白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第2章7話




警備以外の者が寝静まった夜遅く。
ノワールの希望でアルクリスタ達が泊まっている部屋の周辺には警備の者がいない。

蝋燭の小さな火が仄かに灯る廊下に、長く伸びる黒い影が1つ落ちた。

影はゆらりゆらりとアルクリスタの部屋の前まで行き、ピタリと立ち止まる。
しばらく動かず、ただ扉を眺めているようである。
影は反対を向き、ノワールの部屋の扉を見る。
またしばらく眺め、アルクリスタの部屋の扉に向き直った。

影の主は懐から蝋燭に反射してキラリと光る鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
カチリと小さく響く音に一瞬止まり、物音が聞こえてこないことを確認して扉を開けた。
木製の扉がキィィと鳴るが、部屋の主であるアルクリスタには聞こえていないようであった。

小さな寝息が聞こえてくる。
カーテンが少しだけ開いており、アルクリスタの綺麗な顔に微かに月光がさしている。
コツ、コツ、コツ……と、小さな足音はアルクリスタのベッド横に近付いた。
月光が影の主の足元まで届いている。

侵入者はしばしアルクリスタを見つめ、動き出した。
まずは枕元へ。
物音を立てない程度に漁り、目的のものがないことがわかると次の場所へ。
そうやって侵入者は部屋を一周する。
最後に、鏡台へ近付く。
そこにはノワールの送ったチョーカーと小瓶が置いてあった。

侵入者は小瓶を手に取り、その美しさに感嘆のため息を溢した。
光がなくても薄ぼんやりと光るそれは、宝石にも劣らない価値があると一目でわかる。
侵入者はそれを懐に入れ、次にチョーカーを手に取った。

チョーカーはぱっと見ただけではそれ程装飾がされているようには見えないが、近くで見ればレースや刺繍など細やかな装飾が施されていることがよく分かる。
派手さはないが上品な美しさをもつアルクリスタにぴったりの品だ。

侵入者はそれが目的だったのか、その2つを懐に仕舞うとそっと部屋を出て鍵を閉めた。
そのまま来た道を引き返すように歩き出すと……首筋に、ヒヤリとした感触を感じる。

「動けば殺します」

気配は、一切ない。今こうして首筋に獲物を突き付けられていても、だ。

「何者……だ……」

首が切れないよう侵入者は慎重に問うた。

「こちらの台詞です。あの部屋で一体なにを?」

感情のない声は女性のそれだ。

「……何も。ただの見回りで……っ」

白を切ろうとするも、更に獲物を突き付けられ喋れなくなる。

「獲ったものを床に」

視線も威圧もないが、有無を言わさぬ声に大人しく小瓶を床に置いた。

「それだけですか?」

声に頷くと、首の皮が少し切られ鋭い痛みが走る。

「く……」

チョーカーも置くと、獲物がなくなるのを感じる。

「良いでしょう。消えてください」

気配がないためいなくなったのかもわからず、侵入者は恐ろしさに足をもつれさせながら走って逃げた。

声の主であるサンは、床に置かれたアルクリスタの小瓶とチョーカーを綺麗にしてから元に戻した。
他に不穏な気配がないことを確認し、サンも部屋へ戻り床に着く。

夜が明け、アルクリスタはサンに選んでもらったドレスへ着替える。
今日のドレスは動くこともあるだろうからとマーメイドラインの大人っぽいものにしてもらった。袖は小さなフリルがついたレースになっている。

「アルクリスタ様、そろそろお時間です」

チョーカーをつけてもらい、小瓶を仕舞う。
昨日見たときよりも綺麗な気がしたが、気のせいだろうと気にしない。

「参りましょう」

部屋を綺麗にしてから出ると、既にノワールが待っていた。
昨夜のことを思い気恥ずかしさでアルクリスタが目を落とすと、昨日貰った指輪が目に入った。

「おはようございますわ、ノワール様……」

「おはよう、アルクリスタ」

変わらないノワールにアルクリスタはほっとして、いつも通り抱えられて進む。
初めて2人を見た使用人達は一瞬驚いて見るが、客人であることを考えすぐに目を逸らしていた。

