白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第2章8話




「最大で行く範囲は最初アルクリスタ様がいたという大木までにします。あそこであれば人間の国と城の中間なので何かあっても早々城が見つかることもないでしょう」

「まぁ……」

サンが話すのを聞きながらアルクリスタ達は城を出る。
アルクリスタは城の庭園を初めて見て、その美しさに声を上げた。

「魔王城というにはあまりにも美しいですわ……」

アルクリスタの部屋は結構な高さがありこの庭園を一望できそうだが、大木が数本窓の近くに立っておりうまく庭園を隠していたようだ。

「元はこれほど手入れはされてなかったの。アリー様が来て、いつかは見せるつもりだったみたいよ。それにほら」

ペリーが指し示した方を見遣ると、微かだが覗く東屋が見える。

「あれは……」

「人間の国でアリー様が気に入っていたから、早急に作るように一旦城に戻って来て作らせたのよ。魔族総出で作らせたけれどまだ完成してないの。だからこのことはまだ秘密、ね?」

パチンと可愛らしくウインクするペリーにアルクリスタは微笑んで頷いた。

(城で一旦いなくなったのはそういうことですのね)

あの時は正直一人にされてどうしたものかと思ったが、そういうことなら許そうとアルクリスタは内心思ったのだった。

「それにしても……」

門を出てしばらく歩くと、アルクリスタは不思議に思いサンを見上げる。

「城から一直線に道があるようですが、大丈夫なのですか?」

門からアルクリスタ達が歩く方向に向かって道が一直線に続いていた。
別れ道が見当たらないことにアルクリスタは首を傾げる。

「そうですね……アルクリスタ様は何故森が黒いかご存知ですか?」

サンの問の真意がわからず首を傾げながら答えた。

「魔族の持つ魔力が森の木に影響したからだ、と」

「ええ、そうです。魔力は木だけでなく草花にも影響を与えています。草花のほとんどは色は変わらなかったのですが……それぞれ生命を得たようで、意思疎通はできないのですがこうやって魔族に害無き者には道を開いてくれるようになったのです」

「害無き者っていうのは、魔族はもちろん魔力を保有する者……エルフ族や一部人間族、魔族に対して敵意のない者ね。草花は結界にも良い影響を与えてるのよ」

サンの説明にペリーが補足を加えた。

「結界にもですか?」

「結界の中の草花がそこを歩く者を判別して、動物はもちろん魔物や人間を感知して知らせてくれるんです。動物や魔物であれば害がない限り基本的に干渉しませんが、人間は感知し次第対応しなければいけないので大変助かってます」

