死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。
対抗魔法VS神域魔法 中編
何が起こったのか、一瞬分からなかった。
ただ最大級の警鐘が全身を打ち鳴らしていたのは理解したので、咄嗟にハルンを背中に庇う。直後に、その判断が英断だった事を知る。何でって、
一回死んだから。
「ッ――なんっだ今の?」
本来ならば問答無用で全身を粉々にしていくだろうエネルギーの塊が眼前で消滅した事に目を見張る。
『不死』の発動、それ自体はいつもの事だしさほど驚く事でもない。後ろのハルンも無事な様子でひとまず安堵する。
だが問題は、どうしてそうなったのかだ。
ハルンの対抗魔法は、パラドクスの心臓に手が届くところにまで来ていた。この眼で見て、体で感じていたんだ、それは間違いない。
本当に残り薄皮一枚……そこまでいった瞬間、世界が爆発した。
そこまで思い出し、ようやく理解した。
「……ッ! やられたっ」
完全に勘違いしていた。何層にも連なった障壁、あれは核を守る為なんかじゃなかった。
神域魔法――その本来の力を抑えておく為の、封印だったのだとしたら……!
最初っからそういう仕組みなのか、この状況でだけ特別に仕込んだのかはわからない。どちらにしろ、こっちにとって絶望的な仕掛けな事に変わりない。
もはや神の怒りなどといったレベルではなく、神本体がそこに顕現しているかの様にすら感じる、強烈極まる空間の蹂躙。あいやでもちょっとまってその前に俺の知ってる神とは別人だとは断っておく。あのロリ神とは絶対違う……違うと信じさせてください。
――なんて、そんな現実逃避的な事を考えている余裕も、ちょっとなさそう。
先までのせめぎ合いなどほんの余興でしかないと、嘲笑う声が聞こえてきそうなほどに圧倒的な力の本流。爆撃の集中豪雨にさらされた時と比較してなお、身震いさせられる。
そして、そんな経験などないであろうもう一人の方は、
「ひぅ――」
……ダメか。
常にカマイタチに切り刻まれている様なこの状況ではもはや声など聞こえないが、完全に飲み込まれているのが気配で伝わる。しかし、今回ばかりはそれを情けないとは言えない。
真剣に本気で、この奔流は次元が違う。
『ヘイト』で極限まで強化を施し、『鎌』で底力を余すとこなく発揮させた上で、なお容易く越えていく神域の力。それを眼前にして、どうにも参ってしまう。
どうしようもなく惹かれてしまう。
あの、指先が触れただけで存在ごと消滅できそうな激流の中心に飛び込めば、もしかしたら『不死』とか関係なしに死ねるんじゃないかと疼いてならない。学園長達に追い付く目的ではないから、パラドクスの効果も発動しないだろう。
かろうじてその衝動を抑え込めているのは、まず物理的に台風じみた向かい風のせいで歩く事すらままならない事と、最初の余波で『不死』が発動してしまいやや期待感が薄れている事とそれから――
「――」
縋る様に弱弱しく裾を握り締めた指先から伝わる震えが、どうにも踏ん切りを付けさせてくれないから。
こっちにも、参った。神域魔法なんてぶっ潰して、学園長をとっ捕まえて真相を吐かせる……俺から言い出した約束ではあるが、なんというかメンドーな事をしてしまったものだ。
目の前に死の気配が転がっていて、それに手を伸ばさないというのはあらゆる面で俺の願望に反する。たとえそれが、縋りつく少女の手を払いのけて、自己満足に飛び付くものだとしてもだ。
願望と約束。この二つを比べるなら、俺は人道を外れる事になろうとも、願望を選ぶ。だから俺が今考えている事は一つ。
今ここで、対抗魔法と神域魔法のどちらを選ぶか。
