死にたがりの俺が、元いた世界を復活させようと頑張ってみた結果。 

夜明けまじか

第一接近遭遇は劇的に

 信じられないほど高く、さえぎる物など一切存在しない、広々とした青空。
 鳥の鳴き声がかすかに聞こえ、こうしていると自分の状況すら忘れてしまいそうになる。
 それがたとえ、遭難している最中であっても。


「な、わけねえだろ!」


 それはむしろ現実逃避という。
 周囲一帯に、覗き込めば吸い込まれてしまいそうな深い青が広がっている。
 人影など水平線の先にも豆粒程度にすら映らない。
 そんな孤独に包まれた俺を唯一支えてくれるのが、人間三人程度がかろうじて乗れるくらいの、木造の小船一つだった。
 波の揺れ一つ一つに、ギシギシと軋みをあげてくれるのが頼もしい。
 それを確認した直後、俺は速攻でスマホを――いやゴマホだっけか? 言い辛いからもうスマホでいいや――取り出した。
 それと同時、鳴り響く着信音。それは地球で流行っていた、四十八人のアイドルグループの最新曲。


「仮にも神様ならもっと威厳のあるチョイスしろよ……」


 スマホといい、こいつ人間の文化に毒されすぎじゃねえか?
 とりあえず画面を見ると、アルティリアから、どうやらメールが届いたらしい。まるで計っていたかのようなタイミングだ。
 よかろう、許し難い所業ではあるが、釈明いかんによっては情状酌量の余地も考えないこともない。
 そん時は、スマホに登録してある名前に関していびり倒すくらいで勘弁してやろう。
 そんな森羅万象にも及ぶほどの寛大な心を持ってメールを開くべく、画面に指を這わせる。
 タイトル名『ごめんちゃい♪』
 ……
 いきなり余地が無くなりそうになったのを、かろうじて堪える。
 ま、まだ本文読んでねえしな。
 しかしロクな予感がまったくしないのが、俺の人生的にもう赤信号鳴らしている。
 何度読み返しても腹の立つタイトルをなんとか凌ぎつつ、本文を開いた。
 しかし、そこに文章は何もなく、代わりといわんばかりに画像がでかでかと貼り付けられていた。
 そう……




 ネコミミを装着して、両手を合わせて「てへっ♪」と舌を出している、とある創造神の姿を。




 瞬間スマホを握りつぶさなかったのは奇跡に等しい。
 ヤロウまさかこんなんでチャラになると考えてるわけじゃあるまいな……!
 即座にヤツの番号を引っ張り出してコールする。名前がアルティリア・リュカリオンなどと仰々しくフルネームで登録してあったので、ついでに『駄神』と変える事も忘れない。
 数秒の機械音の後、反応があった。


「おいごら貧乳神! これは一体どういう――――」
『お掛けになったゴッド番号は、神力の届かないところにあるか、現在使われておりま――』
「電源切りやがったなあのアマああああああ!!」


 今度会った時は覚えてろよ!


「だあ、くっそ……叫んでたら腹減ってきた……」


 ごろんと仰向けになる。
 腹の虫がきゅるるる、と鳴いているのが聞こえるが、今は少し休みたい気分だ。
 ――ちなみに俺に『餓死』はできない。それは既に前の世界で確認済みだ。
 不死やヘイトの事を知る前の俺は「食事をしなくても死なないってなにそれ!?」と心底絶望したものだが、今の俺ならその理由がなんとなくわかる。
 おそらく、理由は不死だ。
 栄養を取らずに衰弱していくのは、一見内的要因で不死の範囲外にも感じる。 だが、その原因は外部からの栄養摂取不足にある。だとすれば、不死が反応したとしてもおかしくはない。
 結果、俺は一定の空腹感以上……命の危険に関わるほどの空腹を感じる事はない身体となっているのだ。


「死にはしないくせに、イラつく程度の空腹はしっかり感じるとか」


 なんつー嫌がらせ。
 能力を付与したヤツの性格が滲み出ているね。
 心の底で、あの自称神をいかな刑に処するか思いを馳せて数分、そこでようやく気がついた。


「ん?」


 船の揺れが収まっている。
 明らかに自然現象ではない、何かの気配を感じる。
 その正体というか、居所はすぐに判明した。
 船の下。そこに何かの影を確認した。蠢いており、それが生物である事が分かる。


「初めての異世界接近遭遇だな」 


 向こうに友好の意思があれば、だが。
 見えている部分だけで、俺の十倍以上でかい。もしこいつがぶつかってくるような事があれば、俺はともかくこんな小船は木っ端微塵だろう。
 そうなると俺は生身でぷかぷか遭難しなければならなくなる。いくら死なないにしても、それは少し困るな。っていうかめんどい。
 どうしたもんかと悩んでいたところで。


 ブルブルブル……スマホがいきなり振動を始めた。
 音楽は、ない。


「なんだよこんな時に……」


 まさか今更アルティが通話してきたんじゃあるまいな? 許さんけど。
 身構えながらスマホを取り出してみると。


『ヘイトポイント加算通知。加算ポイント1250。現在のポイントは「100億1万250」です』


 おお!? 何か便利な機能が付いてる!
 しかも知らん間に、ヘイトポイントが増えている。つまりは何者かに悪意や害意を加えられたという事を意味する。
 心当たりは、アルティのふざけた悪戯だ。
 そりゃ海のど真ん中に転移させられ遭難体験を受ければ、ポイントだって溜まるだろうよ。
 だが数字を見るに、それだけではない。
 アルティから聞いた最初のヘイトポイントは100億だったはずだ。
 そして今増えたポイントが1250……間の9000ポイントが行方不明だ。
 どういうことかとスマホを弄っていると『ヘイトポイント加算履歴』なる項目を発見した。
 そこにはポイントが何時何ポイント加減されたのかという情報が、前の世界のものを含めて、全て残っていた。
 全部に目を通している時間などないので、最新の値だけをチェックする。
 そして分かったのは、行方不明の9000ポイントこそが、アルティの悪戯による加算であったこと。
 最も新しい、1250ポイントは、それとは全く関係がないという事。
 この状況で、突然ポイントが増える意味を考える――必要は全く無かった。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 海中から何十メートルもの水柱を上げて顔を出した龍。
 人間一人の大きさなど、こちらに向けて咆哮している口の半分にも足りていない。
 地球における、いわゆるファンタジーの中でも象徴的な存在が、今俺に対して牙を剥いていたのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品