白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第2章10話




「アルクリスタ様!」

サンが悲痛な声で叫ぶ。
ペリーはどうにか抜け出そうと藻掻き、動けない自分に苛ついているのか徐々に変化が始まっていた。

「……っ」

ぐるる、と、ノワールが低い声で鳴くと、サンもペリーも諦めたように項垂れる。

「……ふふ、ノワール様。やめてください」

静まり返った食堂の中に、可愛らしい笑い声が響いた。
戻って来た少女は慌ててノワールに遮られ見えなくなったアルクリスタが見える位置に飛ぶ。

「くすぐったいですわ」

そこには頬ずりをする大きなノワールの顔に 、くすくすと笑うアルクリスタがいた。

「お、お主ら……」

2人の様子を見た少女は呆然と立ち尽くしてしまう。

「えっと……多分、もうノワール様は大丈夫ですわ」

ノワールから一旦顔を離し、アルクリスタは微笑みながらそう言った。

「きゃっ」

急にノワールの体が熱を発し、みるみる縮んでいく。
長かった首は縮み、屋根を破壊した翼も同様に縮む。鋭く長かった爪は手が人形になるのに合わせ短くなり、鱗は徐々に美しく白い肌へ変わる。鋭かった瞳孔は柔らかさを取り戻し、最後には美しい漆黒の髪が風に靡いた。

