死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

俺がこの先死にゆく時は――

 全て、終わった。
 その事実が染み渡った途端、体から力が抜けていく。


「だあああっ! しんどおおおっ」


 逆らわずそのまま仰向けにぶっ倒れた。時間はないが小休止だ小休止。


「だらしないなぁ……そんなんじゃこの先苦労するよ?」


 いつの間にやら今回のMVPがすぐ傍まで来ていた。
 呆れたとばかりに腰に手を当て、こちらを見下ろしている。さっきまでの迫力はどこへやら、今は派手な外見しただけの普通の人にしか見えない。


「やかまし、一息吐いてるだけだからすぐに復活するよ。あとあんたの口から先の事なんて言われたらシャレにならんからやめれ」


 今でもそれなりにトラブル続きだってのに、これからさらに酷くなるとか考えたくないわ。 
 ってか、んな事よりも――
 向けた視線だけで察したか、『彼女』が訊ねてきた。


「種明かしが必要かな?」
「よこせ」


 迷わず要求したら苦笑された。これが少女の方だったら『なぜそんなえらそうに……』とか言われるだろうに、これが年の功ってヤツなのか。   
 『彼女』はおもむろに手の平を上に向けた状態で差し出してきた。


「?」


 意味が分からないが、とりあえず良く見ようと上体を起こすと変化があった。
 掲げられた手の平に、やけに小さい、光るモノが出現していた。いや、本当に小さくて良く見えない。
 まだ微妙に気だるいが、仕方なく立ち上がろうとする前に『彼女』の方が身を屈めてきた。俺の視線より下にきた『ソレ』を覗き込むと……


「……針?」
「型の魔力さ」


 言われ、良く良く観察してみると、確かに極微少ながら魔力の流れを感じ取れた。


「これが『ディスペル』の完成形さ」
「ディスペル?」
「ああごめん、『対抗魔法』に付けた名前だよ」
「ほう」


 分かり易くていいな、付けた奴はセンスある――ってそれは良いとして。


「このちっぽけな針魔力が『対抗魔法』の完成形?」
「そうだよ」


 訝しげに訊ねると、自信に満ちた返事があった。二十年、いや、研究段階を含めるとそれ以上の年月の成果物。それがこの縫い針みたいな魔力一本とは、どういう意味か?


「半信半疑って感じだね」
「うん」


 これであの神域魔法をどうこうできるとは思えない。本体に届く前に魔力流に飲み込まれておしまいだろう。
 きっぱり疑念を口に出してやると、『彼女』はおもむろに立ち上がる。


「見てて」


 短く注意を促した直後、その針型魔力を天高くへと放る。飛ばされた魔力はやがて意識を集中していても見え辛い高さにまで到達し――爆裂した。


「は?」


 呆気に取られる俺の横を、爆風で飛ばされてきた石が掠めていく。『パラドクス』の魔力流にも劣らない豪風が吹き荒れる。
 ひとしきり衝撃が収まってもなお唖然としている俺の目の前には、“どうだ!”といわんばかりに、悪戯に成功した子供の笑みを浮かべている女の姿。
 むむ……そんなどや顔見せられると、あまのじゃくな俺はついひねくれてやりたくなるのだが。
 だけどまあ、今回くらいは――


「参った。大した奴だよお前」
「ご期待には添えられたかい?」
「十二分に、な」


 手をヒラヒラと振り“疑ってごめーんね”と降参の意を示す。
 本当、俺のイメージした以上だったわ。


「あのちっこい魔力は、爆撃じみた魔力流の凝縮体だったワケだ。針みたいな形は、速度を出す為に少しでも抵抗を減らす事を突き詰めた結果」
「正解♪ ヒントだけでそこまで辿り付くのは流石だね」


 つまるとこ、こういう事か。
 針の形をした対抗魔法――『ディスペル』だっけか? を高速でぶっ放し『パラドクス』の核に着弾させ、内に秘められていた膨大な魔力でもって、それを破壊。魔力の流れを消滅させる。
 尖った針の形なら例え台風並みの魔力嵐の中でも最小限の抵抗で突き進める。この近距離、着弾までコンマ一秒にも満たないほどの瞬速であれば、真っ直ぐ狙い撃ちする事も可能だろう。
 そこまでは分かったが、しかしそうなるとまた別の疑問がクビをもたげてくる。


「なあ、あんたずいぶん元気そうだよな。実は無理してたりしない?」
「してないよ。え? 心配してくれてるの? 君が? まじで? 残念ながらそんな高額は持ち合わせてないよ?」
「何で人が心配してやったら金の話になるんだよ!?」
「だって君だったら『そうか元気でよかったよかった。心配料百万な』とか素で言いそうだし」
「未来の俺は一体何をやってるんだ……?」


