死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

護るべき者と護られざる者。――視点『ヴァルガ&アオイ』

 ――時は少し遡り。
 セツナ達と別れたヴァルガとアオイも、村人の不在に気が付いていた。


「どぉいうことだぁぁこりゃあぁ?」
「動物さん達はいるのに……」


 ヴァルガが唸る。アオイは主不在となり、エサを求めて寄ってくる家畜達を悲しそうに見つめていた。 
 生活感を残し忽然と姿を消した住民達。超常的な現象が起こっているのは明白で、一つでも手掛かりを探して歩いているところだ。


「ヴァルガ先生! 次はあっちに行ってみますか? やっぱりこっちですか? それとも向こうの――」
「落ち着けやぁぁ」
「ふぎゅっ」


 ヴァルガは先へ先へと進もうとするアオイの頭を抑える。張り切っているのは良く分かったが、あまり先走られても困るのだ。
 痕跡を見落とす可能性もあるし、もし向かう先が当たりだった場合罠が張られている危険もある。
 情報が限られているこの状況で、用心してし過ぎる事はないと、彼は考えていた。
 頭を抑えられた少女が、不満げに口を尖らせている。


「……ヴァルガ先生って、顔のワリに慎重派ですよね」
「どぉぉいう意味だあ゛あ゛あ゛!!」
「ひいいい!? ごっごめんなさあああい!」


 本気で後ずさる少女の姿に、ちょっとだけへこむ。
 そしてそれ以上に。


「お前、変わったなぁぁぁ……」


 ころころ変わる百面相を、まじまじと見つめてしまう。
 ヴァルガはこれでも、生徒の事を大体記憶している自信がある。目の前の少女とて、例外ではない。
 アオイは『不適合クラス』の代表格だったはずだ。努力家ではあるが魔法が使えず、その為に性格までも歪んでいった。
 その記憶と照らし合わせて、今のアオイとどうにも一致しない。ヴァルガの記憶にあるアオイという少女はもっとこう、口数も表情の変化も少ない、とても物静かな少女だったはずだが……


「そう、見えますか?」
「おぉ」
「だとしたらきっと、師匠のおかげです。師匠が私に、希望を与えてくれたんです」


 染み渡るような笑顔で、アオイは言った。
 十年以上も教師を務めた男が、初めて見る生徒の表情だった。


「師匠ってのぁ、あのボウズの事だよなぁ?」
「はいっ」


 キラノ・セツナ。
 七日ほど前にミルヴァーナ姫と共にやってきた、正体不明の少年。
 初対面の時から口も態度も悪く、いけすかないガキだと思っていたが、僅か数日程度の教え子をこうも変えられるものか。
 不適合クラスの連中と一戦やらかした話は聞いたが、この少女の顔を見るに、きっと悪い事ではなかったのだろう。
 少しくらい見直してやるかとヴァルガは鼻を鳴らし――不意にその足が止まる。


「ちっ」
「え? どうしましたヴァルガ先生?」


 唐突な行動に驚くアオイには答えず、ヴァルガは息を吸い込み――


「オラァァァッ! こそこそしてねぇで出てきやがれええぇぇぇぇぇッ!」


 大声で呼ばわった。
 意味が分からずアオイはビクリと肩を竦ませるが、次の瞬間理解する。
 それまで何もいなかったはずの空間がヴァルガの声に応じて揺らぐ。二人を中心に波打ち、波紋を広げていく。


