死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。
撃鉄
ガチリ。
ここまでの戦いの中でも、一際異質な金属音が響いた。この密着状態で聞こえなかったはずはないだろうが、殺意の塊と化したムスペルは歯牙にも掛けず、一層俺の腕を破壊すべく力を込めてきた。
はっきり言ってむっちゃ痛い。気抜いたら泣きそうなほどに痛い。
だけどそれでいい。殺意の塊と化したヤツには避ける意思がない。今のヤツの頭にあるのは、何より俺をぶち殺してやろうって執着だけ。
それでこそ――なあ? 付き合う価値があるってもんだ。
――ガチン
両足の先から、ギシギシと体の構造が変わっていく。
「よおムスペル……人間の関節って、いくつあるか知ってるか?」
返事などない事を承知の上で問い掛ける。案の定返事は来ないが、それでも別に構わない。
まだ少し、準備に時間が掛かるんだ。ムスペルの組み付きが予想以上に速く苛烈だったから、痛みで気絶なんて醜態を晒さないよう、今しばらく気を留めておく必要がある。
――ガチン。
肉が膨らみ、骨が軋む。あってはならない事だと、脳が体の異常に騒ぎ出す。
「足と腰と腕と首……普通に考えたら四十くらいって感じか。だけどな、それくらいだったらスポーツ科学の発展したきょうび、アスリートなら大抵のヤツは使いこなせるんだよ。意識的か無意識的かの違いはあってもな。それだけじゃあ、銃弾飛び交う戦場じゃ使いもんにならねえ。『死神の鎌』なんて、呼ばれる事もなかっただろうよ」
ならアスリート選手と俺の違いとは何か。
たとえば『蛇鞭』。あれは、ただ単に肩や肘の関節を外して振り回しているだけじゃない。それだけで、あれほどの精密な動きは生まれない。
――ガチン。
柔軟になるわけでもなければ堅固になるわけでもない。ただ『キラノ・セツナ』という一個人を、一発限りの暴走マシンへと変貌させる儀式。
「約二百六十、それが本当の関節の数だ。もっとも今現在判明してる限りだから、実際にはもっとあるのかもな」
目に見えずわざわざ意識もしていない、小さく細かく撫でただけで壊れてしまうだろう複雑な関節群。機械仕掛けの内側に存在する、無数の歯車達。
普通の人間なら、本来存在を感じ取る事すらできないそれらをも、俺は自在に動かせる。
「たとえば、そいつら全部を一方向へ向けさせたら、何が起こると思う?」
機械があれほど精密でありながら壊れないで動き続けるのは、動く方向、加わる力が極めて厳密に保たれているからだ。
なら、もしもその力を強引にねじ曲げ、無理矢理限界以上の力を引き出したとしたらどうなるか。
「さて、んじゃあ……答え合わせといこうか龍神さま」
押し相撲のごとく堪えていた左腕が、そろそろ限界だ。
それに……こっちの準備も整った。
ガチ――ガチ――ガチリ。
――装填、完了。
「とくと見さらせ――『撃鉄』」
最初に足の指肉が消し飛んだ。
ついで足首。刹那の内に膝。
尻――腰――胸――稲妻が駆け抜ける速さで、次々と肉が――骨が――神経が爆散していくのは、他ならない俺自身の肉体だ。
ストップやブレーキなど、精密な機械ほどついていて当たり前な機能の諸々全て、加速にだけ特化させた結果がこれだ。着陸の事など頭から吹っ飛ばした、自ら消滅するまで速度を上げ続ける音速飛行機。
いまや俺の内に存在する数百もの関節総てが、速度を跳ね上げるギアと化している。自壊するほどの衝撃と引き換えに発生したものは、あらゆるものを砕く神速の一撃。
死神の鎌は本来戦場において生み出された技だが、これだけは例外だ。何せ、想定された対象が人間ではない。
例え龍だろうが神だろうが避ける事も防ぐこともできはしない。なぜならかつて、そういう存在を呪っていた時期に練り上げられた技なのだから。
「!? ッキサマ――」
ここにきて、ようやくムスペルが反応を見せる。殺意に染まり切った龍神でも、さすがにコイツの危険度は無視できないらしい。
だが、もうおせぇ。
何の為に、お前が腕に組み付くのをあっさりと許してやったと思ってやがる。
俺の腕を引き千切ろうとするお前の万力こそが、お前自身の逃げ手を潰す楔なんだよ!