 そんなに金に執着した憶えはないんだがなぁ? まあそれは将来の課題として置いといて、だ。


「少女時代のあんたは、魔力が切れたらえらく弱ってたはずだけどな。今のあんたは『神域魔法』に対抗できるほどの魔法を連発しておきながらちっともそんな様子見せねぇし……そんだけの魔力、一体どうやって調達してんのかと思ってな」
「ああ、それ? 答えなら、ずっと君の目の前にあるんだけどなぁ」
「なぬ?」


 今、俺の目の前にあるモノといえば。


「なるほど、そうか!」
「分かったかい? そう、これこそ――」
「お前、巨乳に魔力を溜め込む術を開発したのか! さっすが天才! シュールな事を考えやがるぜ!」
「……」


 『彼女』は懐から見覚えのあるモノを取り出した。


「え? それ、スマホじゃん? 何でお前がそんなん持ってんの?」


 無視される。そのまま誰かへ電話を掛け始めると、


「あっアルティ様ですか? ちょっとセツナの奴にセクハラかまされたので、ペナルティとしてヘイトポイントをマイナスにしてやって欲しいのですけど」
「おおおおおい!?」


 慌ててスマホを取り上げ、撤回するべく通話口に捲くし立てる。


「おいまて確かにちっとばかし悪ノリしちまったのは認めるがそんな悪質なヤツじゃなくソフトなのだからほんとにほんとにだから今回は多めに見てくれると非常に助か――」
『お掛けになったゴッド番号は、ゴッド時代が違うため、繋げる事ができません。一度神話を切り、適切な時代にお戻りになった上で再度お掛け直しください』


 全力で持ち主に投げつけてやった。
 しかしあっさりと受け止められた! ちっくしょう!
 つーか時代の違いにすら反応する様に設定されてんのかよ! 無駄な部分だけやたらすげぇなこのスマホ! そこまで想定してんならむしろなんで違う時代でも繋がる様に設定しなかった!?


「くっ!? まさか人のセクハラに反撃してくるとはな……っ」
「ふ、これも二十年の成果の一つさ!」
「そんな成果はいらん!」


 ほほほほ。
 憎たらしい事に、『彼女』は勝利の笑みを扇で隠している。
 ぬぐぐぐ……これみよがしに派手なモンを見せびらかしやが――扇?


「やっと気付いた? それとも分かっててふざけたのかな? 君ならどっちもありそうだけれど」
「とりあえず誉められてねぇ事だけはわかんぞこのヤロウ」


 魔力不足――ディスペル――扇。
 情報を頭の中で整理し、導き出された答えは。


「魔力不足を補う……“魔力を溜めておける”タイプの効果を持ったマジックアイテムか」


 ただならぬ気配は最初から感じていたものの、それが全ての現象を繋ぐ鍵とは思わなかった。


「大体、僕の最大魔力の約百倍くらいかな。コレに溜めておける魔力の限界値は」


 それを鵜呑みにするとしたら、『神域魔法』を百回ぶっ潰せる魔力を有している事になるが。


「とある国の国宝でね。ちょっと戦場で功績を上げたら譲り受けてしまった。今ではなかなか愛着も湧いてるから、くれと言われてもあげないけど」
「言わないから」


 本音言うと欲しいけど、未来の奴から奪い取ってもしょうもない。
 まあ、ひとまず一連のカラクリが分かってスッキリした。
 しかしこれ、落ち着いて考えれば相当なトンデモ業だぞ?狙撃銃の一発にミサイル並みの威力が内臓されてる様なもんじゃん。
 ……ちょっとした戦争なら一人で終わらせられんな。


「お前、将来国の一つ二つ滅ぼしたりしてないよな?」
「…………してないよ?」
「おい、今の不吉な間はなんだ」
「気のせい」


 気のせいならしょうがないな。
 しかし本当に、期待以上だ。 
 あれほど強大な壁として立ち塞がった『パラドクス』を、易々打ち破った『ディスペル』。
 渇望が、じわりと動き始める。
 これならば――もしかしたら、本当に――


「なあ、一つ頼みがあるんだけどさ。俺の――」
「ダメだよ」


 開いた口が、人差し指で止められた。


「……まだ何も言ってねぇよ」
「知ってるから」


 何を? 聞き返すまでもなく、『彼女』が言った。


「君がその表情で、その声で、次に何を言うのか知っているから」
「――」
「ダメだよ。それは『彼女』に告げるべき言葉であって、『僕』じゃない。そうだろう?」
「……そう、かもな」
「きっと、そうだよ」


