死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

別れと不幸で迎える楽しいこれから

 そんなこんなで、出発当日。時刻は午前9時を、少し回ったところ。
 場所は国の北。門を潜ればすぐ国外に出る、街道にて。
 この世界には『時計』が存在しないが、俺のスマホにはばっちり秒単位で正確な時刻が表示されている為、時間感覚に不便を感じた事はない。
 むしろ自分以外の感覚がアバウト過ぎるのだが、逆にいえばそこまできっちり時間を守らずともいいので、気は楽である。
 さておき今回、事情が事情なだけに、見送りは顔見知りの教師のみ。
 ミルヴァ、ミハイル、ミレ……その他、今回の件を隠しきる事は難しいとミハイルが信頼できる人物として事情を打ち明けた数名が、その場に並んでいる。
 見送りの代表として、ミハイルが進み出てきた。


「三人とも、準備はよろしいですか?」
「へっ! よぉろしいぃに決まってんだろうがよぉぉぉ、だぁれに物言ってやがるぅぅ」


 ヴァルガが眼をギラつかせている。今回の旅にあたって、気合は十分か。
 続いてハルンが、口元に広げていた扇子をぱっと閉じ、


「万事、抜かりなく。生徒会の業務も、僕の手が必要なものはすべて片付けておきましたので。この一週間程度であれば、他の役員だけで十分回せるかと」


 いまだに半信半疑だったのだが、こうして学園長代理を務めているミハイルと面と向かって話をしている以上、この変態が世界最大の魔法学園の生徒会長である事を、どうやら認めなければならないようだ。
 不本意ながらな!


「キラノさんも、大丈夫ですか?」


 ふ、む。
 俺はこういうシチュエーションの時に、言ってみたかった台詞がある。
 右手を握り、親指を突き立てて、言った。


「大丈夫だ。問題ない!」


 死亡フラグの乱立は大事です。
 まあむしろ問題なのは、いくらフラグを立てても死ねた試しがないって事なんだけどな!


「そうですか。それは良かった」
「……」


 異世界に来てから最も不便に感じたことNO1。
 ネタに誰もツッコんでくれない。


「これを」
「?」


 何やら布製の小袋を渡される。なにやらジャラジャラしていて、微妙に重い。
 ナニコレ?
 疑問を視線で投げると、受けた方は苦笑して肩を竦めた。


「路銀ですよ」
「へえ――えっ? 貰えんの!?」
「当然です。まさか無一文で旅に行けなどとは言いませんよ」


 はははとさわやかに笑うイケメン先生。
 すみません。そのまさかだと思ってました。
 だって向こうの世界じゃそういう無茶振りも少なくなかったからさー。


「期間は一週間ですが、十日は十分生活できるだけの金額が入っています。とはいえ、くれぐれも無駄遣いはしないでくださいね?」


 余裕を持って渡した、というよりも、場合によっては帰還が長引く事も視野にいれて――という意味だろう。
 やれやれ、せめて本来の期間である、一週間までには帰ってきたいもんだがな。


「そろそろ、出発の時間です」


 ハルンが、俺達を目的地へと運ぶ馬車がやって来たことを知らせる。
 まず俺達が目指すのは、学園長らと龍族が会談を行った場所である、ゲインから北東に位置する村『レーナ』。
 距離的には外に出れば肉眼で確認できるほどに近く、本来なら往復しても丸一日と掛からないはずの場所だ。
 ここまで近いのなら、些細な争い事でも伝わってきておかしくないと思うが、現に学園長は何の音沙汰もなく行方不明となっている。実に不気味だ。
 目の前に馬車が停車する。


「んじゃぁぁ、行ってくらぁぁぁ」
「お土産は適当に買ってきますから」


 適当な別れ文句を残し、いそいそと乗り込むヴァルガとハルンに続き、俺も乗り込もうとしたところ。


「セツナさん」


 最近、大体において一緒だった声に呼ばれた。
 振り返ると、栗色が風になびくのを片手で抑え、もう片方に何かを握った少女がすぐ傍まで来ていた。
 少女の後ろでは、監視役であるところの女教師が厳しい目付きでこちらを睨んでいたが、横にいた青年の制止を受けて顔を逸らしている。


「これをどうぞ!」


 さっきミハイルに渡された小袋よりも、さらに二回りは小さい、袋というにも小さすぎる何かを渡された。
 日本で言うところのお守りに近いが、まさかこの国にお守りの概念があるいというのか?
 いや、こいつがこのタイミングで渡してきそうなモノ……まさか!


「む、村娘教の入信書……!?」
「平常時ならともかく、いくら私でもこの非常時に付け込んでそんな事はしませんよ! …………実はそれも考えましたけど……」
「今、それも考えたとか言わなかった?」
「気のせいです」


 気のせいならしょうがないな。


「それは魔力が込められた護符です。中に三枚、別々の魔法を込めた紙切れが入っています」


 ちょっと開けて中を見ると、青・白・赤の色をした紙が一枚ずつ、合計三枚確かに入っている。
 そういや昨日ミハイルに見せてもらった水晶も、色の具合で主の無事を知らせるとか言っていたが、これも何か関係があるのだろうか。
 それぞれの使い方の説明を受け、一通り頭に叩き込んだ。
 聞いた通りの効力があるならば、こいつはかなり役に立つ。使いどころは間違えないようにしないとな。


「おぉいぃぃ! いつまでイチャついてやがるぅ餓鬼共ぉ! さっさと乗りやがれぇぇぇ!」


 おっと、ウチのボス猿がお怒りだ。


「サンキューな」


 軽く礼を言って、今度こそ乗り込むべく背を向ける。
 その背中に。


「どうかご無事で。貴方に村娘神様のご加護がありますように」


 それはおそらく、彼女にとって最大級の祈りだろう。
 残念ながら俺が戴いている神様がいるとするなら、彼女のそれとは違うヤツになるのだろうが。その祈りはきっとあの幼神にも届くはず。
 だから笑った。


「ちょっくら本気出してくるわ。だからお前も本気出してなんかやっとけ。そんで俺が帰ってきたら、お互いの真剣話でも語り合おうぜ」
「――――はい!」


 久々に――いや、初めてかもしれない。ミルヴァの、こういう笑顔を見たのは。
 馬車に乗り込むと、ヴァルガのジロリとした視線と「青春だねえ」と、本気なのか皮肉なのか良く分からないハルンの声が出迎えた。
 やれやれ、確かにこりゃ友好的とはいえないか。
 前にも後ろにも問題は山積みで、メンドーな事この上ないが。


「退屈はしねぇな……」
「あん?」
「何でもない」


 動き出した馬車から顔を出して振り返ると、見送り組が手を振っているのが見える。前を向けばそこには既に、目的地が見えている。
 俺の人生確かに不幸だ。しかし過去にも未来にも、退屈した憶えなし。
 さて、不幸な人生と退屈な人生。
 もしも人が選ぶとすりゃあ、どっちだろうね?
 これからの面倒を想像し、俺はいかにも嫌そうに顔を顰めながら――楽しそうに笑ったんだ。

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