白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第2章5話




「失礼します」

入ってきたのはサンだ。

「カライス殿下がお見えです」

見ると、サンの後ろでこちらを見るカライスと目が合う。

「カライス殿下!申し訳ありません、このような体勢……で……ノワール様……」

「構うな。あいつより俺の方が身分は上だろう」

腰を抱き離してくれないノワールをアルクリスタは軽く睨んでみるが、効果はないようであった。

「はは……大丈夫だよ。ノワール様と結婚すれば、アルクリスタの方が身分も上がるしね。……その時は私が君に頭を垂れる番だ」

「カライス殿下は最も王位に近い御方です!国王になられましたら、王妃といえど結局は私の方が下でございます」

苦笑するカライスに、アルクリスタは慌てた。

「……アルクリスタ……変わったね」

ふわりと美しい笑顔でそう言われ、アルクリスタは首を傾げる。

「どこか変わりましたか?」

「ああ。表情がくるくる変わる君は、初めて見たよ」

確かに、森に行ってからは毎日が目まぐるしく、今までよりも笑うことが増えたとは思う。

(前はそんなに無表情だったのかしら……)

一月も経っていないというのに、それはもう随分と前のように感じた。

「で、何をしに来たんだ?」

ノワールはアルクリスタを正面向きに座り直させながら聞く。

「ああ、そうだった……。実はエブルがあのチャルロイトという少女を連れて城を彷徨うろついているみたいなんです。もし会っても無視して逃げていいと言いに来ました」

「それならもう遅いな」

「え?」

カライスは真剣な表情のまま、どういうことかとノワールを見た。

「中庭でアルクリスタが会った。見事に絡んで来て、アルクリスタの服を……ぎ取ろうと……していたから、危うく城周辺が吹き飛ぶところだったぞ」

ノワールの言葉にカライスは、言葉もなかった。

「未婚の女性の……服を……」

(元)婚約者にしても未婚の女性を襲ったとなれば、女性は将来が……結婚がほぼ不可能となる。赤の他人の手付きとされるからだ。
男性にしてもそれが皇子となれば他よりも大きな問題となるだろう。

「それがわからぬ程の馬鹿だとは……」

呆れと怒りにカライスは皇子らしからぬ顔をしていた。

「下品な女はそれを助長していた……というか、あの女が言い出したことのようだったな」

「チャルロイトだな……。アルクリスタが目障りなのだろう。身の程知らずな……」

下品な女ですぐに出てくるのもどうかと思うが、それ程城での評判は悪かったらしい。

「このことは父上にも報告しておきます。注意が遅くなってしまい申し訳ない……」

カライスは頭を下げると足早に部屋を出て行った。

「あの馬鹿皇子は本当に国のお荷物だな」

「ええ……」

お荷物だからこそ、国を乗っ取りたい連中に利用されてしまう。

「まぁいい。アルクリスタ、何かしたいことはないのか?」

ノワールはアルクリスタの肩に頭を乗せ聞いてくる。

「ノワール様……こそばゆいですわ……」

耳に直接響く声に体をもぞもぞと離そうとするアルクリスタに、ノワールは回した腕に更に力を込め離すまいと掴んだ。

「気にするな。……森よりは、お前の好きなことができると思うぞ」

ノワールはそう言って微笑む。

「でしたら……」

アルクリスタは一瞬考える素振りを見せ、決めたようにノワールを見る。

「私、もっと魔法を見てみたいですわ」

ノワールは驚いた様子を見せたが、ふっと笑って頷いた。
それは森でもできるだろうと思ったが口には出さない。

「いいだろう。魔法を使うなら部屋を出ない方がいいだろうからここでしかできないが……構わないか?」

「ええ!魔法について、色々勉強したいのですわ」

目を輝かせるアルクリスタをノワールは膝から降ろし、自身も立ち上がった。

「どのような魔法が見たいんだ?」

「魔法には3つの主属性魔法があるとお聞きしました。攻撃特化型は危ないと思うので……生活魔法を見せてほしいですわ」

アルクリスタは以前ペリーに聞いたことを思い出しながら言う。

「生活魔法は一番アレンジがきく魔法なんだ。皆共通で使うものもあるが、それぞれ応用しながら使っている。例えば……」

ノワールは部屋を一周見回し、窓辺にある花瓶に目をつける。

「あの花瓶をこのテーブルに移動したいとする。でも動く程でもない。そういう時にこうする」

花瓶に向けて人差し指を軽く振ると、花瓶が持ち上がった。
ノワールは人差し指をテーブルに向ける。
すると花瓶はゆっくりとテーブルに移動した。

「これは風魔法の応用だ。花瓶の周囲の風を一定の量に調整し、持ち上げる。そのままでテーブルの上まで持って行ったら風を開放する」

「なるほど……」

「これは簡単な魔法だから誰でもできるが……もっと難しいものになると、もっと想像力が必要になる」

「想像力……ですか?」

「魔法は行うことを詳細にイメージすればする程、正確に使えるんだ。水が飲みたいと思った時にそれが真水なのか海水なのか考えず出すと、ランダムで出てきてしまう。量もコップ一杯なのか、それともバケツ一杯なのか。失敗してしまえば周囲は海水で水浸し……なんてこともあり得るんだ」

