死神共同生活

祈 未乃流

第2話 敵地侵略

その日、俺は夢を見た。
昨日と同じような光景が広がっていた。
俺が力に目覚め、大野を殴り飛ばしたあの瞬間。
俺は、大野を殺していた。
グリムに治療してくれと頼むが、もう手遅れだと言った。
皆が俺を殺人者として見てくる。
俺は、人を殺したのか?

俺は、俺や母さんのような目に合う人をつくってしまったのか?

嘘だ。

怖い。

そんな目で見るな。

やめろ。


やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ………さま………ゆ……さま………ゆうさま……



「悠様」

「はっ……」

目が覚めた。体は冷や汗でびちょびちょで、震えている。

「大丈夫ですか、悠様」

「グ……リム………」

頭がぼうっとする。なのに、さっきの悪夢は脳内に鮮明に残っている。

「とてもうなされていました。一体どんな夢を見られたのですか?」

「俺が………人を殺す……夢を見た」

夢の中の大野は、腹にぽっかり穴を開け、息絶えていた。死んだときの大野の顔が、恐ろしくて、まだ震えが止まらない。

「怖かった……」

「大丈夫です、悠様。私が側にいます」

そう言って、グリムは優しく抱き締めてくれた。
生の温かさは感じないが、何故か体が温まる。
死神には、体温は無い筈なのに。

暫くそうしてもらっていた。
震えが止まって、俺は布団から這い出た。

「ありがとうグリム」

「いえ、貴方にお仕えするのが私の使命ですから」

「仕える?」

「はい。力にお目覚めになった今、誰かがその力のコントロールの仕方を教える必要がありますから」

「でも、グリムは母さんを助けるのが仕事って……」

「これも予定外なのです。悠様がここまで感情エネルギーを秘めているとは、私も予想できませんでした。おそらく、あの最悪グランをも越えるエネルギー量かもしれません」

グラン。聞いたことがある。この世界の本によく出てくる大英雄だ。光り輝く大剣を武器とし、国を収めて王となった人物である。
でも、グランって神話の中の英雄だったような……。

「グランって神話にでてくるあの?」

「神話の中では、どのような人物なのですか?」

そっか。この世界の本とかは読まないか。

「えーっと、光り輝く大剣で国を収めた、正義の大英雄みたいな感じだったかな」

「それはまた、滑稽でございますね」

グリムは口に手を当て、笑いをこぼした。

「失礼しました。実在したグランとは、似ても似つかないものでしたので」

「本当はどんな奴なんだ?」

「そうですね……。女子供を惨殺し、力と権力で国を支配した、歴史上最悪の人物と呼ばれています」

それは、酷い奴だな。神話のグランとは似ても似つかない。

「なので、私たちの世界では、"最悪"グランと呼ばれております。英雄などとは口が裂けても呼べませんね」

「なるほど……」

グランは、下衆野郎だったってことか。

「グランってもちろんもういないよな?」

「いえ、生きていますよ?」

「は?」

「それ、やばくないか?!だって最悪って呼ばれてるんだろ?!」

「ご安心ください、今は眠っております。しかし、グランは大きな力を感じると目覚めると言われております。もしかすると、悠様のエネルギーを感知して、目覚めるかもしれません」

え?それって完全に俺のせい?

「強いよな?グランって」

「かなり強いです。ですが、私が戦場に赴けば、勝負は一瞬でつきます」

え〜。グリムってそんな強いのかよ。こわ。

「未だに疑問なんだけど、そんなに強いならなんで俺に興味持ったんだよ?」

「何度も申しますが、それは悠様が……」

「俺以外にも、強い感情エネルギーを持つものはいるんだろ?」

グリムから昨日の夜に聞いたが、人間であれば誰しもがエネルギーを持つ。それは、感情があるから。
感情は、エネルギーの源となっているらしい。
特に、負の感情。
怒りや、恨み、憎しみや妬み……。
負の感情は、ドス黒い強力なエネルギーを生み出す。俺がその例だ。

「んで、俺の力ってもうこれが最大なのか?」

「いえ、まだ一割程度だと思われます。おそらくまだ、内包されたエネルギーを制御できていないのでしょう。ですから、これから制御の訓練をしましょう」

「訓練?」

今日は土曜日。母さんも仕事は休みだから、することはないが。家でするのはまずいと思う。

「家だとまずくないか?母さんもいるし、暴走してめちゃくちゃにしちゃうかもしれないし」

「そうですね、では廃墟にでも行きますか」

廃墟か。まあそれなら誰にも迷惑はかからないかもな。一応、人がいないか確認はしておかないとだが。

「それでは、今から行きましょう」

「え?今から?」

ちょっと急すぎないですかね、グリムさん。

「待て、母さんに言ってからだ」

「悠様はお義母様のこととなると、とても過保護になられますね」

クスクスと控え目に笑うグリム。

「母さん」

母さんは、リビングでコーヒーを飲んでいた。

「おはよう、悠」

「おはよう。今日一日出かけるから」

「そうなの?お金は?」

「いや、大丈夫」

「そう、気をつけるんだぞ?」

「うん」


「じゃあ、行ってきます」

「悠、ちょっと待って」

俺は玄関を開けて外に出ようとしたが、母さんに呼び止められた。そして抱き着かれた。

「うぉっ」

「行ってらっしゃいのギュ〜」

「ちょっと、苦しいんだけど……」

「やーだ、悠と離れたくないんだもん」

もんって。ちょっと可愛いな。

「とにかく離れて。そんな遅くならないから」

今度こそ出発。まったく、甘えん坊で困るぜ。

「じゃ、行ってきます」

「ん、行ってらっしゃい!」

俺はドアが閉まるまで、母さんと目を合わせていた。

ドアが閉まって早々、グリムが聞いてきた。

「悠様は、お義母様に何か個人的な感情があるのですか?」

「え?いや、ないけど?」

「あんなに熱い抱擁を交しているのにですか?」

「熱い抱擁って……」

あれは母さんのスキンシップみたいなもんだからな〜。家族の印みたいなものだ。
落ち着くから好きだけど、不意打ちは焦る。
母さん、凄く綺麗だから。
いや、母親に興奮しているわけではない。
ただ、ドキドキはするのだ。

