不死鳥の恋よ、安らかに眠れ

ノベルバユーザー304215

聖獣の神話

 ユウは、地元の教会に足を運んだ。

 大聖堂とは違い、こじんまりとした建物だ。

 普段なら、船乗りである父と兄たちのために、航行の安全と大漁の祈願をするところだった。

 しかしその日は、神像を前に別のことを祈った。

 ルッカと、三人の友人たちに幸運がありますように。

 神像は、見た目こそ古いが、毎日丁寧に磨かれていた。

 荒々しい毛並みの狼と、それに跨る凛々しい女性。

 ユウは、聖典に伝わる神話を思い返した。

 かつて世界は、天の神アグンと地の女神ノーラによって生み出された。

 二人の神が、天と地と、そこに住まう生命を創り出した。

 ノーラは、自らが創った人間を慈愛した。

 自分たちの力でより良く世界を発展させるように、人間に言葉を教え、愛や道徳を説いた。

 人間たちは、女神を敬った。

 一方、アグンは、人間を道具の一つとして扱い、しもべのように扱った。

 自分の欲望のために人間の女をはべらせ、男をこき使った。

 人間たちはアグンを嫌った。

 二人の神は対立した。

 力では、天候を司るアグンが勝っていた。

 アグンの稲妻によって、ノーラの体は三つに引き裂かれた。

 引き裂かれても、女神は三体に分割しただけで、死ななかった。

 地の女神は、生命と再生を司った。

 裂かれたノーラは、三匹の獣に変化した。

 三匹の獣は、それぞれ、蒼、紅、白銀の色をしていた。

 蒼の狼ライアロウ。

 紅の獅子バルティアン。

 白銀の鷹リーグシャー。

 三匹はバラバラになって動き、アグンの攻撃を巧みにかわした。

 スキをついて、バルティアンが、アグンの肩に噛み付き、その背に爪を掛けた。

 リーグシャーは翼を広げ、アグンとバルティアンをそのまま空へと引き上げた。

「おのれ」

 アグンは、黒い雨を降らす。

 呪いの雨。

 呪雨。

 獅子と鷹の体に黒い穴が空き始める。

 地上から、ライアロウは咆哮した。

 口から竜巻が吐き出され、アグンの体を飲み込んだ。

 竜巻は空へと消えた。

 アグンは、二度と手の届かない天宙へと追いやられたのだった。

 それ以来、太陽となって、空を巡っているのだという。

 バルティアンとリーグシャーの姿は跡形もなく消えていた。

 死んだのではない。

 それぞれ別の世界に行き、それぞれの世界の神になったらしい。

 バルティアンの世界の月は紅で、リーグシャーの世界の月は白銀に輝くのだと伝わる。

 誰も見たことがないはずなのに、聖典にはたしかにそう記されている。

 そして、この世界を治めたのは、残った狼ライアロウだ。

 よって、月は蒼い。

 人びとからは、ノーラとライアロウが崇められ、像として、祈りの対象となっている。

 また、ライアロウは、審判の狼とも呼ばれた。

 正義無き行いをすれば、平気で人を咬み殺す。

 ユウは、なんだか寒気を覚えた。

 ライアロウに祈って、本当に大丈夫だっただろうか?

 もしかして、逆効果?

 聖戦士たちの甲冑には、月と狼を形どった聖印が刻まれている。

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