右の肩口まで炸裂し、いよいよ拳を握り締める。その動作を光速じみた反射で避けようと、ムスペルは頭を振ろうとした。
その様子を走馬灯というスローリーな視界の中で見て取った俺は、ただただ呆れるばかり。
零距離では有り得ないこの速さ、がんじがらめで逃げ様のないこの状態から、なお凌ごうと動ける生物……いや、無生物に至るまで全てを含めて会った事がない。
ん? いや、もしかするとアルティなら出来るのか? だけどあのロリを例に含めるのは物理法則的にズルい気がするからやっぱ放置で。
(まあそれを言ったら、俺やこいつも大概だけどな)
だが今は、今だけはその人外な反応速度が仇となる。
――筋肉が膨れ上がり皮膚から血が滲むほど張り詰めた肘先から、ジェット機にも劣らない勢いの血飛沫が噴射される。それと同時にライフルとは比較にならないほど速く、鉄塊より硬く握り込められた拳が射出された。その悪魔の銃弾より凶悪な死の一撃を、悪魔より恐ろしい形相で見切ろうと動くムスペル。
だけど残念、こっちの本命はそうじゃないんだなこれがっ。
そして俺はそのままその拳を……
――自らの後頭部へと叩き付けた。
「――――」
暴挙、なんて言葉では括りきれない、度し難い愚行。
眼前で目の当たりにしたムスペルが両目をいっぱいに見開き、驚愕している様が見て取れる。さすがの龍神も、この展開は完全に予想の範囲外だったと見える。
そりゃそうだ。必殺の拳が飛んでくるかと思えば、それで自分の頭を殴るとか予想しろって方が無理がある。
ただし、その結果。
拳よりも硬く重い一撃が、眼前の敵へ飛来する事になる。
そう……
「頭ううう突うううぅぅぅきぃぃぃじゃああああああああああああああああああああぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁっっっ!!」
もはや掴まれた左腕も、胸も、首筋まで全てが砕け、抵抗するものは何もない。
エネルギーの全てが注ぎ込まれた世界最強の頭突きが、龍神ムスペルの胴体へ直撃した。
「ッオ――――――――――!?」
メキメキメキと。
息を詰まらせたムスペルの内側から、破滅的な音が聞こえた。俺だから分かる。まず間違いなくヤツの体の内は壊滅した。肉も骨も内臓も、一切合切破壊し尽くされている事だろう。
そのままヤツの体は弾丸以上の速度で、遙か彼方へと吹き飛んでいく。障害物など一切存在しない空間だから、全ての威力を体一つで受け切るまで止まる事はない。
「オ――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ――――ッッ!!!」
まともな精神の持ち主だったら聴いているだけで発狂しそうな叫びを残し、ヤツは視界の片隅の星となっていく。
それは俺に対する怨嗟のそれか、それとも、龍という生物の断末魔ってやつなのか。
まあ、どっちでもいい。どちらであろうと遠くなり、聞こえなくなってしまえば同じこと。つまりは、勝負ありってこった。
「やれやれだ」
無念の息を吐き、あ~あ、また生き残っちまったかあ――なんてがっかりしていたのも束の間。
ムスペルの姿が視界から完全に消え去るのとほぼ同時のこと。
グラグラと、何かが削れていく様な気配と空気の揺れが、肌を痺れさせていく。
「でえいもう! 今度は何だよ!」
一難去ってまた一難どころではない。ここまでくるとさすがに驚きより苛立ちが先に立つ。
しかし結論から言って、それは杞憂だった。
俺達があれほど暴れてビクともしなかった超絶頑丈空間が不安定に揺らぎ始める。おそらく、この世界を造った張本人が倒れたせいだろう。
いやしかし、今さらながら本当に頑丈だったなこの空間。星一つとは言わないまでも、ヨーロッパ大陸がいつのまにか三分の一ぐらいになってましたてへ♪ とかなってもおかしくない暴れっぷりだった気がするんだけど。
まー空間が崩れる自体は別にいいんだが……これ、ちゃんと元の世界に戻れんだろうなぁ?