「お義母様にはするのに、私にはしてくれないのですか?」

「は?」

何?して欲しいの?
俺も別に綺麗な女の人に抱き着けるのは約得だけど。

「いいの?」

「私からお願いしたいぐらいでございます」

「いや、でもいいや」

「な、何故?!」

「今は訓練だろ?」

「そ、そうでございましたね」

「それで、どうやって廃墟まで行くんだ?」

「私の転移スキルを使用します。私に接触していれば同じく転移できます」

「ほぇ〜、便利だな」

俺はグリムの手を握った。

「接触していればいいんだろ?」

「はい、それでは行きます」

その瞬間、体が上下に引っ張られる感覚に陥った。
これが転移の感覚か。
その感覚は一瞬だった。

気づいたら、廃墟に来ていた。
森の中にある廃病院。心霊スポットとして有名な場所だ。

「着きました」

「凄いな、グリムのスキル」

「お褒めいただき、感謝の至りでございます」

「それじゃあ始めるか」

「はい」

こうして、俺とグリムの訓練が始まった。







「今日は力の制御の方法の前に、スキルを少し覚えていただきたいと思います」

「スキルか……」

どんなスキルだろう。サイコキネシスとかだろうか。

「まずは、炎のスキルから始めます」

「炎……」

炎。定番っちゃ定番だな。男なら誰しもが好きなやつだ。

「やり方は?」

「今から私が炎を出します。それを真似するように、炎の感覚を心で念じてください」

「え、それだけ?」

「それだけでございます」

「えー……」

もっと色々あると思ったのだが。そんなものなのか。

グリムは、5メートルほど離れて、

「それでは、出しますね」

ブォオオオオオオッッ!!!

大きな轟音を立てながら、炎がグリムの右手に現れた。すげぇ。

「すんげぇ……」

「この程度の炎、序の口でございます」

「まず、エネルギーを引き出してください」

「引き出す?」

「はい」

えっと、どうやってやるんだ? 
確か昨日、力が目覚めときは、体中が熱くなる感覚だった。それを抑えたら、力がじわじわ湧いてきた。その感覚だろうか。

試してみるか。

熱くなれ熱くなれ熱くなれ!
別に修造ではない。

来た。この感覚。

「あれ、全然熱くない」

何でだ?昨日は焼けるように熱かったのに。

「体がエネルギーに落ち着いたのだと思います」

「あ、なるほど」

納得だ。

そう言うと、右手の炎が更に大きくなった。高さ的に2メートルぐらい。すげぇでかい。あんなのコピーできるか? 

「私の右手に注目して、炎の感覚を感じてください」

「炎の感覚……」 

炎といえば、メラメラ、って感じだよな。
集中だ集中。
炎を出す右手だけに集中する。
メラメラ……メラメラ……メラメラ……。

ブォオオッ!

「出た!」

「凄いです。この一瞬で発現させるとは」

「よし!」

まずは成功だな。

「それでは、そのまま炎の力を強めてください。大事なのは、感覚を掴むことです」

「分かった」

感覚を掴む。
さっきの炎はメラメラって感じだった。
なら、次はグリムが出してたぐらいの強い炎を……。

感覚は、ブォオオオオオオンッ!!!ブォオオオオオオンッ!!!よし、掴んだ。


ブォオオオオオオオオオンッッ!!!

「おお!すげぇ!」

「これは、中々の強い炎ですね。悠様、炎の感覚は掴めたでしょうか?」

「ああ、本当に感覚なんだな。結構適当にやってみたけど」

「それは悠様のセンスですね。そして、今ので炎の感覚はお覚えになられたと思います。これからは、もっと簡単に炎が出せるようになると思います」

「ほお……」

矢島 悠は、炎を覚えたっ!なんちって。

「それでは、次は水のスキルについてお教えします。先程と同じように、私が先に発現させるので、感覚を掴んで念じてください」

「了解」

グリムは、廃墟に向かって、右手を向けた。

ゴォオオオオオオッッッ!!

ドガァアアンッッ!!

水とは思えない音を立てながら、グリムの右手から放たれた水は、外壁に直撃して貫通させた。

「貫通した……」

「この程度、悠様なら今すぐにでも発現できるでしょう」

「よし、やってみるか」

また念じる。
水といえば、チョロチョロとかジャバジャバ。
違う。もっと高圧の水だ。建物を粉砕するほどの高圧の水。
右手にエネルギーが集まるのを感じる。今だ!

グォオオオオオオオオッッッッ!!!


ドゴォオオオオオンッッッ!!!!!

俺の放った水は、グリムの水を越える爆音を立てて外壁を貫通させた。と思ったが……。

あ。


ゴォオオオンドガァアアアアアンッッッッ!!!!

