死神共同生活
第6話 大男と女
翌朝の8時。今更だが、この世界には時計があり、24進法が利用されているのだ。異世界と言われてはいるが、どこか俺たちのいた世界と重なる部分があるようだ。
俺は装備を揃えてギルドへ向かった。昨日と同様、人は多い。ギルトに入り見渡すと、昨日の席に三人がいた。しかし、その三人の手は中途半端な位置で固まり、俺のある一点を見ている。俺は三人へ手を振り返しながら近づいていった。
「おはようございます」
「お、おはよう」
戸惑うウォリナーさん。
「あら、おはよう」
昨日通りのレベッカさん。
「え、お、おはよう」
明らかに驚いているナーシャさん。
それもそうだろう、なにせ今の俺は、髪が真っ白なんだから。
昨日の出来事である。
変装に磨きをかけようと脱色したら真っ白になってしまったのだ。店主の言っていた基準量を忘れていて、すべて使ってしまったせいで、俺の髪は完全に白髪になってしまった。
「どうした、その髪?!」
ウォリナーさんが戸惑いながら質問をする。
「その、イメチェン……です」
「な、なるほどな」
納得してくれたのは何故だろう。俺のイタさに触れないような心遣いだとしたら恥ずか死ぬからはっきりイタいって言ってくれ!優しさが辛い!
「私は似合ってると思うけどね、その白髪」
レベッカさんは白髪と言ってくれているが、字面は白髪と一緒だからなんか複雑な気分だ。あれもこれも俺が悪いけど。
「まあとりあえず、今日からこの4人でクエストをやってくぞ!」
流れを変えるようにウォリナーさんが少し声を張って言った。孤高の一匹狼として生活するかと思っていたが、こうもあっさりとパーティに入れてもらえるとはな。とりあえず、これから頑張ろう。
「それじゃあまずは……」
ウォリナーさんが何かを言いかけたとき、
「それでは皆さん!クエストの貼り替えですよ!」
「待ってました!」「討伐系はいくつだ?!」
受付嬢の合図と同時に、席に着いていた冒険者たちが一斉に掲示板の前に押し寄せていった。
「皆さーん!依頼書は譲り合いですよー!万が一依頼書が切れたら大変ですからね!」
受付嬢がテンションが上がったようにそう言うものの、当の本人たちは全く聞いてないご様子。たく、これじゃあまるで、バーゲンセールに群がるおばさんだ。
俺がやれやれというふうに眺めていると、
「何ボケっと突っ立ってんだアモン!早くしねぇと討伐依頼が無くなっちまうっての!」
「そうよ、勝負はもう始まってるんだから!」
「私は、やっぱり無理……」
ウォリナーさんとレベッカさんは意気揚々と人の波に潜り込んでいったが、ナーシャさんは杖を両手で握りしめてそれを見ているだけだ。それにしても、あの鬼気迫る表情は恐ろしいものだ。
「皆さん気迫に溢れてますね……」
「朝は毎日こんな感じなんだ。お兄ちゃんととベッキーはいつも楽しそうだけど、私には怖くてできないよ……」
まあ、なんというか、分からなくもない。あの血走った目つきをした連中を見ていると、人間の末恐ろしさみたいなものが感じられる。皆、生きるに必死なのだろう。
と、そうこうしてると二人が戻ってきた。二人の手には一枚ずつの依頼書が。
「ナーシャ、今日はツイてるぞ!C級クエストが手に入った!それも討伐だぞ!」
ウォリナーさんが嬉しそうに言った。C級クエスト……。どのくらいの難易度なのだろうか。というか、俺はE級だから同伴できないんじゃ。
「ウォリナーさん、そのクエストは俺も同伴できるんですか?」
「ああ!パーティの過半数が規定を満たしてればクエストには行けるからな!」
そうなのか。また情報を手に入れたぞ。
「というわけだから、今日はこの討伐クエストが攻略対象ね」
「ベッキー、内容は?」
ナーシャさんがレベッカさんに聞く。さっき思ったが、ナーシャさんはレベッカさんをベッキーって呼ぶんだな。まあ兄の幼馴染だし、自分の幼馴染みたいなものだろうしな。仲が深いのは当たり前か。
「えーっと、ヌラの森に住み着いたゴブリンの群れの数減らしね」
「え、ゴブリン?」
俺はレベッカさんの口から出たその単語に誰よりも早くオーバーに反応してしまった。
「どうしたの?」
「いえ、ゴブリンがいるんだなあと思って」
「そりゃいるわよ。変な質問」
え、この世界にもゴブリンがいるのか?あのずんぐりむっくりで耳が尖ってて肌が緑色の?
なんてこった。完全に異世界じゃねぇか!ゴブリンをこの目で生で見れるときが来るなんて!俺は今、猛烈に感動している!
一人心の中でガッツポーズをしている俺だが、対してウォリナーの顔は険しい。
「どうかしたんですか?」
気になって聞いてみると、
「いや、ゴブリンにはあまりいい思い出がなくてな。まあアイツらを好きなんていうモノ好きはそうそういないだろうけどよ」
「そうですか?ゴブリンって小さくてかわいいイメージなんですけど」
「「「え?」」」
三者三様で返されてしまった。ゴブリンってそんなに嫌われてるのか?俺の世界だと描かれ方に差はあるものの全体的には異種族ランキングの中ではトップの人気を誇っているはずなのだが。まあ1位は不動のエルフなのだが。
それにしても、ここまでゴブリンが嫌われてるのは些か妙だ。もしかすると、俺の世界のゴブリンとは少々外見や性格が異なるのかもしれない。そうだ、ここは異世界。油断していると足元をすくわれる。気をつけなくては。
「あ、そういえばよ」
ウォリナーさんが思い出したように声を上げた。
「掲示板に指名手配書が乗ってたんだよ!ヤジマ ユウって言う黒髪の男が逃亡中らしい」
「ぎくっ」
「あ~、そんなの貼ってあったわね。何の罪で追われてるのかしらね」
「ちょっと待ってろ、取ってくる」
そう言ってウォリナーさんは掲示板に向かって歩いていった。そんなことより。
まずい、非常にまずいぞ。せっかく初めての仲間が出来たっていうのに、ここでその関係を切るのは嫌だ。でも、仮面もしてるし幸い髪も白い。これならバレない、そう思い込むしかない。
「おーい、取ってきたぞ」
俺達の座っているテーブルに向かって紙を持って歩いてくるウォリナーさん。
「これだ。なになに……」
「名前は、ヤジマ ユウ。性別は男。黒髪で黒のコートを身に纏っている。体格は少し細め。ふ〜ん…」
意味ありげに文章を淡々と読んでいるレベッカさん。バレてないよな?