 反論の術はなかった。なにより俺自身が“そりゃそうだ”と納得してしまったのだから、できるわけもない。
 完封負けを喫した俺は、不貞腐れてやった。


「ああもうじゃーいーやお前。いつまでこの時代にいてんだよ? やる事終わったんならさっさと自分の時代に帰りやがれっ」


 しっしと手を振って追い返す仕草を見せる。『彼女』はひどいなぁと笑った。


「多分これ、君がちゃんと『還して』くれないと戻れない類の力じゃないかなぁ? そうじゃないとヘイトポイントを使い切るまで居続ける事になるよ?」
「なんじゃと!?」


 思わずアルティ語になるほど慌ててスマホを取り出し、残りのヘイトポイントを確認すると――


「ぎゃあああああああああああああっっ!!?」


 この世界に来て、最大のダメージを食らう羽目になった。
 ガリガリガリガリと、秒単位で削れて行く数字の列。
 百億以上あったはずなのに、ケタが一つ減ってるじゃねぇか!


「還って!? 早く還って!」
「だからほら、『ヘイト』を使う感覚で念じないと」
「だあっくっそ!」


 さっさとイメージを練り上げようとしたところ、


「あ、ちょっとタイム。一つ伝え忘れてた」
「あ゛あ゛!? なんだよッ」


 くだらん理由だったらぶっ飛ばしてやる! ケンカ腰で食って掛かるが、その怒りはすぐに萎んで消えた。
 目の前にいる『彼女』が、あまりにも晴れやかな顔をしていたから。
 今この時ばかりは俺の知る『少女』の方に近い、どこか幼さの残る照れた赤色を浮かばせて、言った。




「ありがとう。僕がここまで強くなれたのは、間違いなく君の――セツナのおかげだよ」




 初めて、名前を呼ばれた。
 お互いそうしなかったのは、きっとその名前を呼ぶべきは目の前の相手じゃないと感じていたから。
 一線を、向こうから踏み越えてきた。その気持ちを汲めないほど馬鹿でも薄情なつもりもない。精一杯格好付けて返してやろう。


「こっちこそな。お前がそこまで成長してくれてなきゃ、俺達は勝てなかったよ。……いい女になったじゃんか。――ハルン」


 『彼女』はちょっと驚いたふうに目をぱちぱちと瞬かせた後、ぶはっと吹き出しやがった。失礼な。


「き、君ってほんと、変わらないんだね」


 涙出るほど笑いながら言われても反応に困るわ。
 しかしやっぱり、『彼女』とは長い付き合いになるって事か。
 ……


「なあ、一つ聞かせてくれないか?」
「いいけど、いいのかい? ヘイトポイントがなくなってくよ?」
「いいから」


 俺の真剣具合を見て取ったか、『彼女』も居住まいを正し、聞く体勢を整えた。
 それを待って、聞いた。


「俺は二十年後、生きてるのか?」


 問いに、即答は来ない。
 答えるべきか悩んでいるのか。迷うような、答えなのか。
 言葉を選ぶ様なしばしの沈黙の後、返事はあった。


「それも、僕に聞くべき事じゃない。君自身で確かめるべきだ」
「……確かにな」


 簡単に答えが得られるほど甘くはない、か。
 いや、仮にここで『彼女』から答えを聞けたとしても、俺のやるべきが変わる事はない。だったら聞くも聞かないも、関係ないか。たしかに、自分自身で確かめるしかない事だ。


「悪い、つまんねぇ事聞いたな。忘れてくれ」
「いーや、絶対憶えておくよ。この――大事な時の事を」
「はっ! 好きにしろよ」


 吐き捨てる様に言うが、口端が吊り上るのは抑えられなかった。
 そして今度こそ、『送還』のイメージを練る。伝えるべき事、伝えられるべき事。もう残ってはいなかった。


「じゃあな。向こうの事は知らんけど、あんまり変態するんじゃねぇぞ?」
「うん? 部下として幼児ハーレム部隊を結成しているけど?」
「既に手遅れだった!?」


 イメージは練り上がり、唱えた。
 『送還』。 
 『彼女』の体が、来た時と同様に光に包まれていく。しかし今度は戦女神が降臨する強い輝きではない。むしろ細く儚く、命がそうなる様に存在が遠ざかっていく。
 消えてなくなるわけじゃない。本来いるべき場所へと戻るだけだ。
 『彼女』はバイバイと、広げた扇を揺らし――


「皆と仲良くね」


 消えた。
 後に残されたのは、全体的に残念な感じになった『少女』――ハルンの姿だ。
 意識を失い、前のめりに倒れそうになる少女の体を支える。そのまま周囲を見るが、『彼女』のいた痕跡は、もうどこにも残っていなかった。
 立つ鳥跡を濁さず、後腐れの欠片もない。
 悲しくはない。ただ、ちょっと思っただけだ。
 ――死ぬ時は、こんな風がいいな、と。

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