死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。
和解――そして教職へ
「飲み物は紅茶とコーヒーどっちが良い? 酒も用意してはいるが来客用でな。できれば飲まないでくれると助かる」
つい数十秒前に殺し合いを演じたとは思えないのんきな質問。
ゲインと。
国と同じ名前を名乗ったそいつは、精巧な石造りのテーブル越しに向かい合い、まるで隙だらけな姿を晒している。
「どれもいらねぇ。それよか、さっさと話を進めろ」
「それはいかんな。嗜好品とは娯楽の一種だぞ? そして娯楽は人の感受性を豊かにしてくれる。娯楽を嗜まん連中は、総じて早死にする事は歴史が証明している事実だ」
「はっ! 望むところだ」
俺はソレを望んで、ここにいる。
「青いな。羨ましい限りだ」
俺より一回りは年下の外見でそんな事を言われてもどう応えればいいんだか。
ゲインはおもむろに指を弾くと「紅茶を二つ。一つはミルクと砂糖入りで」などと一人で呟き始めた。
状況から察して、誰かに飲み物を注文してんだろう。それも、二人分って。俺はいらねっつってんだろ。
隠すつもりなど微塵もなく、表情にも思いっきり出している。こちらの感情が伝わらないほど鈍い相手じゃない。
だというのにヤツは、あろうことか実に愉しそうに微笑んでいるのだ。
なんか嫌いだこいつ!
「そう睨むな。もしかしたらこれが最後の嗜好品かもしれんのだ。それくらいの我が侭は赦すのが、人としての器というものだぞ?」
「いきなり人を殺しに掛かってきたヤツにゃあ言われたくないね」
「ふむ……ではその辺りの情報を整理する意味でも、一つ質問に答えてくれるかな?」
「これから出てくる紅茶で俺に美味いと言わせられたら答えてやんよ」
こいつのペースで会話が進んでいく事が気に入らない。ちょっとした意地悪の一つくらい、突っ込んでやりたくもなる。
「では問題ないな。質問をさせてもらおうか」
一片の動揺も見せずに、話の流れをもっていかれた。どんだけ用意してる紅茶に自信持ってんだよ。
「アルティリア様は壮健かな?」
「――――」
その質問は、流石に。
予想していたとはいえないものだった。
「不思議か? いや、不思議でなければならないか。彼の御方は他者との交流を極力削っておられる。いかに御使いとはいえ、私との関係も話されてはいないのだろうな」
「お前……一体……」
「深く気にする必要はない。ただ私は確かめたかっただけだ、君とあの御方の関係をな。それなりに修羅場を抜けてはいるようだが、君はやはり、青々しさが過ぎるな」
くっくと口中に含ませて嗤う。得体の知れなさでいうのなら、アルティよりよっぽど性質の悪い手合いだ。
こいつは、危険だ。
話を聞き終えるまでは、と思っていたが。あるいはもうここで手に掛けておいた方がいいのかもしれない。
全身の関節に気を入れたその瞬間――
「ゲイン様、お飲み物をお持ちしました」
「うむ、入れ」
計った様なタイミングで邪魔が入った。
扉が主に敬意を表する如くゆっくりと開かれ、その先に立つのは一人のメイドだ。
彼女は恐ろしく洗練された動作で紅茶二つと、頼んでもいなかったはずの茶菓子を、定規で計測した様に等間隔で並べていく。
紅茶のカップは同じもの。だが俺の側にはさらに、ミルクと角砂糖が置かれていた。
「……あんまり甘すぎるのは好みじゃないぞ」
「飲んでおけ。君の頭には血が上っているだろう? 糖分には沈静の効果もあるのでな」
「てめえのその物言いが、血を上らせてる原因だがな!」
乱暴に両方放り込み、風情など気にせず掻き回す。
温度や香りなどどうでもいい。
さっさとカップを空にして――――!?