「……ノワール様」

魔獣化し服が飛んでしまったのか、アルクリスタは全裸のノワールを直視できず目を逸らす。

「アルクリスタ」

手近にあった布を魔法で服に仕立て身に纏ったノワールは、優しい声音でアルクリスタを呼んだ。

「……もう服は着られましたか?」

「ああ」

ノワールとは真反対へ顔を向け、更に顔を覆っていた手を外してアルクリスタはノワールの方へ振り返る。

「……おいで」

優しい瞳で腕を差し出したノワールの胸へ、アルクリスタは勢い良く飛び込んだ。

「……ノワール様……!」

アルクリスタも、本当は怖かったのだ。
このままノワールの意識が戻らず、自分を殺してしまうのではと。
それでも飛び出さずにはいられなかった。

「……すまない、アルクリスタ」

ノワールは至極申し訳無さそうな声でアルクリスタへ謝るが、アルクリスタは首を振るばかりであった。

「……感動的になっている所悪いが、一体どういうことなのじゃ?」

抱き合う2人の横から、先程よりも幾分か冷静さを取り戻した少女の声が響いた。

「あ……」

人前で自ら抱きつきに行ってしまった気恥ずかしさと、つい先程まで泣いていた恥ずかしさからアルクリスタは慌ててノワールを押しやる。

「どういうこと、とは?」

ノワールはそれを片手でいなし、アルクリスタを抱き上げた。

「……言わずともわかるであろう。変化のことじゃ」

少女はノワールを鋭い目付きで見上げる。

「本能のまま魔獣化しこんなに短時間で理性を取り戻すなぞ見たことがない。お主、最初から意識があったのか?」

「まさか。俺の意識はアルクリスタが俺の手元から連れ去られた時で失くなっている。次に気付いたのはアルクリスタが俺を見上げる姿を見たときだ」

ノワールは片手でアルクリスタを抱え、もう片方の空いた手で散らばっていた木屑から椅子を作り出す。3脚作り、その1つにアルクリスタを座らせ、自分も座った。

「サン、お茶を」

気付けばサンとペリーを捉えていた謎の魔法は消え、2人はすぐにアルクリスタの傍へ駆け寄る。もちろんサンはお茶の準備でペリーよりも少し遅れたが。

「アリー様、大丈夫!?どこかお怪我したりとか……」

「大丈夫ですわ。ありがとうございます」

涙を浮かべアルクリスタを気遣うペリーに、アルクリスタは大丈夫だと立ち上がり一周回って見せる。
ふらつきがないことを確認し、ペリーはほっと一息ついた。

「……一体貴女はなんなの?」

ペリーは先程とは打って変わり、鋭い視線を少女に投げる。手には両刃の大剣を携え、少女へ向けていた。

「ペリー、下がれ」

殺気を隠しもしないペリーとは対象的に、ノワールは静かな声でペリーに命じる。

「っ!しかし!」

「いいから下がれ」

熱のない声にペリーは殺気を消し、静かにアルクリスタの後ろへ下がった。

「座ったらどうだ?」

ノワールは口にだけ笑みを作り、少女に向かい視線で作った椅子を指し示した。

「先刻まで敵対していた妾に、まだ話し合いの余地があると思うているのか?」

少女の視線は鋭いまま、ノワールを睨めつける。

「……もう茶番はいいだろう」

ため息をついたノワールは、椅子を少女の後ろへ魔法で動かし座るよう再度促した。

「何の話しじゃ?」

ノワールの言葉に少女は視線を緩め、ニヤリと笑う。
ペリーやサンは未だに少女に鋭い視線を投げているが、ノワールと少女はどこ吹く風とイタズラ気に笑むばかりである。

「えっと……ノワール様?」

三者三様なその様子に、アルクリスタだけがおろおろと狼狽えていた。

「ペリー、サン。気を張らずともいい。これに敵意はない」

「ですが魔王様。この少女はアルクリスタ様を攫おうとしていました」

珍しくサンが感情を隠しもしない声で言うが、それにノワールはくすくすと笑う。

「なに、もう手は出さんさ。なぁ?」

ノワールのその態度の意味がわからず、ペリーとサンは顔を見合わせた。

「ノワール様、そろそろ説明してほしいのですわ」

袖を引くアルクリスタの可愛らしさに思わず頭を撫でてしまい、ノワールは軽く咳払いをして少女について一言だけ放つ。

「彼女は俺の母親だ」

少女はニヤニヤと意地の悪い笑みを携え、アルクリスタとペリー、サンは驚きで固まってしまった。

「え……っと?」

アルクリスタが意味を飲み込めず、言葉にならない言葉で問い返す。

「さすがに俺が結界で追えないわけだ」

「まだまだ現役じゃ!お主なんぞに追われてたまるものか」

ついて行けない3人を置いて、ノワールと少女はお互い笑い合っている。

「ま、待ってください!ということは、彼女は……」

「王太后……様……?」

ペリーとサンは途端に震え出し、即座にひざまづいた。

「も、申し訳ありません!数々の非礼を……」

ペリーもサンも顔は真っ青になっており、体は小刻みに震えている。
アルクリスタも慌てて膝を折った。

「良いのじゃ!妾がけし掛けたようなもの。お主らが気にすることじゃない」

相も変わらず可愛らしい姿で豪快に笑うその姿は、どう見ても魔王の母親……王太后には見えない。

「それにしても母上も人が悪いな。そんな姿では俺も気付かぬではないか」

「お主はもっと早くに気付くと思ったがのう。さすがに魔法色までは隠し切れぬからな」

「そんなに極薄に偽装しておいてよく言う……」

アルクリスタは会話について行けず、かと言って顔を上げることもできず黙って頭を下げ続けている。
ペリーとサンも未だに膝をついたまま固まっていた。

「ほらほら、顔を上げんか!堅苦しいのは嫌いじゃ!」

パンパンと手を叩き、3人はやっと顔を上げた。

「アルクリスタと言ったか?」

少女、もとい王太后は微笑を携えアルクリスタを見る。

「はい。ご挨拶もせず申し訳ありません……」

「なに、挨拶をするような状況ではなかったからな。妾はそこのノワールの母、メラン・モリオンじゃ。……怖い目に合わせてしまい申し訳なかった」

王太后……メランは美しい姿勢で深々と頭を下げた。

「い、いえ!そんな……頭を上げてください」

顔を上げたメランは今までとは打って変わり、真剣な表情でアルクリスタを見つめる。

「……母上、何故アルクリスタを攫おうとしたのだ」

ノワールも笑みを消し、メランへ問うた。

「なに、お主がこの少女を縛り付けておるのではと思ったのじゃ。まだ使役魔法は使われていないようであったから、その前に解放してやらねばと……間違いであったが」

人間と魔族は元々いがみ合っている。人間を傍に置く魔族はそのほとんどが奴隷同然の扱いをしていると言うのだ。もちろん中にはそうでない者もいるが……やはり圧倒的に環境が悪い場合が多い。

「お主が……妾の息子であるノワールがそうするとは考え辛かったが、もうここを離れて何百年と経っている。考えが変わっていてもおかしくはない」

真剣な眼差しでノワールを見ていたメランは、申し訳なさげに俯いた。

「そうか……そうだな。……母上、紹介するのが遅くなってしまったな」

ノワールは立ち上がり、アルクリスタの背中に手を回す。

「彼女はアルクリスタ・ヘマ・アダマース。アズレイト帝国アダマース公爵の養子であったが、今は国を出て……俺の婚約者だ」

ノワールがそう紹介すると、メランは口を開けて固まってしまった。

「……は?」

それ以上発することもできないまま少し間が空き、そのまま色々な感情の浮いた複雑な表情であわあわとしだす。

「あああ……お、おめでとう!しかし人間……いやだがあのノワールが婚約……ああだが種族が違いすぎ……いや、そこは本人同士が……それなら式はどうするのじゃ!?それにあちらの家族に挨拶……」

