不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

アナとイシドラ

 イシドラは次の行動を迷っていた。

 ゼウシスらが今後、どう行動するのか気になった。

 仮にも、蒼の月の世界では彼女に仕えていた身である。

 力を貸すべきか。

「国王陛下」

 ゼウシスらの代わりに広間に入ってきたのは、青い鎧の壮年の男だった。

 彼が来ると、王は立ち上がった。

「カイゼルよ、マディンのところに行くぞ」

「承知致しました」

 彼らも大広間をあとにする。

 その隙に、イシドラはアナに近づいた。

「紅獅子王が、お前のことをアナと呼んでいた。アナ=クレイブソルトか?」

 アナはうなずいた。

「わしは、イシドラと申す。旅の途中、エイミーという少女と出会った。彼女から、もし城でお前と会ったのなら伝えて欲しいと、伝言を頼まれた。彼女と、エイミーとルッカは無事だ。二人はウル湖に向かっている」

 アナの表情が初めてほころんだ。

 良かった……と、ほっとした声をこぼした。

「……大丈夫か? わしは王の兵ではないが、自由軍でもない。お主をここから出すことは出来るが、そこから先の安全を保証まではできない。それでも、出たいか?」

 アナは、首を振った。

「大丈夫、心配しないで。それよりあなたこそ、早くここから逃げ出して。できれば、エイミーの力になって欲しい。それに……」

「それに、なんだ?」

「……いえ、もしもルッカにふたたび出会ったら、こう伝えて。私は、アナ=クレイブソルトはすでに死んだ。だから、助けになんて来ないで……って」

 イシドラは、アナの顔をまじまじと見た。

 それに……ここで待っていれば、ルッカが必ず助けに来てくれるから。ルッカを待つわ。

 本心では、アナはそう言いたかったのではないか。

 イシドラにはそう思えた。

 そういえば、この紅髪の少女は、ルッカ少年が封印の部屋に連れてきた少女と、どこか似ていた。

「わかった……もしもルッカ少年にふたたび出会えたら、そう伝えよう」

 イシドラは、それだけ答えると、王の広間から去った。

 しかし、まだ城から抜け出すわけではなかった。

 マディン……。

 それは、イシドラの師匠の名前だった。

 もちろん月の色が違うこの世界では別の存在だが、気になった。

 蒼い月の世界では、マディンは魔を封じる術を持った、高名な魔術師だった。

 風のように世界を漂う魔を、水晶に封じ込める。

 イシドラは知らぬことではあるが、白の世界から来た魔のルッカを水晶に閉じ込めたのも、彼女である。

「あなた、魔を取り込んだのね」

 初めてマディンに面会したとき、そう言われた。

 イシドラが、とても幼いころの話だ。

 マディンは、年齢や性別を感じさせない、超然とした女性だった。

「ぼくは、どうなるの? 死ぬの?」

 ある日、突然、口の中に強風が入り込んだかと思うと、得体の知れない声が頭の奥で響いた。

 幼いイシドラには、それがなにを言っているかわからなかった。

 難しい言葉だった。

 怖くて、ずっと泣いていた。

 医者に見せてもなにも解決しなかった。

 困り果てたイシドラの両親は、魔術師マディンを頼った。

「大丈夫よ、しばらくしたら、消えてなくなるから。まあ、正確には、同一化するのだけど」

 マディンはそう言った。

 しばらくすると、その通りになった。

 頭の中で響く何者かの声は、まったく聞こえなくなった。

 代わりに、イシドラは年齢以上に大人びた性格に変わっていた。

 そして、マディンのことが忘れられなかった。

 彼女についていけば、この謎が解ける。

 この世界の謎が。

 いつのまにかイシドラは、そんな、妄想のような想いに囚われるようになっていた。

 だから、十六歳になったとき、マディンに弟子入りした。

 その後、魔封の術と剣術を磨き、前教皇の時代に聖戦士に抜擢されたのだった。

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