不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

ライアロウの化身

 もうムリだ。

 ルッカは、ケースから獣化の魔薬を取り出して、口に入れた。
 
 エイミーもユウたちも止めなかった。

 自由軍になす術はなかった。

 このまま、グレンとイシドラがやられれば、助かる手立てはない。

 ルッカの鼓動が激しく高鳴る。

「行ってくるよ」

 ルッカは、変異する前に、ユウに言った。

「エイミーを、頼む」

「……ああ、わかったよ」

 ユウは悔しそうにうなずいた。

 エイミーは、悲しげだ。

 彼女は、まだルッカを引き止めたい思いがあるのだろう。

 しかし、何も言わなかった。

 ルッカは、走り出した。

 走りながら、獣化していった。

 筋肉が、皮膚が、体毛が。

 全身が、狼のような姿に変わる。

 しかし、うしろ足は人に近く、狼男と呼ぶのが、ふさわしい。

 蒼い狼男。

 ライアロウの化身。

 蒼い月の世界の住人が見たのなら、女神の分身であるライアロウを思い起こしたことだろう。

 ルッカは、素早い動きで五叉路に出ると、グレンと巨大ワニに向けて、高くジャンプした。

 グレンは、ワニの顎の内側でもがいていた。

 ルッカは、ワニの脳天にめがけて、右手の爪を立てる。

 爪は、槍のように長く伸びた。

 鱗を貫き、地面まで一気に刺した。

 確かな手応えを感じたのち、爪は、ポキリと根元から折れた。

 グレンは這い出した。

 獣化は解け、人の姿に戻っていた。

 全身、傷だらけで血まみれだった。

 息はしているが、その場から動けそうにない。

 ルッカは、グレンを抱えた。

 出来れば、薬指の空洞にグレンを届けたかったが、そこにはエイミーたちもいる。

 彼女たちが危険になる。

 ルッカは、一番近い親指の空洞の入り口に、グレンを横たえた。

 こうしておけば、きっとユウたちが連絡通路を通って、助けてくれる。

「おまえ、あのときの……」

 クローチェが背後に立っていた。

「ハーメルンをやった奴だな。これは都合がいい。お前のことも探していたところだ。自由軍の仲間だったか」

 ルッカもクローチェを覚えていた。

 アナの屋敷で、何度も強烈な蹴りを食らった。

「アナを返せ!」

「オレオソルトの娘は、紅獅子王様が所望されたのだ。取り返したくば、城に向かうのだな」

「城のどこにいる?」

「王の広間で、王と共にいる。妃になるのだ、当然だろう」

「妃に……アナは、そんなの望んじゃいない!」

「オレの知ったことではない。それに、おまえが生きて城にたどり着くことはない。ここで、死ぬのだから」

 クローチェが飛び出した。

 ルッカも動く。

 スピードでは負けていなかった。

 一方、イシドラは力尽きて、地面に倒れていた。

 ピグーが歩み寄る。

「手こずらせたな。さすがは自由軍のリーダー。いや、マディンの元弟子だったことはある」

「マディン……師の暴走を、わたしは止めることができなかった……」

 イシドラは、片方のハサミと無数の足がなくなっていた。

 ピグーの攻撃によって、自由軍のリーダーはボロボロになっていた。

「六鬼……師マディンの最高傑作といったところか……最期にをその姿をよく見たい……」

「フフフフ……その通り、我らはマディンの最高傑作……。死の間際になって、やっとそれがわかったか……せめての情けだ。お主の師匠の作品を、とくと拝むがいい」

 ピグーは、最高傑作と言われ、気分がよくなっていた。

 体を見せびらかす。

 グレンとちがって、イシドラの獣化はまだ解けていなかった。

 自由軍のリーダーは、戦意を失っていなかった。

 さらに、ルッカの登場で、ピグーの気がそれた。

 その瞬間をイシドラは見逃さなかった。

 残ったハサミに、最後の力を込めた。

 スキだらけのピグーの腹を、下から突き刺す。

「な?」
 
「死ね!」

 ハサミは柔らかい皮膚を突き破った。

 最後の力を振り絞って、イシドラは、刃先をグリグリと、奥まで押し込んだ。

 鮮血が、滝のように流れ落ちた。
 
 ピグーは、声も出さずに、白目をむいた。

 口から血の混じったよだれを吐いた。

 やがてピグーは、イシドラの上に、覆いかぶさるように倒れこんだ。

 しばらくすると、二人の獣化が解けていく。

 小太りの男とタレ目の中年男。

 そこには、二つの死体が残っていた。

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