不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

少女のみた幻

 ウル湖に浮かぶ舟に隠れて、おさげ髪の少女は、自分を慰めていた。

 どうせ、だれも見ていない。

 下半身だけ下着を脱ぎ捨てて、看板に寝そべり、腰を浮かせた。

 中心部を、指でなぞる。

 そこは、柔らかい産毛に覆われていた。

 桃色の秘部は、まだそれほど濡れてはいない。

 中指と人差し指を、口の中に入れて湿らせた。

 もう一度、盛り上がったそこに指を押し当てる。

「あ……ん……」

 ユウは、吐息を漏らした。

 唾液を潤滑油にして、指が割れ目に侵入していく。

 腕を太腿にからめて、腰をもっと引き上げた。

 愛した男性を想像した。

 彼が、自分の上にまたがり、屹立したものを挿入してくる。

「んっ……あっ……あん……」

 ユウは、夜の舟の上でひとり喘いだ。

 しつこいくらい、ルッカに犯される想像に浸った。

 あの夜、ルッカは消えた。

 祝祭の前夜、蒼の神玉を盗むため、ルッカは大聖堂に忍び込んだ。

 丘で待ち合わせて、ユウが運転する舟で、国外へ逃げる予定だった。

 しかし、失敗に終わった。

 ルッカだけでない。

 関わった、沢山の人間が消えた。

 あの夜、丘に黒い雨が降った。

 ユウは、二人を待つ舟からその光景を見ていた。

 黒い積乱雲が、暗い大きな穴のように、丘の上に立ち込めた。

 針のような雨が、丘の上だけに注がれた。

 その雨に打たれたものは、ことごとくこの世界から消えた。

 溶けてしまったかのように、跡形もなくなった。
 
 教皇も消えたから、国は混乱した。

 仲間たちも捕らえられた。

 あれから、ミゲルとアンドレ、グレンにも会えていない。

 ユウは寂しかった。
 
 それを紛らわすように、真夜中、舟で湖まで来ては、自分を慰めていた。

 懐から、貝殻を取り出す。

 夫婦貝。

「ルッカ……」

 ユウは、幼なじみのルッカに惚れていた。

 実らぬ恋と理解しながら、ユウはルッカに夫婦貝を渡した。

 いま取り出してみると、それはボロボロに砕けていた。

 ユウは悟った。

 わたしの恋も、ようやく終わったのだ。

 季節を巡り、何度も何度も消えなかったこの恋心は、ルッカの失踪と共に、ようやく終わるのだ?

 風が出てきた。

 ユウは、衣服を整えると、家に帰ることにした。

 しばらく前、世界が壊れるかと思うほどの大地震が起きた。

 結果、周辺地域には、さほどの被害は出ていなかったが、また余震が起きないとも限らない。

 急いで帰ろう。

「あれ?」

 そう思った矢先、ユウは自分の耳を疑った。

 不意に、風に乗って、親しみ深い音楽が聞こえてきたのだ。

「これ……」

 どこかで聴いたことの音色。

「ルッカのリュート……」

 ユウは、導かれるように、音の聞こえる方向に舟を進めた。

 ウル湖のほとりに、木々で覆い隠されている場所があった。

 ユウは、岸に舟を寄せると、歩いて近づいた。

 流麗なリュートの音に合わせて、唄声も聞こえた。

 古い唄。

 女性の声。

「無邪気だったわたしは、

 愚かだったわたしは、

 人を好きになるたびに、

 何度も何度も生まれ変わった」

 ユウは、木々の間から、隠された場所をそっとのぞいた。

 淡い光に包まれた場所だった。

 水辺で、ルッカによく似た青年がリュートを奏でていた。

 そのすぐ横で、蒼い瞳の少女が、唄に喉を震わせている。


「春の日差しのような淡い恋

 夏の燃えるような熱い恋

 秋の寂しさ隠す秘めた恋

 冬の冷たい寒さを耐える恋

 恋に破れるたびに魂は滅びたが、

 新たな恋の火によって再び甦った

 だけど、これが最後の恋」

 甘美な唄声がだったが、ユウは寒気を覚えた。

 自分がここにいてはいけないと思った。

 ここは、自分が立ち入ってはいけない場所だ。

 二人は死んだ。

 死んで、この世ならざる何かになったのだ。

 わたしが見ているこれは、幻なのだ。

 ユウは、まだ彼らを見ていたい衝動を振り切って、その場を離れた。

 帰り際、舟から空を見上げた。

 月は、あの地震以来、蒼ではなくなってしまった。

 蒼と紅と白が交わった、不思議な色をしていた。

 不思議だが、美しい。

 三色月華。

 人々は、新しい月をそう呼んだ。

 ユウは、先程見たルッカとアナの姿を思い出す。

 二人は、お互いのことを、愛しそうに見つめていた。

 ユウは、唄の最後を口ずさんだ。

「もう、わたしには、恋する心はいらない

 愛の、本当の正体を知ってしまったから

 不死鳥の恋よ、安らかに眠れ」



               完

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