「ヤジマ ユウって、変な名前」
そこに辛辣なナーシャさんの一言。うわー、今な結構傷ついたよ。その横で一人テンションの高いウォリナーさん。その理由は……
「ここ見ろ!捕まえたら金貨1000枚、有益な情報を開示すれば金貨5枚!1000枚だぞ1000枚!」
ニコニコ笑顔ではしゃぐウォリナーさん。横にいるんだよ。金貨1000枚ぶら下げた男が横にいるよ。
「バカ、逆に考えればそのぐらい捕まえにくいってことじゃないの。Cランクの私らじゃ歯が立たない相手だろうし、なにせ捕まえるったってどうやって?」
冷静に諭すレベッカさん。そうそう。たとえ横20センチにそのターゲットがいても、捕まえちゃだめだよ。ゼッタイね。
「そうだよお兄ちゃん。そんなことより、クエストでしょ?」
ナーシャさんも否定派。よしよし。そうだ、クエストに行こう。
「C級クエストに行くんですよね?さっき言ってたヌラの森っていうのはどこに?」
「ああ、ヌラの森はシャングリオンとグリタリスの国境に位置する森でな、高濃度の霧とゴブリンが蠢く危ねえ場所だ。元々は、人の村があったんだが、ある日突然ゴブリンの群れが森に入り込んできてな。ヌラの森はゴブリンに荒らせれちまったのさ。人はたくさん死んだし、動物たちも死んだ。木も倒された」
「そんなことが……」
この世界のゴブリンは、人を襲うほど凶暴で獰猛で危険な存在ってことか。
「ゴブリンの群れを統率するリーダーがいてな、"キングゴブリン"って呼ばれるバカデカいゴブリンがいたんだ。結局、ヌラの森はゴブリンの住処になっちまった」
「じゃあ、今でもヌラの森には……」
「いいや」
ニヤリと笑みを浮かべながら、ウォリナーさんは首を横に振った。
「伝説の冒険者ってのがいたんだよ。そいつはたった一人でヌラの森に入っていって、ゴブリンを全滅させたんだ。しかも女ときた。俺たち冒険者や街の人間はみんな声を上げて讃えた。"冒険者プレートを持たない幻の女戦士がゴブリンを淘汰した"ってな。ちょうど二年ぐらい前の話だ。これでヌラの森が平和になったと誰もが思った。だけどな…」
そのままウォリナーさんは下を向いたまま口を閉じた。席に静寂が訪れるなか、その続きをレベッカさんが請け負った。
「その一年後、突如ゴブリンが現れた。一年の間に森を開発したシャングリオン民たちの住処もあったのに、アイツらはそれすらも壊した。また人がたくさん死んだの。その中には、ウォリナーの両親もいた」
「…………」
ウォリナーさん。横を見ると、ナーシャさんが俯いて悲し気な表情を浮かべている。
レベッカさんは続ける。
「当然、私たち冒険者は森に入ってゴブリンを倒そうとしたけれど、森にかかる霧とゴブリンたちの戦闘技術に成す術もなく撤退したわ。おそらく、新たなキングゴブリンが生まれたのよ。だから私たち冒険者は、霧に惑わされながらゴブリンの数を減らしていった。それで今に至るわ」
終始真面目なトーンで話し続けるレベッカさんを見て、声が出せなかった。いや、出していいはずがない。何の事情も知らない俺が軽はずみな発言をしてはいけないのだ。
「すみません、ゴブリンがかわいいなんて言って…」
「気にするな。あんなヤツらに俺らが負けちゃいけねぇんだ。俺達で全滅させるんだ、もう一度」
そう言ったウォリナーさんの目は、何かを決意したかのような強い意思が見えたような気がした。
「さ、それじゃあヌラの森に行くわよ。ヤツらの口減らしをする必要があるんだから」
「ああ、そうだな」
「うん、ゴブリン、倒さないと」
三人とも、やる気に満ち溢れている。皆前を向いているんだ。俺がなよなよする理由はない。
「取り返しましょう、ヌラの森」
「おう!」 「ええ」 「うん!」
ヌラの森。シャングリオン王国とグリタリス法国の国境に位置し、長さ20mほどの大木で構成されている縦長の森。特長はなんと言ってもその高濃度の霧。森全体を包み込むように広がるそれが、冒険者たちの行く手を阻む。入り慣れている者でないと、霧に迷い狼狽えているところをゴブリンに見つかり襲撃されてしまうらしい。ただ、上位魔法を使って方角を把握することができれば、迷うことはないのだとか。俺たちのパーティでは、ナーシャさんがその役目を担う。レベッカさん曰く、ナーシャさんはシャングリオン王国内で5本の指に入る程の実力者らしい。驚いた。こんなにおとなしい雰囲気なのに、そんなに強いのか。人は見かけによらないという言葉を体験した。馬車での移動中には色々な話を聞いた。ウォリナーさんは魔法が一切使えないとか。この世界で魔法が使えない人間というのは稀有らしく、昔からよくバカにされていたという。だからその分、剣術を極めたと言っていた。また、レベッカさんは、身体強化魔法や捕縛系の魔法を使えるらしい。
「よし、着いたぞ」
そう言って馬車を降りるウォリナーさん。
「いてて……」
尻をさする俺。馬車での移動がここまで過酷だとは思ってもみなかった。これから慣れていかなくては。
「これが、ヌラの森」
話に聞く通り、大量の巨木を高濃度の霧が包み込むようになっている。これは真っ直ぐ歩くのもキツそうだな。
「皆、装備は整ってるか?」
「はい」 「平気よ」 「大丈夫」
「よし、じゃあ入るぞ。俺とベッキーが前衛、ナーシャとアモンが後衛な。ゴブリンが出たらまず前衛の俺らが仕留めにいく。それを後衛のお前らは援護してくれ」
「わかりました」 「いつも通りやるよ」
その返事を聞いたウォリナーさんは、向き直って森に入っていった。その横をレベッカさんが歩き、その2,3歩後ろをナーシャさんが追従する。俺は軽く覚悟を決め、ナーシャさんの横まで並んだ。
「アモン、霧で何も見えなくてもパニックにならないで。私の魔法で私の半径3mだけは霧がかからないようにできるから」
ナーシャさんの助言を肝に銘じる。
「はい、わかりました」
そして、森に入る。
その瞬間、視界からの情報は遮断された。何も見えない。もはや霧ではなく煙だ。森に入ったばかりだと言うのに、正面がどこなのかわからない。
いや、落ち着け。パニックになるなってナーシャさんが言ってただろ。ナーシャさんの魔法が発動されるまで待つんだ。それまでにパニックになって声を出せばゴブリンたちに気づかれる。さっき聞いたが、ゴブリンたちは耳がいい。大きな音を立てれば一発でアウト。そのとき。
「魔壁」
その声が発せられた瞬間、少しして、霧が晴れていった。どうやらナーシャさんの魔法が発動したみたいだ。徐々に視界が鮮明になっていき、狭範囲ではあるものの、霧を無効化した。俺の風スキルで霧を吹き飛ばそうとか思ったが、それをやるとゴブリンたちに確実に気づかれてしまうからボツにしていた。しなくて正解だったな。
「サンキューだぜナーシャ」
「これくらいはお安い御用」
「凄いですね、ナーシャさん」
「そ、そんなことない。あと探知魔法も発動させるから、ちょっとまってて」
探知魔法?ゴブリンたちの生体反応を探知する的なものか?
「絶対感知」
カッコイイなその魔法。いいなー、俺には名前とか無いもんなー。黒水なんてネーミングセンス皆無だしさ。
「ん、この周辺にはゴブリンはいないよ」
「凄いですね。感知できるんですか」
「アモンにも教えてあげる」
うーん、正直俺は殺意とかそういうので存在感知はできるから必要ないし、第一に俺が魔法を使えるかどうかがわからない。だけど皆には俺は魔法を使うという風に話が進んでしまっているわけだし。この世界にスキルという概念が存在しないということが落ち度だな。
五分ほど歩いた。未だゴブリンには遭遇していない。ナーシャさんの感知魔法にも全く引っかからないらしいし。固まって潜んでいるのだろうか。
そのとき。前方に確かに、何か光るものが見えた。煙のような霧の奥からか細い光が。
「注意してください。前方に何かあります!」
俺は咄嗟に皆にそう言った。その瞬間、皆の顔つきがさっきよりも一段と険しくなった。戦う準備だ。
そして、その光るものが霧を抜けて俺達に向かって飛んできた。矢だ。
矢はウォリナーさんのもとに飛んでいったが、ウォリナーさんは抜いていた長剣で矢を弾く。
「ちっ、隠れてやがったか!」
「おかしい。なんで絶対感知に引っかからないの?」
ナーシャさんが驚いて言った。たしかにそうだ。
まさか、もしかすると。
「ナーシャさん、霧が魔法を乱しているのかもしれません」
「まさか、そんなことできるはずない。だって魔壁は上位魔法だよ?それより、霧にそんな効果はなかった」
「もし、ゴブリンたちが霧を操っているとしたら?」
「な…」
俺はあくまで推測を、皆に伝える。
「奴らは急に繁殖したと聞きました。それは予想外の事態ですよね?それなら、今も予想外の事態に備える必要があると思いますし、今はとにかく矢の強襲に備えましょう。敵は多いと考えたほうがいい」
「……そ、そうだな!」
俺の助言に戸惑いながら返してくれるウォリナーさん。
「アモンくん、頼りになるじゃない」
ニヤリと笑いながら剣を構えるレベッカさん。ふっ、皆闘気に溢れてやがるな。
「アモン、ほんとに新人?そうは見えないけれど」
「新人ですよ。見た目だけは風格あるでしょ?」
「うん、頼れる。やろう」
ナーシャさんの静かな決意が伝わり、俺もやる気が出てきた。正直、ゴブリンなんかには負ける気はしないが、変な手加減はなしだ。
「はい、やりましょう」
ナーシャさんに応えて、エネルギーを体中に循環させる。心臓に溜め込まれている俺の莫大な感情エネルギーの一端を全身に送り込み、それをスキルに変換して放つ。一先ず、光スキルで三人に"ダメージ無効"を付与させた。これで大抵の攻撃は痛くも痒くもない。光スキルはあまり得意ではないからこのぐらいしかできないけどな。
また、光が見えた。
「二発目、来ます!」
次は四本の矢が飛んでくる。やはり敵は多数いると考えたほうがいい。
「この程度の数なら、なんてことないぜ」
「早く姿を現しなさい、ゴミ共」
「全滅させる」
ウォリナーさんを除く二人の発言がものすごく怖いが、スルーしよう。
そして第三波。矢は約二十本。さっきと比べてだいぶ数が多いし、後方からも飛んできてる。何体いるんだ。
「く、ちょっと数が多いわね」
額の汗を拭いながらレベッカさんが言った。
「平気かベッキー?気ぃ抜くなよ?」
釘を差すようにウォリナーさんが心配するが、レベッカさんはハンドサインで応えた。
「次はもう少し数が多いと思います。皆さん、気をつけて」
そう言いながら、この霧の鬱陶しさに心の中で悪態をついた。
そのとき、俺は疑問に思った。
俺達は霧で何も見えないのに、なぜ奴らは俺達の位置を正確に把握して攻撃できているんだ?
