死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

未熟な勝利と再会と――視点(ヴァルガ&アオイ)

「はあ……はあ……はあ――くぅっ……!」


 横たわり動かなくなった巨龍を前に、アオイはようやく脱力した。
 全身から力という力が抜け落ち、膝から崩れていく。
 自分本来の器より数段格上な魔法を連発したのだ。符術の助けがあってこそとはいえ、制御に掛かる負担は生半可なものではなかった。
 いや……もっというのであれば、そもそも制御できてすらいない。
 グラムに踏み潰された衝撃。あれは『リフレクション』の本領を出し切れていれば、もっと完璧にタイミングを掴めていたのなら、完全に跳ね返せているはずだった。それが発動タイミングと角度を誤った結果、こうして地面に軽く穴が空くほどのダメージを受けてしまった。こうして生きているのが奇跡に近い。
 『プロミネンス・グレイヴ』にしてもそうだ、アオイは両の手の惨状に顔を顰める。
 もはや指紋や手相の判別もつかないほどに肉と皮が溶け爛れている。あまりに痛すぎて良く分からないがこのダメージ、あるいは骨にまで達しているのかもしれない。『龍殺し槍』の超高温、術者がきちんと制御できていない証だ。如何に規格外の魔法だったのか、自身のダメージにより改めて思い知らされる。
 さらには大部分の魔力を魔符が補ってくれたのにも関わらず、ほぼ根こそぎ魔力を持っていかれてしまった。魔力消費に無駄がありすぎた所為だ。魔符を使いこなしていれば、本来自身の魔力は一切使わずに使用できるはず。
 とはいえ今回のケースは、少女にとって些か厳しすぎる試練だった。酷だと言っても良い。
 アオイの才覚・研鑽は本物だ。並みの相手、並みの魔法であれば、大した苦もなく使いこなせていただろう。しかし持たされた魔符には、どれもこれも世界でも数えられる程度の魔法士しか扱えない、圧倒的な魔法ばかりが込められていた。
 強いて言うのであれば――『魔符』の主が悪かった、というべきか。


「ミルヴァ……せん、せい――」


 少女の師と共に現れた、元学園首席卒業生。
 隙あらば村娘教という良く分からない宗教に勧誘してくる、少し変わっていて――絶大な力を持った魔法士。
 記憶にある彼女の顔は笑顔ばかりだったが、一体その裏にどれだけのものを抱えているというのか。先の攻防、アオイと同じ事をミルヴァがやったのなら、きっと息並み一つ切らさず無傷でやり遂げるのだろう。
 試練を乗り越える度に、文字通り痛感する己の未熟。


「嬢ちゃん」


 気付けば傍らにヴァルガが立っていた。彼も結構ムチャな動きをしたはずなのに、ところどころ服が破れているくらいで特に目立った外傷はないようだ。
 ――やっぱりかなわないなぁ……
 実戦経験豊富な熟練魔法士。
 かたや今回が初陣のド新米魔法士。
 見比べて、アオイはつくづく経験の差を感じた。
 でも、それでも……


「勝ち……ました」


 胸を張って良いと思う。それだけの事をやり遂げた自負がある。


「ヴァ……ルガ先生、私……勝ちました、よ……?」


 痛みに掠れる声で、しかしはっきりと勝利を伝える。
 しかしアオイの様子を見たヴァルガは喜ぶどころか表情を険しくした。


「見せてみろぉぉ」
「え?」
「ケガぁ」


 おもむろに言われ、一瞬躊躇った。今の腕は拙い泥人形の如くボロボロで、あまりの有様に自身でさえ軽く引いてしまうくらいだ。とても人に見せられたものではなかった。
 だがそんな躊躇は、ヴァルガの視線が許してはくれなかった。


「えと……あんまり見ないでください……」


 明らかに一番酷い腕回りを差し出す。ほんの数センチの動きだけで走る激痛に、堪えるつもりで食い縛った歯の隙間から呻きが漏れる。
 ヴァルガはそれを、あるいはグラムと戦っていた最中よりも鋭く睨みつけていたが。