「なるほど……あら」

サンの話を聞きながらアルクリスタは少し先に綺麗な花を見つけ、サンを追い越し小走りで近付く。

「行きたい場所に向かい道を示してはくれますが、危険がないとは限りません。彼らは道を開き、何者かが侵入した時に知らせるだけですので」

お気をつけください、とサンが続けようとした時、アルクリスタの短い悲鳴が響いた。

「アルクリスタ様!」

サンが手を伸ばすも、アルクリスタの腕をかするだけに終わる。

「っ!」

ペリーは目に見えない速さでサンよりも先に動き出し、アルクリスタを抱き上げていた。

「姉さん……良かった……」

サンがほっと胸を撫で下ろし、ペリーも息を吐く。

「す……すみません……道が途切れていて……」

「いえ、私達ももう少し警戒すべきでした。申し訳ありません」

驚きで未だに鳴り止まない胸を抑え、アルクリスタは頭を下げた。
ペリーとサンも眉を下げて謝罪する。

「私が飛び出したのが悪かったのですわ。今後は気をつけますね」

申し訳無さげにサンのメイド服を掴み見上げてくるアルクリスタにサンは内心でぐっと息を詰まらせた。

「……今後は私を追い越さないようにお願い致します。何かあれば仰ってください」

「わかりましたわ」

コクリと頷き、アルクリスタは大人しくサンの後ろに回る。

「サン、あちらにとても綺麗な花を見つけたのですわ。あれはどこにでも咲いているのかしら?」

「花、ですか?……ああ、あれですね。あれはそうですね……大木の近くにも咲いていたと思います」

「良かったですわ。でしたら帰りに摘んでノワール様へお土産にしましょう」

ニコニコと楽しげに微笑むアルクリスタにサンとペリーも微笑んで頷いた。

そこからは何か起こるわけでも、魔物に遭遇するでもなく順調に大木へ近付いていった。

「転移魔法を使わずにここまで歩くのはしばらくぶりね」

「覚えてしまえば転移魔法が楽だものね」

疲れちゃった、というペリーの顔には疲労の色はない。

「もうすぐですがこの辺りに先程の花があるので、休憩がてら見てみますか?」

サンの言葉に喜んで頷き、3人は花のあるという場所に向かった。

「まぁ……」

一面に広がる花畑に、ペリーが感嘆の声をあげる。

「色とりどりですわね。とっても綺麗……」

うっとりと花畑を見つめるアルクリスタの横顔は花の精かと見紛う程に美しい。

「……アルクリスタ様はとても……とてもお美しいですね」

思わずサンがアルクリスタに向かいそう言った。

「あら……ありがとうございますわ」

ふわりと笑むアルクリスタは更に美しく、サンもペリーも声を出すことも忘れ見惚れる。

どれ程休憩していたのか、気付けば太陽は頭の上を通り過ぎていた。

「そろそろ大木の方へ参りますか?」

「そうですわね。また帰りに寄ってから摘んで行きます」

ドレスについた土を軽く払って取り、また歩き出す。

「あら、思ったよりも近いのね」

ペリーの言う通り、歩いて数分もすれば見たことのある大木へと着いた。

「やっぱり、何度見ても大きいですわね」

夜に溶けるような漆黒は、昼間見れば浮いてしまうような黒さだ。

「こちらで昼食になさいますか?」

「お願いしますわ」

大木に腰掛け、サンが持って来てくれたサンドイッチを囲む。

「外は気持ちがいいですわね」

思い切り空気を吸い込み、アルクリスタはサンドイッチに齧り付いた。

「美味しいですわ。お肉はハイピボアのお肉ですか?」

「はい。先日お出しした時によく召し上がってらっしゃったので本日もご用意致しました。お茶はリラックスできるハーブティーをどうぞ」

「そういえば……」

サンドイッチを食べながら先程までニコニコとしていたアルクリスタは、少しだけ残念そうな顔になる。

「どうされました?」

「……ノワール様が私の生家へ行くと仰っていましたが、いつ行くのか聞いていなかったので……。帰る時にと仰っていましたが、もう森には帰ってきてしまいましたし。行くのなら早目に心の準備がしたくて……」

昨日の夕食時土産を買いに生家へ行くと言っていたのをお茶の話で思い出したのだ。

「そうですね……他国へ行く前には行かれると思いますよ。やはり魔王様も森の様子が気になっていたのだと思いますし、アルクリスタ様が緊張してしまうお気持ちも考えておいでだと思います」

「確かにそうですわね……ありがとうございますわ」

確かにアルクリスタも帰りにサッと寄って帰る、という気分ではなかったため、サンの言う通りの気遣いであれば喜ばしいことであった。

「ノワール様に限ってあり得ませんが、行く気がないのかと心配してしまって……」

アルクリスタは何度か似たようなことを公爵にされていたため、もしかするとノワールも……と、少し不安になっていたのである。

「ノワール様が行くと言ったのであれば信じて大丈夫だと思います」

サンの言葉に頷き、またサンドイッチを頬張っているとペリーが口を開いた。

「アリー様の生家へ行かれるの?」

「ええ、城でそういう話になって行くことになったんです」

「私も行きたーい」

むーっと膨れるペリーにアルクリスタは苦笑してしまう。

「姉さんにメイド業ができるのなら私の代わりに行ってもいいとお許しが出るんじゃない?」

サンがピシリとそう言うと、ペリーは黙ってしまった。

「ま、まぁまぁ……。ペリー様はあまり人間の国に出たことはないのですか?」

「そうなの。私は外交向きでもないし、戦闘が主だから出ることがなくって。密偵なんかも向いてないのよねぇ」

「人間の国に行ってみたいのですか?」

アルクリスタの言葉にペリーは大きく頷く。

「何度かは見たことがあるけれど、やっぱり時代によって変わるじゃない?だから本当は国王が変わる度に行ったりしたいのだけど、あまり安全とは言い難いから無闇矢鱈に森を出ることはできないの」