少し勢い余った。廃墟が崩壊してしまった。


「やばい、どうしよう……」

「悠様、素晴らしいものを見せていただきました」

この状況に追いつけていない俺を気にすることなく、グリムが近づいてきた。

「炎だけでなく水までも……。このまま行けば、グランをも凌ぐ存在になれます」

「そりゃ、凄いけどさ……」

どうしよう、この建物。

「ご心配なさらず、私は再生スキルが使えますので」

そう言って、右手を粉々になった廃墟に向けると、コンクリートのブロックたちが廃墟の形を成してきた。

「再生、終わりました」

「グリム、凄すぎ」

「この程度のスキル、大したものではございません」

「そんなことない!もっと自分に自信を持てって」

「そう、言われましても……」

うーん、納得してくれない。
あ、そうだ。

俺はグリムに抱き着いた。

「えっ、そっ、そのっ、ゆっ、悠様?!」

「グリムは凄い。物凄く強い。それにかっこいい。だから、これは……そのご褒美だ」

「悠様………」

「それにしても、グリムはほんとフワフワだな。マシュマロみたいだ」

「そ、その、少し恥ずかしいのですが………」

「死神も恥ずかしくなるのか?」

「こ、こんなことは初めてでございます」

俺も大分堪能した。やはり、誰かと密着するというのは、とても落ち着く。人間の本能だからな。

「よし……」

「それでは、続きを始めましょうか」

「頼む」

その調子で、俺は地、風、光、闇、再生のスキルを覚えた。

炎や水と同様、そのスキルをイメージすることが大事だと分かった。形を変形させたりするのにもイメージか必要だと、グリムが言っていた。

それぞれのスキルの説明をしておくと、

地のスキルは、土を操るスキルだ。これはイメージが難しかった。土のイメージって無いからな。
変形させれば、色々なパターンの攻撃ができる。遠距離の攻撃に使えそうだ。

風のスキルは、名前の通り風を操るスキル。
これはイメージが簡単だった。地のスキルと真逆で、変形させるというより風そのものの質を変えるものだから、そっちのイメージは難しかった。
これを使いこなせば、敵をまず寄せつけないようにできる。省エネ戦法だな。

次に、光と闇のスキル。
最初に出会ったときグリムが言っていた、精神支配のスキルである。
光のスキルは、スキルを使用した人の精神力を向上させたりできる。精神を支配するということはすなわち感情を支配することに等しいため、感情エネルギーを底上げさせることもできるのだとか。
俺も底上げしてみようと意気込んだら、今の状態でエネルギーを増やすと体が爆散しますよ?っと釘を刺された。どうやら体の成長はまだまだらしい。
エネルギーの底上げは体が力に慣れてからにしないとな。
ちなみにスキルのかけ方は、対象者を五感のどれかで感知していればいいらしい。よく考えたらめっちゃ強い。


対して闇のスキルは、光のスキルの逆で、精神を支配することで精神力を下げたりする。
また、感情エネルギーを低下させて弱らせることもできるらしい。スキルのかけかたは、光のスキルと同様である。

こう見ると、光と闇のスキルがずば抜けてチートなのだが、これは使える人が限られているらしい。
グリムが見てきた中では、俺は二番目らしい。
ちなみに一番目はグランなのだとか。
どうやら死神は光と闇のスキルは使えないらしく、グリムのお手本がなかった。
使えるのは人間だけで、人間の中でも、ずば抜けて強い感情エネルギーを持っていないとダメらしい。

因みに、俺は再生のスキルは使えなかった。
原因は、俺の感情エネルギーの量と強さらしい。
まだ完全には体が感情エネルギーに順応していないらしく、漏れたエネルギーが自然に再生のスキルを放っているのだとか。実質、自動再生のスキルを使ってるようなものだな。
だから、大野にやられた傷も完治していたのだとか。 

こんな感じで、訓練一日目は終了した。
グリム転移スキルで家の前に一飛び。
便利なことこの上ない。

「ただいま〜」

「おかえり、悠」

「今日の夕飯は?」

「今日は肉じゃが!」

「お〜!」

「先にお風呂入る?沸いてるけど」

「母さん入ったの?」

「ううん、入ってないけど?」

「じゃあ先にご飯食べようよ」

「そう?じゃあ食べよっか!」
 
椅子に座る。既に準備されてある食事。
飯のとき、グリムはいつも部屋の端で腕を組んで壁に寄りかかっている。

「「いただきます」」

うまい。

「悠、今日はどこ行ってたの?」

「あ、今日は訓れ………じゃなくて、友達とボウリングしに行ったよ」

「ボウリングか〜、母さん昔よくやったな〜……」

危ねえ。完全に口が滑った。

「友達とうまくやれてて、よかった……」

母さんがポツリと溢した言葉。
独り言のつもりだったのだろうが、その声はやけに部屋に響いた。

「うん。皆いい奴らだよ」

「そっかおとうさんのことでイジメられたりとかしてない?」

胸にグサッと刺さる言葉。

「ないよ」

「なら良いんだ……」

場に静寂が訪れる。

それを察して、母さんが慌てて空気を変えようとする。

「ご、ごめんね!変な感じになったね!さあ、食べよ食べよ!」

「そうだね」

母さんには、もう無理をしてほしくない。





夕飯を食べ終わり、部屋にいる。
俺は、グリムにお願いをされた。

「悠様、お義母様の命を救う一ヶ月の間、我々の仕事を手伝ってもらえないでしょうか?」

「仕事?」

「はい。悠様のように、感情エネルギーを発現させる人間はこの世界に数々います。特にこの日本には、その力を乱用し、悪事に利用する人間が多いのです。当初は、私の部下が処理をするつもりだったのですが、その人間たちはどうやらグループで動いているらしく、我々のみでは対処しきれないと報告があったのです」