「こ、これは……『空間魔法』特有の揺らぎ……?」
「そぉだぁぁ。堂々と人様に顔も見せられねぇネクラな魔法だぁ。――よぉ、そうは思わねぇぇかぁぁぁ? あぁぁぁ?」


 顔を見ただけで子供が泣き出しかねない男が歯茎を剥き出しに威嚇したのは、もちろんアオイではない。 波紋が収まった時、二人は即座に戦闘態勢を整えた。総勢八名、逃げ場を塞がれる形でぐるりと円形に取り囲まれている。
 アオイは驚いていた。囲まれた事にではない、『空間魔法』とは元よりそういう魔法だ。発動を感じた時点でそのくらいの予想はできている。予想外だったのは、自分達を囲んでいる“相手”の正体だ。
 頭からつま先まで全身が強靭な鱗で覆われ、人型ではあるものの筋肉の発達具合が人間よりも一回り二回りも充溢しており、こうも並ばれると周囲を山脈で囲まれている様な威圧感がある。
 そして何よりも特徴的な、背中に備わった巨大な翼。
 間違いない。この相手の正体は――


「龍族!? どうしてっ」


 一人一人が魔法士数十人並みの戦闘力を誇るという噂が出回るほどの、自然災害じみた戦闘力を有する『龍神』を頭に掲げている、世界最強の種族。
 知らない者などこの世にいないと言って過言ではない者達が、今自分達を取り囲んでいるのだ。事情もロクに知らず、ただ尊敬する師匠の力となるべく付いてきた少女にとってはまるで想像外の事態。
 だが全ての事情を知っているヴァルガは違う。自分達を囲んでいるのが龍族だと知っても表情一つ変える事なく、知るべき事を問うた。


「俺達に何の用だぁぁ? 龍族の機嫌損ねるよぉな真似はしてねぇぇはずだがなぁぁぁ?」


 一週間前に話し合った事など棚に上げて言ってのける。
 それに応じ、取り囲む八人の内の一人が進み出てきた。彼がこの中では最も位が高いらしい、敵意がない事を示す様に、軽く頭を下げた。


「突然の非礼は詫びよう。私は長の傍役を務める者、名を『グラム』という」


 その名を聞いたアオイは思わず口元を押さえ、ヴァルガでさえ一瞬瞠目し、驚愕を隠せなかった。『龍神』ほどではないにしろ、あまりに知れ渡った名だ。
 序列第十七位、グラム。かの龍神の補佐役として、主に政治的な交渉を得意としている。
 戦闘力のみでいうならば龍族全体で飛び抜けているとまではいかないものの高い能力を有し、実質的に龍族を取り纏めている男だ。
 そして、そんな大物がこの場に出てくるという事は、思った以上に事態は深刻だ。


「お前達には、しばらくこの場に留まっていてもらう」
「ああぁ? 何の理由があってぇぇ?」
「我らが長の命令だ」
「……ほぉぉぉ」


 彼らが『長』と呼ぶ存在はこの世でただ一人。
 『龍神』ムスペル――やはり奴が出張ってきているのか。
 ヴァルガは内心舌打ちした。ここで自分達を足止めすると言う事は、狙いは他の二人のどちらかだろう。どちらであろうと、この状況では最悪というしかないが。


「この村の状況もてめぇぇらの仕業なのかぁぁ?」
「直接的ではないが、少々手を貸してはいる」
「まさか……皆殺しにしたんじゃねぇぇだろうなぁぁぁ?」


 普段からかなり低めの声であるヴァルガだが、ここにきて一段と重さが増す。横で聞いていたアオイは最悪の答えを想像したのか、青褪めた顔で軽く震えていた。
 しかしその想像は、グラムが首を横に振った事であっさりと否定される。