「ノワール様、最後くらい降ろして頂きたいのですわ……」

アルクリスタはそう言うが、ノワールはクスリと笑い首を振った。

「また来ることになるのだから気にするな」

理由になってないと思ったが、アルクリスタはもういいかと諦めてしまう。
国王も対して気にしていないようであったし、カライスからも言われていないのだからと腹を括った。

謁見の間へ着くと、騎士が扉を開けてくれた。

「おお、もう行くのか」

身支度を整えた2人を見て国王は気軽に声をかけてくれる。

「ああ。一晩世話になったな。それと……」

ノワールは一旦アルクリスタを降ろし、国王に近付く。
近衛兵がすぐに前に立つが、国王が下がらせる。
ノワールは国王に耳打ちするように顔を近付けた。

「……昨晩アルクリスタの部屋に賊が入っ
た」

国王にしか届かない声で言われた内容に、国王は目を見張る。

「誰かはわかっている。見逃してやったのでそちらでいいように使ってくれ」

ノワールはそのまま誰かを教え、アルクリスタの元へ戻った。
国王の額には青筋が2つ、くっきりと浮いていた。
周囲の貴族は普段温和な国王のそんな表情に驚きノワールを見る。

「世話になった礼だよ。また来る。次はもう少し進展させてくれてるといいが」

「ああ、ありがとう。進展は望めるかわからぬが……また待っている。さらばだ」

怒りの矛先がノワールでなく、誰なのかわからない周囲の貴族は恐る恐る国王とノワールを交互に見ていた。

「帰るか」

アルクリスタを抱き上げ退出しようとノワールが歩き出すと、貴族の中から小太りの男が出てくる。アダマース公爵だ。

「アルクリスタ!」

表情は優しげだが、目には怒りがはっきりとにじんでいた。

「ひっ……」

アルクリスタは小さな悲鳴を上げノワールの服を握り締める。

「アルクリスタ」

ノワールに名を呼ばれ顔を向けると、額に口付けされる。
その光景に周囲は静まり返り、一気にざわめき出した。

「エブル殿下は……」
「やはり手付きに……」
「卑しい令嬢が……」
「公爵家の娘が……」

公爵は顔を真っ赤にしノワール達に近付いてくるが、ノワールは見向きもしない。

「俺のものが人間なぞ気にするな」

優しい瞳にアルクリスタは頷き、周囲が見えないようにノワールの首筋に顔を埋めた。
それに更にざわつく貴族たち。

「アルクリスタ!」

国王の前であることなど忘れているのか公爵が大声を出す。
ノワールは気にせず公爵を通り過ぎるが、公爵はそれに怒りノワールの服を掴む。

「無礼者が」

いつの間にそこにいたのか、サンが公爵の手を払い除けた。

「参りましょう」

そのまま公爵を一瞥いちべつし、歩き出す。

「このっ……使用人風情が……!」

「止めぬか!」

公爵が怒鳴り声を上げた直後、国王が被せるように声を張り上げた。

「アダマース公爵よ。お主、国賓に何をしておる?そなたの行為によりこの国に仇成す気か?」

真面目な国王の声に公爵は慌て、膝をついた。

「も、申し訳ありませぬ!しかし娘が……」

「アルクリスタ嬢に関することは、次にノワール殿がこの国に来た時にゆっくり話すとしよう。生きていることはわかったし、あの様子だ。手酷い扱いを受けているようには見えぬ。ノワール殿、失礼した」

