白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第2章4話




ノワールが魔王となったのは、ここ500年程前だ。
その間、人間からの侵攻は様々な理由を付けられ、4回程あった。100年に1回程だ。
人間は大抵、戦争の理由を魔族に押し付ける。
「人間を支配しようとしている!」
「領土を奪わんとしている!」
「人間を何人も攫った!」
「魔物を使い人間を襲わせた!」
大体こんなところだ。200年前の人間に至っては、魔族を廃絶させようと歴史まで作ってしまったのだからやり過ぎだ。

そう、「100年に1度、魔物が大量発生し森から溢れる」というものだ。

人間が困る程の発生はほとんど起こることはない。
何故かと言うと、適度に魔王が処理しているからだ。
森から出た魔物はさすがにそのほとんどを人間に任せているが、大量発生と言われる程でもない。

だが、恐れた人間は100年後、森を焼き払おうとした。
その結果、人間の国は1つ消えた。
これは歴史書にはほとんど記されていないことから、絵空事だろうと言われていたが、実際に魔族により……いや、ノワールの手により、国が一度滅びているのだ。
跡地にはクリソプレーズ教国が建ち、今も国として成り立っている。



「……確かに、クリソプレーズ教国は建国から100年余りだが……本当に……」

国王はノワールにより語られた歴史に愕然がくぜんとしていた。
一国が滅びたから魔物には気を付けろ、森には気を付けろというのは幼い子どもに読み聞かせる絵本の中の出来事だと思っていた。

魔族すら、今の今まで本の中の種族だと思っていたくらいだ。

「魔族は必要以上に人間に姿を見せないからな。面倒くさいことになるのは目に見えている」

広大な森の奥深くでひっそりと暮らしているのが魔族だ。
その生態は謎に包まれていた。

「何故そのような魔族の王であるそなたが、わざわざ……」

「魔族としては、戦争はしないならしない方がいいからな。元から少ないんだ、魔族というのは。魔物を操るには操れるが……正直あいつらに知能はないから、ほとんど思い通りに操ることはできないんだ」

本当にアルクリスタのことはついでで、こちらが優先ということだ。

「カライスに国が大変だと聞いてな。不可侵条約を結べ。そうすればうるさい貴族もどうとでもなるだろう」

「うーむ……」

国王は考えているようだ。

「確かに不可侵条約を結べば、貴族達はある程度大人しくなると思いますが……アルクリスタ様に関してはどうなりますの?」

今まで黙っていた王妃が口を開いた。

「なに?」

「公爵含むエブル一派は婚約破棄にかこつけて陛下を引きずり降ろそうとされているのです。魔族にたぶらかされた、などと吹聴されれば、陛下の地位は尚下がります。やはり証拠を見つける他ないかと思いますが。それか……中立な立場の者を立てる、か」