「少々、安全な場所に移動してもらっているだけだ。事が終われば帰す」


 ひとまずは無事である。それを聞き、アオイはあからさまにホッと胸を撫で下ろしているが、中年教師にとっては物足りない返事だった。


「“事”ってなぁ何だぁ? 何がどうなれば“終わった”事になりやがるぅ」
「それは――」


 グラムが答えようとした瞬間。




 世界が揺らいだ。




「きゃあああああッ」
「――――っ、んだとぉぉ!?」


 村に来る前にも感じた強大な魔力流。あれよりもさらに巨大で、さらに禍々しく。
 最上級魔法……いや、それすら遥かに越えたこれはまさか――


「『神域魔法』だぁぁ!?」
「……始まったか」


 有り得ない事態に混乱する二人の前で、グラムが重々しく頷いた。
 その澄まし顔に苛立ち、ヴァルガは食って掛かる。 


「てめぇぇぇ何を知ってやがるあぁ!?」


 ざっと一歩踏み出せば、三百六十度からの威圧が突き刺さる。
 ギリ……軋むほどに歯を食い縛り、堪えた。傍らには護るべき存在がいる。迂闊な真似はできない。
 落ち着きを取り戻したヴァルガを見て、グラムも手を振り他の龍族を抑えた。
 威圧が消える。


「っっっ――はあっ!」


 深海から生還したように、アオイが心の底まで呼吸する。やはりこの少女に、龍族の威圧は厳しすぎた。


「誤解があるようであれば訂正しておこう。我々はお前達に危害を加えに来たのではない」 
「だったらさっきのありゃあなんだぁ! 話し合いで使われるような魔力じゃねぇぞぉぉぉ!」
「あれは我々のものではない」
「あぁ!?」
「魔法国家『ゲイン』。その学園長によるものだ」


 一瞬、言葉の意味を掴み損ねた。
 なぜなら、その意味するところは。


「そう、いう……事かよぉぉ……!」


 龍族がいて――村人は無事で――学園長がいる。
 龍族との交渉は、間違いなく行われたのだ。その結果、学園長は龍族と手を組み“何か”をしようとしている。
 そうなると、あの『神域魔法』が向けられている相手は――
 ヴァルガの内に、焦燥が渦巻く。
 状況が変わった。どんなリスクが伴おうとも、この場を突破しなければならない。
 だが、そうなると自分はともかく、少女はとても付いて来れまい。
 どうする? どうすれば……


「(先生)」
「!」


 唐突に頭に響いた声に、驚きが表に出そうになるのをとっさに噛み潰した。
 これは、


「(『念話魔法』ぅ? 嬢ちゃんかぁぁ?)」
「(はい、と言っても覚えたてなので、こうして手で触れられる距離の相手にしか使えなくて、ほとんど意味がありませんけど)」


 少女は自身の未熟を恥じるように言うが、ヴァルガからすれば驚嘆の一言に尽きる。
 『念話魔法』自体は、そこまで習得が困難なものではない。今アオイが使っている程度のレベルなら、ちょっとしたコツさえ掴めばそれこそ一日二日で辿り着く。
 だがこの場合、そのコツこそがネックとなる。
 『念話魔法』のコツとは常に平常心であり続ける事。少しでも心が乱れれば、すなわち魔力の乱れにつながり、念話は成立しなくなる。
 つまりこの少女は、周囲を龍族に囲まれ、『神域魔法』の魔力流に触れているこの状況で、心の芯では平常を保っているという事だ。
 それだけでも感心に値するというのに、さらにこんな事まで言う。


「(私なら大丈夫です。突破しましょう!)」


 思わず龍族に見られている事も忘れ、少女の顔を見てしまう。内心しまったと焦るが、咄嗟に少女が震える手でヴァルガの服を掴んで抱きついてきた。
 ヴァルガのミスを覆い隠すファインプレー。他者からすれば、恐怖に震える少女を気遣った様にしか見えないだろう。
 そうして覗いた少女の瞳にはわずかに涙が浮かび――その奥には覚悟が潜んでいる。
 二周りほども年が離れた少女が見せた胆力に、舌を巻くほかない。
 ヴァルガがどうしたいか、何を懸念しているのか。正確に汲み取った上で、迷わず危険な選択肢を提示しているのだ。
 最初は足手まといができて面倒だと思ったものだが……なるほど危険を承知で付いてくるだけの事はある。
 そこまではっきりと認めながら、しかしヴァルガは首を縦に振らなかった。


