不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

ルッカとイシドラ

 ユーダロスが倒されたことで、彼の部下たちは退却した。

 ルッカが獣化が解けぬ前に、凶暴な咆哮を上げ、威嚇したのもある。

 仲間であるユウもたじろくほど、それは恐ろしい咆哮だった。

 残党たちは、足早に軍船に乗り込み、河を上っていった。

 王にルッカのことを報告されれば、アナの救出は困難になるのではないか?

 ユウはそう思ったが、後の祭りだった。

 すべての兵を殺すまでルッカの獣化はもたなかっただっただろうし、かといって、ルッカがアナの救出をあきらめるはずもない。

 軍船が去ったあと、ユウは舟を岸につけた。

 イシドラと呼ばれる男は虫の息だった。

 なるほど、たしかに自由軍のリーダー、イシドラに雰囲気がよく似ている。

「……少年、また会ったな」

 二人は知り合いのようだった。

「あなたは、魔封のイシドラ……だよね? 大聖堂の封印の部屋で、会った。黒い雨に打たれて、あなたもこの世界に来たんだ」

「ああ……そうだ。わしともう一人、蒼の月の世界の教皇ゼウシスは、この世界に来た」

「あの丘で生きていたのは、三人だけなのか?」

「そうだ。他のものは、この世界に来れなかった。蒼の月の世界で死んでしまっただろう」

「……なぜ、オレたちだけ?」

「……知りたいか?」

「あなたには、理由がわかるのか?」

 イシドラはうなずいた。

 ルッカは、珍しく神妙な顔をしていた。

 わけもわからず、ユウは二人の会話を聞いていた。

 どうも彼ら二人は、この世界の住人ではないらしい。

 にかわには信じられなかったが、紅の月の世界にも、神話は伝わっていた。

 女神ノーラは三匹の聖獣に変身して、アグンを天に追放した。

 そのうち、白銀の鷹リーグシャーと蒼い狼ライアロウは、黒い雨に打たれて、別の世界に転移したという。

 そして、それぞれの世界の神になった。

 ユウの住む世界では、紅獅子バルティアンが神として崇められている。

 月は、血のように紅い。

 神話によると、他にも、蒼と白銀、それぞれの色をした月の世界もあるのだという。

 ルッカとイシドラは、そのうちの蒼の月の世界から来たというのか。

「お前は魔を取り込んだ。わしもだ。どうやら、魔を取り込んだものだけが、黒い雨を通る資格を持っていたようだ」

 イシドラは続けた。

「幼い頃、わしの口から魔が入り込んだ。魔は何かを語っていたが、幼いわしには、その意味がわからなかった」

 ルッカとユウは、黙ってイシドラの話を聞いた。

「魔とは、白銀の月の世界の住人だ。わしが取り込んだのは、白銀の月の世界のイシドラだった。彼には肉体はなく、風のような存在だった。彼だけではない。白銀の月の世界は、みな肉体を持たないのだ。人は、魂だけの存在として生きていた」

 ユウにはもはや理解出来なかった。

 しかし、ルッカは同意するようにうなずいていた。

「大人になり、わしは魔について学んだ。やがて、わしは断片的にだが、幼いころ聞いた白銀の月の世界の言葉を理解できるようになった。そして、この紅の月の世界にきて、それらはすべてわしの妄想などではなく、真実なのだと確信した」

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