不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

イシドラとグレンの獣化

 少しだけ時間をさかのぼる。

 薬指にある実験室で、イシドラはケースから薬品を取り出した。

 一つを自分が持ち、もう一つをグレンに渡す。

「ピグーは凶暴な猪豚に獣化する。皮膚は鋼のように硬い。爪や牙では敵わないかもしれない」

「どうすれば?」

「腹だけは、柔らかいらしい。なんとかひっくり返して、そこを狙う」

 グレンは、うなずいた。

「オレも……」

 ルッカとエイミーも、二人に追いついて、実験室まで来ていた。

「オレも戦うよ」

 ルッカは、そう言った。

「バカを言うな。お前がハーメルンを殺したのは、運が良かっただけだ!」

 グレンがたしなめた。

 たしかにルッカの体格は、二人よりも一回りもふた回りも小さい。

 筋肉のつき方もぜんぜん違った。

 まして、戦闘訓練を受けたこともない。

「ルッカくん、君の気持ちはありがたい。だけど、君まで一緒に獣化させるわけにいかん」

「イシドラさん、大丈夫だよ、満月の夜に化け物になったときも、冷静にエイミーを守れた」

「そうじゃない。君には大事な役目を頼みたいんだ」

 イシドラは、ルッカに薬品の入ったケースを差し出した。

「これを、預かっていてもらいたい」

 ルッカは、まだ不満げな表情をした。

「この中には、我々を獣化から戻す薬品も入っている。獣化したら、私やグレンも、戦いの興奮で、自我を失うかもしれない。そのとき君が、その薬品を我々の口に入れるんだ」

 イシドラは、ルッカの肩に手を置いた。

「敏捷性や投てきの技術には、自信があるだろう? たぶん、アンドレやミゲルよりも君のほうが適任だ」

「わかりました……」

 イシドラにそこまで言われて、ルッカはしぶしぶ了承した。

 薬品ケースを、落とさないようにしっかりと手に持った。

 そのあと、二人の戦士は、やや緊張した面持ちで、五叉路に向かった。

「待て! 我らが相手だ!」

 イシドラとグレンが、ピグーの前に姿を現したとき、ルッカとエイミーは、薬指の空洞に身を潜めて、戦況を見守っていた。

 イシドラがまず薬品を口にした。

 その両腕が巨大化し、蟹のようなハサミに変化した。

 首が肩にうもれ、両目がツノのように突起した。

 全身の肌の色が紫に染まっていく。

 股が割れ、下半身も無数に別れた。

 イシドラは、蟹の化け物になった。

 あまりの醜さに、エイミーは思わず悲鳴をあげそうになった。

 その様子を見て、さすがにグレンも動揺を見せたが、続いて薬品を口に入れる。

 彼の大きな体が、さらに筋肉質に盛り上がり、すぐに四足歩行になった。

 肩と首がもりあがり、額から二本の骨が飛び出す。

 長いツノだ。

 闘牛の姿だった。

 猪豚であるピグーと似ているが、グレンのほうが、ずいぶんスマートだ。

「まさか、獣化するとはな」

 ピグーも驚きを隠せなかった。

「しかし、この六鬼ピグーに勝てると思うな!」

 イシドラとグレンは、突進してくるピグーを待ち構えた。

 蟹と闘牛、それに猪豚。

 三匹の獣の、激しい戦いが始まった。
 

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