まだ気は抜けないと警戒していたが、薄ぼんやりとしていた景色にやがて見覚えのある大地や青空が広がっていく。
舞い上がる土の匂い、体を伝う風の流れが全身に広がり五感に染みる。
本来当たり前の光景のはずなのに、まるで何年も入っていた刑務所からようやく出てこれた心地がした。
そこまで確認して、ようやく気を吐く事ができる。
「やったか?」
意味もなく敗北フラグを立てる余裕もでてきた。
さすがに終わったと信じたいが、あの化けモンの事だから「まだだ! まだ終わらんよ!」とか言ってあっさり復活しそうで怖いんだけど……まあ、そんときはそんときでいっか。
俺は思いきりぶっ倒れた。
「あああああしんどぉぉぉ~~もぉヤダよこの技使うのぉぉぉ~~!」
吹き飛んだはずの俺の体は、『不死』によりすっかり元通りになっていた。というか、そうでなければこんな技まず使えっこない。
急所どころか、全身が文字通り根こそぎズタズタになるのだ。一発撃つのに、常人だったら確実に十回以上死んでいる。
だから嫌いなんだ。
誰より死にたがってる俺が、よりにもよって不死であることを前提にしなければならないなんざ、シャレにならん。
まるで自分が絶対に死ねないことを、自分で認めてしまったみたいじゃないか。
これこそまさに、自虐ってもんだ。
「はあ……まあ、終わったからいっか」
ムスペルの生死も不明だが撃鉄をまともに食らった以上、生きていたとしてもすぐには追ってこれないはずだ。
ならいつまでもこんな所に転がっている理由はない。早いとこヴァルガ達に追いつかねぇと。
まだ寝てたいよ―と叫ぶ体をむりくり動かし立ち上がり――
「はぁはぁ……ま……て……ッ」
「……は~あ」
まあ、あれだ。
意味もなくフラグなんて建築するもんじゃないね。
後ろから背筋を叩いた息も絶え絶えな声の主に、意を決して振り返る。
そこには、全身から血を流しつつ、憎悪の炎が絶えない瞳でこちらを睨むムスペルの姿があった。
ここまでの戦いの中でも、一際異質な金属音が響いた。この密着状態で聞こえなかったはずはないだろうが、殺意の塊と化したムスペルは歯牙にも掛けず、一層俺の腕を破壊すべく力を込めてきた。
はっきり言ってむっちゃ痛い。気抜いたら泣きそうなほどに痛い。
だけどそれでいい。殺意の塊と化したヤツには避ける意思がない。今のヤツの頭にあるのは、何より俺をぶち殺してやろうって執着だけ。
それでこそ――なあ? 付き合う価値があるってもんだ。
――ガチン
両足の先から、ギシギシと体の構造が変わっていく。
「よおムスペル……人間の関節って、いくつあるか知ってるか?」
返事などない事を承知の上で問い掛ける。案の定返事は来ないが、それでも別に構わない。
まだ少し、準備に時間が掛かるんだ。ムスペルの組み付きが予想以上に速く苛烈だったから、痛みで気絶なんて醜態を晒さないよう、今しばらく気を留めておく必要がある。
――ガチン。
肉が膨らみ、骨が軋む。あってはならない事だと、脳が体の異常に騒ぎ出す。
「足と腰と腕と首……普通に考えたら四十くらいって感じか。だけどな、それくらいだったらスポーツ科学の発展したきょうび、アスリートなら大抵のヤツは使いこなせるんだよ。意識的か無意識的かの違いはあってもな。それだけじゃあ、銃弾飛び交う戦場じゃ使いもんにならねえ。『死神の鎌』なんて、呼ばれる事もなかっただろうよ」
ならアスリート選手と俺の違いとは何か。
たとえば『蛇鞭』。あれは、ただ単に肩や肘の関節を外して振り回しているだけじゃない。それだけで、あれほどの精密な動きは生まれない。
――ガチン。
柔軟になるわけでもなければ堅固になるわけでもない。ただ『キラノ・セツナ』という一個人を、一発限りの暴走マシンへと変貌させる儀式。
「約二百六十、それが本当の関節の数だ。もっとも今現在判明してる限りだから、実際にはもっとあるのかもな」
目に見えずわざわざ意識もしていない、小さく細かく撫でただけで壊れてしまうだろう複雑な関節群。機械仕掛けの内側に存在する、無数の歯車達。