我ながら最低な思考だが、これを止められるくらいなら死にたがりやってない。もはや本能にまで根を張り尽くしている、『不死』をも越える呪縛だ。おいそれと逆らえるものでもないし、そも逆らうつもりすらない。
どちらの可能性を取るか、その一点。
……どっちだ? 正直なところ、今の印象で強烈だったのは、神域魔法の魔力流の方。圧倒的な力によって対抗魔法を跳ね返した、そのイメージが強過ぎる。
でも、
『でもっ逃げない! 学園長先生の口から、今度こそ真実を聞きたいっ。その時に胸を張っていられる様に、今ここで、これ以上情けない自分になりたくないんだっ!』
あの時無意識にハルンの肩を支えていたのは、どうしてだったか。
自分で言うのもなんだが俺は、意味を感じない事はしない類の人間だ。深く考えた事でなくとも、そうした以上は理由があるはず。
その原点はどこに――
「は――――ぁ――――」
「……」
ここにあった。
さっきまで自信の全てを粉砕されて途方に暮れていたはずの少女が、震えも治まらないままに、再度その腕を伸ばそうとしている。
既に自分で身体を支える力すらないのか、俺の背中にほぼ全体重を預け、腕と魔力だけを伸ばすことに、残った力を費やして。
だが、跳ね返されるだろう。
震える指先から放たれた魔法は生まれたての雛鳥よりも弱弱しく、次の息継ぎの瞬間にでも嵐の奔流に消し飛ばされるのはミルヴァが村娘じゃない事よりも明らかだ。
――届かないのか?
焦点さえ定かではない瞳で、己の重さすら支える事のできない足で、それでも欲しいものに手を伸ばす執念があって、なお届かないと? そんなもん――
「ふざけろ……ッ!」
死の気配へと手を伸ばし、何度も弾き飛ばされる様は、俺も覚えが在り過ぎる。
人間には越えられない壁だと? ざけんな!
ハルンの腕に、手を重ねる。ただし今度は支える、支えないなんて生ぬるいもんじゃない。
――理不尽を越える。
壁の高さならウン億回と知っている。イメージだって同じくらいに固めてきた。だが今回は、それだけじゃ足りないだろう。攻撃の主導はあくまでハルンだ、その図式を崩してはならない。
『ヘイト』は必須、だが強化では追い付かない。もっと上を、もっとその先のイメージができなければ――
「たい……こう……まほうは……」
「ん?」
身体を前に乗り出して、頬が付きそうなほど近くにあるハルンの口が、ボソボソと動いているのが見えた。こんな近くても声は聞こえないが、唇の動きでなんとなく分かる。
相変わらず視線は定まっていない、無意識に漏れ出しているんだろう。その内容は、
「おのれのそんざいがきはくになるほどふかく、しゅうちゅうにしずみ……まりょくのながれに、のる……それこそが、かんよう……」
ひたすら無心に、対抗魔法のコツを、何度も繰り返し呟いている。きっと、これだ。己の望みの為に、死へと向かう、この執念こそが原点。
ハルンを支えたいと思う俺の心はそこにあった。向かう方向が同じならば、きっと一緒に行こうとするのは間違いじゃない。
対抗魔法と神域魔法、期待度はほぼ同じ。だけどそこに、どちらと一緒に行きたいかと自分の心に問えばそれは――
「ったく……俺ってこんな、状況に流される性格だったけなぁ?」
全部片付いたら、アルティ辺りにでも相談してみよう。あのドジ神と久々に語らってみるのも悪くない。
学園長やレイラもとっ捕まえて、あ! ヴァルガのおっさんやアオイとも合流しねーと。ついでに、ミルヴァの状況も気にはなるしな。
つまるところまだ、死ぬのに少しだけ早い気がする? そんだけ。
だからさっさと、勝とうか。崩すイメージはずっと最初から持っていた。
十年後……いや、二十年後か?
