不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

彼女の名前②

「どうかしましたか? 物音がしましたよ」

 暗がりに、ミイラのような影が動いた。

 教皇ゼノーの声だった。

「別に、なんでもないわ」

 彼女は身を起こした。

 ゼノーは、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「この国では」

 彼女は質問する。

 影は立ち止まった。

「なんでこんなに教会は貧相なの?」

「食事が口に合わなかったかね?」

 彼女は答えなかった。

「……この国では、国王が絶対だ。紅獅子王と呼ばれる彼が、信仰に興味がない。だから、教会の扱いもひどいのだよ」

「紅獅子王……」

「武力で民を支配している。歯向かうものは容赦なく弾圧する。言葉の力ははかないものさ」

 影は歩き出した。

「ねえ」

「なぜ、彼女は目覚めないの? 食べ物に何か入れたの?」

 隣で老女が寝ていた。

 碗の割れた音にも、二人の会話にも反応せず、死んだように眠っていた。

「ああ、粥に痺れ薬を入れたいんだ。君は食べなかったのか?」

「あんなまずいもの、吐き出したわ」

 彼女は、落ち着いていた。

 老人の影がさらに近づいた。

 窓から、かすかに光がもれ、教皇の顔を照らす。

「なぜ、そんなことをしたの?」

「こんな満月の夜は、年老いたとはいえ、わたしも男なのだ。アレは使い物にならなくなっても、欲望で心が満たされる」

 教皇の顔は、醜く歪んでいた。

 目の奥が黒光りし、獣のように犬歯が伸び、口もとからだらしなくヨダレを引いていた。

「若い女の肌を味わってみたくてなぁ」

 彼女は座った状態のまま、後ずさった。

 すぐに壁際まで追い込まれる。

 教皇は、彼女に覆いかぶさった。

 舌を伸ばし、彼女を舐めようと前のめりになる。

 しかし、その体は軽かった。

 小柄な彼女でも、かろうじて押し返せた。

「……この世界の教皇は……指名制かしら?」

 腕を伸ばし、顔を背けながら、彼女は、目の前の狂った老人に問うた。

「指名制……? そうだ、前教皇の一存で決められるぞ」

「そう」

「ぎゃああああ」

 彼女は、割れた碗のカケラを拾って、老人の肩に突き刺した。

「明日、わたしを教皇に指名しなさい」

 もう一枚大きなカケラを拾って、教皇を睨んだ。

「なんだと……」

 教皇は、痛みをそれほど感じていないようだった。

 目を見開いて、驚いていた。

「そうすれば、いくらでもこの肌を味合わせたあげるわよ」

 彼女は、碗のカケラの鋭利な部分で、自分の服を裂いた。

 白い、幼さの残る乳房がこぼれた。

 破れた服を開いて、目の前の老人によく見せる。

「指名しなければ、殺すわ。どっちがいいの?」

「お前は……何ものだ?」

「わたしは、ゼウシス=アキレウス。この国の教皇になる女よ」


「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く