なるほど……、自分の力を悪用する悪人ね……。
あ、そう言えば。
俺は一つ質問をした。

「俺って力に目覚めたよな?ってことは俺か死ぬ未来はもうないってことか?」

「そうですね。今の悠様が、転落して死ぬことはありえません。その自動再生がある限り、私の本気を受けたとしても、死には至らないと思います」

「だからって実践はやめてくれよ?」

怖いから。グリムほんとにやりそうで怖いから。

それはさておき。当初の俺とグリムの契約。
俺を生かして母さんを救う代わりに、俺の心の強さの秘密を知る。

この契約は実質、達成されたってことだ。
俺か死なないのなら、母さんが死ぬことはない。
そして、グリムも俺の心の強さの秘密を見れた。
さらに、俺の力も目覚めた。

「契約は終わったってことだな……」

「そうなります」

「分かった。手伝おう」

「さ、左様ですか?」

「ああ、グリムには契約外でも色々やってもらってるからな。例えば俺の力が目覚めて、訓練に付き合ってくれたりとか」

「私などのことはお考えにならなくても……」

「駄目だ、グリムには感謝してるんだ。グリムが困ったら助ける、それでいいだろ?」

「ありがとうございます、悠様……」

「お、おい……」

ドキッとしちゃったじゃねぇか。危ない危ない。

「も、申し訳ありません」

「謝んなくてもいいんだけどな……」

「それより、悪人たちについて聞きたいことがある」

「はい、私で良ければなんなりと」






「よし、じゃあ頼む」

俺は少し姿勢を正し、グリムの話を待つ。

「それでは……」


「未だ大きな事件を起こしてはいないようですが、その勢力は死神たちでも抑制することのできないと……。そのグループに属する人間は、ほぼ全員スキルを使えるとのことです」

「ほぼ全員か……」

なかなか厄介だな。となると、一人一人を相手にするより、闇スキルで一気に全員の感情エネルギーを奪うほうが効率的……か。

グリムは続ける。

「更に、リーダーと幹部と呼ばれる四名は、魔法を使うとのことです」

「魔法?この世界に存在するのか?」

「いえ、この世界には魔法・魔力という概念は存在しません。私の推測ですと……」

「異世界人か……」

「ということになります」

にしても、魔法に異世界人に……頭が痛くなる話だな。今の自分の状態すら完全に納得しきれていないってのに、ここに来て異世界人の魔法使いときた。

とはいえ、一度了承してしまった仕事だ。
男に二言はない。やるしかないか。

「んで、いつ乗り込むんだ?」

「我々の仕事上、この世界のことわりを乱す異世界人イレギュラーは即座に排除したいところではありますが……」

「確かに、犠牲者が出る前に潰しておきたいな」

「はい。この世界の存在であるなら対処は容易いのですが、相手は異世界人イレギュラー。未来を書き換えてしまうことになります」

未来を書き換える……か。

「あのさ、グリム」

「何でしょうか?」

「お前ら死神はどうしてこの世界の理を整えたり死にそうな人を救ったりするんだ?お前たちにはそこまで関係がないように思えるんだが……」

「申し訳ありませんでした。私、言い忘れておりました」


少し間を置いて、続けた。

「人と死神の先祖が交わした契約、その内容には、〈互いに傷つけ合うことを禁ずる。そして人の世界または死神の世界が崩れるきっかけが生まれた場合、互いに協力しあって元凶を排除すること〉とあるのです」

「それが契約の内容か……」

「これも一部ではありますが。おおよその内容はこのようなところでございます。因みにこの契約は、神人アストロノウス様と死神人アストロゼウス様の間に交わされたものです」

「アストロノウスとアストロゼウス?」

「はい。アストロノウス様は、あの最悪グランを封印した人の頂点に立つものです。そしてアストロゼウス様は、死神の頂点に立つもの。アストロノウ様スと力を合わせて最悪グランを倒した方なのです」

グリムは少し誇らしげに語ってくれた。
やはり自分の先祖だから自慢したいのだろうか。

「へぇ〜。にしても、名前そっくりだな」

アストロノウスとアストロゼウス、あー混乱する。

「それはそうです。お二人は、双子の兄弟でしたから」

「は?兄弟?」

グリムはさも当然のようにええと頷く。
いや、おかしいだろ?

「だって、アストロノウスは人間でアストロゼウスは死神なんだろ?何で兄弟ってことになる?」

「アストロゼウス様は生まれつき何もかもが白かったのです。今の私のようなお姿をしていました。そして大きな力を持っていました。それが死神の力です。周囲の人間はそれを忌み嫌いましたが、兄のアストロノウス様はその力を誇っていました。俺の弟は凄いんだ!と。そして、最悪グランが誕生したとき、お二人は20歳という若さでグランを打ち倒し、封印したのです。そしてお二人は、人と死神の筆頭となり、人と死神の世界を作ったのです」

「作ったのか……」

多分、昔は忌み子って呼ばれて何人も子供が殺されるなんてこともあったのかもしれない。この子は呪われている、そう言って罪のない子どもの命を奪ってきたのかもしれない。それをアストロノウスとアストロゼウスは変えてくれた。たしかに頂点に立つものとして相応しい存在だ。到底俺には敵いっこない人だろうな。

「いや、でも待て」

俺は一つ引っ掛かった。それをグリムに問いかける

「グランは生きてるんだろ?封印できてないじゃねーか」

「それは悠様が力にお目覚めになったからです」

「やっぱ俺のせいなのか!」

アストロノウス様とアストロゼウス様、許してください。俺はあなたたちの偉業をぶち壊してしまいました。どうか命だけは。

「ですが心配ありません。死神の中に、アストロゼウス様の因子を持つものがいますから」

「それってまさか……」

「はい、私です」

やっぱり。グリムの強さの秘密はアストロゼウスの因子か。

あ、知らないうちに昔話に話題が変わっていたな。
話を戻そう。


「とりあえず、俺の力が5割ぐらい解放でき次第すぐに乗り込もう。グリム、明日から毎日訓練頼む」

「お任せ下さい。悠様なら3日ほどあれば解放できるでしょう」

「魔法使いかなんだか知らないが、俺が全員潰してやる」

この力は、罪のない人を殺す為にあるんじゃない。
それを教えてやらなきゃならない。

粛清だ。




そして俺は3日間、学校に通いつつ、放課後にグリムと力の解放の訓練をした。光のスキルで感情エネルギーを底上げするのだ。目標は全エネルギーの5割であったが、グリムの鬼訓練が功を奏したのか、俺は全エネルギーの解放に成功した。どうやって判断するかというと、グリムに見てもらった。
グリムはその目で、人の感情エネルギーの総量を見れるらしい。俺のエネルギー総量を見て冷や汗を流していたが、俺はそのぐらい感情エネルギーの総量が多いらしい。何だか誇らしい気分だな。



