死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

空の高さは、見上げた者だけが知っている

 ――さて、まずは今まで貴方の知っている情報を簡単におさらいしておきましょうか。
 まずは私こと『ミルヴァーナ・レウ・ヴァンストル』。ヴァンストル王国の、第三位王位継承権所有者です。
 ヴァンストル王国は、今私達がいるゲインと大海を隔てた、ちょうど反対側に位置する、世界屈指の大国です。
 ヴァンストルは、ゲインが魔法大国として名を馳せている様な、国として突出した特色は持ちません。
 ただし、治世・外交・軍事・情報・経済。それら全てが、世界的に高い水準を保っている、世界一の安定国家――――でした。
 私には、二人の兄姉がいます。
 一人は、さっき教えましたよね。『アイフィール・レウ・ヴァンストル』……私の実の姉にして、第二位王位継承権所有者です。
 性格は――一言で表すなら『冷徹』そのもの。
 王族として、最低限の訓練はこなしているはずですが、剣術・槍術などは一般兵より少しは強いという程度ですね。正面切っての殴り合いは苦手な方です。
 代わりに、頭脳が尋常ではありません。どれくらい尋常でないかは……まあ、後で嫌でも説明する事になりますから、後回しにしましょう。
 ……いや、むしろそこが聞きたいんだよさっさと話せとか言われても。ってか貴方容赦ないですね。
 ヤですよ。ヤです。嫌いなものは後回しにして、ばれない様にこっそり捨てれば、人生楽しい事しかなくなるじゃないですか! 昔から私は、嫌いな食べ物をメイドやシェフに気付かれずに隠れて処分する技術は、他の追随を許しませんでした!
 ほらここに、この村娘聖書にはっきりと書いてあります。『汝、村娘として重荷を背負わず楽して生きよ』って。
 明らか手書き? 違いますよ? これはある時降って来た神のお告げを書き留めた神聖な聖書であって――いたぁ!? 痛いです!? しかも危ない! 一応ここ、標高ウン百メートルなのお忘れなくっ。
 べ、別に嫌だからってだけの理由で後回しにするんじゃありませんよっ。先にもう一人を紹介しておいた方が、理解し易いはずですから。聞けば分かりますって! だ、だからもうデコピン止めてくださぁい! 貴方の関節から撃ち出されるデコピンはシャレになりませんからぁ!?
 はあはあはあはあ……くぅ、借金してるヒモのクセになんたる所業……!
 へ? 別に? 何も言ってませんよ。それとも何か言われる心当たりでもありましたかぁ?
 わわっ冗談です冗談!? ごめんなさい! 謝りますから、指をこっちに向けないで!
 はあ……もう、まったく。話をさっさと進めましょう。
 まあ予想はできているでしょうが、第一位王位継承権所有者――『アラン・レウ・ヴァンストル』。私と姉様――アイフィールの実兄です。三人兄妹の、長男ですね。
 国王の実子にして、最年長な上に男性ですから、文句無しの次期国王候補筆頭……で、あれば良かったのですが。
 ん? いえ、アラン兄様は別に無能者というわけではないですよ。むしろ、私やアイフィールとはまた違ったタイプの天才だと思います。
 理屈では説明し辛いのですが、人に好かれる才能――とでも言いましょうか。
 武芸に関してはアイフィールよりも下手でありながら、何故だか昔から、やけに人望が厚いんですよねぇ……あればかりは本当に不思議です。
 おっと話が逸れそうですね。修正修正。
 とにかく、アラン兄様には兄様しか持ち得ない才があり、血筋的にも全く問題なし。ではそこに、どんな問題があったのか?
 これもまあ、史実としては良くある話なのでしょう。――病気です。
 母は、私を産んでからほどなく命を落としたと聞きます。なので私は母様の顔を憶えてはいません。城に飾ってある、肖像画で見知っているという程度です。
 だからでしょうか、お父様とアラン兄様。そして……アイフィール……姉様。
 三人と過ごした記憶だけは、強く残っているのです。
 たくさん遊んで、たくさん喧嘩して、たくさん笑って。
 仲は良かった、はずなんですけどねぇ……
 ああすみません。これだけでは貴方には分かりませんよね。
 母は突如、原因不明の病に倒れたらしいです。そして数年後に、お父様も。極め付けには、兄様まで。
 お父様もお兄様も、余命幾許もなしと、ヴァンストル随一の医師から先刻を受けました。
 病は、感染症ではないみたいです。そうであれば、とっくに国中が大パニックに陥っている事でしょう。
 感染性はない。だというのに、国のトップ三人が、同じ病で倒れた。これは、もう。
 ――陰謀説を疑うよりありませんよね?
 そして、継承権第一位のお兄様が消える事で、最も得をする人物。そう、それが。