「して、味は?」
「……」
「味は御気に召したかな?」
「…………」
「おっと、私はもう飲み干してしまった。いかんな、この手のものはもっと時間を掛けて愉しまねばと理解はしているのだが、あまりに美味すぎるのも考えものだ。私はおかわりを頼むつもりだが、君はどうする?」
「………………もう一杯くれ」
事実上の敗北宣言だった。
ちくしょう……マジにうめぇ。これがほんとに紅茶かよ。
表情だけで笑い、おかわりを頼むゲインの勝ち誇った様子が腹立たしい。
「さて、質問の答えを聞かせてはくれないか?」
「ちっ!」
敗者に抗う術など存在しない。
「からかうのが面白すぎる程度には元気だよ。この前フナムシの特大画像を送りつけてやったら、夜中に『夕食が喉を通らなくなったじゃろうがあああああ!!?』ってお怒りの電話が掛かってきた」
「ふむ、つまりお前もゴッドフォンは持たされているという事か」
「ゴッド……? ああ、スマホの事か。その言い様だとお前も持ってんのか?」
スマホを取り出し、手の中で弄ぶ。
ゲインはそれを、真剣な瞳で凝視していた。
「残念ながら、そこまでの恩恵には預かれなかった。あの方がそれを渡されるのは、ほんの一握りの相手にのみだ。すなわち、それだけ信頼されているという証だぞ」
「え? 金額が高いからあんまり数揃えらんなかっただけじゃねぇの?」
「お前、よくあの方に殺されずにいるなぁ……」
今まで常に雰囲気に余裕を浮かべていたゲインが、初めて心底呆れたとばかりに表情を崩す。
呆れられても、俺にはあのアルティがそんな厳格な事考えてこれを渡したとは思えないんだが。
「だとすると……『神魔王』の二つ名についても、何も知らないのだな?」
「んん~……そういや最初に会った時、そんな名乗りをあげてたような気がする……?」
「まあ良い。時がくればアルティリア様直々に話されるだろう。今気にする必要はない」
そういわれると気になるんだが。
今度アルティと話した時、不意打ちで「アルティ、ゲインが言ってた。ゲインが言ってた! んだけど神魔王って何!?」って聞いてやろうか。
「やめてくださいおねがいします」
「今までの威厳かなぐり捨ててお願いされた!? ってかてめぇ! やけに人の思考先読みしてくると思えば、やっぱり『読心魔法』使ってやがったな!?」
「ふっ、私は魔法大国ゲインの長だぞ?」
「理由になってねぇよ!」
閑話休題。
「――で? 結局、俺をいきなり殺そうとした理由に関しては、いまだ説明が成されていないわけですが? 俺はこの後お前をぶっ殺して構いませんかね?」
「唯一自分を異世界人と知ってる相手を躊躇なく殺そうとできる図太さには恐れ入るが、こちらとしては、半分以上は解決した問題なのだが」
「はあ!?」
「君、ミルヴァ嬢の正体は知っているかな?」
「なんとか王国のお姫様」
「ヴァンストル王国の王位継承権第三位。ミルヴァーナ・レウ・ヴァンストル姫」
かつて聞いた長ったらしい名前を、大真面目に言い切った。
「ここ最近、ヴァンストルには不穏な動きがある。王妃は既にこの世を去り、王自身も病に倒れ、いつ崩御されてもおかしくない状態。となれば必然、早急に跡継ぎの問題が発生するわけだが――――おいお前、耳を塞ぐなちゃんと聞け!」
「やめろおおおおお!? そんな内部事情聞きたくない! 俺は無関係なのだからして! 外堀から埋めていくのやめてええええええ!!」
「王位継承権を持つ姫と一緒に居て関係ないわけあるかあ!」
狭い部屋の中をドタバタと逃げ回る。
なんか、立場が逆転している様な……?
「と・に・か・く! お前はそんな世界情勢を動かしかねないほどの重要人物と行動を共にしていたのだ!
世界中から王族が集まるこの国では、些細な不穏分子すらも見逃す事はできないからな。いくら姫のお墨付きであろうともだっ」
小学生くらいの少女に強引に両腕を掴まれ、耳元で怒鳴られている。
俺にこんな事で悦ぶ趣味はないぞ!
