食わせて
万が一死んじまったら、俺らの責任になるからな。」


「…どこまで俺の事、好きなわけ?
俺の“父親”より優しいじゃん。」


「どこまで幸せ者なんだよお前。
全てビジネスに含まれてんだよ。
そうじゃなければお前みたいな生意気なガキ…」

「もういいでしょ、拘束器具を出して。
さっさと連れて行きましょ。
こんな場所に長くいたら、肌に悪いわ。」


大和に悪態をつく男に、仲介に入るかの様に割って入り
女が会話を止めた。


「さぁ、行きましょう。大和くん。
少なくともこんな世界の終わりの様な場所で
生きていくよりかは、マシよ。
生活面は保証してあげるわ。」


「…俺はここで泥水すすって生きていく方が
性に合ってんだけどな…」


「釣れない事、言わないで。
私はあなたの事好きよ。
きっとお風呂に入り身なりを整えたら可愛くなりそうだし…」


「オバさん、ロリ趣味なんだ?
こうなる前は男を金で買ってたクチでしょ?」

大和は口角をニヤリと上げ、女の方を意地悪そうに見つめ
よいしょと言いながら、ゆっくり立ち上がる。


「…本当に可愛い子ね」


女の声色が先ほどと比べて2トーンほど下がったのを確認した大和が
「ヤベ…!」と言う頃には時すでに遅し。
大和の両手をロープで縛る女の力は
必要以上に強く、固く縛り上げた。


「俺に悪態つかれてた方がよっぽどマシだったな…。」

女に締め上げられた大和を見た男は
同情の視線を送る。



「…お前らも相当イカれてるのは分かったが
俺みたいな死に損ないを必要としてる組織は、もっと
まともじゃないんだろうな?」


両足を拘束された大和が集団に連れられ
歩き出しながら独り言の様に問いただす。


「興味深い推測ね、大和くん。
結論から言うと半分正解で、半分ハズレと言ったところかしら。
あなたが入る部隊は、選りすぐりの新鋭が集う部隊よ。
そして最高にイカれた連中の巣窟みたいなとこね。

私たちの仕事は
あなたをそこまでエスコートするまでが仕事だから
そこからは私たちは関与しないの。
まぁ、健闘を祈ってるわ…ふふ。」


先ほどの大和の言葉をまだ引きずってるのか
口調は少しだけキツく感じ取れた。


「…ふん。最高だな。」



強がりなのか本心なのか。

大和の足並みは、どこか少しだけ嬉しそうにみえた。

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