白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第2章6話




日が落ち辺りが暗くなった頃、サピロスからの迎えが来た。

「陛下がお待ちです」

さすが城仕えのメイドであり、所作はもちろん笑顔まで完璧である。

「アルクリスタ」

「……はい」

差し出された手に躊躇しながらも体を預けた。

「ノワール様……本当にこれで行くんですか?」

「当たり前だ」

アルクリスタは国王陛下との食事に抱っこされて行くというのは無礼にならないだろうかと思うが、既に何度も似たようなことをしているため今更かとため息をつく。

「こちらです」

大きな木製の扉をメイドが開くと、そこには領地にいる第2皇子以外の皇族全員が揃っていた。そして……何故かチャルロイトも。

「遅いぞ!俺達皇族よりも遅れてくるとは!それに普通は入って来て礼をとるのが……」

「エブル」

また何か喚こうとしていたエブルにサピロスは声をかけるだけで大人しくさせた。

「さあ、揃った所で食事を始めよう」

サピロスがにこやかにそう言うと、すぐに目の前に様々な料理が運ばれて来る。

「アズレイト帝国へようこそ、ノワール殿。うち自慢のシェフが丹精込めて作らせてもらった。口に合うといいが」

「食材は全てこの国で採れたものですの」

さすがは皇族の食事というだけあり、食材は全て最高級品であった。

「王妃様ぁ。これとぉっても美味しいですわぁ」

チャルロイトが猫なで声で王妃に声をかけるが、王妃は笑顔で返すだけである。
さすがというか、表情に嫌悪感は全く出ていない。

「アルクリスタ様、こちらはアルクリスタ様の生家の領地から取り寄せた茶葉ですのよ」

王妃はチャルロイトには一言もかけることなくアルクリスタに向き直る。
チャルロイトはそれに明らかに嫌な顔をしており、アルクリスタを睨んできた。

「懐かしい気がしたのはそういうことでしたのね。とても美味しいですわ。ありがとうございます」

チャルロイトの視線を感じたままだが、隣にノワールがいることが心強くあまり気にならなかった。

「確かにこのお茶は美味しいな。挨拶の時に買って帰ろう」

ノワールはアルクリスタに向かってにこやかに言う。

「いいんですか?」

「ああ。どうせ行かなければいけないからな」

「そうでしたわ……」

実親に会うのは数十年ぶりであるアルクリスタは、一瞬緊張してしまった。

(すぐというわけではないですわ……大丈夫)

軽く深呼吸し、食事に意識を戻した。

「アルクリスタ様のお生まれになった場所のお茶ですのねぇ」

チャルロイトがアルクリスタに声をかけてくる。

「ええ。一応国では……」

「どうりで安っぽいと思いましたわぁ」

アルクリスタの言葉に被せるようにそう言ったチャルロイトに、エブル含むその場の全員が凍りついた。
当の本人は言ってやったというようにニヤニヤしている。

「……まぁまぁ」

王妃様が先程とは違う冷たい笑顔をチャルロイトに向けた。
それに気付かないのか、チャルロイトは未だにニコニコしている。

「チャルロイト様。こちらのお茶はお気に召しませんでしたの?」

「あ、違いますわぁ!いつも頂くお茶よりも違うなぁと思ったんですのぉ。さすがアルクリスタ様のお生まれになった場所のお茶というかぁ」

弁解しているようだが、それは自分の墓穴を掘るだけだったようだ。
エブルすらもうやめろという顔でチャルロイトを見ている。

「チャルロイト様」

カライスが王子様のようなキラキラした笑顔でチャルロイトに声をかけた。

「はぁい?」

その笑顔を向けられたチャルロイトは少し頬を染めている。

「アルクリスタ様の出自をご存知で?」

「知りませんわぁ。どうせ片田舎でしょう?公爵家に養子入りなんて羨ましいですわぁ」

厭味ったらしくニヤニヤとアルクリスタを見るチャルロイトは、周囲が冷めた視線を送っていることに未だに気付いていない。
サピロスに至ってはもう面白いのか笑いを堪えていた。