だから機会があれば、と続けるペリーの瞳はキラキラと輝いている。

「そうなのですね……魔族は基本的に人間が嫌いだと思ってましたわ」

城ではそれなりの対応を取られていたアルクリスタは素直に思ったことを口に出した。

「そうね、魔族の8割は人間嫌いだと思うわ。けれど残りの2割は人間に興味を持ってるの。やっぱり自分とは違う存在だし、気になるじゃない?」

「なるほど……」

最後の一口を頬張りながら、アルクリスタは納得して頷いた。
確かにアルクリスタ自身も、自分とは違う魔族という存在に興味があったからだ。

「それにしても、ここは気持ちいいわねぇ」

立ち上がりぐっと伸びをするペリーを微笑ましく見ていると、瞬間。
目の前からペリーが消えた。

「!アルクリスタ様!」

抱えていたバスケットを投げ捨て、すぐにサンがアルクリスタを背後に退かす。

「……何者だ」

どこから出したのか、サンの手には両刃の先が尖った武器────所謂くない────が握られていた。

「んんん〜〜〜」

切迫したこちらの雰囲気とは全く異なった、間延びしたような声が聞こえたかと思うと、大木の切り株の向こう側。アルクリスタ達からは見えなかった場所に、伸びをする少女が現れた。

「はぁ……お主ら、うるさいのじゃ」

立ち上がった少女は黒と赤を中心に、様々なフリルや宝石をあしらった美しいドレスを着ている。
大きくぱっちりとした瞳は真っ赤に染まり、唇も同じく綺麗な赤の紅を引いているようだ。漆黒の髪は真っ直ぐ後ろに流し、頭にはフリルの沢山ついたヘッドドレスをつけている。

所謂ゴスロリと呼ばれるようなドレスを身に纏った美少女が、そこにはいた。

「ったた……」

気付けば何本も倒れていた木々をくぐり抜けながら、ペリーが戻って来た。

「姉さん、油断しないで」

「わかってるわよ。でもあの子……気配がない」

サンとペリーはアルクリスタを庇うように前に立った。
ペリーの手にはいつの間にか両刃の大剣が握られている。
どれだけの重さかわからないが、ペリーはそれを軽々と手の中で回転させた。

「お嬢さん、まずは何故私に攻撃を仕掛けたのかお聞きしてもいいかしら?」

ペリーはいつものような優しい口調だが、体の重心はいつ攻撃をされてもいいように動かし続けている。

「何故って……どう考えても妾の睡眠の邪魔だからに決まっておろう」

可愛らしい声と見た目にそぐわない口調で少女は言った。

「それは申し訳ないと思うわ。けれどまさか攻撃する程とは思わないのだけれど」

「なに、眠気覚ましの一発じゃ。それ程力も入っておらなんだし、そこの小娘を狙ったわけでもない。お主だったら大丈夫だろうと思ったんじゃが……違ったか?」

挑発するように鼻で笑う少女にペリーは内心舌打ちしつつ、笑顔で返す。

「いいえ、大丈夫よ。良ければこれでお互い手を引きましょう。私達も帰るわ」

できるだけアルクリスタに目が行かないようペリーは語りながら、サンに目配せする。

「人と話すとき、特に攻撃を仕掛けてきた相手から目を離すとは何事かや」

後ろで声がしたかと思うと、アルクリスタの短い悲鳴が聞こえた。

「っ!」

「妾は無礼者は嫌いじゃ」

気付けば少女はアルクリスタの背後に周り、身長が然程変わらないアルクリスタの腕を捻り上げていた。

「アリー様!」

「貴様……っ!」

サンが走り出そうとするのを少女は手を前に出すことで制止した。

「今動くことは正に悪手。それもわからぬか?」

ぐ……と拳を握り、サンは立ち止まる。

「なに、わかれば良いのじゃ……っと」

少女の手の中でアルクリスタは藻掻き、力のままに体をよじる。

「そんなに暴れれば怪我をしてしまうぞ」

少女はアルクリスタの力に逆らわず手を放した。

「なに、危害は加えぬ。しかしお主、その臭い……人間か?」

興味深げにアルクリスタの顔を覗き込む少女の肌は、毛穴のない真っ白な陶器のようだ。

「ふーむ……なるほどのぉ……。中々に面白い小娘じゃ」

アルクリスタの瞳をじっと見つめニコリと笑ったかと思うと、ふわりと離れる。

「良い良い。実に気分が良いわ。今日はこれくらいで退散するとするかの」

ニコニコと笑顔でそう言ったかと思うと、少女はその場で霧散するように消えた。

「また会おうぞや、小娘よ」

そう一言だけ残して。










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