対抗魔法の概要を聞いた時から頭に描いた。少女が戦場にて華々しく切り札を披露する、そのイメージ。
それを――“前借り”させてもらう。
『ヘイト』使用――“降臨”。
ただ最大級の警鐘が全身を打ち鳴らしていたのは理解したので、咄嗟にハルンを背中に庇う。直後に、その判断が英断だった事を知る。何でって、
一回死んだから。
「ッ――なんっだ今の?」
本来ならば問答無用で全身を粉々にしていくだろうエネルギーの塊が眼前で消滅した事に目を見張る。
『不死』の発動、それ自体はいつもの事だしさほど驚く事でもない。後ろのハルンも無事な様子でひとまず安堵する。
だが問題は、どうしてそうなったのかだ。
ハルンの対抗魔法は、パラドクスの心臓に手が届くところにまで来ていた。この眼で見て、体で感じていたんだ、それは間違いない。
本当に残り薄皮一枚……そこまでいった瞬間、世界が爆発した。
そこまで思い出し、ようやく理解した。
「……ッ! やられたっ」
完全に勘違いしていた。何層にも連なった障壁、あれは核を守る為なんかじゃなかった。
神域魔法――その本来の力を抑えておく為の、封印だったのだとしたら……!
最初っからそういう仕組みなのか、この状況でだけ特別に仕込んだのかはわからない。どちらにしろ、こっちにとって絶望的な仕掛けな事に変わりない。
もはや神の怒りなどといったレベルではなく、神本体がそこに顕現しているかの様にすら感じる、強烈極まる空間の蹂躙。あいやでもちょっとまってその前に俺の知ってる神とは別人だとは断っておく。あのロリ神とは絶対違う……違うと信じさせてください。
――なんて、そんな現実逃避的な事を考えている余裕も、ちょっとなさそう。
先までのせめぎ合いなどほんの余興でしかないと、嘲笑う声が聞こえてきそうなほどに圧倒的な力の本流。爆撃の集中豪雨にさらされた時と比較してなお、身震いさせられる。
そして、そんな経験などないであろうもう一人の方は、
「ひぅ――」
……ダメか。
常にカマイタチに切り刻まれている様なこの状況ではもはや声など聞こえないが、完全に飲み込まれているのが気配で伝わる。しかし、今回ばかりはそれを情けないとは言えない。
真剣に本気で、この奔流は次元が違う。
『ヘイト』で極限まで強化を施し、『鎌』で底力を余すとこなく発揮させた上で、なお容易く越えていく神域の力。それを眼前にして、どうにも参ってしまう。
どうしようもなく惹かれてしまう。
あの、指先が触れただけで存在ごと消滅できそうな激流の中心に飛び込めば、もしかしたら『不死』とか関係なしに死ねるんじゃないかと疼いてならない。学園長達に追い付く目的ではないから、パラドクスの効果も発動しないだろう。
かろうじてその衝動を抑え込めているのは、まず物理的に台風じみた向かい風のせいで歩く事すらままならない事と、最初の余波で『不死』が発動してしまいやや期待感が薄れている事とそれから――
「――」
縋る様に弱弱しく裾を握り締めた指先から伝わる震えが、どうにも踏ん切りを付けさせてくれないから。
こっちにも、参った。神域魔法なんてぶっ潰して、学園長をとっ捕まえて真相を吐かせる……俺から言い出した約束ではあるが、なんというかメンドーな事をしてしまったものだ。
目の前に死の気配が転がっていて、それに手を伸ばさないというのはあらゆる面で俺の願望に反する。たとえそれが、縋りつく少女の手を払いのけて、自己満足に飛び付くものだとしてもだ。
願望と約束。この二つを比べるなら、俺は人道を外れる事になろうとも、願望を選ぶ。だから俺が今考えている事は一つ。
今ここで、対抗魔法と神域魔法のどちらを選ぶか。
我ながら最低な思考だが、これを止められるくらいなら死にたがりやってない。もはや本能にまで根を張り尽くしている、『不死』をも越える呪縛だ。おいそれと逆らえるものでもないし、そも逆らうつもりすらない。
