死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

真面目な空気を壊したくなる不思議

 到着の瞬間に不意打ちも有り得る――そんな緊張を抱いた俺達を向かえたのは、穏やかな風と鳥の鳴き声。


「ここがレーナの村?」
「そうだよ」
「いや……変だろ」


 大都会の近くにある村なんだから通り掛かる人も多いだろうに、手の入った雰囲気を感じない、自然に囲まれた小さな村だった。
 何処かに畜舎でもあるのだろう。牛だの豚だのの鳴き声が聞こえてくる。
 荒事など、テレビで見る場所も知らないどっかの出来事とでも言わんばかりの平穏さ。しかし、それは明らかにおかしい。


「ここから……だよな?」


 なにが? などと間抜けな聞き返しはなく、二人共即座に頷いた。


「起点はまず間違いなくここからだったね。あの大きさの魔力を、あれくらいの距離じゃ見間違いやしないよ」
「戦場に駆り出される魔兵器並みの莫大な魔力量だぁ、あんだけの魔力が放出されて“何も起こっていない”様に見える事自体が異常だぜぇぇぇ」


 見解は一致している、だったら立ち止まっている理由はない。
 三人揃って先の魔力流はこの場所からだと判断した。近くに何かがあるはずだ、まずはそれを見つけるべき。


「バラバラに分かれて探そう――って言いたいとこなんだがな」


 俺とヴァルガ、ハルンの視線が、俺達の後ろをトコトコ付いて来る一人に向けられる。向けられた方は一瞬怯んで身体を僅かに仰け反らせたが、すぐに取り直して言った。


「ひ、一人でも大丈夫ですっ。何かおかしなところを探せばいいんですよね!?」


 精一杯に胸を張って、一人でも大丈夫アピールをしてくる。
 足手纏いにはなりたくないと、意地を張りたい気持ちは分かる。だがな。


「「「ダメ」」」


 全員に両断され、悔しそうに拳を握り締めていた。
 俺が言った『成果』を意識しているんだろうが、アオイがまだ十二の少女で戦力としても未熟だという覆せない事実がある以上、単独行動をさせるわけにはいかない。
 話し合った結果、二人一組で行動する事になった。
 俺とハルン――ヴァルガとアオイの組み合わせだ。ほとんど消去法でそうなった。
 ハルン(変態)とアオイの組み合わせは論外として、俺と教え子のアオイの組み合わせも、俺の目的を考えればよろしくない。
 この旅の間にヴァルガとハルンの二人からの信用を勝ち取らなければならないんだ。できるだけ二人とは離れずに行動したい。二人に信用されてない状態で俺が単独行動するのもまずいしな。
 よって、この組み合わせはほぼ必定だった。ヴァルガはあれで面倒見が良いみたいだから、アオイを任せても大丈夫だろう。
 ヴァルガ達が東側を回ると言うので、俺達は西側を歩いていた。


「何かありそうか?」
「この辺りからは何も感じないね。向こうじゃないかな」


 あれだけでかい魔力の動きを感じたというのに、実際その場所に来て見れば空気よりも気配を感じない。狐に化かされたヤツというのはこんな気分になるのだろうか。
 しかし、見れば見るほど草と土しかないところだな。都会の人ごみに疲れた際の息抜きにはちょうどいいかもしれないが、何日も滞在してると飽きそうだ。
 そんな場所でも異性と二人っきりで歩いていればそれなりに楽しめそうなものだが、一応隣を歩いているのが例え幼女趣味の変態といえど生物学上女であるにも関わらずそういったドキドキ感が全くしない事にむしろ驚愕している。
 ハルンはな……見た目はいいんだ! 見た目だけはなあ! 何故かは知らんが!
 快晴よりも蒼い髪に傷一つない処女雪を連想させる肌。口さえ閉じていれば、アンティークドールの如き端麗さである。
 これで変態属性さえなければなぁ……
 この世界に来てからというもの、なぜかイロモノばかりが周囲に寄って来る気がする。……まさか女難の相まで『ヘイト』で引き寄せていたりしないだろうな。
 分からんが、そういうのは全部アルティのせいって事にしとけば問題ないだろうん。
 とにかく、あまりいい雰囲気とは言えない状況だ。
 会話も事務的なものばかりだし、向こうからも積極的に仲良くしようという姿勢は感じない。歩み寄りという観点からすれば、なかなかの試練と言えるだろう。これが俺自身だけの問題ならばこの時点で諦めたかもしれないが、残念ながら関係改善されずに最も困るのは、今頃王都で高笑いでもしながら教え子の一人をギタギタにしているであろうアホ姫様だ。
 まあ、やるだけやってみるか。もしも出来ずに、その上で生き残ってしまったらその時はメンゴと謝ろう。
 とりあえず、適当に疑問だった事を口に出す。


「こんな何もないところで龍族との会談に臨んだのかよ……良く村人が承諾したもんだ。下手すりゃ一帯火の海だってのに」
「ふむ……場所が場所だけに、当初は村を設立する事自体が問題視されたんだけどね。何せここを獲っちゃえば王都まで障害ゼロで一直線なわけだし、攻め手側の拠点としては理想的だよ」
「……どうせえげつない条件と引き換えだったんだろ」


 守りが薄く、本丸に極めて近い、ゲインにとっては心臓部とすら言えるほどの重要拠点。そんな場所に村を興そうというのを、あの学園長がタダで認めるとは思えない。
 というか、よほどのアホでもない限りはそうなる。