そして決戦の日。
場所は不明。とりあえず森の中だな。
何だこれ、神殿か?
目の前にある建物は、この世界のものとは思えないぐらい神秘的な建造物。例えるならば、サグラダファミリアのような雰囲気を感じさせる。

「ここか」

グリムの転移で一気に目の前まで飛んできた。
ほんとにタイムラグなしだなこのスキル。

「悠様、ご注意ください。敵は異世界人イレギュラー、何があるか分かりませんので」

「ああ、分かってる」

気を引き締めていこう。俺はグリムが死神界から持ってきてくれた装備に身を包んでいる。どうやら、このローブやズボンは絶対に破けないらしい。俺は顔バレしないために深くフードを被る。
だけど私服には向かないな。これじゃ中二病全開だ。

俺とグリムは建物内に入ろうとして、鎧を纏った騎士に止められた。

「人除けの結界が効いてないのか?何者だ、おまグハァッ!!」

「その汚い手で悠様に触れるな」

「グリム、程々にしとけよ?このあと戦うんだから」

俺はグリムの裏拳を食らったおっちゃんを横目にしつつ、中に入る。

中はなかなか綺麗で、

「おい、誰だこいつ!」

「侵入者だ!殺せ!!」

いきなり戦闘か。ざっと100人はいるな。
ぱっと見、異世界人はいないようだ。
集団の中には高校生らしき奴もいる。
殺していいのだろうか。
にしても、皆装備がちゃんとしてる。おそらく、異世界人が授けたものなのだろう。現代社会にこんなものは存在しないからな。

その時、朝の夢を思い出した。
くそ、何で今思い出す。
殺すことに対して躊躇いを覚えてしまった。

「グリム、殺すな」

「何故です?」

「こいつらはこの世界の人間だろ?こいつらを殺したら後々お前らが困ることになるかもしれない」

あくまでこれは建前だ。本音は殺すのが怖いだけだ。

「承知しました。ならば異世界人は殺しても良いのですね?」

「ああ。でもこれは俺の力を試す絶好のチャンスだ。俺にやらせてくれ」

「私も、悠様のお力を拝見したいと思っておりました」

そう言って、出現させた赤い鎌を消した。

よし、やるか。

「オメェらっ!やっちまえぇぇ!!」

と同時に、火の玉や氷の槍が飛んできた。

まずは闇スキルを試してみるとするか。

俺は右手を前に突き出し、力を込める。
火の玉や氷の槍に込められた感情エネルギーをゼロにする。そして、そのエネルギーを俺のものにする。要はエネルギー吸収みたいなものだ。

放たれた無数の火の玉や氷の槍は瞬く間に消滅した。よし、感覚は掴んだ。

火炎球フレアボールが消えた?!」

氷槍アイシングアローも消えたぞっ?!」

「何者だッ!てめえ!!」


「元を断つか」

俺は約100人の能力者から感情エネルギーを吸い取った。

「ならもっと強力なスキ……ルを……くそ……体に……力が入らねぇ……」

「俺もだ………何だ………これ……」

「何………しやがった……」


「感情エネルギーを奪った。しばらくはエネルギー枯渇で動けない。そこで大人しくしててくれ」

「ちく……しょう……」

とりあえず雑魚は片付けた。後は異世界人だけだ。

「何か感じる……」

「おそらく魔力だと思われます」

魔力か。この世界の人間も感じるんだな。
4つの存在から魔力を感じる。
そのうちの一つだけ、他の3つと違って膨大な力を内包している。

「グリム、ボスの部屋まで転移できるか?」

「できますが、何故です?」

「いきなり出てきてビビらせてやんだよ」

「ふふ、悠様の悪魔的な部分でございますね」

笑ってるお前も十分悪魔な死神なんだがな。

俺はグリムにくっつき、グリムが転移のスキルを使用した。

コンマ何秒後、そこには玉座があった。

「すげぇな……」

「これ程の建物、どうやって……」

俺もグリムもそのスケールに釘付けになっていた。
目の前の玉座に座る存在と、その横に仕え並ぶ3つの存在には目もくれず。
結局、あっちから話しかけられるまで、天井やら壁やらをぐるぐる拝見していた。

「貴様ら、何者だ」

「俺?」

一番左にいる男が口を開く。
軽そうな鎧に青髪のイケメン。
腰には二つの小剣が備えてある。
アサシンっぽい見た目だな……。

「何をしにここへ来た」

「俺は異世界人のあんたらを潰すために来たんだけど」

「ハッ、潰すだと?頭に乗るなよ」

笑われた。ちょっとムカつくな。

「貴様、名前は?」

その男が問う。ここはお決まりの。

「人に名前を聞くときは、まず自分が名乗れよ」

「俺は、"瞬速のスワッド"だ。貴様は?」

「矢島 悠」

「フッ、センスのない名前だな」

「あ?」

こいつ、今俺の名前をバカにしたよな。父さんと母さんが付けてくれた名前。
あいつ、ムカつくな。

「お前、あんまり調子に乗るなよ」

俺はそう言って威圧する。怒りの感情エネルギーが体から漏れ、オーラとなってその男に届く。

「ひっ!」

男は腰を抜かして、怯えた表情になった。ふぅ、スッキリした。

「すまないな、部下が失礼なことをした」

その声は、玉座から聞こえた。
女だ。
玉座に座っているのは女だった。

「私はここを統帥している"アキレス・パラディンス"だ。そなた、ヤジマ ユウと言ったかな?」

その女は、艷やかな長い金色の髪を持ち、碧色の目を持つ綺麗な女性だった。
魔法使いと聞いていたが、服装は碧の紋様が入った銀の鎧。傷一つないピカピカの鎧だ。そして腰には金の剣を備えている。