その答えは、二つしかない。
一つは、奴らが霧に目が慣れている、鼻や耳が利く。もしかすれば、ゴブリンたちは霧に慣れているのかもしれない。
二つ目は……正直、信じたくはないが、奴らが霧を操っていて自分たちは魔法か何かで霧の効果を受けないようにしているという線だ。そう考えれば、奴らが接近戦ではなく中距離戦を選択しているのにも説明がつく。霧をうまく利用すれば、省エネで敵を倒せるからな。
「三発目!」
俺の声とほぼ同時に大量の矢が放たれた。正確に数えられてはいないが、おそらく六十本以上。これはなかなかキツイ。後方の矢は俺が全て跳ね返した。3人とも矢の対処に必死で、俺の動きには目もくれていない。
「くそ!数が多すぎる!」
「何で接近してこないのよ!」
剣で矢をさばきながらウォリナーさんとレベッカさんが言い放った。そろそろ限界か。
「このままだと押されてく……」
ナーシャさんもただ魔壁を発動させて霧を狭範囲で消しているだけだから、フラストレーションが溜まっているようだ。
「ナーシャさん、絶対感知は発動させても意味がありません。何か他に有効な魔法はありまそんか?」
「そんなのあったら、とっくに使ってる!」
「そうですか」
仕方ねぇ、俺がなんとかするか。
敵は不特定多数。位置は把握できない。味方は目の前にいる。よし、これでいくか。
「皆さん、ナーシャさんの近くにいてください」
後ろを振り返ったウォリナーさんとレベッカさんが怪訝そうな顔を浮かべるが、言うことを聞いてくれた。
「ナーシャさん、何か衝撃に耐えられる魔法を、最大出力で発動させててください」
「耐久魔法を?わかった。でもアモンは?」
「俺は平気です。とにかく、三人はそこを動かないでください」
俺は右手にエネルギーが集める。エネルギーといってもごく少量のものを。
「ダメだアモン!四発目が来るぞ!こっちに戻れ!!」
「アモンくん!何してるの?!」
「大丈夫ですって」
三人のいる場所から10メートルほど離れ、俺はスキルを発動させた。俺がスキルを発動させたのと、ゴブリンたちが二百本の矢を放ったのはほぼ同時だった。
「軽く吹き飛べ」
俺は右手に貯めたエネルギーを、全て"風"に変換し、爆風を出現させた。それを森に放ち、俺達を阻む原因の一つを消滅させる。
ブォォオオオオオオオオンッ!!!!
「何だこの衝撃?!アモン!!こっちに!!」
「もしかしてゴブリンたちが?!アモンくん!早くこっちに!」
「アモン!」
グギャァァ!! ゴグァァ! ビャァァァ!
おそらくゴブリンのものと思われる悲鳴も聞こえた。声の数からして、200以上はゆうに超えていたな。まあ、それも全て吹き飛ばすから関係ないか。
三人には悪いが、少し突風に耐えてもらおう。
俺の放った風とは名状し難い衝撃は、一瞬にして森全体を駆け抜け、霧を全て吹き飛ばした。
訪れる静寂。あたりを見渡すと、それはそれはすごい光景だった。木は何とか吹き飛ばなかったものの、半径1キロメートルほどの距離にゴブリンがゴロゴロ転がっていた。少しやり過ぎたか。多少のエネルギー調整は難しい。次はもう少しうまく調整してだな……そのとき、後ろから声が聞こえた。
「アモーーーン!!」
「アモンく〜〜〜ん!」
「生きてた!」
三人が俺に飛びかかってきた。そりゃ生きてますとも。俺がやったんだし。
「お前!ビックリさせんじゃねぇよ!何が起きたんだ!」
「えっと……」
ここで素直に、『俺がやりました』なんて言ったら明らかに怪しまれるだろうし、ここはなんとか上手い具合に誤魔化すしかない。
「向こう側で風魔法を誰かが発生させてるのが見えたんです。あちらは光でこちらに合図を送ってきたので、霧の中でもなんとか見えました。僕はゴブリンたちがそれに気づかないように注意を引いたんですよ」
「なるほど……」
「でも、誰が?」
「他の冒険者でしょう。おそらくこのクエストは、複数のグループに依頼しているのだと思います。どうやらゴブリン退治に来たのは俺たちだけではなかったようです」
もちろん嘘だが、即席の嘘にしてはできが良い。
「うん、それなら納得」
「にしても、よく見えたわねアモンくん」
「たまたまです」
「ほんとに新人?初クエストがこんなに落ち着いてる人、見たことない」
ナーシャさんは驚いたようにそう言った。まあ、普段グリムとキツイ稽古をしてるから凄く楽に感じてしまう。あ、そういえば、グリムは大丈夫だろうか。グリムが俺の位置を察知できる手段があれば合流できそうだが、現段階では厳しい。とりあえず、グリムが動くのを待つしかない。下手に俺が動くと、ミレアがこっちに意識を向けてしまう。今はグリタリス法国とのことを考えてもらいたいしな。
「昔から視野だけは広いので」
「正直、今回はアモンがいなかったらどうなってたか…。考えただけでゾッとするぜ」
ウォリナーさんが自分の腕を抱きながら言う。
「戦闘面では活躍できそうにないので」
「全然ありがたいぜ」
「うん、視野が広いのはいいこと」
「そうね、私らって平均してみんな前しか見えないタイプだし」
三人が目を合わせながらそう言ってくれた。それなら、グリムと接触できるまではこのパーティで活動しよう。
「ところで、他の冒険者ってのはどこに?」
「そういえばいませんね…」
そりゃ存在しないからな。いるはずがない。
「とりあえずゴブリンは動けねぇみたいだし、森から出るぞ」
「そうね」
ヌラの森を出た俺たちは、行きに乗った馬車に乗ってカリバスへ戻った。ゴブリンの数減らしはできたので、とりあえず報酬は貰えた。帰りの道中、ウォリナーさんたちは、
「あのレベルの風魔法、どれだけの冒険者なんだろうな……」
「多分B,A級の可能性もある」
「魔導学校の生徒って節はないのかしら」
「ない。学生は許可なくロザリリウス外で魔法を行使することは禁じられてる」
「そうなのね」
俺が招いた勘違いで話が持ちきりだった。
「なあアモン」
「…はい?」
「その冒険者たちはどんな服装だった?」
ギクリ。とうとう聞かれたか。
「いや、距離が離れていたのでそこまでは……」
「まあ、そうだよな…」
なんとか誤魔化したが、これからもこうして誤魔化し続けるのには限界がある。いつかは必ずバレる。『俺はこことは違う世界から来た』などと言ったところで、誰も信じてくれないのは想像に難くない。
早くグリムと合流できれば色々考えられるのだが。くそ、グリタリス法国に攻められているこの国を守るために来たっていうのに、国王から嫌われるわ指名手配されるわでマイナススタートだ。
とにかく、宿に戻ってから考えよう。
馬車は無事に街へ到着。報酬を受け取り、俺は宿に戻ってこれからのことを考えていた。マスクを外し、ベッドに横たわる。
明日もまたギルドに行ってクエストをこなすべきなのか、はたまた大騒ぎ覚悟で王国に乗り込むか。後者はダメだ。休戦中とはいえグリタリス法国との戦いは続いている。その最中に騒動が起きたとなれば国は荒れるし、無防備な状態になりかねない。そうなれば本来の目的が崩れることも考えられる。何か探知系のスキルやアイテムがあればよかったが、あいにく俺はその手のスキルは使えないし、もらったポーチの中のアイテムを試してみたが、よく分からない。これはもうあっちから見つけてもらうしか方法はないのかもな。最悪、戦いが再開すれそれどころじゃないだろうから王城に向かって手助けをしよう。それまでは静かに冒険者生活か。