「……アルクリスタ様はカメリア領に住む紅茶の名家アウイン子爵家のご息女だったんですよ」

今度はカライスが言ってやったというような顔になった。心なしかその表情は清々しい気がする。

「え……」

カメリア領。国で唯一皇族公認茶葉の称号をたまわっている領地だ。

アウイン子爵家はカメリア伯爵家と親戚であり、先代まであまり目立つことなく准男爵までの叙爵だったが、現在の子爵であるアルクリスタの実父アニクスが実力で子爵までのし上がり、更なる成長もあると期待されている貴族だ。
アウイン子爵家は貴族には珍しく茶葉を自家栽培していることでも有名である。

アルクリスタの出自はわりかし有名ではあったのだが、チャルロイトはそれすらも知らなかったようだ。
口を魚のようにパクパクとしてアルクリスタを見ている。

「皇族は安っぽいお茶を好みますの。お口に合わなくて申し訳ありませんわ」

笑顔でチャルロイトを見る王妃の瞳は冷たく、それでいてどこか楽しそうであった。

「え、ええとぉ……私、今日は少し具合が……失礼しますわ」

冷や汗を大量にかきながら、チャルロイトは足早にその場を後にした。

「チャル!」

エブルもその背を追って部屋を出る。
足音が聞こえなくなった所で、急にサピロスが大声で笑い始めた。

「陛下、お食事中ですわよ」

そう言う王妃の口元にも堪え切れていない笑顔があった。

「まさかあそこまで何も知らないとは驚きましたわ」

アルクリスタに関しては、すごく微妙な顔をしている。

「王妃候補と名乗るのに情報不足はねぇ」

カライスはクスクスと笑いながらアルクリスタに言った。

「……国王よ」

そんな中、ノワールは真顔でサピロスへ声をかける。

「ん?なんだ?」

ノワールの声音に先程までの笑顔は消え、そこには国王としてのサピロスがいた。

「昼間の件はカライスから聞いたか」

内容までは言わないが、それだけで国王には伝わったようだった。

「ああ。……本当に再度、申し訳ない」

頭を下げる国王に、アルクリスタの方が焦ってしまう。

「いえ、あの……」

「アルクリスタが止めなければ今すぐにでも国を滅ぼそうかと思ったぞ」

冗談なのかわからないが、如何せん本当にできるからこそ恐ろしい。ノワールとサン以外、全員が冷や汗をかいた。

「……明日、国を出る」

ノワールはそれだけ言うと、その後は黙ったまま食事を終えた。
アルクリスタはというと、終始他愛もない話をして過ごした。

「長い時間話してしまったな。もう夜も遅い。明日は早いだろうから今日はこれくらいにしておこう」

サピロスのその言葉で、皇族に囲まれた晩餐会は終わった。

部屋に着き、疲れた体をベッドに沈める。

「アルクリスタ様、お召変えを。お行儀が悪いですよ」

サンはそう言いながら大きなトランクの1つからネグリジェを取り出した。

「湯浴みは明日の朝魔王様の浴場に参ります」

「わかりましたわ。サン、今日もありがとうございました」

「いえ」

髪も結い終わりそろそろ床につこうと言うところで、部屋の扉をノックされる。

「はい」

扉を開けるとノワールだった。

「すまない。寝る前に少し話がしたくて……いいか?」

困ったような優しい笑みで問われれば、断れない。

「大丈夫ですわ」

アルクリスタは部屋へ招き入れると、ソファに座る。

「もう夜も遅いのでホットミルクをどうぞ」

サンは仄かに甘い匂いのするホットミルクをアルクリスタの前に置いた。

「アルクリスタ、小瓶は持ってるか?」

魔王城に行った初日に貰った小瓶。実は肌見放さず持っていた。
魔王城にいる時は金属で出来たアクセサリーをかけるためのツリーに吊るし、出掛ける時はポケットにこっそり入れている。