と、いうべき事を言い終えたのか、両腕が開放されて重力に従ってぶらんと下がる。
「まあその疑いも、お前がアルティリア様の使いだと判明した時点で晴れたも同然だがな。他ならない、あの方のお墨付きならば話は別だ」
元いたソファにどかっ! と腰を下ろし、気だるそうに頬杖ついてこちらを見上げる。
「冗談ではなく、この学園に何かあれば世界が滅ぶ。それだけの人材を抱え込んでいるのだ。私にはそれだけの責任があり、力がある。君の憤りはもっともだが、今回ばかりは見逃してもらえないかな?」
「……」
ゲインの、というよりもこの一言に心が動いた。
――世界が滅ぶ。
俺が地球で末期に見た光景は、泣き叫ぶ家族に、何もかもを諦めた若者に、ヤケを起こして自滅する馬鹿ヤロウ共と、達観して何もしない年寄り連中。
未来を否定し教育を放棄した教師。
何年も手術を待っていた患者を見放した医者。
結婚を誓い合っていた恋人を見捨てて逃げ出した女。
そして、そして――
「…………仕掛けたのはお前だ。赦すのは俺であって、お前じゃない」
「ふむ……?」
「貸し一つだ! 今回はそれで目ぇ瞑ってやんよ!」
なんともいえないざわついた感情を悟られたくなく、俺はゲインに背を向けて叫んだ。
「お前――いやさ、御使い様。名前を教えてはくれまいか?」
背を向けているので当たり前だが、ゲインの姿は見えない。
だが何故かその雰囲気。アルティが俺に頭を下げた、あの瞬間に良く似ていて、なんとなく表情が分かる気がした。
長寿を誇る連中というのは、本気で頼みごとをする時に、似てくるものなんだろうか?
「……キラノ・セツナ」
「セツナ殿、貴殿をこの学園の講師として向かえ入れたい。受けてくれるか?」
俺の立場を立てる言い方だ。
ミハイルは言っていた。
学園長は、どんな相手にも礼を尽くす、器の大きな人物だと。
――もちろん、君が君なりに、相手に敬意を払ってくれれば、ですが。
――俺のやり方でいいの?
――構いません。
――分かった。
俺の敬意は示した、俺のやり方で。
だからゲインは、『学園長』としての敬意を、俺に払おうとしているのだ。
自分の何倍もの人生経験を有する人物にこんな真似をさせ、応えられないほどヘタレじゃないし、意地っ張りでもない。
振り返って、先刻同様に座り直す。ただし今度の意味合いは全く違う。
「報酬とか。細かい話を詰めようぜ」
「ふふ」
ゲインは笑う。
しかし不思議とその笑みだけは、老獪なエルフのそれではなく、外見相応な無邪気さに溢れていたと。
そんな気がした。
----------------------------
今回のヘイトポイント加減値
ゲインの『読心魔法』=+1200p
ゲインの警戒=+600p
現在のヘイトポイント=100億1万4千552p
つい数十秒前に殺し合いを演じたとは思えないのんきな質問。
ゲインと。
国と同じ名前を名乗ったそいつは、精巧な石造りのテーブル越しに向かい合い、まるで隙だらけな姿を晒している。
「どれもいらねぇ。それよか、さっさと話を進めろ」
「それはいかんな。嗜好品とは娯楽の一種だぞ? そして娯楽は人の感受性を豊かにしてくれる。娯楽を嗜まん連中は、総じて早死にする事は歴史が証明している事実だ」
「はっ! 望むところだ」
俺はソレを望んで、ここにいる。
「青いな。羨ましい限りだ」
俺より一回りは年下の外見でそんな事を言われてもどう応えればいいんだか。
ゲインはおもむろに指を弾くと「紅茶を二つ。一つはミルクと砂糖入りで」などと一人で呟き始めた。
状況から察して、誰かに飲み物を注文してんだろう。それも、二人分って。俺はいらねっつってんだろ。
隠すつもりなど微塵もなく、表情にも思いっきり出している。こちらの感情が伝わらないほど鈍い相手じゃない。
だというのにヤツは、あろうことか実に愉しそうに微笑んでいるのだ。
なんか嫌いだこいつ!