横になっていたベッドから起き上がり窓に近づき外を覗けば、空は茜色に染まっていた。それは元いた世界では見れないような非現実的で機械的な色合いだった。と考えていたら、外の人たちの様子がおかしい。
王城の方を指差して、叫んでいる。嫌な予感がした瞬間、俺は宿から飛び出していた。
矢島悠が宿を飛び出す5分ほど前のこと。
王城入口では…
「貴様、何者だ!」
一人の屈強そうな騎士が、体長3メートル程はあるだろう男に対して声を荒げた。
人間離れしたような筋密度の肉体を持ち、髪は緑でタンクトップのような衣服を纏った男は、眼前で構えている騎士の頭を上から片手で持ち上げ、横に軽々と投げ飛ばした。そして、大きく欠伸をした。
「ミレア様!」
騎士が玉座の扉を勢いよく開けた。
「何事だ」
切れた息を落ち着かせて用件を話そうとする騎士の顔を睨みながら、王が答える。
「城に侵入者が!親衛隊を至急集め……」
話していた騎士の口が止まり、代わりに鈍い足音のようなものが聞こえてきた。
「おぉ、ここが玉座か」
伝達の騎士を投げ飛ばし、玉座に現れたのは緑髪の大男。
「貴様、玉座に足を踏み入れたな?」
ミレアがドスの効いた声で言う。
「テメェが王様かよ。弱そうだなオイ」
大男は小馬鹿にするような口ぶりで言った。
「我が騎士たちよ、その愚か者をこの場で斬り殺せ」
ミレアの言葉と同時に、横に控えていた騎士たちが一斉に斬りかかる。その数はおよそ30。
「雑魚に興味はねぇ。どいてろよ」
大男は腕を大きく横に振りかぶり、騎士たちを吹き飛ばした。
「なるほど、ただの阿呆ではないようだな」
ミレアは玉座から立ち上がり、剣を掴んだ。
「我が直々に首を落としてやろう」
剣を鞘から抜き、白金色の刃が光を帯びた。魔法を行使した証である。
そして大男の真正面に立つ黄金に輝く鎧を身に纏う女王。
さらに、
「何の騒ぎかと思ったら、侵入者か」
「体の大きな人だね」
ここにもいつしかの王の騎士が二人。
「貴様らも手を貸せ、アリシア、スワッド」
そう。アキレスに仕える二人の騎士が。
「フッハハハハハハハ!!!」
玉座に響き渡る大男の嗤い声。
これがこの国の最大能力か、とでも言うかのように。
「ちょっとは期待してたんだけどな。こんなもんかよ、この国は」
大男は両腕を広げて、
「オレの前じゃ、テメェら3人がどう頑張っても1にも満たねぇ」
「体だけでなく態度も無駄に大きいようだな、愚か者」
ミレアが剣を強く握ると、刃が更に光を帯びだした。
「久々に見たな、魔剣か」
「この剣を前にしても怯まぬその態度に免じて、痛みなく首を斬ってやる。感謝しろ」
「ほぉ、じゃあ斬ってみろよ、ほら」
大男は頭を傾け、指で首を差した。
明らかな挑発。
「ああ、ならば死ね」
瞬間、ミレアが消えた。否、消えたのではなく大男の背後に素早く移動し、首を狙って魔剣を振った。太く万年樹のような皺のある首は魔剣によって斬れた……
……かと思われた。
「何故だ?!」
意味がわからないかのように叫ぶミレア。
「答えは簡単、テメェが弱ぇだけだ」
そう言って大男は首元にいるミレアの胴体を大きな手で引っ掴み、地面に叩きつけた。
床に大きな凹凸と轟音を響かせる。
「あの攻撃をあんな簡単に……」
アリシアが恐怖に慄く。
「アリシア!ミレアに回復魔法を!サイコキネシスで引き寄せろ!」
「ス、スワッド?!」
スワッドは勢いよく飛び出し、大男の足元に入り込んだ、と思ったら今度は頭上へ、その次は背後、そのまた次は正面。
「オレを撹乱させてるように見せて、コイツを移動させるための時間稼ぎだろ?」
床に倒れたミレアを見ながら大男が言う。
「どこを見ている?お前の敵はこっちだ」
スワッドは高速移動しながらナイフを何本も取りだし、大男の体に刺し始めた。
「さっきの見てたか?魔剣が通じねぇ相手にナイフって、テメェアホだな?」
「阿呆はお前だ脳筋」
スワッドが刺し続けていたナイフには紫色の液体が塗りたくられている。毒だ。
「猛毒龍ベガドレインの体液だ。人間が摂取すれば1分もたたないうちに絶命する」
「猛毒龍、ね……」
大男は落胆したように呟いた。そしてその場に座り込んだ
「油断したな、もうそろそろだ」
懐中時計を手に取り、スワッドが言う。
「アリシア、ミレアは?」
「気絶はしてるけど意識はあるよ」
アリシアは既に自分のもとにミレアを引き寄せ、回復を完了させていた。
「あの男、何者だったんだ。まさか…」
「五本指?」
アリシアがそう口にした途端、座り込んでいたはずの大男が……
アリシアを殴り飛ばそうとしていた。
「アリシアっ!!!」
そんな予想外の事態でさえもスワッドの体はアリシアを守るために動いた。
「ぐはぁッ!!」
モロに大男の拳を体に受け、玉座の壁に吹き飛ばされ、動かなくなった。
「あ、あぁ……」
アリシアは恐怖で足が震え、顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「ど、どうして……」
「毒を血管からひりだしたんだよ。血管だって筋肉だ、オレは血管を操って毒を取り除いたってわけよ」
「そ、そんな……」
「テメェも死んじまいな」
アリシアは圧倒的実力差と死の恐怖を感じたと共に、諦めようと思った。
しかし、まだ仲間はいる。仲間と呼んでいいのだろうか、それは分からない。
この怪物を止められるだろう人物の名を、死にかけの精神で叫んだ。
「グリムさぁぁぁぁぁんっっ!!!」
響いた轟音。アリシアは倒れた。それは人の本能であり、決して大男に殴られたからではない。助けを呼んだ聲は、届いた。
「オレの拳を止めたのか。やっとオモシロそうな奴が出てきたなオイ」
大きな拳は、それと比べては小さすぎる白い手によって静止させられていた。
「何を言う。そんな貧弱な拳では、赤子も笑う」
そこにいたのは、白い死神。全てを掌握するほどの力を持ち、人の死を愛でる者。
「随分と威勢がいいな、独活の大木」
この女の前では大男も石ころ同然。
「殺し合いを始めっか、女ァ!!」
「笑わせるな。殺すのは私、死ぬのは貴様だけだ」
俺は装備を揃えてギルドへ向かった。昨日と同様、人は多い。ギルトに入り見渡すと、昨日の席に三人がいた。しかし、その三人の手は中途半端な位置で固まり、俺のある一点を見ている。俺は三人へ手を振り返しながら近づいていった。
「おはようございます」
「お、おはよう」
戸惑うウォリナーさん。
「あら、おはよう」
昨日通りのレベッカさん。
「え、お、おはよう」
明らかに驚いているナーシャさん。
それもそうだろう、なにせ今の俺は、髪が真っ白なんだから。
昨日の出来事である。
変装に磨きをかけようと脱色したら真っ白になってしまったのだ。店主の言っていた基準量を忘れていて、すべて使ってしまったせいで、俺の髪は完全に白髪になってしまった。
「どうした、その髪?!」
ウォリナーさんが戸惑いながら質問をする。
「その、イメチェン……です」
「な、なるほどな」
納得してくれたのは何故だろう。俺のイタさに触れないような心遣いだとしたら恥ずか死ぬからはっきりイタいって言ってくれ!優しさが辛い!