普通の人間なら、本来存在を感じ取る事すらできないそれらをも、俺は自在に動かせる。
「たとえば、そいつら全部を一方向へ向けさせたら、何が起こると思う?」
機械があれほど精密でありながら壊れないで動き続けるのは、動く方向、加わる力が極めて厳密に保たれているからだ。
なら、もしもその力を強引にねじ曲げ、無理矢理限界以上の力を引き出したとしたらどうなるか。
「さて、んじゃあ……答え合わせといこうか龍神さま」
押し相撲のごとく堪えていた左腕が、そろそろ限界だ。
それに……こっちの準備も整った。
ガチ――ガチ――ガチリ。
――装填、完了。
「とくと見さらせ――『撃鉄』」
最初に足の指肉が消し飛んだ。
ついで足首。刹那の内に膝。
尻――腰――胸――稲妻が駆け抜ける速さで、次々と肉が――骨が――神経が爆散していくのは、他ならない俺自身の肉体だ。
ストップやブレーキなど、精密な機械ほどついていて当たり前な機能の諸々全て、加速にだけ特化させた結果がこれだ。着陸の事など頭から吹っ飛ばした、自ら消滅するまで速度を上げ続ける音速飛行機。
いまや俺の内に存在する数百もの関節総てが、速度を跳ね上げるギアと化している。自壊するほどの衝撃と引き換えに発生したものは、あらゆるものを砕く神速の一撃。
死神の鎌は本来戦場において生み出された技だが、これだけは例外だ。何せ、想定された対象が人間ではない。
例え龍だろうが神だろうが避ける事も防ぐこともできはしない。なぜならかつて、そういう存在を呪っていた時期に練り上げられた技なのだから。
「!? ッキサマ――」
ここにきて、ようやくムスペルが反応を見せる。殺意に染まり切った龍神でも、さすがにコイツの危険度は無視できないらしい。
だが、もうおせぇ。
何の為に、お前が腕に組み付くのをあっさりと許してやったと思ってやがる。
俺の腕を引き千切ろうとするお前の万力こそが、お前自身の逃げ手を潰す楔なんだよ!
右の肩口まで炸裂し、いよいよ拳を握り締める。その動作を光速じみた反射で避けようと、ムスペルは頭を振ろうとした。
その様子を走馬灯というスローリーな視界の中で見て取った俺は、ただただ呆れるばかり。
零距離では有り得ないこの速さ、がんじがらめで逃げ様のないこの状態から、なお凌ごうと動ける生物……いや、無生物に至るまで全てを含めて会った事がない。
ん? いや、もしかするとアルティなら出来るのか? だけどあのロリを例に含めるのは物理法則的にズルい気がするからやっぱ放置で。
(まあそれを言ったら、俺やこいつも大概だけどな)
だが今は、今だけはその人外な反応速度が仇となる。
――筋肉が膨れ上がり皮膚から血が滲むほど張り詰めた肘先から、ジェット機にも劣らない勢いの血飛沫が噴射される。それと同時にライフルとは比較にならないほど速く、鉄塊より硬く握り込められた拳が射出された。その悪魔の銃弾より凶悪な死の一撃を、悪魔より恐ろしい形相で見切ろうと動くムスペル。
だけど残念、こっちの本命はそうじゃないんだなこれがっ。
そして俺はそのままその拳を……
――自らの後頭部へと叩き付けた。
「――――」
暴挙、なんて言葉では括りきれない、度し難い愚行。
眼前で目の当たりにしたムスペルが両目をいっぱいに見開き、驚愕している様が見て取れる。さすがの龍神も、この展開は完全に予想の範囲外だったと見える。
そりゃそうだ。必殺の拳が飛んでくるかと思えば、それで自分の頭を殴るとか予想しろって方が無理がある。
ただし、その結果。
拳よりも硬く重い一撃が、眼前の敵へ飛来する事になる。
そう……
「頭ううう突うううぅぅぅきぃぃぃじゃああああああああああああああああああああぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁっっっ!!」
もはや掴まれた左腕も、胸も、首筋まで全てが砕け、抵抗するものは何もない。