「そう睨むな。もしかしたらこれが最後の嗜好品かもしれんのだ。それくらいの我が侭は赦すのが、人としての器というものだぞ?」
「いきなり人を殺しに掛かってきたヤツにゃあ言われたくないね」
「ふむ……ではその辺りの情報を整理する意味でも、一つ質問に答えてくれるかな?」
「これから出てくる紅茶で俺に美味いと言わせられたら答えてやんよ」
こいつのペースで会話が進んでいく事が気に入らない。ちょっとした意地悪の一つくらい、突っ込んでやりたくもなる。
「では問題ないな。質問をさせてもらおうか」
一片の動揺も見せずに、話の流れをもっていかれた。どんだけ用意してる紅茶に自信持ってんだよ。
「アルティリア様は壮健かな?」
「――――」
その質問は、流石に。
予想していたとはいえないものだった。
「不思議か? いや、不思議でなければならないか。彼の御方は他者との交流を極力削っておられる。いかに御使いとはいえ、私との関係も話されてはいないのだろうな」
「お前……一体……」
「深く気にする必要はない。ただ私は確かめたかっただけだ、君とあの御方の関係をな。それなりに修羅場を抜けてはいるようだが、君はやはり、青々しさが過ぎるな」
くっくと口中に含ませて嗤う。得体の知れなさでいうのなら、アルティよりよっぽど性質の悪い手合いだ。
こいつは、危険だ。
話を聞き終えるまでは、と思っていたが。あるいはもうここで手に掛けておいた方がいいのかもしれない。
全身の関節に気を入れたその瞬間――
「ゲイン様、お飲み物をお持ちしました」
「うむ、入れ」
計った様なタイミングで邪魔が入った。
扉が主に敬意を表する如くゆっくりと開かれ、その先に立つのは一人のメイドだ。
彼女は恐ろしく洗練された動作で紅茶二つと、頼んでもいなかったはずの茶菓子を、定規で計測した様に等間隔で並べていく。
紅茶のカップは同じもの。だが俺の側にはさらに、ミルクと角砂糖が置かれていた。
「……あんまり甘すぎるのは好みじゃないぞ」
「飲んでおけ。君の頭には血が上っているだろう? 糖分には沈静の効果もあるのでな」
「てめえのその物言いが、血を上らせてる原因だがな!」
乱暴に両方放り込み、風情など気にせず掻き回す。
温度や香りなどどうでもいい。
さっさとカップを空にして――――!?
「して、味は?」
「……」
「味は御気に召したかな?」
「…………」
「おっと、私はもう飲み干してしまった。いかんな、この手のものはもっと時間を掛けて愉しまねばと理解はしているのだが、あまりに美味すぎるのも考えものだ。私はおかわりを頼むつもりだが、君はどうする?」
「………………もう一杯くれ」
事実上の敗北宣言だった。
ちくしょう……マジにうめぇ。これがほんとに紅茶かよ。
表情だけで笑い、おかわりを頼むゲインの勝ち誇った様子が腹立たしい。
「さて、質問の答えを聞かせてはくれないか?」
「ちっ!」
敗者に抗う術など存在しない。
「からかうのが面白すぎる程度には元気だよ。この前フナムシの特大画像を送りつけてやったら、夜中に『夕食が喉を通らなくなったじゃろうがあああああ!!?』ってお怒りの電話が掛かってきた」
「ふむ、つまりお前もゴッドフォンは持たされているという事か」
「ゴッド……? ああ、スマホの事か。その言い様だとお前も持ってんのか?」
スマホを取り出し、手の中で弄ぶ。
ゲインはそれを、真剣な瞳で凝視していた。
「残念ながら、そこまでの恩恵には預かれなかった。あの方がそれを渡されるのは、ほんの一握りの相手にのみだ。すなわち、それだけ信頼されているという証だぞ」
「え? 金額が高いからあんまり数揃えらんなかっただけじゃねぇの?」
「お前、よくあの方に殺されずにいるなぁ……」
今まで常に雰囲気に余裕を浮かべていたゲインが、初めて心底呆れたとばかりに表情を崩す。
呆れられても、俺にはあのアルティがそんな厳格な事考えてこれを渡したとは思えないんだが。
「だとすると……『神魔王』の二つ名についても、何も知らないのだな?」
「んん~……そういや最初に会った時、そんな名乗りをあげてたような気がする……?」
「まあ良い。時がくればアルティリア様直々に話されるだろう。今気にする必要はない」
そういわれると気になるんだが。
今度アルティと話した時、不意打ちで「アルティ、ゲインが言ってた。ゲインが言ってた! んだけど神魔王って何!?」って聞いてやろうか。
「やめてくださいおねがいします」
「今までの威厳かなぐり捨ててお願いされた!? ってかてめぇ! やけに人の思考先読みしてくると思えば、やっぱり『読心魔法』使ってやがったな!?」
「ふっ、私は魔法大国ゲインの長だぞ?」
「理由になってねぇよ!」
閑話休題。
「――で? 結局、俺をいきなり殺そうとした理由に関しては、いまだ説明が成されていないわけですが? 俺はこの後お前をぶっ殺して構いませんかね?」
「唯一自分を異世界人と知ってる相手を躊躇なく殺そうとできる図太さには恐れ入るが、こちらとしては、半分以上は解決した問題なのだが」
「はあ!?」
「君、ミルヴァ嬢の正体は知っているかな?」
「なんとか王国のお姫様」
「ヴァンストル王国の王位継承権第三位。ミルヴァーナ・レウ・ヴァンストル姫」
かつて聞いた長ったらしい名前を、大真面目に言い切った。
「ここ最近、ヴァンストルには不穏な動きがある。王妃は既にこの世を去り、王自身も病に倒れ、いつ崩御されてもおかしくない状態。となれば必然、早急に跡継ぎの問題が発生するわけだが――――おいお前、耳を塞ぐなちゃんと聞け!」
「やめろおおおおお!? そんな内部事情聞きたくない! 俺は無関係なのだからして! 外堀から埋めていくのやめてええええええ!!」
「王位継承権を持つ姫と一緒に居て関係ないわけあるかあ!」
狭い部屋の中をドタバタと逃げ回る。
なんか、立場が逆転している様な……?
