死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

神の矛盾? ぶっ壊すのみ!

 瞼を閉じていても眼の奥に痛みが走るほどの強烈な光。
 もう何十時間と続いているようにすら感じるほどの、全身が切り刻まれそうな鋭い風。
 それらを従え、周囲一帯を飲み込まんとばかりに唸り狂っていた魔力の嵐が、今ようやく収まった。
 あまりの激しさに、永遠に終わりが来ないのでは? とさえ錯覚しそうだったが、実際には一・二分、その程度だったろう。
 ……何が起こった?
 顔の前に交差させていた腕を下げ、警戒しつつ、ゆっくりと目を開けた。そこには――


「……ん?」


 何も変わっていなかった。
 目の前で学園長とレイラが並んでいるのも。
 隣でハルンが項垂れ、テレビから這い出てきた○子みたいになってるのも。
 相変わらず人気の無い、家畜の鳴き声が聞こえてくるだけの、長閑な村の雰囲気も何一つだ。
 これは一体どういう事か、考える。
 可能性その一として、身体の変調を疑った。
 しかしどこにも痛みもなければ苦しくもなく、妙に重いとか軽すぎるとか、感覚的な変化は何もない。
 試しに『鎌』を横に振るってみるが、すこぶる好調。この線はなさそうだ。
 まあ、あれだけの魔力を使ったにしてはそんな効果じゃしょっぱ過ぎるとは思ったが、念の為。逆に、学園長達が強化されている可能性は捨て切れないが。
 しかしそれを除くとなると、もう考えられることはただ一つ!


「ぷっふぅぅぅッ! 失敗したんか! ぷぷぷ、ダッサ! 『神域魔法パラドクス(笑い)』! だっはははははっ!」


 腹を抱えて爆笑してやる。そりゃあもう遠慮なく。
 ところが、だ。


「ふ」


 学園長は、まるで意に介する事無く鼻で笑った。
 あ、何よその反応。


「好きなだけ嗤っているがいい。もうお前達が我々に追い付く事はできないのだから」
「あ? どういう意味だよ」
「意味、か。それなら」


 視線は、今この場で最も役に立たなそうな奴へと向かう。


「彼女に聞け。察しくらいは付いているはずだ」
「えええ……今コイツの頭、ロリっ子学園長に裏切られたショックで一杯ぽいんだが……」


 言外に『使えんのかコレ?』と込めてみる。賞味期限が年単位で切れてそうなくらいになんか全体的にカサカサ乾燥し始めてるし……


「悪いがこれ以上言う事はない。むしろ喋り過ぎたくらいだ。――じゃあな」


 あっさりと言い残し、メイドと共に村の外へと――否、『ゲイン』の方角へと向かう学園長。いよいよミルヴァを攫いにでも行くつもりか。


「――って、黙って逃がすわきゃねえだろ!」


 一歩踏み出そうとした瞬間。




 『ぐ』――空間が――『にゃ』――曲が――『り』――った。




「……あ、れ?」


 気が付くと、脚を踏み出す前の体勢に戻っていた。
 いや……戻らされた――?
 また一歩踏み出す――戻される。以下十回ほど繰り返し、


「んんんんんんー!?」


 なんッじゃこりゃあああああ!?
 俺の頭が混乱の極みに達していたところ、


「……『パラドクス』さ」
「おろ?」


 相変わらず這い蹲ったままのハルンが、小さく言葉を差し込んできた。髪がカーテンみたく表情を覆い隠している為、どんな顔をしているのかは分からない。
 ただ、声だけは淡々としていた。