「ふん」
「――え?」


 少女が魔力の放出を感じた直後、傷口が蒼い光に包まれる。
 泥人形みたいに崩れていた肉と皮がみるみる内に繋がり、張りと潤いを取り戻していく。数秒もすれば、どこに傷があったのかも分からなくなるほど綺麗に完治していた。さらに全身にあった小さめの傷までもが一つ残らず消えている。
 皮が剥げ、神経が剥き出しとなっていた激痛が嘘のように跡形もなく消え去っており、違和感がない事が逆に違和感なくらいだ。


「これは……」
「治癒魔法の上位ぃ」


 つまらなそうに顔を背けてヴァルガが言った。アオイにはそれが照れ隠しに見えた。


「一人にしか使えねぇのと一発で結構な魔力もってかれるのがきついが、効果は見ての通りだぁぁ。即死じゃねぇ限りは治してやれるぜぇぇぇ」
「すごい……」


 アオイは本当に心の底から驚き、感動していた。
 なぜなら――


「すごいですヴァルガ先生! 本当にちゃんと治癒魔法使えたんですね!」


 ……


「おいこら、そこかぁぁぁ!?」
「だって先生あんなに龍達を思いっきりぶん殴ってぶっ飛ばして……はっきり言って魔法士というより、立派なファイターにしか見えませんでしたよ!」
「バトルスタイルはしょうがねぇだろぉがぁぁ!? 『身体強化』は治癒魔法士になる前から俺の得意魔法だったんだよぉぉ!」
「龍をも越えるパワーを“得意魔法”の一言で片付けられる領域は超えてると思いますけど……」
「ああぁぁん!?」


 破格の緊張感から解放された反動か、他愛もない事を言い合っている二人。




 その瞬間――空間が崩壊した。




 まるで檻のように村全体を包み込んでいた圧倒的な魔力が崩れ去っていくのがわかる。
 人の領域を超えた魔力に常に晒されていた重圧が消え、ずっとへばり付いていた重りが外れた開放感のような高揚があった。
 間違いない、これは――


「はっ! あのガキ共やりやがったなぁぁ!」
「さすがですししょおっ!」


 手を叩いて喜ぶのも束の間。
 二人の耳に、最大級の悪寒が飛び込んできた。   


『やれやれ、人が寝ているというのに騒がしいな』
「「!?」」


 二人は即座に身を翻し、声の主に向き直る。
 確かに斃したはずの巨龍の眼がはっきりと見開かれ、二人のやりとりを見つめていた。
 危なかった、完全に油断していた。今の隙に攻撃を受けていたら二人まとめてあっさりと殺されていただろう。
 背中に冷たい汗が流れるのを感じつつ、ヴァルガが言う。


「……あれ食らって生きてやがったとはぁ、驚きだぁぁ」
『正確には“生かされた”だな』


 グラムが身を起こす。
 緊張に身を固める二人だが、その姿を見上げ、彼の言っている意味を理解した。


『幼き魔法士に問う――“コレ”は、わざとだな?』
「……はい」


 彼の心臓部。
 本来そこに開いているはずの穴は、一メートル以上も横にズレて存在していた。その事実が意味するところは――


『やれやれ……戦場の中ですら気遣われてしまうとはな。これは本当に一線からの退き時かな』


 おどけるような口調から一転、ギロリと二人を見下ろしてくる。


『確かにダメージは甚大……しかし強靭な龍であるこの身はまだ戦える。聡明なそなたの事だ、それを理解した上での行いであろう。ゆえに問う! そなたは何故この老いぼれの身を生かしたのかっ』
「それは――」


 魔法の制御が予想以上に難しかったとか、やり過ぎて他の龍族から恨みを買いたくなかったとか、“できなかった”理由を挙げる事もできる。しかし老龍が欲しているのは、そういう返事ではない気がした。
 結局、正直に告げる。