「母上、落ち着いて」

ノワールは呆れたような楽しそうな顔で、メランに声をかける。が、その声は届いていないようだ。

「母上」

ノワールは指を動かしメランの膝裏に椅子が当たるよう動かした。
そのままメランがストンッと座る。

「……そうか。婚約か」

座ったことで少し落ち着いたのか、メランはノワールを真っ直ぐに見つめた。

「ノワール」

「はい?」

「……婚約おめでとう」

いっぱいの可愛らしい笑顔でメランにそう言われ、ノワールは微笑んで頷いた。

「アルクリスタ」

次はアルクリスタを見つめる。その瞳に、もう不安の色はない。

「お主には本当に散々迷惑をかけてしまって申し訳ない。危うく死の危険にも晒してしまった……。ノワール含め、不束な親子であるが、今後もよろしく頼む」

座ったまま、また美しい姿勢で頭を下げるメランに、アルクリスタは慌てて頭を下げた。

「こ、こちらこそ、まだ至らない子どもではありますが、よろしくお願い致しますわ」

同じタイミングで頭を上げた2人は、目を合わせて笑い合った。



「今日は夜も遅い。明日また、話しをしよう」

ノワールがそう言い、そのままその日は解散となった。

「……ふぅ……」

部屋に着き、アルクリスタは思わずため息をつく。

「お疲れ様でございます、アルクリスタ様」

サンがリラックス効果のあるハーブティーを出してくれる。

「いえ……サンも、お疲れ様です」

「ありがとうございます」

サンも本当であればため息をつきたい所であるが、仕事中のためぐっと堪えた。

「まさかあの女の子がノワール様のお母上様だなんて……」

お茶を飲み、ソファへ体を沈める。
本来であればソファへだらりと体を預けることは行儀が良いとは言い難いが、今日に限っては誰もそれを口にすることはない。

「サンは王太后様……メラン様のこと、知っていましたか?」

「いえ。私とペリー、アレクが来た頃には、魔王様はお一人でしたから」

「お一人?」

「ええ。魔王を受け継いだ者は、その前にいた国民を受け継ぐものですが、臣下は自分で見つけるものなんです」

当時は魔族自体そんなに多くなく、また、人間の国との争いも多かったこともあり、魔族は減っていく一方であったという。

「私達は産まれてすぐは両親と過ごしていたんですが、すぐに戦争で死んでしまいまして。孤児として過ごしていた所を魔王様に拾われたんです」

大昔は大陸外の孤島数個にも戦争から逃げた魔族が住んでいたらしく、サンやペリー、アレクはその内のどれかにいたという。
今はそれに影響された土地の一部では魔物が生まれているらしい。しかし海に落ちれば溺れ死んでしまうようなものばかりなので、渡ってくる者はいないということだ。

「そちらで魔族は生まれないのですか?」

「極稀に生まれます。なのでたまに魔王様が視察に行ったりして確認しています」

ほとんどは気付かずそのまま育つが、魔物の中には魔族に気付き、恐れ、殺す者もいるという。

「最初魔王様は臣下を持たないようにしていたようです」

「そうなのですか?」

今は城中に色々な魔族がいるため、意外であった。

「昔の魔王様は、あまり誰かと行動を共にするのがお好きではなかったのですよ」

探しに行くのも面倒だと思っていたらしいと聞き、言いそうだと思いアルクリスタは思わず口元に笑みを作る。

「こちらに来た当初は私達も礼儀作法など知らず、大変苦労しました」

サンは当時を思い出しているのか、珍しく微笑みながら話してくれた。

「魔王様は私達のような孤児を探し、教育を施してくれたんです。心変わりの理由は知りませんが……」

それでも親のいないサンやペリー、アレク……孤児の皆は喜んだそうだ。

「ノワール様が慕われる訳がわかりますわね」

「私達にとって魔王様は、大切な主人であると同時に親のようなものですから」

穏やかな表情のサンにアルクリスタは頷いた。

「それにしても、何故王太后様のことを?」

「それは……その……」

歯切れの悪いアルクリスタに何か気付いたのか、一瞬イタズラっ子のような笑顔を見せたサンの顔は、当たり前なのだがペリーにそっくりであった。

「……やはり婚約者の親御様というものは気になるものなのですね」

サンの見透かしたような言葉に、アルクリスタは頷いた。

「あのご様子であれば、嫌われているということはないでしょうけれど……。少しでも知りたいのですわ」

「そうですね……私達も魔王様のご家族に関してはほとんど知らないのです。でもアルクリスタ様にであれば、魔王様もお話してくださると思いますよ」

「そうですわね。今度お聞きしてみますわ」

お茶をすっかり飲み終わり、寝る準備も整えた。
アルクリスタは疲れた体をベッドに沈め、ゆっくりと眠りにつく。
相当疲れていたのか、サンが灯りを消し部屋を出る前には寝息を立てていた。

「おやすみなさいませ、アルクリスタ様」

サンは静かに部屋の扉を閉め、自室へと帰って行った。





また、夢だ。
ミルクのように滑らかな白が周囲を覆い、その中にポツンと一人佇む。
前にも見たことのある、夢の景色。

しかし前のように、鈴のような声は聞こえない。
静かな、自分の鼓動の音すら聞こえない、無音。

不意に、金属が共鳴するような甲高い小さな音が聞こえた。
それは背後から、だんだんと近付いてくる。

振り向くと、暗い、暗い……底の見えない暗闇が、迫ってきていた。
すぐに暗闇が体を呑み込み、思わず目を瞑る。
暗闇に呑み込まれる瞬間、不愉快な、甲高い金属の音が周囲を支配して、立っているのかすらわからなくなった。

音が去り、目を開ける。
見えたのは………────透き通るような、青。

直後目の前が、黒く染まった。










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