「アイフィール・レウ・ヴァンストル。私の……姉様です」
「……」
「もちろん、根拠も無しに、損得だけで疑っているわけではありませんよ? 私はその事を問い質しに行ったその時に、扉越しに聞いてしまったのです」


 ――アランは必ず消さねばならないわ。この国の未来の為に。ミルヴァも、早い内に手を下さないとね。


「今から、二ヶ月前の話です」


 ミルヴァの眼から、静かに流れるものがあったかもしれないが、俺は見ていない。
 視線は高度から遥か向こう側へ。
 この場所の特権を余すとこなく甘受して。


「それから私は、アイフィールの周囲を徹底的に探る事で、彼女が私を海賊に攫わせようと計画している事を知ったんです」
「そのドサクサに紛れて、お前の護衛に付いている精鋭にお前を殺させる。それが姉様とやらが立てた計画だった。海賊に妹を殺され悲しみに暮れながらも病床の兄に代わり気丈に、健気に、執政を取り仕切る王女……話題性は十分過ぎるわな」
「いやあ、ショックでした。私を子供の頃から知っている近衛兵がまさか買収されているとは、その時まで考えもしませんでしたから」
「……ふん」


 俺は少女の顔を見ない。気休めに慰めもしない。
 ただ――耳だけは背けない。


「殺せませんでした。私に切り掛かってきた兵達を、私は、殺す事ができませんでした」


 後悔しているのか、安堵しているのか。
 声色だけでは、判断できないものだった。


「近衛兵達を全員昏倒させ、乗り込んできた海賊と取引しました。私を捕らえる代わり、ゲインまで連れて行ってくださいと。それが果たせた暁には、ゲインでの旗揚げに協力してあげると。リーダー格の方は、案外あっさりと応じてくれました」
「……ヴルか」


 それこそ、損得勘定であったろう。
 どんな誘いを受けたのかは知らないが、王族を乗った船を襲撃する危険について、ヴルが解していなかったとは思えない。
 そこに、攫うはずだった姫君の護衛の兵が、姫君自身に全滅されたれているという異常極まりない状況。頭の中を警鐘ががなり立てていたはずだ。その時に持ち掛けられた取引。
 自分の――何よりも仲間の安全を確保する為には、取引に応じざるを得なかったのが実情だろうな。


「そしてその翌日に貴方が現れ――後は知っての通りです」
「なるほど、な。その流れだと、最初は俺の事も追っ手だと疑ってたろ?」
「ええ。未熟とはいえ、海賊数十人を無傷で壊滅させる実力者。やってくるタイミングも良すぎましたしね」
「どこで晴れた? わりと早い段階から、警戒を感じなくなったんだが……」
「晴れてませんよ?」
「――ぬ?」
「やっぱり、貴方はどこか抜けているところがありますね。魔法の使い方とは、別に直接相手を攻撃するだけではありませんよ?」


 さて、なーんだ?
 謎々を投げてくる、小学生を教えている教師の様なむかつく笑みでこちらを見つめているミルヴァ。
 俺の感覚が働かない。しかし悪意はそこにあったのだとすれば、答えは一つだ。


「……ッ!? 感情の遮断!」
「貴方は結構人の悪意に敏感なところがありましたので、ちょっとその辺を誤魔化させてもらいました」


 や、ら、れ、た!
 俺の感覚もスマホも、そもそも感情がここまで飛んでこなければ機能しない。
 こいつ、自分の感情を魔法を使ってまで押し殺し、こちらを計っていたというのか!
 流石にもう視線を逸らしている事もできず、俺とミルヴァは、やや剣呑な雰囲気の中で睨み合う。
 はず、だったのだが。


「――ぷっ!」


 突如、ミルヴァがまたも噴出した。
 なに? なんなの?


「ぷっははは! ごめんなさい。実はその魔法、この学園に来る前に切っているんです。だから今は、全く素の私で話してますから、緊張しなくて良いですよ!」
「…………(怒)」
「あああああ!? ご、ごめんなさぁい。そんなに怒らないでくださいっ。借金チャラにしてあげますから!」
「いらんわ!」


 それ受けたら、何かほんとにヒモっぽくなる気がする。
 話がおおよそ落ち着き、ミルヴァが脱力したと言わんばかりに、仰向けに寝転がった。


「おおお……空が高いですねぇ……」
「そらそうだろ」
「最近は、ドロドロとへばり付いたモノをどうにかするのに必死で、上を見上げる余裕がなかったのですよ」
「……ふん」
「セツナさんもどうですか? 地表だけではなく、空にも何か、面白いものがあるかもしれませんよ?」


 笑い掛けるミルヴァは、少しだけ憑き物が落ちた感じがした。
 まあうん、それも悪くはないんだがな。


 キーンコーンカーンコーン……


「「あ~あ」」


 そろそろ授業に戻らないとね?
 まったく、労働者は辛いぜ!

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