「構わん。公爵殿も、うちの者が失礼したな」

美しく微笑み、ノワールはそのまま城を後にする。
公爵はそれ以上声をかけることができず、悔しそうに3人を見送った。

「ノワール様、ありがとうございます」

あの場で体が震え声を上げそうになったアルクリスタは、抑えてくれたノワールにお礼を言う。

「いい。あれで馬鹿皇子との婚約も前向きに破棄へ向かうだろう。ただ、貴族共から心無い言葉も飛んでしまったな……すまない」

ノワールは少し申し訳ない表情を見せてアルクリスタを撫でてから、国王が用意した馬車へ乗り込む。
これで東門まで送ってもらうことになっている。

「アルクリスタ!」

カライスが城入り口の階段から走って馬車までやって来た。

「貴族には父上から、エブルとの婚約破棄の件や今回のことを軽く話して貰えそうだよ。けど、正式なことはまだその……証拠が……揃っていないから、決定できないと思う。ただ、チャルロイトのこともあるしアルクリスタが無事なのを皆見ているから、前ほど騒がしいことにはならないと思う」

息を整えると一気にそこまで話し、カライスは笑顔を作った。

「行ってらっしゃい、アリー。元気でね。また帰ってきてくれ」

「ええ、カライス殿下もお元気で。行ってきますわ」

握手を交わし、アルクリスタも馬車に乗り込み出発した。

「……アリー……」

カライスは馬車が見えなくなるまで見送り、城へと戻って行った。



「本当にこちらでよろしいのですか?」

馬車は森の入り口で止まっている。
御車台おしゃだいには国王の近衛兵の一人が乗っており、事情は知らずとも口が固いことはお墨付きだ。

「大丈夫だ。手間をかけたな」

「いえ!失礼します」

多くは言わず、そのまま馬車は国へ帰って行った。

「さぁ、俺たちも帰ろう」

「はい」

城の入り口へ転移すると、周囲に数人の魔族がいた。

「魔王様!」

一人が声を上げると、次々に魔族が集まってくる。

「魔王様!お帰りなさいませ!」
「魔王様!!」

あっという間に数100人に囲まれてしまった。

「皆仕事に戻れ!」

奥から聞き慣れた声が上がり、魔族達は慌てて仕事に戻って行く。

「魔王様、お帰りなさいませ」

城から嬉しそうなペリーと少し疲れた様子のアレクが歩いてくる。
ペリーはアルクリスタを見つけると一目散に駆け出した。

「アリー様!お帰りなさいませ!」

ノワールが降ろしたアルクリスタに勢いよく抱き着く。

「わわ!ペリー様……ただいま帰りましたわ」

「姉さん、アルクリスタ様が苦しそうなのでそろそろ……」

ペリーはいつまでもスリスリとアルクリスタに頬ずりしている。

「あら、いいじゃない」

うふふ、と抱き上げたり回したり、好き放題だ。

「わわわ!ペリー様ぁあぁぁ!」

アルクリスタは心なしか目が回っているようである。

「そこまでだ」

ノワールがアルクリスタを抱き止め、ペリーから引き離す。

「嫌だわ!魔王様ったらヤキモチですかぁ?」

ペリーがニヤニヤしながら聞くと、ノワールは深いため息をついた。

「ペリー、ここはまだ入り口だぞ。魔王様、すみません」

アレクはペリーの首を掴み抱えようとするが、如何せん身長さがあるので諦めて引きる。

「アレク!扱いが雑すぎない!?」

ぷくーっと頬を膨らませ抗議するが、抵抗しない様子を見るとこれがアレクとペリーなりの交流の仕方らしい。

「アレク、すまないな」

「いえ、ただの気疲れですのでお気になさらず。まさかたった1日で帰ってくるとは思わなかったので」

苦笑のアレクにノワールも苦笑で返した。
ノワール自身もまさかあっという間に話が纏まるとは思っていなかったのだ。

「数日後に今回行った国とは別の国に行く予定ができた」

「……まだゆっくりはできなさそうですね」

「アズレイト帝国とは今の所うまくやっていけそうだ」

アルクリスタはノワールに抱きかかえられたまま2人の会話を聞く。

「……こう見ると、アレクサンドライト様はその……お小さいのですわね……」

おずおずとだが思ったことを言う。
魔族は人間よりも背の高いイメージがあったが、アレクはアルクリスタより20cm程高いとは言え童顔も合わさり少年に見える。