ノワールは空中に大きさの違う水の塊を2つ出しながら説明した。
1つは海水で1つは真水のようだ。

「前ペリー様が魔法は使う者次第と仰っていたんですが、それは想像力の違いということですか?」

「そうだな。想像力がなくても誰でも使えるような魔法ならばそれをイメージすればいいだけだから使えるだろうが、少しでもアレンジするならあればあるほどいい」

「詠唱の有無はどう変わるんです?」

「それも想像力の違いだ。詳細に想像できればできる程、詠唱を短縮できる。元来魔王となる者はそういう者が多いんだ」

アルクリスタはなるほどと頷いた。
それだけの魔法の素養がなければ魔王にはなれないということだろう。

「それぞれ得意な魔法が異なるのも、自分が想像しやすいものが違うからということですか?」

「そうだ。飲み込みが早いな」

頭を撫でられ、アルクリスタは恥ずかしいような子ども扱いされてねたような気持ちになる。

「ノワール様は得意な魔法などないのですか?」

誤魔化すようにそう聞くと、ノワールは少し考える。

「俺は何でも使えるから……そうだな、よく使うのは闇魔法や火魔法の応用だな」

小さな炎を手のひらに作り出し、それを竜巻状にしてみせる。次はそれを絡め取るように黒い触手のようなものが出て来て、炎を呑み込んで消えた。

「闇魔法はこうやって拘束することができたり、円状に広げれば生物であれ植物であれ亜空間に呑み込むことができる。取り出すことはほぼ不可能だが」

「ほぼ、ということは出来なくはないと?」

「危険が伴う。成功率は1%にも満たない」

手のひらに小さく円状に広げた闇に一欠片の氷を入れ、取り出そうと指を入れると次に出て来たのはどろりとした泥のような何かだった。

「俺以外が指を入れようものならば溶けて消えるだろう。あまり近付くな」

覗き込もうとするのをもう一方の手で優しく制される。

「それはそれとして。人間にも稀に魔法を使える者がいるようだが、今はいないのか?」

「文献で見た記憶しかありませんので……現在はいないと思いますわ。ただいたとしても……」

言葉を濁すアルクリスタにノワールは首を傾げる。

「……人間として扱われることは、少ないようです」

アルクリスタの言葉に眉を顰めた。

「良くてエルフの国……クンジーテ王国で迎えられるくらいで、それ以外は……奴隷に落とされたり、最悪殺されていたようです」

「何故……」

「人間に魔法を使える者がいては、いつ自分に歯向かうかわからないからではないでしょうか」

アルクリスタは顔を歪めながら話す。

「魔法が使えるだけで殺されるなんて……人間はなんて愚かなんでしょうね」

魔法を日常的に使う魔族と関わった人間であるが故に、その愚かさを更に実感した。

「……魔法は使う者次第で毒にも薬にもなる。短命な人間が持つには大き過ぎる力なのは間違いない。殺す理由も俺はわからないでもない」

それが自身の保身なのか国のためなのかはわからないが。とノワールは付け足す。

「そう……ですわね」

先程ノワールが教えてくれたことを考える。

(魔法を使える人間が、皆善人とは限らないのですものね……)

気付けば日が傾き、窓からはオレンジ色の西日が入って来ていた。

「アルクリスタ様、魔王様、ご夕食はどうされますか?」

「ここで。アルクリスタも一緒でいいか?」

「はい、ぜひ」

そんな話をしていると、扉がノックされた。

「入れ」

「やあ」

「え!?」

訪ねてきたのは国王サピロスであった。

「陛下!」

アルクリスタは丁度立っていたこともあり、すぐに最上の礼をとった。

「今は誰もおらぬのだから畏まらずともよい!」

豪快に笑うと、部屋へ入ってくる。

「何の用だ」

敬語など知らないとばかりの態度に、アルクリスタは目眩がするようだった。

「ノワール様!国の代表なのですから、もう少し礼儀というものを……」

「いやいや、魔族たる者そうでなければな!」

昼に会った時のような威厳のある国王はそこにはおらず、ただの明るいサピロスという人間がいるようであった。

「いやぁ、人前だとどうにも疲れてしまうな!そうだ!夕食を一緒にどうかと誘いに来たんだ」

「陛下自らですか!?」

アルクリスタはサピロスのフットワークの軽さに驚く。

「なに、友人として誘いに来たんだ。それにこうして公務関係なく話してみたいと思ってな」

これまで黙っていたノワールは小さくため息をつき、頷いた。

「友人になったつもりはないが、いいだろう。ご一緒させて頂く」

ノワールがそう言うと、サピロスはもう一度豪快に笑い、また迎えを寄越すと言って帰った。

「ノワール様、友好的であればある程問題はないのですから……もう少し歩み寄られては?」

アルクリスタは控え目にだが再度注意する。

「……あいつはあの馬鹿の父親だ。それに……いや、これはいい」

言葉を呑み込むノワールにアルクリスタは首を傾げるが、ノワールはそれ以上なにも言わなかった。

(今後のために今はこちらが優位に立つべきだ。しかしそれはアルクリスタに言うべきことではないだろう……)

政治というものは、とかくそういうものである。相手より優位に立ちどれだけ自分に有利な取引をするか。それが大切なのだ。

「夕飯まで部屋でゆっくりしたらいい。ここに着いてから色々とあったからな」

ノワールはアルクリスタを撫でてそう言った。

「私も同席してよろしいんですか?」

「当たり前だ。アルクリスタがいないのなら俺も行かないだけだ」

「……同席させて頂きますわ」

今日一日で、ノワールは余計にアルクリスタにべったりになったようであった。

(嫌ではないのが……むず痒いのですわ)

部屋を出る前に少しだけ抱き着かれ、アルクリスタは胸が高鳴った。

「また後で」

ふわりと笑顔になるノワールに一瞬見とれるが、すぐに笑顔を返しアルクリスタは部屋へ戻った。










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コメント

  • 白猫

    イチャイチャサイコー♡✧。(⋈◍>◡<◍)。✧♡

    2
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