「今の僕達は、学園長先生には絶対に追いつけないよ」
「いやだから、なんでよ?」
「それが『パラドクス』の効果だからさ」


 ハルンは何らかの確信を得ている様で、迷わず続ける。


「僕達のいる地点をA、学園長先生達の地点をBとして、僕達が学園長先生達に追いつこうと地点Bまで進んだ頃には学園長先生達は地点Cまで進んでいる。また僕達が地点Bから地点Cまで進んだ頃には、学園長先生達は地点Dに進んでいる……これの繰り返しで、僕達は決して学園長先生達に追い付く事はできない、そういう言葉遊びだよ」
「ああ~何か俺のいた場所でも似たような法則あった気がする……そうだ! 『アキレス腱とメカの法則』だ!」
「何だか人造人間でも生まれそうなちょっとカッコいい響きだけれど、多分間違っていると思うよ?」
「ってかそんなんどう考えたって屁理屈だろ。こっちと向こうの進む速度差を全く考慮してねえじゃねえか」
「本来ならね。この魔法の恐ろしいのは、その屁理屈を現実に変えてしまうっていうところなんだよ」
「つまり?」
「お互いの速度差を、強制的に無へと変えてしまうのさ」
「……えーっと、つまりぃ?」
「つまり僕達は今、学園長先生達と『全く同じ速度』でなければ、一歩動く事すらできなくなっているという事」
「無理ゲー過ぎんだろ!? そんなん向こうの気分一つでどうとでも変えられちまうし、よしんばできたとしてもそれじゃあ絶対に追いつけねぇ!」
「だからさっきから、無理だと言っているじゃないか。そしてその無理を通してしまう学園長先生が、人智を超えているんだ」
「ちっ!」


 だが、と思う。
 あくまでも不可能であるのは、この世界においての話。例えば神々の領域においては、決して不可能な事ではないとすれば――


「流石、と賞賛するしかないよ。学園長先生はエルフだけれど、この世界の理に縛られた身でありながら、その理に干渉できるほどの魔法を数百年掛かりで編み出したんだ。この世で唯一人、学園長先生だけが使えるオリジナル魔法だよ」


 ノーベル賞やら世界遺産みたいな、とにかく世界レベルで表彰されるくらいに物凄いって事だけは良く分かった。わかったが。


「その超凄いヤツに今まさに足止め食らってんだから笑えねえ」
「うん、そうだね」
「……あのなお前、いつまでそうやって膝着いてやがるつもりだ?」
「うん、そうだね」


 ハルンはようやく四つん這いを止め、仰向けに寝転がった。
 いや、そういう意味じゃなくてだな!


「何が言いたいのかは、なんとなく分かってるよ。でもなんかもう、どうでも良くなっちゃったんだ」
「どうでも良いだあ?」
「学園も、ミルヴァーナ姫も、レーネ村も、……学園長先生のことも」
「お前がロリロリハンターズの会員なのは嫌ってくらいに良く分かったがな、あの程度の拒絶でそんな――」
「君にィッ! 何がわかるッッ!!」


 突如として奇声にも近い叫びと共に、ハルンが跳ね起きた。
 何もかもどうでも良いと言っていたそいつの瞳には、誰が見ても明らかな燃え滾る怒りが宿っていた。


「学園長先生だけが全てだったんだっ。あの人みたいな人物になる、それだけが、人生の目標だった!」


 全身で感情を叫んでいる。目端から、溢れた感情が零れるのが見えた。


「生徒会長をやっているのも、少しでもあの人に認められたい一心だったからだよ! ……失望したでしょ? 学園首席だなんだと持ち上げられていながら、その実学園の事なんてロクに考えてもいなかったんだから」
「……」
「でもそれももう終わりさ。はっきりとお前はダメだって、言われちゃった。他でもない学園長先生本人にね。『神域魔法』まで使われたんじゃ、どうする事もできないよ……だからもう、どうだっていい」
「……んん~……」


 それを聞きながら俺は、いきなりの展開に戸惑うでも、話の内容に同情するでもなく、全く場違いな事を考えていた。
 学園長とコイツの関係なんて、良くは知らない。きっと俺の知らない何かがあって、だからここまで想いを寄せられるのだろう。ただの有名人への憧れだけでは、コイツの一言一言が重過ぎる。だから、その辺を深く考えようとは思わない。
 とりあえず、感じたままを告げるべく、口を開く。
 頭をポリポリと掻いて、


「お前ってさあ」
「……」


 もはや言う事はないとばかりに顔を背けているハルン、それでも構わずに言った。


「やっぱ真面目な顔してりゃ美人だよなあ」
「――――は?」
「少なくとも、見た目だけでいやあお前、知ってるどの女より美形だわ」
「い、いや……は? え?」


 言葉が理解できていないかの如くうろたえている。大方、罵倒の嵐でも覚悟していたのだろう。
 正直次々と情けのない姿を見せられて、全く失望していないと言えば嘘だし。さっき俺に見せた、学園長に手を出せばタダでは済まさないという殺気はなんだったのかと思わなくもない。
 それでも、怒っているコイツを見ていて最も強く感じた事がソレだったんだ。仕方ないじゃん。
 それにさコイツ。