俺は返答する。

「あんたらの目的は何だ?」

「目的か……。そんなこと、決まっているだろう……」

一拍おいて、立ち上がりながら剣を天に向けて言った。

「この国を私のものにするのだ」



「は?」

こいつ、何言ってんだ?

「あんたら、いきなりこの世界に来て何言ってんだ?ここはあんたらの居場所なんかねぇんだよ」

「そなたに言われても、私はやめる気はない」

「何でわざわざこの世界に来た?」

「そなたに説明する義理はない」

「話の分からないやつだな……」

「グリム」

「はっ」

「何と、死神を所有しているのか……」

玉座の女、えーっとアキレス・パラディンスだっけ?がそう呟いた。

「ほぅ、我々を知っているのか」

「ああ、"アストロノウスとアストロゼウス" という本にある通りの見た目だな」

異世界でもアストロノウスとアストロゼウスは語り継がれているってことか。そこら辺はよく分からないな。どういう経緯で知ったんだか。
まあ、今は目の前のこいつに集中しよう。

アキレス・パラディンスがアストロノウスとアストロゼウスの名前を口にした途端、グリムの雰囲気が明らかに変わった。

殺気が伝わってきた。

「アストロノウス様とアストロゼウス様の御名を口にするな。この人塵が」

「これは失礼した。そんなつもりはなかったんだ」

と言いつつ、笑っているパラディンス。
俺も少しイラッとしてしまった。


「もういい。口で分からないならしょうがない……」

俺はフードをとってニヤッと嗤った。

「戦うしかねぇよな?」

「戦う、私たちと?」

小馬鹿にしたように笑いを含めてそう言うパラディンス。

「ああ。お前らが勝てばこの世界を好きにしてくれて構わない。ただ、俺達が勝ったら……」

「殺しましょう」

グリムが即答した。

「んじゃそういうことで」

「フッ、良いだろう。ではコロシアムに移動するか」

コロシアムなんてあるのか。こりゃすごい。
おそらく、異世界の建物ごと転移してしまったのだろう。じゃなきゃ、この建物の説明がつかない。






一行はコロシアムへ移動した。
移動方法は、パラディンスの転移魔法だった。
床に大きな魔法陣が出現して、そのまま移動させられた。転移のときの感覚は、グリムのスキルとほぼ同じだった。上下から引っ張られる感覚だ。

気付いたらコロシアムの中央にいた。
観客席には能力者らしき人間で埋め尽くされている。

観客席の一角に、またも玉座。そこにパラディンスは座っていた。

「これより!アキレス・パラディンスの名を以て、ここに神聖な試合を宣言する!!」

「「「ウォォオオオオオ!!!!」」」

観客がどよめく。

と、パラディンスが俺に聞いてきた。

「ヤジマ ユウよ!先鋒はどちらかな?」

「んーと、グリムは誰とやりたい?」

「私はあの売女が刈れれば構いません」

うわー、グリムめっちゃ怒ってる。

「なら、俺が3人相手してもいいか?」

「はい、構いません」

グリムはパラディンスのことしか見てない。
こりゃ結構ガチで怒ってるな。
俺がバカにされて、アストロノウスとアストロゼウスを呼び捨てられた。
これはもう結果が見えているのでは?
まあやるか。

「先鋒っていうか、全部俺が相手するわ」

「先鋒、"瞬速のスワッド"、行きます!」

さっきのあいつが出てきた。スパッと終わらそう。

「始めッッッ!!!」

パラディンスの掛け声で試合が始まった。

「さっきの借り、返させてもらうぞ」

「ちょうど良かった、俺も試したい技があったんだよな」

俺はエネルギーを全身に纏わせ、風のスキルを発動させる。

「俺のスピードにはついてこれまい!食らえ!闇夜の暗殺ナイトオブアサシネイト!!」

スワッドが俺の背後に回り、腰に据えた二本の小剣で俺の首を挟んだ。なるほど、このスピードは魔法によるものか。

「ふっ、勝負あったな」

パラディンスがそう呟いた。

いと浅はかなり。

「なに?!消えたッ?!」

「消えてねーよ、ここにいるぜ?」

俺は光速のスピードでスワッドの攻撃をさらっと躱した。

「どこだっ!隠れてないで出てこいっっ!!」

「別に隠れてなんかないぞ?よく見てみろ」

スワッドは目の前を凝視した。そして見えた。
僅かにヤジマ ユウと思わしき姿の残像が。

「なんてスピードだ……」

「残像すら霞むスピードだ。お前なんて止まって見える」

俺が開発した風のスキルを使った技の一つ、風の幻ワインドイマジン。体に風を纏い、スピードを超強化。あまりの風の速さに音が聞こえないため、隠密スキルと勘違いされる。
よって光速と同等の速さを手に入れた。俺がいるはずのそこには、相手は何もないと感じる。何故なら見えないから。残像すら残らない。もうそれは残像ではなく虚像と化す。

「大した事ねーな、お前」

俺は最後にそう吐き捨て、顔に回し蹴りを入れた。
光速を乗せたスピードの蹴り。

グゴォォァァアアアアアアアッッッ!!!!!!!