エネルギーの全てが注ぎ込まれた世界最強の頭突きが、龍神ムスペルの胴体へ直撃した。
「ッオ――――――――――!?」
メキメキメキと。
息を詰まらせたムスペルの内側から、破滅的な音が聞こえた。俺だから分かる。まず間違いなくヤツの体の内は壊滅した。肉も骨も内臓も、一切合切破壊し尽くされている事だろう。
そのままヤツの体は弾丸以上の速度で、遙か彼方へと吹き飛んでいく。障害物など一切存在しない空間だから、全ての威力を体一つで受け切るまで止まる事はない。
「オ――――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ――――ッッ!!!」
まともな精神の持ち主だったら聴いているだけで発狂しそうな叫びを残し、ヤツは視界の片隅の星となっていく。
それは俺に対する怨嗟のそれか、それとも、龍という生物の断末魔ってやつなのか。
まあ、どっちでもいい。どちらであろうと遠くなり、聞こえなくなってしまえば同じこと。つまりは、勝負ありってこった。
「やれやれだ」
無念の息を吐き、あ~あ、また生き残っちまったかあ――なんてがっかりしていたのも束の間。
ムスペルの姿が視界から完全に消え去るのとほぼ同時のこと。
グラグラと、何かが削れていく様な気配と空気の揺れが、肌を痺れさせていく。
「でえいもう! 今度は何だよ!」
一難去ってまた一難どころではない。ここまでくるとさすがに驚きより苛立ちが先に立つ。
しかし結論から言って、それは杞憂だった。
俺達があれほど暴れてビクともしなかった超絶頑丈空間が不安定に揺らぎ始める。おそらく、この世界を造った張本人が倒れたせいだろう。
いやしかし、今さらながら本当に頑丈だったなこの空間。星一つとは言わないまでも、ヨーロッパ大陸がいつのまにか三分の一ぐらいになってましたてへ♪ とかなってもおかしくない暴れっぷりだった気がするんだけど。
まー空間が崩れる自体は別にいいんだが……これ、ちゃんと元の世界に戻れんだろうなぁ?
まだ気は抜けないと警戒していたが、薄ぼんやりとしていた景色にやがて見覚えのある大地や青空が広がっていく。
舞い上がる土の匂い、体を伝う風の流れが全身に広がり五感に染みる。
本来当たり前の光景のはずなのに、まるで何年も入っていた刑務所からようやく出てこれた心地がした。
そこまで確認して、ようやく気を吐く事ができる。
「やったか?」
意味もなく敗北フラグを立てる余裕もでてきた。
さすがに終わったと信じたいが、あの化けモンの事だから「まだだ! まだ終わらんよ!」とか言ってあっさり復活しそうで怖いんだけど……まあ、そんときはそんときでいっか。
俺は思いきりぶっ倒れた。
「あああああしんどぉぉぉ~~もぉヤダよこの技使うのぉぉぉ~~!」
吹き飛んだはずの俺の体は、『不死』によりすっかり元通りになっていた。というか、そうでなければこんな技まず使えっこない。
急所どころか、全身が文字通り根こそぎズタズタになるのだ。一発撃つのに、常人だったら確実に十回以上死んでいる。
だから嫌いなんだ。
誰より死にたがってる俺が、よりにもよって不死であることを前提にしなければならないなんざ、シャレにならん。
まるで自分が絶対に死ねないことを、自分で認めてしまったみたいじゃないか。
これこそまさに、自虐ってもんだ。
「はあ……まあ、終わったからいっか」
ムスペルの生死も不明だが撃鉄をまともに食らった以上、生きていたとしてもすぐには追ってこれないはずだ。
ならいつまでもこんな所に転がっている理由はない。早いとこヴァルガ達に追いつかねぇと。
まだ寝てたいよ―と叫ぶ体をむりくり動かし立ち上がり――
「はぁはぁ……ま……て……ッ」
「……は~あ」
まあ、あれだ。
意味もなくフラグなんて建築するもんじゃないね。
後ろから背筋を叩いた息も絶え絶えな声の主に、意を決して振り返る。
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