「お前さ、まだ諦め切れてないんだろ」


 ハルンの表情が、歪む。やっぱそうかよ。
 まったく世話の焼ける。どれだけ優秀だろうと結局のところまだ学生、未熟があって、泣き言吐きたい時だってあるわな。
 だったら、どうにかしてみせようか。ほら俺、こんなんでも一応『教師』だからさ。


「“神域魔法を使われたんじゃどうしようもない”とか、さっきからお前の言ってる事が、必死に自分に言い聞かせて、無理やりにでも諦めようとしてる風にしか聞こえないんだよ」
「じ、事実じゃないか! この状況で何が出来るって言うんだよ!?」
「知らん」
「な……!?」
「知らんから、これから考えるんだ」


 ぴっ、と指を差す。交互に。


「俺と、お前と、二人でな」
「そんなこと……できるわけ、ない」
「試してもいないのにか?」
「試さなくったって分かるさ! 魔法に関してほぼ素人の君と、全てを諦め様としている僕だよ!? 何か考えたところで、あの人の全力の魔法を打ち破れるわけ無い!」


 ま、正論は正論だな。少しネガに偏り過ぎだが。
 しかし生憎と俺には、正論を引っ繰り返せるだけのウルトラCがある。


「アテがないでもないっつったら?」
「え?」
「そもそもお前“魔力流に関しては自分に任せろ”的な事言ってたよな? アレはどうするつもりだったんだ?」
「どう……って、それならもう何の意味も……」
「良いから、聞かせてくれ」
「……僕が今研究中の、新魔法だよ。未開発の分野だし、系統はないけれど、便宜上『対抗魔法』って呼んでる」


 ポツリポツリといった感じで、ハルンが語る。
 ようやく少しは前向きな話題を切り出す事ができた。いくら心が沈んでいようが、そこは魔法士。自身の研究成果を訊かれれば、答えたくなるものなのか、口調は段々と滑らかになってくる。


「魔法を発動する際の魔力の流れに干渉して流れを乱し、その発動を打ち消す魔法さ。魔力の形を決めないで発動するから、厳密には『魔法』とは呼べないかもだけれど」
「ソイツで、あの魔力流を掻き消すつもりだったわけか」
「規模も威力も予想の遙か上だったけどね。僕が万全だとしても、きっと無理だったよ」


 そこでハルンは、学園長がいるであろう方角に、遠い眼を向けた。


「それに、この魔法は形を成してしまったものに対しては難度が跳ね上がる。魔力流の状態だったら理論上、最上級魔法にまで干渉可能だけど、神域魔法に使う事はそもそも想定されていないんだ。既に効果を発動してしまった神域魔法になんて、そよ風程度の圧も与えられないよ」
「なるほどな……」


 実は期待半分程度に聞いていたのだが、コレかなり使えるヤツじゃなかろうか?
 神域魔法には効かないと言っているが、それもやりよう次第だろう。具体的には俺の使える反則技と組み合わせればあるいは――――――ッ!?
 そこまで想いを馳せて、唐突にとてつもない可能性に思い当たった。思い当たってしまった。


「で、どうだい? 僕が役に立たない事は良く分かったと思うけれど――」


 自嘲気味に笑うハルンの両肩をガッチリと掴む。
 距離を縮める為に何歩か歩いたのだが、今回は戻されない。恐らくは“発動者と距離を縮めようと意識した場合”みたいな条件が付いているのだろうが、今はそれよりもだ。
 突然の行動に目を白黒させているハルンに言った。


「素晴らしい……!」
「ふぇ……?」
「でかしたぞハルン! お前の研究努力は、必ず実を結ぶ!」


 力強く断言する。些かの反論も許さない。
 そうと決まればもはや迷わず! こんな事件にいつまでも梃子摺ってはいられない。
 神域魔法? 関係ない! 破壊して突き進むのみ!


「待っていろ……!」


 牙でもあれば、剥き出しになっていたであろう凶悪な笑みを浮かべ、『ゲイン』の方角の睨み付けた。
 やるべき事、やりたい事。それらが重なった俺は、速いぜえええ!

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