「おや、本当に持っているとは……大切にしてくれてるようで嬉しい」

本当に嬉しそうに微笑まれ、アルクリスタは恥ずかしくなった。

「……ノワール様に、初めて頂けた物なので……」

ノワールというより、人から初めて思いのこもった物を貰ったのだ。大切にしないわけがない。

「そうか」

優しく頭を撫でられ、アルクリスタは胸を高鳴らせる。

(普段はもっとくっついているのに……)

愛おしそうに撫でる手には、未だに慣れない。

「持ってきていないかと思って別のものを作ってきたんだ。それに小瓶では持ち運びしにくいからな」

ノワールはポケットからピンキーリングを取り出し、アルクリスタの右手の小指につけた。

「またこんな綺麗なものを……」

「俺が贈りたいんだ」

指輪は全体的に蔦の絡まったようなデザインだ。所々に小花やルビーが散らばっている。
小花の中心には小さなルビーがはまっており、指輪の中心には一際大きなルビーが美しく輝いている。

「青色にしようかとも思ったんだが、チョーカーと一緒につけれるようにと思ってな」

「……ノワール様は、女性の好みをわかっていますのね」

少し胸がモヤモヤとしてそう言ってしまい、すぐに後悔した。

(おかしいですわ……お礼を言うべき所なのに……)

「俺がわかるのはアルクリスタのことだけだ」

真剣な表情でそう言ったノワールは、アルクリスタの額に小さく口付けた。

「チョーカーは寝る時には外すだろう?指輪なら常に身につけられるからな。湯浴みの時もつけられるようにしているから、ずっとつけていてくれ」

優しく微笑み、指輪にキスを落とす。一瞬光った気がしたが、気のせいだったのか次に見たときは光も何もなかった。

「それじゃあそろそろ……」

「あ……お待ちください」

ノワールが立ち上がろうとすると、アルクリスタは咄嗟にノワールの袖を掴んでいた。

「ん?どうした?」

座り直したノワールに、アルクリスタは目を泳がす。特に何かあったわけではなかったのだ。

「あの……ありがとうございますわ。ノワール様……」

ちらりとノワールの顔を見ると、ノワールはクスリと笑い頷いた。

「扉まで見送ってくれるか?」

「もちろんですわ」

並んですぐ傍の扉まで歩く。

「おやすみ、アルクリスタ」

「おやすみなさいですわ、ノワール様」

ノワールが扉を開け出て行こうとする。
アルクリスタはそれがなんだか寂しくて、後ろを向いたノワールの背中に抱き着いた。

「あ、アルクリスタ?」

アルクリスタが混乱しているわけでもないのに自分から抱き着くのは初めてであった。

「お、おやすみなさいませ!」

すぐにノワールを扉の外に追いやり、勢いよく扉を閉める。

「……やってしまいましたわ……」

何故自分がそうしたのかわからず、ただただ顔が熱くなっていた。

「……アルクリスタ様、そろそろ私も失礼いたします」

「あ……そ、そうでしたわ……すみません……」

サンがいたことまで気が回らず、申し訳ないと頭を下げた。

「おやすみなさいませ、アルクリスタ様」

「おやすみなさいですわ、サン」

サンに明かりを消してもらい、今度こそアルクリスタは夢の世界に身を委ねた。



ノワールがアルクリスタの部屋から出る少し前。チャルロイトとエブルはふらふらと城内を歩いていた。
チャルロイトは夕食時、アルクリスタに恥をかかされた怒りが消えないのだ。

「チャル、どこに行くんだ?」

「どこでもないですわ」

素っ気ないチャルロイトに、エブルはあの手この手で機嫌を取ろうとする。
皇子のそんな情けない様子に、チャルロイトの機嫌は収まってきていた。

(やはり男はこうでなくては)