その瞬間、スワッドは消えた。否。

スワッドは壁に吹き飛び、そのまま動かなかった。
多分グリム以外には俺が消えて、スワッドも消えたと思ったら壁に轟音が響いた、というように見えただろう。スワッド、死んだかな……。

「な、何が起こった……」

パラディンスが戸惑いの声を漏らす。

「おい、終わったぞ」

「え、あ、しょ、勝者、ヤジマ ユウっ!!」

「「「………………」」」

グリム以外は何が起こったか分かってないみたいだ。
まあそりゃそうだな。凡人には見えない。

「次だ、出てこい」

「そ、それでは中堅っ!入場!」

パラディンスの声に合わせて二人目が登場。

女だ。
魔法使いの装備をしている。

「"絶壁のアリシア"と申します」

「アリシア……」

茶のローブを身につけ、魔法の杖らしき杖を持っている。黒髪短髪で、目は細い。俺のどタイプだ。
ローブでよく分からないが、多分スタイルもいい。

一応名前は覚えておこう、綺麗な人だし。
この人は殺したくないな、綺麗な人だし。
傷つけたくないな、綺麗な人だし。

俺は綺麗な人には優しいのだ。
俺は一応聞いておく。

「あんた、さっきの戦いの俺、見えたか?」

「いえ、全く。気付いたらスワッドが死に体でした」

「そうか、なら降参しろ」
 
「え?」

「あれが見えないなら、何があってもあんたは俺には勝てない」

「だから、降参しろと?」

「あんたのために言ってるんだ」

そう言うと、持っている杖を握る力が強くなった。
杖がみしみしと音を立てている。

「敵にそのようなことを言われるなんて、戦士としての恥です。私は、アキレス様に仕えたあの日から、全てに立ち向かうと決めましたっ!絶対に逃げませんっっ!!!」

「そうか、残念だ」

「中堅戦、始めッッ!!!」

その合図と同時に、俺はエネルギーを全解放した。

光と闇のスキルを混合させ、負の感情エネルギーを増幅させた。これが俺の本気だ。


ゴォォォオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!

地面が慄く。まるで世界がそれを恐れるかのように震える。

「何だ?!地震かっ?!」

パラディンスは先程から動揺が絶えない。

とくとご覧あれ。

俺の光闇混合スキル、限界突破リミテッド・オーバー

「いや、いやぁぁあああああああああ!!!!!」

アリシアが悲鳴を上げる。そのまま腰を抜かす。

「これでも戦うか?」

「無理、無理ぃぃいいいいいいいい!!!!!」

「だとよ、パラディンス」

俺は上にいるパラディンスを見る。
そこには、もう先程の余裕は全く感じられない。
お前にアリシアさんを責めることはできないな。

お前が腰を抜かしているのだから。


「む………り…………」

アリシアさんは、そのまま卒倒してしまった。
少しやり過ぎたか。

「しょ、勝者………ヤジマ………ユウ……」

「ふぅ……」

俺は解放したエネルギーを中に閉じ込めていく。
訓練通り、限界突破リミテッド・オーバーは使えた。それだけでも収穫になる。

「んじゃ、大将戦だけど……」

「あんな化物、勝てるわけがないっ!!!」

「じゃあ降参だな?」

「は、はい!!」

最後の異世界人は、そう言ってどこかに逃げた。

しかし。

「ゴハァッ!!」

「ん?」

そいつの背中に黄金の剣が刺さっていた。
 

「敵前逃亡は死罪だ、ナトマリア」

「いいのかよ、部下殺しちまって」

「私との誓いを破った者はもはや部下ではない」

「ふーん」

「大将戦、私が相手をしよう。勝てる気はしないが」

「あ、悪い、相手は俺じゃなくてこっちな」

俺は親指でグリムのいる方を指す。
当のグリムは、殺気ムンムンでヤバい状態だ。

「グリム、出番だ」

「……はい」

「それじゃ、俺が審判をやるか」

両者が向き合った。

赤い鎌を右手に持って肩に担いでいるグリム。

黄金の剣を両手で胴に構えるパラディンス。

どちらも歴戦を積んできた雰囲気を感じさせる。

「大将戦、始め」



パラディンスの詠唱が始まった。

「集まれ、我が臣下たちのひかりよ。その暖かなひかりは、やがてきらめきの耀ひかりとなり、我が剣の黄金の光となる。我らが道を照らせ、光の剣アレキサンドライトッッッッ!!!!!」


ゴゴォオオオオオオッッッッ!!!


パラディンスの剣が黄金に輝き、その光が斬撃となっているグリムに放たれた。
地面を刳りながら、その斬撃は脅威の光を散らしながらグリムに近づく。



グリムは鎌を消して右手を前に突き出し、呟き出した。


「これは禁じ手にして、行使する者の寿命を縮めること限りなしかな。我が神、アストロゼウス様より授かりし最後の死神術ししんじゅつ……、ここに顕現しその姿を現さんとす。森羅万象を無に帰す最奥の門………、無の門アンリミテッド・ゼロッ!」

突如、グリムの前に大きな羅生門のような門が出現した。

「開けっ!無の門扉……。そしてすべてを飲み込め」

門の扉は開かれ、パラディンスの放った光の剣アレキサンドライトは飲み込まれた。

光の剣を飲み込んだその門は、扉を閉じて煙となって霧散した。 

静寂が訪れる。

それをパラディンスが打ち破った。


「ははは、私の奥義を完全に消滅させるとは、もう打つ手がないな……」

自虐するように言葉を紡ぐ。その姿は、とても弱々しいものであった。

「うそ……だろ……」

「アキレス様の奥義が敗れた………」

「何者だよ……、あの女………」


「さあ、私を殺して勝負を終わらせてくれ。そなたのような絶対の敵と戦えて死ねるのなら、私の人生も無駄ではなかったと割り切れる」

「なら、その下らない負け惜しみをする口から裂いてやる」

グリムは赤い鎌を再び出現させ、振る。

ブォオオンッ!!!