「ざっと推測できるのは、今回みたいな軍事に直結しかねない事件が起こった際に村全体でそれに協力する事。後はいくらかショバ代でも巻き上げてたか?」
「村の一角に王都からの『情報部』を置く事も条件に含まれていたらしいよ。当然だけどね」
「戦略的に理想的すぎる場所だからなぁ……『軍事部』でないのが不思議なくらいだわ。俺だったら両方突っ込むね。軍隊の一つくらい常に駐屯させとかないと、不安でしょうがない」
「はははっ容赦ないねぇ、それが普通なのかもしれないけどさ。ただ学園長先生からすれば、あまりゴテゴテな戦争屋を突っ込むのが躊躇われたんだろうね」
「そりゃまたどういうわけで? 理由もなしに手心加える奴じゃないだろ」
「村を興した人達はさ、難民だったんだよ」


 思わず、足が止まった。ハルンは構わず追い抜いていく。
 相変わらず扇で隠しているその表情の向こう、一体どんな形を浮かべているのだろうか。 


「北の国同士でちょっと大きな戦争があってね。行き先も帰る場所も失った人達が、国として成長期にあったゲインに助けを求めてきたんだ。学園長先生はできるだけ受け入れてはくれたらしいけど、何万もの人間をすべて受け入れるのはやはり不可能だった」
「それで村か」
「そう、都に迎え入れる事はできなくとも外に集落を作る事は認められたんだ。難民達は力を合わせて村を造り始めた、自分達の新しい居場所を手に入れる為に」
「……」


 単なる昔話にしては、えらく感情が篭っている。
 優等生だし、歴史の勉強で覚えているのだとしてもおかしくはないが、それだけじゃない。


「学園長先生は十分に気を遣ってくださったよ。村を興す認可だけでもこの上なく感謝していたのに、手伝い要員を派遣してくれたり、専門家から技術を学ぶ機会を作ってくれたり、いろいろ……本当に色々な支援をくださった……だからね」


 そこでハルンの背中が止まる。
 パンッ! 扇子を瞬時に閉じて、その勢いと反比例するように緩やかに振り向いた。
 そこに浮かんでいたのは――紛れもない怒り。普段の変人ぶりからは考えられない、本気の激怒だ。その灼熱の矛先が今、この俺に向けられている。


「もしも君が、学園長先生に危害を加えようという輩の一人であるのならその時僕は、君を消すよ? この世から」
「……」
「憶えておいてね」


 言うだけ言って、さっさと前を歩いて行く。
 怒りも殺気も、それこそ化かされたのかと錯覚するほどにあっさりと霧散していた。白昼夢であっても、もう少し余韻が残るだろうに。


「んんん……これはまた、なんとも……」


 気持ちのいい殺気だなあまったく!
 いつかといわずに、今すぐに死合いたいくらいだよ!


「でもダメなんだよなぁ……」


 さすがにそれをやったら、二度と関係の修復など不可能になるだろう。
 この世界にきた本来の目的を我慢して、成り行きで発生した目的の為に頑張るというのも矛盾した話かもしれないが、一応約束した事ではあるしな。自重自重、と。


「それにしても」


 ハルンのヤツ、まるで我が事の如く昔話を語っていやがったが、一体あいつ何者さね?
 この村が出来てから数年ってこたあるまい。それにしちゃ、家も畑も年季入りすぎだし。
 実はあいつも長寿族なんかね? 見た目人間だけど。
 小走りに横並び、疑問をぶつけた。


「お前って人外ババァなの? その見た目で結婚適齢期越えちゃってたりする?」
「……君、今の会話の直後によくそんな口聞けるね? かなり直球に警告したつもりだったけど、もしかして伝わってない?」
「警告すんのはお前の勝手、疑問を聞くのも俺の勝手だ」
「だったら答えないのも僕の勝手、だよね?」
「ま、そういう事だが……もしこの疑問に答えない場合、お前には地獄が待っている」
「へえ……つまり――やる気?」


 おもむろに魔力を練り始めている。戦闘状態に入って何を勘違いしとんのかしらんが、ちょっとだけ見せてやろう。
 一週間の成果を見せてやる。


「ほい」
「!!?」


 その光景は、まさにハルンにとっての世紀末だろう。
『ヘイト』使用――『幻影』対象の視界を『老婆』で埋め尽くせ!
 成功、少女の目に入るものすべてが、熟女になった!


「…………ぎ」
「ぎ?」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!??」


 断末魔と言われても疑わないほどの金切り声をあげ、頭を掻き毟りながら仰向けに思いっきりぶっ倒れた。
 近付いてみると、あまりショックからか魂が抜けて白くなっている気がする。


「そこまでイヤだったか……大成功だな!」


 いやっほう! これくらいの魔法は使える様になったぜバカヤロー!
 魔法学園の優等生にまで問題なく通用したところから、大抵の相手に有効だと思われる。ここまで嫌いなモノがある奴も珍しいだろうが。
 ともあれ、実験は成功だ。
 実験体となったハルンには気の毒だったが、あまりにも状況が良かったものだからついカッとなってしまった。後悔はするつもりがない。
 というか、ここまでダメージがあるとはさすがに思っていなかったのだ。
 自分が倒してしまったハルンの遺体(?)を前に、考える。
 これ、どうしようか?

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