不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

紅獅子王の悟り

 服を着ていないアナの肌は赤く腫れ上がった。

 少しでも熱さを避ける必要があった。

 仕方なくルッカは、不死鳥がうごめく中庭をゆっくりと移動した。

 すると、不死鳥の一匹が、ルッカの動きに気がついた。

 恐ろしい奇声をあげて、迫ってくる。

 ルッカは、アナを抱えながら走り出した。

 しかし、逃げ切れそうになかった。

 炎の手は、いまにもルッカの背につかみかかろうとした。

 そのとき、一本の槍が二人を追う不死鳥を貫いた。

 白い冷気を帯びた槍が、一直線に飛んできて、不死鳥の胸に突き刺さったのだ。

 不死鳥は、地鳴りのような悲鳴をあげた。

 炎が弱まり、体が縮んでいく。

 苦痛から逃れるように、不死鳥は、中庭から飛び去っていった。

 中庭に降りた他の不死鳥にも同じように、槍が投じられた。

 白い槍は、次々と不死鳥を撃退した。

 ルッカは、城に目を移した。

 紅い鎧の巨人が、ゆっくりと歩いてくる。

 紅獅子王カールだ。

 その手には、まだ数本の槍が握られている。

「氷で出来た槍だ。魔道士に作らせた。あいつらに有効なのは、氷くらいだ」

 王は言った。

「あいつらは、なんだんだ……?」

 ルッカは、警戒を緩めずに聞いた。

「あれは、死なない鳥、不死鳥だ。一年前に尖兵として、空から一匹が襲来した。一匹とはいえ、我が兵団は大きなダメージを受けた。余の顔の火傷も、そのときに受けたものだ」

 ルッカは改めて、王の顔を見た。

 半分顔が溶け、元に戻せていない。

 頬骨や眼下の骨も剥き出しだった。

 恐ろしい顔だ。

「尖兵の不死鳥を捕らえて研究したが、弱点らしい弱点は見つからなかった。氷の檻をつくって、温度の低い地下に閉じ込めることしかできなかった。天守閣の望遠鏡で、さらなる不死鳥の軍がやってくることもわかっていた。余は、退廃したこの国を一つにまとめて、不死鳥の軍に備えねばならなかった。だが、間に合わなかったようだ」

「こいつらは、どこから、なんのためにやってきたんだ?」

「さあな。なんの目的で、なぜやってきたかはわからない。ただ太陽からやってきたのは確かだ。おそらく、アグンが、この世界を滅ぼすために差し向けたのだろう」

「アグンが……。世界は、アグンのせいで終わる……のか?」

 ルッカの言葉に、王は首を傾げた。

「……おまえ、名は何という?」

「答える気はない」

「そうか……余は、おまえに会って、一つ悟ったことがある」

「悟ったこと?」

「余は、おまえを見たときに、直感したのだ。なぜかはわからぬ。アナを見たときと同じだ。アナをひと目見たときも思った。この女が、世界のカギだと」

「アナが、世界のカギ?」

「ああ、たが、それはもうどうでも良い。アナ=オレオソルトは解放しよう」

 紅獅子王の視線は、ルッカに向けられている。

 それは、強く、確信に満ちた目だった。

 彼も気がついたのだ。

 ルッカとカールは、元々一つだった。

 世界が三つ分かれたときに、生まれた分身だ。

「余は、おまえを見たときから、おまえを食べる衝動にかられて仕方がない」

 それは、分身が一つになるための儀式なのだろう。

 カールがルッカを食べる行為によって、分身は一つになる。

 世界が融合して、新たな神になる。

 彼が、そこまで理解しているわけではないだろう。

 しかし、紅獅子王は、直感でその結論にたどり着いた。

 ルッカは、迷った。

 仮に彼に食べられても、それで一つになるのなら、それでもいいのではないか。

 同じことではないか。

 それで、結局のところ、ルッカが三色月華世界の神になるのだ。

「ちがう……それではダメよ……」

 そう言ったのは、アナだった。

 アナは、ルッカの顔をじっと見つめていた。

「アナ……?」

「カールが、あなたを食べれば、あなたの自意識は彼に飲み込まれる。ルッカ、あなたが、あなたがカールを食べるのよ……そうして、あなたが、世界を一つにするの」

 その表情は、蒼の月の世界のアナにどこか似ていた。

 ルッカは泣きそうになった。

「アナ、君は、何を知っているんだ……?」

 ルッカは、蒼の月の下で最期に見たアナ=クレイブソルトの顔を思い出した。

「あの不死鳥を見て、わたしは思い出した……わたしも、彼の一部だった……」

「彼……?」

「わたしも、あの不死鳥たちと同じ。アグンの一部。わたしは、アグンが地上に落とした一粒の炎」

 アナの体が、急に熱を帯びた。

 思わずルッカは、彼女から手を離す。

 アナは、一人で立ち上がった。

 その輪郭がぼやけて、揺らめいていた。

 彼女の内側から、炎が立ち上った。

「ア、アナ……」

 ルッカはもはや、彼女に触れることも叶わなかった。

 アナの目や鼻や口は、炎に隠れて見えなくなった。

 不死鳥によく似た姿に変化している。

 炎の生き物となったアナは、紅獅子王に向かって、歩き出した。

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