王妃は笑顔でノワールを見る。

「……なるほど。これが国王を支える王妃か。面白い。いいだろう、証拠を探すことと、中立の立場の者を探してこよう」

ノワールも意地の悪い笑みで返す。

「証拠って……使用人達は、公爵様を恐れて、証言なんてしないと思いますわ……」

アルクリスタは不安そうにノワールを見つめる。

「まぁ大丈夫だ。安心しろ」

いつも通り軽々しく膝の上に抱き上げ、額にキスを落とす。

「あらあら、仲睦まじいこと」

オホホ、と笑う王妃に、アルクリスタの方が慌てていた。

「……エブルの王位継承権は、ほぼ無いに等しい。だが、私の立場が危うくなれば分からない。この国のためにも、頼む」

国王が頭を下げる。

「不可侵条約のためだ。俺も真面目に動く。心配するな」

ノワールは気にするでもなく言ってのけた。

「とりあえず、一泊はしたい。アルクリスタも疲れているだろう。明日からは他国も周ろうと思う」

「部屋を用意させよう」

国王と王妃はそのまま退室していった。

「ノワール様、すごいですね。父上に臆しもせず……」

「ああいう国王なんかを倒してきたからな」

さらりと言ってのけるノワールに、カライスは苦笑いだ。

「移動はどうしますか?今後は私もついていけないので、転移は怪しまれると思いますが……」

「森を経由していけば大丈夫だろう」

森は全ての国に通じている。
人間であるカライスは森を迂回するのが常なのでその考えは浮かんでいなかった。

「なるほど、そうですね」

素直に頷いて納得した。

「そうだ、どうせ行ってしまわれるなら、私の領地であるトパズスに寄ってください。お世話になったので、ぜひ私の領地にも足を運んでほしいのです」

カライスがそう言うと、ノワールは頷いた。

「急いでいるわけじゃないからな。人間の国を色々見て回るのもいいだろう」

「トパズス領……私、帝都と生家以外行ったことがないので楽しみですわ」

アルクリスタが言うと、カライスは嬉しそうにしていた。

「落ち着いたらアルクリスタの生家にも挨拶に行かねばな」

「あれは本気でしたの?」

「当たり前だ。お前も……両親に会いたいだろう?」

ノワールの言葉に、アルクリスタは頷く。

「……はい。別れる時に、幸せになれと言われたこと……忘れていませんわ。しばらくは不幸せでしたが、今は幸せですから。今の私を見てほしいのですわ」

ノワールはまたアルクリスタの額にキスをして、カライスの後を着いていきアルクリスタの部屋へと案内された。

「ノワール様の部屋は向かいです。ゆっくりお過ごしください。……中庭の花は国で一番美しいので、ぜひ見に行ってみてください」

カライスはそう言うと、そのまま自室へと戻った。

「それではノワール様、また後ほど」

「ああ」

部屋に入ると、サンがすぐに紅茶を用意してくれる。

「お疲れ様です、アルクリスタ様」

「いえ、ありがとうございます。サンもお疲れでしょう?少し休んでくださいませ」

「私は大丈夫です。魔族は人間よりも頑丈ですのでお気になさらず」

サンはそのまま部屋の入り口付近に戻る。

しばらくアルクリスタが休憩していると、扉をノックする音が聞こえた。

「はい」

ノワールであった。

「アルクリスタ、暇であればカライスが言っていた中庭を見に行こう。……森に来てからは、久しぶりの外だろう?」

アルクリスタは喜んでついて行った。



「……ノワール様」

「なんだ?」

「歩かなければ、お散歩になりませんわ……」

相も変わらず抱きかかえられ、二人は中庭を歩いていた。

「いいではないか」

「私は歩きたいのですわ」

「……わかった」

降ろしてもらい、並んで歩く。

「ノワール様と一緒にいたら、歩き方を忘れてしまいそうですわ」

「そうなれば俺がずっと抱きかかえていられるな」

そんな会話をしながら、花を愛でる。
国一番というだけあり、種類も色も豊富で美しい。

「綺麗……」

切り揃えられた低木に沿って歩いていると、池の真ん中に浮かぶ小さな東屋あずまやが見えた。

「あそこでゆっくりしよう」

ノワールに並び、東屋に入る。
簡易的なベンチとテーブルも可愛らしく、ハンカチを敷いて座った。
池に浮かぶ花々や、周りの花壇がよく見渡せた。

「そうだ……少し待っていてくれ」

ノワールは周囲を確認してから、どこかへ行ってしまった。

しばらく待つが、いっこうにノワールは戻ってこなかった。

(どうしたのかしら)

何かあればサンが来るだろうと、アルクリスタはぼう、と池を眺めていた。

「……お前!」

声が聞こえ振り向くと、そこにはチャルロイトとエブルが腕を組んで立っていた。

「……エブル殿下」

「帰ってきてたのか!まずは皇子である俺に挨拶するのが礼儀ではないか!?それに何故王城にいる!俺が立っているのだから、立って挨拶するのが普通だろう!無礼者め!」

ギャンギャンとまくし立てるエブルに、アルクリスタは内心ため息を吐きながら挨拶をする。

「ご機嫌麗しゅう、エブル殿下。それに、チャルロイト様」

「ご機嫌麗しゅう、アルクリスタ様。……まぁ、また、派手なドレスですこと」

オホホ、と上品な笑い方とは別に、ジロジロと舐めるように見るチャルロイトの視線に寒気がした。

今日のアルクリスタのドレスは、国王への挨拶だからと多少派手なものにしてもらった。
ノワールに初めて挨拶をした時に着ていた、ペリーが選んだものだ。新しいドレスも持ってきてはいるが、上品かつ優雅なドレスをとこれになった。

「エブル様ぁ、私、あれが欲しいですわぁ」

甘えたねっとりとした声でチャルロイトがアルクリスタの着ているドレスを指差して言う。

「そうだな、アルクリスタなんかより、お前にこそ似合うものな。……おい、何をしている」

「はい?」

ただ立っているだけだ。

「チャロはそれが欲しいと言ったぞ」

「はぁ……」

「分からないのか!愚図め!……さっさと脱いでチャロに渡せ!」

「……は?」

余りの意味の分からなさに、アルクリスタは呆けてしまった。

「お前よりチャロの方が着こなせるのだから当然だろう!早く脱げ!」

エブルはアルクリスタに駆け寄り、無理矢理脱がせようとしてくる。

「や、やめてください!」

貴族のドレスというものは、似たデザインはあれどどれもオーダーメイドだ。
これはノワールがアルクリスタのためにと沢山仕立てた中の一着ではあるが、それでもノワールがくれたものだ。
アルクリスタは必死に抵抗した。