何トンあるのだと思わせるその重量感を表す風を切る音。
この鎌なら、人の首をはねるなど、造作もない。

グリムは一踏みでパラディンスの目前まで迫り、鎌を後ろに振りかぶった。

「せめてもの慈悲として、一切の痛みを与えずに殺してやろう」

グリムが首をはねる、その瞬間。

「もっと、女として生きていたかったな……」

パラディンスは、涙を流しながらそう呟いた。


ガシィイイインッッ!!!



気づいたときには、俺はグリムの鎌を左手で止めていた。

「悠様」

「グリム、お前の勝ちだ」

「私の邪魔をするおつもりですか」

「もう終わりだって言ってるんだ」

俺が威圧を込めてグリムに言う。少し殺気が混じっていたかもしれない。

「私には、殺させてくれないのですね……」

「いや、ごめん。とにかく、お前の勝ちだ、グリム。流石だ」

「いえ、アストロゼウス様の死神術ししんじゅつを使ってしまいました。あれを使わずに勝てていれば……」

グリムは少し悔しそうに言った。
アストロゼウスの術に頼ってしまった自分を戒めているんだろう。そんなことしなくていいのに。

「何故……止めた。ヤジマ ユウ…」

逆を向くと、パラディンスが満身創痍で立っていた。

「勝負は決まってた。それだけだ」

「私は王として偉大な最期を飾ろうとしたというのに、そなたのせいで……」

「貴様、悠様のご慈悲を……」

「待て、グリム」

「私は……ぐっ……、王として………ひぐっ………民を引く……存在に………ぐずっ……」

「パラディンス様……」

王が、涙を流した。
王は決して泣くことはない。
王は、何者にも屈してはいけない。

何故なら、王だから。

そんな屁理屈が当たり前の世界。

なのに、目の前の王は、大粒の涙を流している。
泣き声を上げている。
ならばもはや王ではない。


「お前は、少し勘違いしてるぞ」

「え?」

自分で、最後に願ったじゃねーか。

「お前はあっちの世界じゃ偉大な王なのかもしれねぇ。だけどな、お前は王である前に、一人の女だ。お前は最期に何を願った?民の平和か?さらなる力か?違うだろ。女としての人生。お前は最期、それを欲したんだよ」

「違っ……」

「今の戦いで、王のアキレス・パラディンスは死んだ。だからお前は、ただの一人の女、アキレス・パラディンスだ。いいな?」

「そ、そんなもの……ただの屁理屈ではないか……」

「ばか、この世界じゃ屁理屈が一番強いんだよ」

パラディンスは、涙を拭ってこちらを向いた。

「私の負けだ、ヤジマ ユウ」

俺は頷く。

「約束通り、私たちの首を……」

「あー、そのことなんだが……」

俺は口を挟んだ。なるべく強引に。

「あれはグリムの個人的な願いだったから無しだ」

「それでは、何を願う?」

俺はニヤリと口角を上げて……、


「俺の部下になってくれ」


「悠様?!」

まっ先に反応したのはグリムだ。

「何をお考えになっているのですか?!奴らは悠様を侮辱し、アストロゼウス様までも侮蔑した雑種ですよ?!たとえ悠様のお心が慈悲深くとも……」

「まあ待て、グリム」


「私で、良いのか?」

「ああ、部下になれ」

パラディンスは無邪気な笑顔になって、

「このアキレス・パラディンス、そなたに全てを捧げよう」

「そうか」

「な、何を言って……」

「それでパラディンス」

「アキレスと呼んでくれ!」

「それでパラディンス」

「アキレス!」

「………」

「ア・キ・レ・ス!!」

「はぁ……、それでアキレス」

「何だっ?ユウっ!」

「き、貴様……」

「とりあえず、この神殿は俺のものにしていいか?」

「うんっ!どんどん使ってくれっ!」

何だか凄いご機嫌だ、アキレス。

あれ、グリムがさっきより殺気が凄い。
今はダジャレとか言ってる場合じゃないな、うん。

「グリム、ちょっとこっち」

俺はグリムをちょいちょいと手招きし、耳打ちする。

「あいつらを部下にするのは神殿が欲しいからだ。後はグランが目覚めたときのための戦力の足しにするためだ。分かったか?」

「で、ですが悠様……」

「帰ったら何でも言うことを聞いてやる」

「分かりました」

「早いなおい……」

切り替え早すぎだろ。

まあ、そうと決まれば話をつけるか。


「アキレス」

「何だっ?ユウ!」

「俺はこの神殿にはたまにしか顔は出さない。だから俺がいない間、お前がこの神殿を守っていてくれ」

「それは命令か?」

「いや、まあなんというか……」

「命令してくれっ!もっと私をこち使ってくれっ!!」

「え、えー……」

あー、そっちに目覚めちゃったか。

「よし、アキレス。俺のいない間、お前にこの神殿の管理を一任する。これは命令だ」

「了解したっ!ご主人様ァ〜……」

「あの女……、悠様をいやらしい目で見ている……」

グリムが結構不機嫌だが、スルーだスルー。

グリムにスワッドとアリシア、あともう一人の男も治療してもらった。全員生きていた。


と一先ず、世界を乗っ取ろうとする悪人集団は制圧した。

配下にするという案は我ながら良かった。
これからはコキ使おう。






















































































































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