不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

六鬼のクローチェ

 その頃、ルッカの部屋の板戸も破壊されていた。

 外から、長身の男が侵入してくる。

 黒髪は、海藻のように長く、目つきも魚類のようであった。

「チッ! ここではなかったか」

 黒髪の男は悔しそうに顔を歪めた。

 長い足で、板戸をふたたび蹴り破った。

 ルッカは、茫然として、その様子を見守った。

「なんだ? お前」

 男は、ようやくルッカに気づいたようだ。

「お前こそなんだよ……」

「オレは六鬼のクローチェだ。知らんのか? 王をのぞけば、この国最強の戦士だぞ」

 クローチェの足は、肥大したカモシカの足に似ていた。

 鋼鉄のブーツを履き、先端には剣山のような針が装飾されていた。

「アナ=オレオソルトはどこだ?」

「六鬼……アナの敵だな。教えるもんか」

 クローチェは、ルッカに近づいた。

 すぐに壁際に追い込まれる。

「ということは、ハーメルンの方だったか。くそッ」

「ハーメルン?」

「あいつが狙った部屋が正解だったようだ」

 この世界でも、アナの両親はハーメルンに殺された。

 そのハーメルンも、いまアナを狙っているのか。

 ルッカは急に焦り出した。

「どけよ! アナを助けに行くんだ」

 クローチェは笑って、ルッカに前蹴りをした。

 逃げ場はなかったが、間一髪よけた。

 壁に、くぼみができる。

「ほう。このオレの蹴りをよけるか」
 
 クローチェは楽しそうだった。

「これはどうだ?」

 もう一発反対の足が伸びてきた。

 今度は完全には避けられず、脇をかすめる。

 すると、さらに反対の足で、横殴りに蹴られた。

 これは直撃した。

 ルッカの身体は空に浮いたあと、床に叩きつけられた。

 やばい。

 外へ逃げよう。

 魔のルッカが言った。

 槍のようなクローチェの足が、ルッカに近づいた。

 ルッカは、力を振り絞って、跳躍した。

 壊れた板戸を抜けて、窓の外へ逃げる。

「すばしっこい奴だ。まあいい、お前に用があるわけじゃない」

 窓の外では、紅の満月が、世界を照らしていた。

 熱気が、一帯に充満していた。

 ルッカは月を見上げる。

 身体の中で、何かが弾けるような気がした。

「なんだ……」

 自分の体が変化していくのがわかった。

 筋肉が盛り上がり、頭髪が伸びる。

 紅の満月の夜、この世界の男たちは凶暴化する。

 そう、アナは言っていた。

 ルッカも、その摂理には従わねばならぬようだった。

 皮膚が青く変色した。

 自分が、二足歩行の獣に変わりつつあるのが、理解できた。

 四肢の筋肉が、鋼鉄のバネのようになった。

 爪が伸び、犬歯が口からはみ出る。

 視覚と聴覚、それに嗅覚も鋭くなる。

 アナの悲鳴が聞こえた。

 血の匂いも。

 頭の中が、怒りで支配されそうになった
が、かろうじて理性は失わなかった。

 白銀の世界のルッカが、心をコントロールしてくれた。

 ルッカは獣になった。

 蒼い人狼。

 この体で、何ができるかわからない。

 実戦で試すしかない。

 クローチェは屋敷の中へと行ってしまった。

 あいつを追うのはやめておこう。

 今は、アナとエイミーを助けるのが先だ。

 魔のルッカは、心を制御した。

 人外の姿となったルッカは、外からアナとエイミーの部屋に向かった。

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