「私は似合ってると思うけどね、その白髪」
レベッカさんは白髪と言ってくれているが、字面は白髪と一緒だからなんか複雑な気分だ。あれもこれも俺が悪いけど。
「まあとりあえず、今日からこの4人でクエストをやってくぞ!」
流れを変えるようにウォリナーさんが少し声を張って言った。孤高の一匹狼として生活するかと思っていたが、こうもあっさりとパーティに入れてもらえるとはな。とりあえず、これから頑張ろう。
「それじゃあまずは……」
ウォリナーさんが何かを言いかけたとき、
「それでは皆さん!クエストの貼り替えですよ!」
「待ってました!」「討伐系はいくつだ?!」
受付嬢の合図と同時に、席に着いていた冒険者たちが一斉に掲示板の前に押し寄せていった。
「皆さーん!依頼書は譲り合いですよー!万が一依頼書が切れたら大変ですからね!」
受付嬢がテンションが上がったようにそう言うものの、当の本人たちは全く聞いてないご様子。たく、これじゃあまるで、バーゲンセールに群がるおばさんだ。
俺がやれやれというふうに眺めていると、
「何ボケっと突っ立ってんだアモン!早くしねぇと討伐依頼が無くなっちまうっての!」
「そうよ、勝負はもう始まってるんだから!」
「私は、やっぱり無理……」
ウォリナーさんとレベッカさんは意気揚々と人の波に潜り込んでいったが、ナーシャさんは杖を両手で握りしめてそれを見ているだけだ。それにしても、あの鬼気迫る表情は恐ろしいものだ。
「皆さん気迫に溢れてますね……」
「朝は毎日こんな感じなんだ。お兄ちゃんととベッキーはいつも楽しそうだけど、私には怖くてできないよ……」
まあ、なんというか、分からなくもない。あの血走った目つきをした連中を見ていると、人間の末恐ろしさみたいなものが感じられる。皆、生きるに必死なのだろう。
と、そうこうしてると二人が戻ってきた。二人の手には一枚ずつの依頼書が。
「ナーシャ、今日はツイてるぞ!C級クエストが手に入った!それも討伐だぞ!」
ウォリナーさんが嬉しそうに言った。C級クエスト……。どのくらいの難易度なのだろうか。というか、俺はE級だから同伴できないんじゃ。
「ウォリナーさん、そのクエストは俺も同伴できるんですか?」
「ああ!パーティの過半数が規定を満たしてればクエストには行けるからな!」
そうなのか。また情報を手に入れたぞ。
「というわけだから、今日はこの討伐クエストが攻略対象ね」
「ベッキー、内容は?」
ナーシャさんがレベッカさんに聞く。さっき思ったが、ナーシャさんはレベッカさんをベッキーって呼ぶんだな。まあ兄の幼馴染だし、自分の幼馴染みたいなものだろうしな。仲が深いのは当たり前か。
「えーっと、ヌラの森に住み着いたゴブリンの群れの数減らしね」
「え、ゴブリン?」
俺はレベッカさんの口から出たその単語に誰よりも早くオーバーに反応してしまった。
「どうしたの?」
「いえ、ゴブリンがいるんだなあと思って」
「そりゃいるわよ。変な質問」
え、この世界にもゴブリンがいるのか?あのずんぐりむっくりで耳が尖ってて肌が緑色の?
なんてこった。完全に異世界じゃねぇか!ゴブリンをこの目で生で見れるときが来るなんて!俺は今、猛烈に感動している!
一人心の中でガッツポーズをしている俺だが、対してウォリナーの顔は険しい。
「どうかしたんですか?」
気になって聞いてみると、
「いや、ゴブリンにはあまりいい思い出がなくてな。まあアイツらを好きなんていうモノ好きはそうそういないだろうけどよ」
「そうですか?ゴブリンって小さくてかわいいイメージなんですけど」
「「「え?」」」
三者三様で返されてしまった。ゴブリンってそんなに嫌われてるのか?俺の世界だと描かれ方に差はあるものの全体的には異種族ランキングの中ではトップの人気を誇っているはずなのだが。まあ1位は不動のエルフなのだが。
それにしても、ここまでゴブリンが嫌われてるのは些か妙だ。もしかすると、俺の世界のゴブリンとは少々外見や性格が異なるのかもしれない。そうだ、ここは異世界。油断していると足元をすくわれる。気をつけなくては。
「あ、そういえばよ」
ウォリナーさんが思い出したように声を上げた。
「掲示板に指名手配書が乗ってたんだよ!ヤジマ ユウって言う黒髪の男が逃亡中らしい」
「ぎくっ」
「あ~、そんなの貼ってあったわね。何の罪で追われてるのかしらね」
「ちょっと待ってろ、取ってくる」
そう言ってウォリナーさんは掲示板に向かって歩いていった。そんなことより。
まずい、非常にまずいぞ。せっかく初めての仲間が出来たっていうのに、ここでその関係を切るのは嫌だ。でも、仮面もしてるし幸い髪も白い。これならバレない、そう思い込むしかない。
「おーい、取ってきたぞ」
俺達の座っているテーブルに向かって紙を持って歩いてくるウォリナーさん。
「これだ。なになに……」
「名前は、ヤジマ ユウ。性別は男。黒髪で黒のコートを身に纏っている。体格は少し細め。ふ〜ん…」
意味ありげに文章を淡々と読んでいるレベッカさん。バレてないよな?
