死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

なかなかの美味でした。

 大気が割れる音が聞こえる。
 まるで死んでいるのかと錯覚するほどに凪いでいた風と波が、その時をもって、先刻の何倍もの勢いでざわめきだす。
 さながら、主の咆哮に応える鬨の声。
 太陽の光さえも吸収し、水鏡の如く輝かせる鱗を全身に纏った水龍。それこそが、この海域一帯の頂点に君臨する主であった。
 雲ひとつない快晴だというのに、俺の乗る小船がまるで大嵐の中にでもあるかの様に、引っくり返る寸前にまでその身を揺らしている。
 これはなんとも、


「すっげえなあ!!」


 感激ものだ。
 なんと、異世界における最初の出会いが、ファンタジーの代名詞と言って過言ではない、龍だとは。
 非常に期待できるぜ。
 何を? 決まってる。
 異世界における、俺を殺してくれる期待度の上位ランカーだ。
 いやあ、さすがの俺も、地球で龍と遭遇した事はなかったからなあ。
 もしかすると、不死をも抜けてくる強力な攻撃を有しているかもしれないじゃないか。
 そう思ったら、いても立ってもいられない。
 一体どんな性質を持っているのか。どんな攻撃手段を持っているのか。確認せずにはいられない。
 水飛沫で既に全身びしょびしょだが、そんな些細な事が気にもならないくらい、意識は水龍の一挙一動へと全集中していた。


「コォォォォォォ…………!」


 おう? 水龍が、ずいぶんと深く息を吸っているようだが、これはまさか――


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 龍の息吹――古今東西、あらゆる書籍やゲームなどの空想世界での、ドラゴンの必殺攻撃として認知されている大技。
 村や町の一つ二つなど、その一吹きでたちまち壊滅してしまうという描写も少なくないほどの超威力。
 炎ではない。
 自らの体内に貯め込んだ水分を、機関銃の如く細かい弾丸にして一帯に吹き飛ばしてくる、水龍らしい技だった。
 人間一人乗っているだけの小船に対し、いきなりこんなもんを食らわしてくるとは予想外。
 初撃にしては、いささか過剰とも言える攻撃だろう。
 まあ最も、俺としてはだ。


「ひゃっっほおおおおおう!」


 友人達と海に遊びにやってきた小学生の様に、喜び勇んでその青色へと、頭から突っ込んでいった。
 さて、果たして俺は死ねるかな?
 頭では無理だろうとなんとなく理解はしつつ、しかし少しでも期待感がある以上無視はできない。
 なら、試さない道理もない。
 普通ならば一秒で肉体が消し飛んでいるだろう水弾の掃射。生身の人間など、百人いようとあっというまに肉片に変えてしまえる地獄の連射だ。
 クリスマスのプレゼントを寝た振りして待ち構える子供みたいに、わくわくしてその時を待つ。
 期待して――期待して――期待して――最後は絶望する。
 俺の体に触れた水弾は、一つ残らず、不死に弾かれて消滅した。
 地球ではいつものことだった現象。
 とっくにあきらめたつもりで、でも諦め切れていなかった、人間としての悪癖が、ここに来て顔を出す。
 それは、異世界へと来て舞い上がってしまった俺の弱さそのものかもしれない。
 脱力そのまま、水龍の体へと着地する。
 乗っていた小船は木っ端微塵になって面影すら見当たらないが、そんな事はどうでもよかった。
 心境を表すなら、ただ一言で事足りる。


「くそったれが」


 呟きは飛沫に掻き消され、誰の耳にも届かない。
 ただ水龍のみは、俺が息吹を抜けてきた事に思うことでもあったのか、自身の体に飛び乗った人間を振り払うでもなく、問い掛ける様な視線を投げてきた。
 俺の直感訳が間違っていなければ曰く。 
 ――貴様は何者だ、と。


「俺はな、基本的に自分から名乗るって事がないんだわ」


 アルティの様に心を読まれてしまうような例外や、例えば病院や学校の様な、否応なしに関係が長続きしてしまう相手を除き、名乗った覚えがない。
 まして、こんな命が掛かる状況で名乗る事があるとすればそれは二つの意味しかない。
 一つは、自分を殺してくれるかもしれないという期待感が非常に高い相手に、前もって名乗りを上げる場合。
 そして、もう一つが――


「キラノ・セツナだ」


 自分がこれから、確実に命を奪うであろう相手に対してのみ。
 しかしせっかくの異世界、それだけでは味気ない。地球で呼ばれるのは嫌いだったが、異世界初めて命を奪う者としての称号を、お前に贈ろう。
 二度と名乗る事はないと思っていた、俺の殺し名。


「またの名を『死神の鎌』」


 傍によって来た者の命を、善悪問わず刈り落とす。
 戦場で出会ったどこのどいつかが、呼び表しやがった不幸の象徴。
 そのノリはどうやら、異世界においても通づるものがあるらしい。


「お前の首を刈り取ってやる」
「グオオオオオオオオォォォォォッッ!!」


 ただならぬ殺意を感じ取った水龍が、ここにきて俺を吹き飛ばそうと体を振り回し、尻尾で叩き落そうとする。
 一秒でも早く脅威を弾こうとしたのは分かるが、それは下策だろう。
 俺としては水中に潜られ、高速で移動される方が対処が面倒だった。
 そして、策を誤った者に情けを掛けるほど、俺は甘くはない。
 水面から見えている部分だけで約二十メートルはあろう水龍の口元に、ほぼ水面の辺りから一跳びで到着する。
 変に体をしならせるから、タイミングを合わせて真っ直ぐ飛ぶだけで距離を一気に縮める事ができるんだ。
 そこから使用するのは『ヘイト』。
 魔法のイメージはまだ分からないので、分かりやすい創造を使用する。
 イメージするのは、使われていない戦場などあり得ないだろう、単純なまでの攻撃手段。
 ――爆弾。
 実用性よりも威力を重点的に、種々様々なそれらを、驚愕に口開いている水龍の体内に放り込む。
 それをギリギリまで見届けた上で、今度はすぐにそこから全力で飛び離れた。
 海面に着水する前に、異世界にて始めての敵へと告げる。


「さようなら、だ」


 直後、轟音と同時。
 あまりにも巨大であった水龍の身体が、風船の如く膨れ上がり――爆散した。
 喉をやられたのか断末魔を上げる事もなく、巨体はバラバラに水面へと飛び散っていく。
 それらが一段落して分かった事は、龍の眼球はバスケットボール大であるという事と、龍の肉片でとりあえずの餓えは凌げそうだという事。そして船を新しく創造で造り直さねばならないということ。
 やれやれ、ヘイトポイント、いくつ消費するかね。


「はあ……やっぱり、先は長そうだわ」


 異世界生活初日からして、この苦労。
 水面にプカプカと揺られながら、先が思いやられるのだった。
 余談だが。
 龍の血は意外と美味いという事を、口周りを舐めて始めて知った。




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今回の『ヘイトポイント』加減値
=水龍の咆哮=+1000p
=水龍の息吹=+2500p
=創造『爆弾の詰め合わせ』=-4750p
=現在『ヘイトポイント』=100億9千p
 目標値=5000億pまで残り4899億1千p!

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