「まぁ、アクセサリーも可愛いわぁ。ルビーですわね?美しいですわぁ」

チャルロイトは止めることなく、アルクリスタが身につけているものを全て奪う気であった。

「いや!……ノワール様!」

咄嗟にノワールの名を呼ぶ。
すると、一瞬ルビーが光り、チャルロイト達がやってきた方からノワールが現れた。

「貴様、何をしている」

ノワールは、今までで一番低い声でエブルに聞いた。

「見れば分かるだろう!この娘よりもこの服もチョーカーも、チャロにこそ相応しいから貰ってやろうとしているんだ!」

悪びれることなく、エブルはノワールに対して言った。

「手を離せ」

「なんだと!?皇子の俺に向かってその口の効き方……無礼だぞ!」

「アルクリスタから手を離せと言っている」

ノワールの瞳が段々と細くなっていく。

「ノワール様、駄目ですわ!」

アルクリスタはエブルを突き飛ばし、ノワールにしがみつく。

「うわ!くそ!」

「ノワール様、落ち着いてください。私は無事ですわ。ノワール様、ほら、こちらを見て」

ノワールの顔を引き寄せ、瞳を見つめる。
細くなっていた瞳は徐々に戻り、アルクリスタを見つめた。

「すまない、俺が離れたばっかりに……」

「大丈夫ですわ。何ともありませんから」

二人が見つめ合っていると、背後から咳払いが聞こえた。

「初めまして、美しい殿方。私、チャルロイト……」

「興味がない。消えろ」

ノワールはチャルロイトを一瞥すると、アルクリスタを抱きかかえた。

「貴様、皇子の俺を突き飛ばしてただで済むと……」

「今すぐ消えろ、殺すぞ」

静かに殺気を放つノワールに、アルクリスタは駄目ですわ!と、顔を覆った。

「一応あれでも皇子ですから、抑えてください」

「アルクリスタ、お前……いい気になるなよ!」

未だに戦闘意欲を失っていないのか、エブルはアルクリスタを睨む。

「そこのでかいの!貴様もだ!そいつは俺の元婚約者……今仲がいいみたいだが、俺のお下がりだからな!」

ふん、と言ってやったという顔をするエブルに、ノワールは呆れ果てた。

「こんな馬鹿相手に本気になるだけ無駄なようだ」

その言葉に反抗するべく口を開いたエブルだが、その口から言葉が出てくることはなかった。

「……!」

ノワールが、アルクリスタにキスをしたからだ。

「……ノワール様!」

顔を真っ赤にするアルクリスタに、ノワールは内心癒やされながらエブルを見下ろした。

「お下がりも何も、こいつの初めては全て俺だ。お前の入る余地はない」

そう言うと、さっさと東屋を後にする。
東屋からは、悔し気なエブルの声が聞こえた。

「ノワール様!あれはやり過ぎですわ!」

「殺さなかっただけマシだと思ってくれ。あいつ……アルクリスタの服を……」

思い出しただけでも腹わらが煮えくり返りそうだ。

「あのチャルロイトとかいう女……あれも嫌いだ」

粘着ねばつくような口調に、男に媚びるような香水。13歳とは思えない程下品だと感じた。

「あいつらのお陰で出逢えたと思えば気分がいいが……間近で見て苛立ちが増すような人間は久しぶりだ」

どんどんと歩きながら、部屋へと向かう。

「とにかく俺の部屋へ来てほしい」

アルクリスタは頷くしかなかった。

部屋に着き、ソファへと並んで座る。

「……すまない、アルクリスタ」

「何故ですか?」

「お前が止めていなかったら、城周辺は吹き飛んでいただろう」

「そんなにですか!?」

怒っているとは思ったが、それ程とは思わなかった。
止められて良かったと心底思う。

「俺にはお前が一番大事なんだ。……あの時、俺を呼んでくれて良かった」

いつも通りの、額へのキス。

「そうですわ。あの時ノワール様を呼ぶと、このルビーが光ったんですわ」

「アルクリスタが俺の名を呼び緊急性が高いと判断すると、俺に分かるようになっている。……無事で良かった。服を脱がされたりしていたらと思うと……」

一瞬瞳が細くなったが、瞬きをするといつものノワールに戻っていた。

「でも、急にその……キスを……されると、恥ずかしいのですわ」

「あいつに見せつけたかったからな。すまない」

髪を遊ぶ指先に胸が高鳴る。

「……アルクリスタ」

「はい」

「……俺のこと、好きだと言えるか?」

ノワールの言葉に、アルクリスタは顔を真っ赤にした。

「……はい。私……ノワール様を……お慕いしていますわ」

改めて言葉にすると、それはアルクリスタの心にすとんと落ちた。

(そうですのね……私、ノワール様のこと……)

流されているだけではなく、アルクリスタはアルクリスタの意志でノワールと一緒になるのだ。
アルクリスタは改めてそう実感した。

「……良かった。半ば強引に婚約を決めてしまったからな。お前の気持ちをきちんと聞きたかったんだ」

頬を撫でる指先。
マニキュアを塗っているかのように真っ黒で鋭い爪は、アルクリスタに触れるために手袋をして隠している。

「ノワール様……」

いつの間にか、膝の上で向き合うように座っていた。

少しずつ顔が近付いているのがわかり、思わず目を伏せる。

と、突然ノックが鳴った。

ビクッと体を震わせるアルクリスタに反し、ノワールはわかっていたのか動じていない。

「の、ノワール様……お客様ですわ」

「……ああ」

ノワールはため息を吐いて、返事をした。










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