「ヤジマ ユウって、変な名前」
そこに辛辣なナーシャさんの一言。うわー、今な結構傷ついたよ。その横で一人テンションの高いウォリナーさん。その理由は……
「ここ見ろ!捕まえたら金貨1000枚、有益な情報を開示すれば金貨5枚!1000枚だぞ1000枚!」
ニコニコ笑顔ではしゃぐウォリナーさん。横にいるんだよ。金貨1000枚ぶら下げた男が横にいるよ。
「バカ、逆に考えればそのぐらい捕まえにくいってことじゃないの。Cランクの私らじゃ歯が立たない相手だろうし、なにせ捕まえるったってどうやって?」
冷静に諭すレベッカさん。そうそう。たとえ横20センチにそのターゲットがいても、捕まえちゃだめだよ。ゼッタイね。
「そうだよお兄ちゃん。そんなことより、クエストでしょ?」
ナーシャさんも否定派。よしよし。そうだ、クエストに行こう。
「C級クエストに行くんですよね?さっき言ってたヌラの森っていうのはどこに?」
「ああ、ヌラの森はシャングリオンとグリタリスの国境に位置する森でな、高濃度の霧とゴブリンが蠢く危ねえ場所だ。元々は、人の村があったんだが、ある日突然ゴブリンの群れが森に入り込んできてな。ヌラの森はゴブリンに荒らせれちまったのさ。人はたくさん死んだし、動物たちも死んだ。木も倒された」
「そんなことが……」
この世界のゴブリンは、人を襲うほど凶暴で獰猛で危険な存在ってことか。
「ゴブリンの群れを統率するリーダーがいてな、"キングゴブリン"って呼ばれるバカデカいゴブリンがいたんだ。結局、ヌラの森はゴブリンの住処になっちまった」
「じゃあ、今でもヌラの森には……」
「いいや」
ニヤリと笑みを浮かべながら、ウォリナーさんは首を横に振った。
「伝説の冒険者ってのがいたんだよ。そいつはたった一人でヌラの森に入っていって、ゴブリンを全滅させたんだ。しかも女ときた。俺たち冒険者や街の人間はみんな声を上げて讃えた。"冒険者プレートを持たない幻の女戦士がゴブリンを淘汰した"ってな。ちょうど二年ぐらい前の話だ。これでヌラの森が平和になったと誰もが思った。だけどな…」
そのままウォリナーさんは下を向いたまま口を閉じた。席に静寂が訪れるなか、その続きをレベッカさんが請け負った。
「その一年後、突如ゴブリンが現れた。一年の間に森を開発したシャングリオン民たちの住処もあったのに、アイツらはそれすらも壊した。また人がたくさん死んだの。その中には、ウォリナーの両親もいた」
「…………」
ウォリナーさん。横を見ると、ナーシャさんが俯いて悲し気な表情を浮かべている。
レベッカさんは続ける。
「当然、私たち冒険者は森に入ってゴブリンを倒そうとしたけれど、森にかかる霧とゴブリンたちの戦闘技術に成す術もなく撤退したわ。おそらく、新たなキングゴブリンが生まれたのよ。だから私たち冒険者は、霧に惑わされながらゴブリンの数を減らしていった。それで今に至るわ」
終始真面目なトーンで話し続けるレベッカさんを見て、声が出せなかった。いや、出していいはずがない。何の事情も知らない俺が軽はずみな発言をしてはいけないのだ。
「すみません、ゴブリンがかわいいなんて言って…」
「気にするな。あんなヤツらに俺らが負けちゃいけねぇんだ。俺達で全滅させるんだ、もう一度」
そう言ったウォリナーさんの目は、何かを決意したかのような強い意思が見えたような気がした。
「さ、それじゃあヌラの森に行くわよ。ヤツらの口減らしをする必要があるんだから」
「ああ、そうだな」
「うん、ゴブリン、倒さないと」
三人とも、やる気に満ち溢れている。皆前を向いているんだ。俺がなよなよする理由はない。
「取り返しましょう、ヌラの森」
「おう!」 「ええ」 「うん!」
ヌラの森。シャングリオン王国とグリタリス法国の国境に位置し、長さ20mほどの大木で構成されている縦長の森。特長はなんと言ってもその高濃度の霧。森全体を包み込むように広がるそれが、冒険者たちの行く手を阻む。入り慣れている者でないと、霧に迷い狼狽えているところをゴブリンに見つかり襲撃されてしまうらしい。ただ、上位魔法を使って方角を把握することができれば、迷うことはないのだとか。俺たちのパーティでは、ナーシャさんがその役目を担う。レベッカさん曰く、ナーシャさんはシャングリオン王国内で5本の指に入る程の実力者らしい。驚いた。こんなにおとなしい雰囲気なのに、そんなに強いのか。人は見かけによらないという言葉を体験した。馬車での移動中には色々な話を聞いた。ウォリナーさんは魔法が一切使えないとか。この世界で魔法が使えない人間というのは稀有らしく、昔からよくバカにされていたという。だからその分、剣術を極めたと言っていた。また、レベッカさんは、身体強化魔法や捕縛系の魔法を使えるらしい。
「よし、着いたぞ」
そう言って馬車を降りるウォリナーさん。
「いてて……」
尻をさする俺。馬車での移動がここまで過酷だとは思ってもみなかった。これから慣れていかなくては。
「これが、ヌラの森」
話に聞く通り、大量の巨木を高濃度の霧が包み込むようになっている。これは真っ直ぐ歩くのもキツそうだな。
「皆、装備は整ってるか?」
「はい」 「平気よ」 「大丈夫」
「よし、じゃあ入るぞ。俺とベッキーが前衛、ナーシャとアモンが後衛な。ゴブリンが出たらまず前衛の俺らが仕留めにいく。それを後衛のお前らは援護してくれ」
「わかりました」 「いつも通りやるよ」
その返事を聞いたウォリナーさんは、向き直って森に入っていった。その横をレベッカさんが歩き、その2,3歩後ろをナーシャさんが追従する。俺は軽く覚悟を決め、ナーシャさんの横まで並んだ。
「アモン、霧で何も見えなくてもパニックにならないで。私の魔法で私の半径3mだけは霧がかからないようにできるから」
ナーシャさんの助言を肝に銘じる。
「はい、わかりました」
そして、森に入る。
その瞬間、視界からの情報は遮断された。何も見えない。もはや霧ではなく煙だ。森に入ったばかりだと言うのに、正面がどこなのかわからない。
いや、落ち着け。パニックになるなってナーシャさんが言ってただろ。ナーシャさんの魔法が発動されるまで待つんだ。それまでにパニックになって声を出せばゴブリンたちに気づかれる。さっき聞いたが、ゴブリンたちは耳がいい。大きな音を立てれば一発でアウト。そのとき。
「魔壁」
その声が発せられた瞬間、少しして、霧が晴れていった。どうやらナーシャさんの魔法が発動したみたいだ。徐々に視界が鮮明になっていき、狭範囲ではあるものの、霧を無効化した。俺の風スキルで霧を吹き飛ばそうとか思ったが、それをやるとゴブリンたちに確実に気づかれてしまうからボツにしていた。しなくて正解だったな。
「サンキューだぜナーシャ」
「これくらいはお安い御用」
「凄いですね、ナーシャさん」
「そ、そんなことない。あと探知魔法も発動させるから、ちょっとまってて」
探知魔法?ゴブリンたちの生体反応を探知する的なものか?
「絶対感知」
カッコイイなその魔法。いいなー、俺には名前とか無いもんなー。黒水なんてネーミングセンス皆無だしさ。
「ん、この周辺にはゴブリンはいないよ」
「凄いですね。感知できるんですか」
「アモンにも教えてあげる」
うーん、正直俺は殺意とかそういうので存在感知はできるから必要ないし、第一に俺が魔法を使えるかどうかがわからない。だけど皆には俺は魔法を使うという風に話が進んでしまっているわけだし。この世界にスキルという概念が存在しないということが落ち度だな。
五分ほど歩いた。未だゴブリンには遭遇していない。ナーシャさんの感知魔法にも全く引っかからないらしいし。固まって潜んでいるのだろうか。
そのとき。前方に確かに、何か光るものが見えた。煙のような霧の奥からか細い光が。
「注意してください。前方に何かあります!」
俺は咄嗟に皆にそう言った。その瞬間、皆の顔つきがさっきよりも一段と険しくなった。戦う準備だ。
そして、その光るものが霧を抜けて俺達に向かって飛んできた。矢だ。
矢はウォリナーさんのもとに飛んでいったが、ウォリナーさんは抜いていた長剣で矢を弾く。
「ちっ、隠れてやがったか!」
「おかしい。なんで絶対感知に引っかからないの?」
ナーシャさんが驚いて言った。たしかにそうだ。
まさか、もしかすると。
「ナーシャさん、霧が魔法を乱しているのかもしれません」
「まさか、そんなことできるはずない。だって魔壁は上位魔法だよ?それより、霧にそんな効果はなかった」
「もし、ゴブリンたちが霧を操っているとしたら?」
「な…」
俺はあくまで推測を、皆に伝える。
「奴らは急に繁殖したと聞きました。それは予想外の事態ですよね?それなら、今も予想外の事態に備える必要があると思いますし、今はとにかく矢の強襲に備えましょう。敵は多いと考えたほうがいい」
「……そ、そうだな!」
俺の助言に戸惑いながら返してくれるウォリナーさん。
「アモンくん、頼りになるじゃない」
ニヤリと笑いながら剣を構えるレベッカさん。ふっ、皆闘気に溢れてやがるな。
「アモン、ほんとに新人?そうは見えないけれど」
「新人ですよ。見た目だけは風格あるでしょ?」
「うん、頼れる。やろう」
ナーシャさんの静かな決意が伝わり、俺もやる気が出てきた。正直、ゴブリンなんかには負ける気はしないが、変な手加減はなしだ。
「はい、やりましょう」
ナーシャさんに応えて、エネルギーを体中に循環させる。心臓に溜め込まれている俺の莫大な感情エネルギーの一端を全身に送り込み、それをスキルに変換して放つ。一先ず、光スキルで三人に"ダメージ無効"を付与させた。これで大抵の攻撃は痛くも痒くもない。光スキルはあまり得意ではないからこのぐらいしかできないけどな。
また、光が見えた。
「二発目、来ます!」
次は四本の矢が飛んでくる。やはり敵は多数いると考えたほうがいい。
「この程度の数なら、なんてことないぜ」
「早く姿を現しなさい、ゴミ共」
「全滅させる」
ウォリナーさんを除く二人の発言がものすごく怖いが、スルーしよう。
そして第三波。矢は約二十本。さっきと比べてだいぶ数が多いし、後方からも飛んできてる。何体いるんだ。
「く、ちょっと数が多いわね」
額の汗を拭いながらレベッカさんが言った。
「平気かベッキー?気ぃ抜くなよ?」
釘を差すようにウォリナーさんが心配するが、レベッカさんはハンドサインで応えた。
「次はもう少し数が多いと思います。皆さん、気をつけて」
そう言いながら、この霧の鬱陶しさに心の中で悪態をついた。
そのとき、俺は疑問に思った。
俺達は霧で何も見えないのに、なぜ奴らは俺達の位置を正確に把握して攻撃できているんだ?