チャルロイトにとって男とは、自分の手のひらで踊らせるものだ。
ノワールや国王、カライスのように自分を邪険にする男は邪魔にしかならない。

「そういえば、アルクリスタの部屋はこの辺だったな」

エブルの一言に、チャルロイトの怒りはまた戻ってくる。

「エブル様はぁ、やはりあの女のことがお好きなのですかぁ?」

チャルロイトは拗ねたように口を尖らせ、目には涙を溜める。

「そんなわけあるものか!俺が好きなのはチャルだけだよ」

エブルに抱き締められ、チャルロイトは内心ため息をつく。

(馬鹿皇子が。私に手間をかけさせないでよね)

「そろそろ部屋に戻りましょぉ」

アルクリスタを追い出してからというもの、チャルロイトは城に泊まり込んでいた。
もちろんエブルとは部屋は別だ。
しかしチャルロイトの身勝手さや下品さは城で働く者達に広まっており、自分が連れてきた従者以外からは遠巻きに見られるだけになっていた。

(何故あの女が……)

アルクリスタには森からやってきたノワール以外にもサンという従者がついており、城にいるものをよりもチャルロイトが連れてきた者よりも美しい。
ノワールに関しても、あまりにも美しすぎる。
城の者もアルクリスタには見るからに態度が違った。

(美しいものは私のものでなくてはならないのに)

エブルにバレないよう歯噛みしながらちらりとアルクリスタの部屋があるらしき方を見ると……丁度部屋からノワールが出て来ていた。

「あれは……」

「しっ!」

チャルロイトはエブルと影に隠れそちらを見る。
2人は2〜3言離すとノワールは部屋を出ようと後ろを向いた。すると……

「……!」

なんとアルクリスタがノワールに抱き着いたのだ。
エブルは言葉を失った。

(あいつが……あんな顔を……)

慌てて離れ扉を閉める隙間から見えたアルクリスタは、顔を真っ赤にしていた。



エブルは5歳の頃、アルクリスタと婚約を交した。
6歳で初めてアルクリスタと会った時に、なんて美しい少女だろうと思ったことを覚えている。
日に透けた髪が風になびき、輝くような金色の瞳に見据えられた時、確かにエブルはアルクリスタに恋に落ちた。

月日が経ち、2人は会う回数が減っていった。
エブルが会うのを避けたのだ。
理由は簡単だ。アルクリスタの気を引きたかったから。
出逢ったときから表情を変えないアルクリスタ。楽しそうでもなければつまらなそうでもない。
婚約を破棄しないのだから自分を嫌ってることはないと思っていた。
しかし何日経とうが向こうから声がかかることはなく、遂に会いに行った時にエブルは聞いた。

「お前は俺が好きか?」

肯定的な返事を期待していた。
まだ7歳でも皇族だ。自分の身分にも自信があった。
しかし返ってきた答えは……

「どうでもいいですわ。好きだろうが嫌いだろうが、私達は結婚します」

感情のない声。感情のない瞳。
エブルはアルクリスタが恐ろしくなった。
そして、悔しさが胸を支配した。
この女は、自分のことになど興味がないのだと。自分はこんなにも……いや、もう何もない。エブルはアルクリスタを酷く嫌悪した。

「……気味が悪い」

それだけ言い、エブルはその後アルクリスタに会いに行くことはなかった。

その後も婚約者として何度もアルクリスタと会った。しかし、お互いほとんど会話をすることもなかった。
学園に入りチャルロイトと出会い、エブルは更にアルクリスタを敬遠した。



しかしあのアルクリスタが。
自分には何の感情もくれないアルクリスタが。
あの男には表情を変えるのだ。あんなにも。

エブルの心は、じわじわと黒い気持ちに支配されていった。
隣には愛しいチャルロイトがいるはずなのに、そんなこと気にも留めない。

チャルロイトはエブルのその様子に首を傾げる。傍から見ればただぼうっとしているだけだからだ。

ノワールは2人をバレない程度にちらりと見やり、自分の部屋へ帰った。










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