「殺したくなかったからです」
『……その結果、自身らが死ぬ事になろうともか?』
「それでも、やりたくなかったんです。だって貴方が――」


 “いいのか?”と。
 問い掛けは常に胸の内にあった。その違和感が、最後の最期。決着の瞬間にまで、尾を引いてしまっただけの話。
 灼熱の槍を握り締めたあの瞬間。後は狙いを定め解き放つだけで終わる、その一瞬によぎったモノ。
 本当にこのまま終わらせてしまっていいのかと。
 己の尊敬する存在、キラノ・セツナ。彼ならばこの状況、どうするのかと。
 きっと多分、あの人だったら――


「だって貴方が、私達を殺したくなかったじゃないですか。そんな相手を私は、殺したくなんてありません」
『――!』


 その一言はある意味『龍殺しの槍』よりも深く鋭く、グラムの胸を貫いていた。
 まさか年端もいかない、実戦経験などほとんどないだろう少女にこの極限状態の中、胸の内を見透かされているとは。
 しかし本心がどうあれ、少なくとも最後の交錯の瞬間には間違いなく二人の息の根を止める気で動いた。そこまで甘いつもりはない。
 この少女は真正面からその殺気を感じていたはずだが、その上でなお殺したくないという自身の気持ちに従ったというのか。


『……甘いな』


 戦場では敵は殺すものだ。例えどれだけ殺したくなくとも、殺すものだ。そこに疑問など挟む余地はなく、自然の摂理と同じくらいに当然の話。
 だが、


『そして――眩しいな』


 齢五百年を越える老龍は瞼を閉じ、天を仰ぐ。
 不思議な事に長い歴史の中では種族を問わず、時にこうした無謀者がひょっこりと現れ、ただ殺したくないから殺さないなどと道理の通らない事を言う。
 言って、実行して――通してしまう。道理を破り貫き通した者こそが『英雄』と、そう呼ばれるのだ。
 顔を下ろし、自身を斃した相手をしかと見つめる。
 アオイという名の少女。見るからに若い、若過ぎる。幼いと表現しても過言ないくらいに。
 この先背負うモノができれば、こう上手くはいかなくなるだろう。そんな無謀は、何も背負っていない時分だからこそ通せる荒業みたいなものだ。
 しかし、今回ばかりはその無謀さに――


『行くが良い。今この時は見逃してやる』
「え?」
「……いいのかぁ?」
『構わぬ。その微力でこれから何が成せるのか、この眼で確かめさせてもらうぞ』


 二人はしばらく警戒していたが、やがてその言葉が本気だと悟ったらしい。少女は一礼し、男は最後まで油断なく見つめた後何も言わず背中を向け、この場を去っていった。
 離れる背中を見つめ、彼らに届かぬ声でポツリと呟く。


『……見せてもらうぞ、すぐそこまで迫っている激流にどう抗ってみせるのかを』


 そこで、ようやく追いついてきた同胞の声が聞こえてくる。
 全員泥まみれで酷い有様だが、大した怪我をした者はいない。


「グラム様――!」
「ご無事ですかーッ!?」
『――さて、どうするかな』


 このままでは自身らの恨みも込めて、あの二人を追撃しようとするだろう。それではここを通した意味がない。
 血気盛んな若武者の説得は、老体な上に重傷の体には、少々堪えるものだった。






「――あっヴァルガ先生いましたよ!」
「はっなんでぇ、思ったよりも元気そうじゃねぇかつっまんねぇなぁぁっ!」


 アオイはあからさまに頬を緩ませ、ヴァルガも憎まれ口を叩きながらも口端が僅かに吊り上っている。
 視界の先、少年が少女に背中を叩かれて笑われている。まったく何をやらかしたのやら。
 まだまだやるべき事は残っている。しかし、ひとまずの窮地はくぐり抜けた安堵を込め、二人は再会の言葉を叫び、駆け寄って行った。

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