その答えは、二つしかない。
一つは、奴らが霧に目が慣れている、鼻や耳が利く。もしかすれば、ゴブリンたちは霧に慣れているのかもしれない。
二つ目は……正直、信じたくはないが、奴らが霧を操っていて自分たちは魔法か何かで霧の効果を受けないようにしているという線だ。そう考えれば、奴らが接近戦ではなく中距離戦を選択しているのにも説明がつく。霧をうまく利用すれば、省エネで敵を倒せるからな。
「三発目!」
俺の声とほぼ同時に大量の矢が放たれた。正確に数えられてはいないが、おそらく六十本以上。これはなかなかキツイ。後方の矢は俺が全て跳ね返した。3人とも矢の対処に必死で、俺の動きには目もくれていない。
「くそ!数が多すぎる!」
「何で接近してこないのよ!」
剣で矢をさばきながらウォリナーさんとレベッカさんが言い放った。そろそろ限界か。
「このままだと押されてく……」
ナーシャさんもただ魔壁を発動させて霧を狭範囲で消しているだけだから、フラストレーションが溜まっているようだ。
「ナーシャさん、絶対感知は発動させても意味がありません。何か他に有効な魔法はありまそんか?」
「そんなのあったら、とっくに使ってる!」
「そうですか」
仕方ねぇ、俺がなんとかするか。
敵は不特定多数。位置は把握できない。味方は目の前にいる。よし、これでいくか。
「皆さん、ナーシャさんの近くにいてください」
後ろを振り返ったウォリナーさんとレベッカさんが怪訝そうな顔を浮かべるが、言うことを聞いてくれた。
「ナーシャさん、何か衝撃に耐えられる魔法を、最大出力で発動させててください」
「耐久魔法を?わかった。でもアモンは?」
「俺は平気です。とにかく、三人はそこを動かないでください」
俺は右手にエネルギーが集める。エネルギーといってもごく少量のものを。
「ダメだアモン!四発目が来るぞ!こっちに戻れ!!」
「アモンくん!何してるの?!」
「大丈夫ですって」
三人のいる場所から10メートルほど離れ、俺はスキルを発動させた。俺がスキルを発動させたのと、ゴブリンたちが二百本の矢を放ったのはほぼ同時だった。
「軽く吹き飛べ」
俺は右手に貯めたエネルギーを、全て"風"に変換し、爆風を出現させた。それを森に放ち、俺達を阻む原因の一つを消滅させる。
ブォォオオオオオオオオンッ!!!!
「何だこの衝撃?!アモン!!こっちに!!」
「もしかしてゴブリンたちが?!アモンくん!早くこっちに!」
「アモン!」
グギャァァ!! ゴグァァ! ビャァァァ!
おそらくゴブリンのものと思われる悲鳴も聞こえた。声の数からして、200以上はゆうに超えていたな。まあ、それも全て吹き飛ばすから関係ないか。
三人には悪いが、少し突風に耐えてもらおう。
俺の放った風とは名状し難い衝撃は、一瞬にして森全体を駆け抜け、霧を全て吹き飛ばした。
訪れる静寂。あたりを見渡すと、それはそれはすごい光景だった。木は何とか吹き飛ばなかったものの、半径1キロメートルほどの距離にゴブリンがゴロゴロ転がっていた。少しやり過ぎたか。多少のエネルギー調整は難しい。次はもう少しうまく調整してだな……そのとき、後ろから声が聞こえた。
「アモーーーン!!」
「アモンく〜〜〜ん!」
「生きてた!」
三人が俺に飛びかかってきた。そりゃ生きてますとも。俺がやったんだし。
「お前!ビックリさせんじゃねぇよ!何が起きたんだ!」
「えっと……」
ここで素直に、『俺がやりました』なんて言ったら明らかに怪しまれるだろうし、ここはなんとか上手い具合に誤魔化すしかない。
「向こう側で風魔法を誰かが発生させてるのが見えたんです。あちらは光でこちらに合図を送ってきたので、霧の中でもなんとか見えました。僕はゴブリンたちがそれに気づかないように注意を引いたんですよ」
「なるほど……」
「でも、誰が?」
「他の冒険者でしょう。おそらくこのクエストは、複数のグループに依頼しているのだと思います。どうやらゴブリン退治に来たのは俺たちだけではなかったようです」
もちろん嘘だが、即席の嘘にしてはできが良い。
「うん、それなら納得」
「にしても、よく見えたわねアモンくん」
「たまたまです」
「ほんとに新人?初クエストがこんなに落ち着いてる人、見たことない」
ナーシャさんは驚いたようにそう言った。まあ、普段グリムとキツイ稽古をしてるから凄く楽に感じてしまう。あ、そういえば、グリムは大丈夫だろうか。グリムが俺の位置を察知できる手段があれば合流できそうだが、現段階では厳しい。とりあえず、グリムが動くのを待つしかない。下手に俺が動くと、ミレアがこっちに意識を向けてしまう。今はグリタリス法国とのことを考えてもらいたいしな。
「昔から視野だけは広いので」
「正直、今回はアモンがいなかったらどうなってたか…。考えただけでゾッとするぜ」
ウォリナーさんが自分の腕を抱きながら言う。
「戦闘面では活躍できそうにないので」
「全然ありがたいぜ」
「うん、視野が広いのはいいこと」
「そうね、私らって平均してみんな前しか見えないタイプだし」
三人が目を合わせながらそう言ってくれた。それなら、グリムと接触できるまではこのパーティで活動しよう。
「ところで、他の冒険者ってのはどこに?」
「そういえばいませんね…」
そりゃ存在しないからな。いるはずがない。
「とりあえずゴブリンは動けねぇみたいだし、森から出るぞ」
「そうね」
ヌラの森を出た俺たちは、行きに乗った馬車に乗ってカリバスへ戻った。ゴブリンの数減らしはできたので、とりあえず報酬は貰えた。帰りの道中、ウォリナーさんたちは、
「あのレベルの風魔法、どれだけの冒険者なんだろうな……」
「多分B,A級の可能性もある」
「魔導学校の生徒って節はないのかしら」
「ない。学生は許可なくロザリリウス外で魔法を行使することは禁じられてる」
「そうなのね」
俺が招いた勘違いで話が持ちきりだった。
「なあアモン」
「…はい?」
「その冒険者たちはどんな服装だった?」
ギクリ。とうとう聞かれたか。
「いや、距離が離れていたのでそこまでは……」
「まあ、そうだよな…」
なんとか誤魔化したが、これからもこうして誤魔化し続けるのには限界がある。いつかは必ずバレる。『俺はこことは違う世界から来た』などと言ったところで、誰も信じてくれないのは想像に難くない。
早くグリムと合流できれば色々考えられるのだが。くそ、グリタリス法国に攻められているこの国を守るために来たっていうのに、国王から嫌われるわ指名手配されるわでマイナススタートだ。
とにかく、宿に戻ってから考えよう。
馬車は無事に街へ到着。報酬を受け取り、俺は宿に戻ってこれからのことを考えていた。マスクを外し、ベッドに横たわる。