「(度胸は認めるがぁ、立場上頷くわけにゃあいかねぇぇ)」


 乱戦になれば、まず間違いなく最初に犠牲となるのはアオイだろう。いかに機転が利き、度胸があろうとも、実力差は以前として歴然なままだ。
 一教師として、一人の人間としても、その判断を下す事はヴァルガにはできなかった。
 しかし頑固さ比べではアオイも引けを取らない。


「(大丈夫です! 私には師匠から貰った魔符があります! ミルヴァ先生が魔力を込めた、強力な魔符が! それを使えば、この場を切り抜ける事だって可能なはず!)」
「(む――)」


 ミルヴァーナ・レウ・ヴァンストル。ヴァンストル王国の第二王女。確かに、彼女の作った魔符があれば……


「(へっ!)」


 ヴァルガは笑う。
 気に入った。あくまで護るべき対象としてしか見ていなかったので、無意識に扱いもそういう風になってしまっていた。だからこそ、この状況に身動きを封じられたとばかり感じていたが、彼女は違った。
  自分の事を護られる存在などと、端から考えていない。どころか状況を正確に見極めた上で、可能な限り自分という戦力を活かせる道を選んでいる。
 ともすれば龍族に怯える様な反応も、無力な少女を印象付ける為の演技なのかも知れない。
 末恐ろしいと、そう思う。そして、その恐ろしさこそが頼もしい。


「(……嬢ちゃん)」
「(はい)」
「(付いてこれっかぁぁ?)」
「(やってみせます!)」
「(へへっだったらぁぁ……)」


 『最上位強化魔法』――『ゴッドハンド』。
 人類最高級の強化は、眼前の龍族の誰一人として反応できないほど滑らかかつ速やかに行われた。
 元より彼の得意は『治癒魔法』。
 生体を弄る術で、彼を上回る者はこの場にいない。


「しっかりと付いてきやがれえええぇぇぇッッ!!」


 弾丸の如き速度で一直線に突き進んだヴァルガは、二人を取り囲んでいた龍族の一人に殴り掛かった。
 一瞬の虚を突かれたものの、龍の反応も早い。腕を交差させ、強靭な防御で迎え撃つ。
 ヴァルガは一片の迷いもなく、そのど真ん中へと拳を叩き込んだ。
 一瞬の拮抗があり――競り勝ったのは拳の一撃。


「ぐ……おおおおおおおおオオオォォォッ!!」


 堅い鱗で埋め尽くされた腕に罅が入り、圧力に堪えきれずガードが抉じ開けられる。
 がら空きとなった顔面に、砲撃並みの鉄拳が突き刺さった。
 顔面をひしゃげさせ、捻転しながら数十メートルもの距離を吹き飛んでいく。龍族の頑強さであれば死ぬことはないだろうが、しばらく動けなくなる程度のダメージは与えたはずだ。


「掴まれぇぇお嬢ぉぉぉぉっ!」
「はいッ」


 強化されたヴァルガの身体能力ならば、少女一人抱えて走るのも容易い。
 軽く地面が陥没するほどの勢いで踏み込み、あっという間にその場から走り去っていく。


「なんと……」


 一方龍族の頭脳であるグラムも、この事態に目を見開いていた。
 いかに魔法で強化されているとはいえ、龍族が人間に力負けを喫するとは。


「傍役様ッ」
「っ……!?」


 同胞の声を受け、我に返る。
 感心している場合ではない。囲いを抜け出した二人の姿が、凄まじい速度でぐんぐんと遠ざかっていく。このままでは龍の身体能力を持ってしても追い付けなくなる。


「ただ者ではないな……!」


 国長の危機を任されるだけの力はある。
 気を引き締め、即座に指示を飛ばす。一人を残し倒された者の治療に当て、残る全員で二人を追う。
 逃がすくらいなら手足を切り落としてでも止める。そこまでしてもなお止まらなければその時は――


「恨んでくれるなよゲイン殿」


 こちらとて同胞をやられている。
 一歩たりとも、退くつもりはなかった。

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