どちらの可能性を取るか、その一点。
……どっちだ? 正直なところ、今の印象で強烈だったのは、神域魔法の魔力流の方。圧倒的な力によって対抗魔法を跳ね返した、そのイメージが強過ぎる。
でも、
『でもっ逃げない! 学園長先生の口から、今度こそ真実を聞きたいっ。その時に胸を張っていられる様に、今ここで、これ以上情けない自分になりたくないんだっ!』
あの時無意識にハルンの肩を支えていたのは、どうしてだったか。
自分で言うのもなんだが俺は、意味を感じない事はしない類の人間だ。深く考えた事でなくとも、そうした以上は理由があるはず。
その原点はどこに――
「は――――ぁ――――」
「……」
ここにあった。
さっきまで自信の全てを粉砕されて途方に暮れていたはずの少女が、震えも治まらないままに、再度その腕を伸ばそうとしている。
既に自分で身体を支える力すらないのか、俺の背中にほぼ全体重を預け、腕と魔力だけを伸ばすことに、残った力を費やして。
だが、跳ね返されるだろう。
震える指先から放たれた魔法は生まれたての雛鳥よりも弱弱しく、次の息継ぎの瞬間にでも嵐の奔流に消し飛ばされるのはミルヴァが村娘じゃない事よりも明らかだ。
――届かないのか?
焦点さえ定かではない瞳で、己の重さすら支える事のできない足で、それでも欲しいものに手を伸ばす執念があって、なお届かないと? そんなもん――
「ふざけろ……ッ!」
死の気配へと手を伸ばし、何度も弾き飛ばされる様は、俺も覚えが在り過ぎる。
人間には越えられない壁だと? ざけんな!
ハルンの腕に、手を重ねる。ただし今度は支える、支えないなんて生ぬるいもんじゃない。
――理不尽を越える。
壁の高さならウン億回と知っている。イメージだって同じくらいに固めてきた。だが今回は、それだけじゃ足りないだろう。攻撃の主導はあくまでハルンだ、その図式を崩してはならない。
『ヘイト』は必須、だが強化では追い付かない。もっと上を、もっとその先のイメージができなければ――
「たい……こう……まほうは……」
「ん?」
身体を前に乗り出して、頬が付きそうなほど近くにあるハルンの口が、ボソボソと動いているのが見えた。こんな近くても声は聞こえないが、唇の動きでなんとなく分かる。
相変わらず視線は定まっていない、無意識に漏れ出しているんだろう。その内容は、
「おのれのそんざいがきはくになるほどふかく、しゅうちゅうにしずみ……まりょくのながれに、のる……それこそが、かんよう……」
ひたすら無心に、対抗魔法のコツを、何度も繰り返し呟いている。きっと、これだ。己の望みの為に、死へと向かう、この執念こそが原点。
ハルンを支えたいと思う俺の心はそこにあった。向かう方向が同じならば、きっと一緒に行こうとするのは間違いじゃない。
対抗魔法と神域魔法、期待度はほぼ同じ。だけどそこに、どちらと一緒に行きたいかと自分の心に問えばそれは――
「ったく……俺ってこんな、状況に流される性格だったけなぁ?」
全部片付いたら、アルティ辺りにでも相談してみよう。あのドジ神と久々に語らってみるのも悪くない。
学園長やレイラもとっ捕まえて、あ! ヴァルガのおっさんやアオイとも合流しねーと。ついでに、ミルヴァの状況も気にはなるしな。
つまるところまだ、死ぬのに少しだけ早い気がする? そんだけ。
だからさっさと、勝とうか。崩すイメージはずっと最初から持っていた。
十年後……いや、二十年後か?
対抗魔法の概要を聞いた時から頭に描いた。少女が戦場にて華々しく切り札を披露する、そのイメージ。
それを――“前借り”させてもらう。
『ヘイト』使用――“降臨”。
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