「……一応私にも気にしていることくらいあるのですが……」

てっきり怒られるかと思ったが、アレクは思いの外落ち込んでしまったようだった。

「ああ……!すみません……とてもお若く見えるので……その……」

「いえ……よく言われますので……こう見えてもペリーより200年は長生きしてるんですがね……」

「ええ!?」

驚くアルクリスタには何の反応もくれず、落ち込んでいるアレクに続いて一行は執務室へ向かう。

「書類仕事は今の所8割くらい残っています。魔物の処理の方は訓練も兼ねて数部隊向かわせましたが負傷者数名程度で完遂しました。情報部隊からは早速数個報告が上がっています」

「ああ。……アルクリスタ、俺は仕事があるから今日は部屋でゆっくりしててくれるか?」

「わかりましたわ」

部屋の前で降ろしてもらい、サンと2人で部屋へ戻った。
ペリーは欠伸をしながらアレクに引き摺られて行ってしまう。

「まさかアレクサンドライト様があんなに年上だったとは……」

「アレクは童顔ですので。けれど魔族で500歳程度はそこまですごくはないのですけれどね」

(アレクサンドライト様が500歳と考えるとペリー様とサンは……)

アルクリスタはそこまで考えてやめた。

「アルクリスタ様、魔王様にお聞きして近くの森を散策されてみますか?」

部屋へ入りあまりやることがなくなったため、アルクリスタは数日前にいくつか貰った本を読んでいた。
既に9割方読み終わっており次に何をしようかと考えていた時に、先程のことをサンが提案してきた。

「いいんですの?」

「魔王様のお許しが頂ければ、ですが。魔物の処理は行われたようですし近場なら問題ないかと」

初めて森に来た日以外まともに見て回ったことがなかったアルクリスタは、急いで執務室へ向かう。

「失礼します」

軽くノックをし、執務室へ入る。
ノワールは書類の山に隠れて見えないが、アルクリスタの声に反応し顔を覗かせた。

「お忙しい所申し訳ありませんわ……」

「どうした?」

忙しいはずなのに優しく微笑むノワールに少し申し訳なく思いながら、アルクリスタはサンと共に森へ散歩に行ってもいいかを聞いた。

「うーん……」

「処理をしたと言ってもいるにはいますからね」

アレクも考え込む。
魔物は人間の女子供がそう簡単に倒せる相手ではないからだ。

「じゃあ私も今日の仕事は一段落ついたし、同行するのはどう?」

アレクの対面のソファで伸びをしてから、ペリーが提案した。

「ある程度処理の終わった魔物たちは今の所大人しいでしょうし、私とサン2人もついてれば大丈夫だと思いますわ」

コキコキと固まった関節を鳴らしながらペリーが立ち上がる。

「うむ……まぁ、2人がつくならいいか。気を付けるんだぞ」

ノワールはアルクリスタがいる方まで歩いてきて、頭に手を置いた。

「……ノワール様、お父様みたいですわ」

アルクリスタは思わずクスクスと笑ってしまった。

「お、お父様……?」

父という言葉に、ペリーはもちろんアレクやサンまで小さくプルプルと震えている。

「……俺はお父様じゃないぞ」

「はい。ノワール様は……旦那様ですものね」

ふふ、とまだ笑いながら言うアルクリスタの言葉に、ノワールは頬を染めた。

「はいはい!イチャイチャはその辺にして、早く行きましょ!」

急に甘ったるい空気が流れたのをペリーが無理矢理ぶち壊し、アルクリスタを抱き上げる。

「ペリー様!?」

「私も一度アリー様を抱っこしてみたかったのよね」

サンはため息をつくだけで、アルクリスタはペリーに抱きかかえられたまま城を出て行った。

「旦那様……」

3人が出て行った執務室では、未だにノワールがぼーっとしていた。

「魔王様」

アレクがニコリと笑顔でノワールを見るとすぐに仕事に戻る。

「……しばらく頑張れそうだ」

ノワールはアルクリスタの笑顔と言葉を思い出しながら、仕事をこなしていった。










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