明日もまたギルドに行ってクエストをこなすべきなのか、はたまた大騒ぎ覚悟で王国に乗り込むか。後者はダメだ。休戦中とはいえグリタリス法国との戦いは続いている。その最中に騒動が起きたとなれば国は荒れるし、無防備な状態になりかねない。そうなれば本来の目的が崩れることも考えられる。何か探知系のスキルやアイテムがあればよかったが、あいにく俺はその手のスキルは使えないし、もらったポーチの中のアイテムを試してみたが、よく分からない。これはもうあっちから見つけてもらうしか方法はないのかもな。最悪、戦いが再開すれそれどころじゃないだろうから王城に向かって手助けをしよう。それまでは静かに冒険者生活か。
横になっていたベッドから起き上がり窓に近づき外を覗けば、空は茜色に染まっていた。それは元いた世界では見れないような非現実的で機械的な色合いだった。と考えていたら、外の人たちの様子がおかしい。
王城の方を指差して、叫んでいる。嫌な予感がした瞬間、俺は宿から飛び出していた。
矢島悠が宿を飛び出す5分ほど前のこと。
王城入口では…
「貴様、何者だ!」
一人の屈強そうな騎士が、体長3メートル程はあるだろう男に対して声を荒げた。
人間離れしたような筋密度の肉体を持ち、髪は緑でタンクトップのような衣服を纏った男は、眼前で構えている騎士の頭を上から片手で持ち上げ、横に軽々と投げ飛ばした。そして、大きく欠伸をした。
「ミレア様!」
騎士が玉座の扉を勢いよく開けた。
「何事だ」
切れた息を落ち着かせて用件を話そうとする騎士の顔を睨みながら、王が答える。
「城に侵入者が!親衛隊を至急集め……」
話していた騎士の口が止まり、代わりに鈍い足音のようなものが聞こえてきた。
「おぉ、ここが玉座か」
伝達の騎士を投げ飛ばし、玉座に現れたのは緑髪の大男。
「貴様、玉座に足を踏み入れたな?」
ミレアがドスの効いた声で言う。
「テメェが王様かよ。弱そうだなオイ」
大男は小馬鹿にするような口ぶりで言った。
「我が騎士たちよ、その愚か者をこの場で斬り殺せ」
ミレアの言葉と同時に、横に控えていた騎士たちが一斉に斬りかかる。その数はおよそ30。
「雑魚に興味はねぇ。どいてろよ」
大男は腕を大きく横に振りかぶり、騎士たちを吹き飛ばした。
「なるほど、ただの阿呆ではないようだな」
ミレアは玉座から立ち上がり、剣を掴んだ。
「我が直々に首を落としてやろう」
剣を鞘から抜き、白金色の刃が光を帯びた。魔法を行使した証である。
そして大男の真正面に立つ黄金に輝く鎧を身に纏う女王。
さらに、
「何の騒ぎかと思ったら、侵入者か」
「体の大きな人だね」
ここにもいつしかの王の騎士が二人。
「貴様らも手を貸せ、アリシア、スワッド」
そう。アキレスに仕える二人の騎士が。
「フッハハハハハハハ!!!」
玉座に響き渡る大男の嗤い声。
これがこの国の最大能力か、とでも言うかのように。
「ちょっとは期待してたんだけどな。こんなもんかよ、この国は」
大男は両腕を広げて、
「オレの前じゃ、テメェら3人がどう頑張っても1にも満たねぇ」
「体だけでなく態度も無駄に大きいようだな、愚か者」
ミレアが剣を強く握ると、刃が更に光を帯びだした。
「久々に見たな、魔剣か」
「この剣を前にしても怯まぬその態度に免じて、痛みなく首を斬ってやる。感謝しろ」
「ほぉ、じゃあ斬ってみろよ、ほら」
大男は頭を傾け、指で首を差した。
明らかな挑発。
「ああ、ならば死ね」
瞬間、ミレアが消えた。否、消えたのではなく大男の背後に素早く移動し、首を狙って魔剣を振った。太く万年樹のような皺のある首は魔剣によって斬れた……
……かと思われた。
「何故だ?!」
意味がわからないかのように叫ぶミレア。
「答えは簡単、テメェが弱ぇだけだ」
そう言って大男は首元にいるミレアの胴体を大きな手で引っ掴み、地面に叩きつけた。
床に大きな凹凸と轟音を響かせる。
「あの攻撃をあんな簡単に……」
アリシアが恐怖に慄く。
「アリシア!ミレアに回復魔法を!サイコキネシスで引き寄せろ!」
「ス、スワッド?!」
スワッドは勢いよく飛び出し、大男の足元に入り込んだ、と思ったら今度は頭上へ、その次は背後、そのまた次は正面。
「オレを撹乱させてるように見せて、コイツを移動させるための時間稼ぎだろ?」
床に倒れたミレアを見ながら大男が言う。
「どこを見ている?お前の敵はこっちだ」
スワッドは高速移動しながらナイフを何本も取りだし、大男の体に刺し始めた。
「さっきの見てたか?魔剣が通じねぇ相手にナイフって、テメェアホだな?」
「阿呆はお前だ脳筋」
スワッドが刺し続けていたナイフには紫色の液体が塗りたくられている。毒だ。
「猛毒龍ベガドレインの体液だ。人間が摂取すれば1分もたたないうちに絶命する」
「猛毒龍、ね……」
大男は落胆したように呟いた。そしてその場に座り込んだ
「油断したな、もうそろそろだ」
懐中時計を手に取り、スワッドが言う。
「アリシア、ミレアは?」
「気絶はしてるけど意識はあるよ」
アリシアは既に自分のもとにミレアを引き寄せ、回復を完了させていた。
「あの男、何者だったんだ。まさか…」
「五本指?」
アリシアがそう口にした途端、座り込んでいたはずの大男が……
アリシアを殴り飛ばそうとしていた。
「アリシアっ!!!」
そんな予想外の事態でさえもスワッドの体はアリシアを守るために動いた。
「ぐはぁッ!!」
モロに大男の拳を体に受け、玉座の壁に吹き飛ばされ、動かなくなった。
「あ、あぁ……」
アリシアは恐怖で足が震え、顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「ど、どうして……」
「毒を血管からひりだしたんだよ。血管だって筋肉だ、オレは血管を操って毒を取り除いたってわけよ」
「そ、そんな……」
「テメェも死んじまいな」
アリシアは圧倒的実力差と死の恐怖を感じたと共に、諦めようと思った。
しかし、まだ仲間はいる。仲間と呼んでいいのだろうか、それは分からない。
この怪物を止められるだろう人物の名を、死にかけの精神で叫んだ。
「グリムさぁぁぁぁぁんっっ!!!」
響いた轟音。アリシアは倒れた。それは人の本能であり、決して大男に殴られたからではない。助けを呼んだ聲は、届いた。
「オレの拳を止めたのか。やっとオモシロそうな奴が出てきたなオイ」
大きな拳は、それと比べては小さすぎる白い手によって静止させられていた。
「何を言う。そんな貧弱な拳では、赤子も笑う」
そこにいたのは、白い死神。全てを掌握するほどの力を持ち、人の死を愛でる者。
「随分と威勢がいいな、独活の大木」
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