「と・に・か・く! お前はそんな世界情勢を動かしかねないほどの重要人物と行動を共にしていたのだ!
世界中から王族が集まるこの国では、些細な不穏分子すらも見逃す事はできないからな。いくら姫のお墨付きであろうともだっ」
小学生くらいの少女に強引に両腕を掴まれ、耳元で怒鳴られている。
俺にこんな事で悦ぶ趣味はないぞ!
と、いうべき事を言い終えたのか、両腕が開放されて重力に従ってぶらんと下がる。
「まあその疑いも、お前がアルティリア様の使いだと判明した時点で晴れたも同然だがな。他ならない、あの方のお墨付きならば話は別だ」
元いたソファにどかっ! と腰を下ろし、気だるそうに頬杖ついてこちらを見上げる。
「冗談ではなく、この学園に何かあれば世界が滅ぶ。それだけの人材を抱え込んでいるのだ。私にはそれだけの責任があり、力がある。君の憤りはもっともだが、今回ばかりは見逃してもらえないかな?」
「……」
ゲインの、というよりもこの一言に心が動いた。
――世界が滅ぶ。
俺が地球で末期に見た光景は、泣き叫ぶ家族に、何もかもを諦めた若者に、ヤケを起こして自滅する馬鹿ヤロウ共と、達観して何もしない年寄り連中。
未来を否定し教育を放棄した教師。
何年も手術を待っていた患者を見放した医者。
結婚を誓い合っていた恋人を見捨てて逃げ出した女。
そして、そして――
「…………仕掛けたのはお前だ。赦すのは俺であって、お前じゃない」
「ふむ……?」
「貸し一つだ! 今回はそれで目ぇ瞑ってやんよ!」
なんともいえないざわついた感情を悟られたくなく、俺はゲインに背を向けて叫んだ。
「お前――いやさ、御使い様。名前を教えてはくれまいか?」
背を向けているので当たり前だが、ゲインの姿は見えない。
だが何故かその雰囲気。アルティが俺に頭を下げた、あの瞬間に良く似ていて、なんとなく表情が分かる気がした。
長寿を誇る連中というのは、本気で頼みごとをする時に、似てくるものなんだろうか?
「……キラノ・セツナ」
「セツナ殿、貴殿をこの学園の講師として向かえ入れたい。受けてくれるか?」
俺の立場を立てる言い方だ。
ミハイルは言っていた。
学園長は、どんな相手にも礼を尽くす、器の大きな人物だと。
――もちろん、君が君なりに、相手に敬意を払ってくれれば、ですが。
――俺のやり方でいいの?
――構いません。
――分かった。
俺の敬意は示した、俺のやり方で。
だからゲインは、『学園長』としての敬意を、俺に払おうとしているのだ。
自分の何倍もの人生経験を有する人物にこんな真似をさせ、応えられないほどヘタレじゃないし、意地っ張りでもない。
振り返って、先刻同様に座り直す。ただし今度の意味合いは全く違う。
「報酬とか。細かい話を詰めようぜ」
「ふふ」
ゲインは笑う。
しかし不思議とその笑みだけは、老獪なエルフのそれではなく、外見相応な無邪気さに溢れていたと。
そんな気がした。
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今回のヘイトポイント加減値
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