白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第2章2話




「とにかく、無事であることと、自分の意志で森に残ったこと、婚約したことを告げてほしい」

カライスの切実な声に、アルクリスタは国がそれ程切羽詰まった状態であることに心を痛めた。

「ノワール様……」

「……無理だ」

「何故……!」

ノワールはアレクをちらりと見る。

「俺はこの国のことで忙しい。仕事が溜まっているんだ」

「ですからアルクリスタだけでも……」

「アルクリスタだけを連れ帰らせる訳がないだろう」

ノワールはカライスを睨んだ。アルクリスタが帰ってこないと分かれば、ノワールはアズレイトを滅ぼしてでも取り返すだろう。

「……!」

ノワールの気迫に、カライスは息を呑む。

「魔王様、行ってみてはどうでしょう」

「アレク?」

アレクはノワールに膝をついて提案する。いつもは軽口を叩くが、今は魔王としてのノワールに提案しているからだ。

「書類仕事は……まぁどうにかします。本気になればどうとでもなるでしょう。魔物も、ペリーを筆頭にがんばってもらいます」

ペリーはアレクが何を考えているのかと伺うが、本気だとわかるとため息を吐いて頷いた。

「まぁ、そろそろ人間が森に攻め入る頃ですもんね。魔王様、私も賛成です。魔族がどのような存在なのか、人間と話すのも良いかと思います」

ペリーも膝をつき、そう言った。

「ノワール様……お願いします」

アルクリスタにまで頼まれ、ノワールは仕方なく頷いた。

「……いいだろう」

カライスが顔を輝かせる。

「だが」

ワントーン低い声で続ける。

「アルクリスタや森を害するようであれば、遠慮なく国を潰す。そのつもりでいろ」

カライスは真剣な顔で頷いた。

「それでは明日、アズレイト帝国へ向かう。今日は城で休め。アレク、客室へ案内しろ」

「はい」

ノワールはアルクリスタを抱き上げたまま、奥へと消えた。

「アルクリスタ!」

カライスが呼び掛けるが、それには反応せず、二人は見えなくなった。



「アルクリスタ、すまない」

ノワールは顔を曇らせて謝った。

「何故ですか?」

「人間の貴族なら、お前を探しに来たとわかりそうなものを……誤魔化しきれなかった」

「私もまさか探しに来るとは思わなかったので、気にしないでくださいませ。それもまさか第1皇子とは思いませんでしたが……」

相変わらず抱き上げられたままだが、ノワールの腕の中にいれば魔族からの視線がなく過ごしやすかったので気にならなかった。

「……アルクリスタは軽いな」

「え?」

「ちゃんと食事は摂っているか?」

ノワールが心配そうに顔を覗き込む。

「むしろお腹いっぱい頂いてますわ」

ふふ、と笑うと、ノワールは満足げに頷いた。

「……アルクリスタ」

「はい?」

「……先程のこと、詳しく聞いてもいいか?」

その問いに、アルクリスタは少し固くなる。
先程のこと、とは、アルクリスタが過剰に反応したことだろう。

「……わかりました。いつかは話すことになると思っていたので、大丈夫ですわ」

部屋に着いてサンに紅茶を入れてもらい、一息つく。

「……ノワール様、手を握っていてくださいませんか?」

「ああ」

アルクリスタの右手を握る。
アルクリスタは深呼吸し、話始めた。





アルクリスタの生家は、田舎の子爵家であった。兄が1人、妹が1人の、長女である。
皇家との繋がりを強固にしたかった公爵家は跡取りの息子がいたにも関わらず、遠い親戚であり見目麗しいアルクリスタに目をつけ3歳の頃養子に引き入れた。第3皇子と同い年であったというのも要因だろう。

最初は可愛がってくれていたと思う。
が、次第に目障りになってきたのか、アルクリスタは離れの屋敷に軟禁状態になっていった。
家族揃って会うのは半年に一度であり、養父ようふである公爵は苛立ちをアルクリスタにぶつけた。

何か苛立つことがあれば離れに行き、ドレスで見えない箇所を殴ったり蹴られたりした。
使用人達は歯向かうことなく、公爵が帰ると手当てをしてくれるだけ。
公爵夫人は何かあれば離れに通う夫を怪しみ、アルクリスタに嫉妬し、小さな意地悪を繰り返した。

そんなアルクリスタの楽しみは、勉強だけ。
何かに集中している間は、何もかもを忘れられた。
幸いなことに皇子と結婚するならと、教育だけは徹底してくれていた。
しかしアルクリスタが驚異の集中力を発揮すると、気味が悪いと更に隔離されていった。
隔離されやることが少なくなると、更にアルクリスタは勉強に没頭した。
その内公爵の息子よりも頭がいいことがわかると、勉強することも禁止された。
義兄ぎけいはアルクリスタに嫉妬し、養父同様苛立ちをアルクリスタにぶつけた。

運が良かったのか悪かったのか、皇子の婚約者であるからと性的な暴行を受けることはなかったが、それでも暴力は止まなかった。

その内料理人を解雇され、必要最低限の食事以外出されなくなった。
使用人達もどんどん本邸に連れて行かれ、残されたのは数人の使用人達だけ。
その使用人達も、自分達は使い捨てだと理解し、どんどん辞めていった。
最後には、大きな離れに1人になった。

身の回りのことは自分以外する者がおらず、アルクリスタは公爵家の娘にも関わらず家事を全て1人でこなした。
お茶会やパーティの時だけ、ドレスの着付けなどをメイドがしてくれた。

成長しどんどんと美しくなっていくアルクリスタに、公爵夫人は恐れ、何度も髪を引っ張られ頬を叩かれた。
アルクリスタはどんどん、人に触れられるのが怖くなった。

6歳の誕生日、初めてエブルと会った。
第一声は「おばあちゃんみたい」。アルクリスタは恥ずかしさで顔を見れなかった。

その後も婚約が決まり、二人でお茶会をすることも多かったが、公爵家のせいで対人恐怖症だったアルクリスタはまともに話すこともできなかった。

成長する内にアルクリスタの表情はなくなり、感情を殺して話すことを覚えた。

そんなアルクリスタをエブルは気味が悪いと会うことが少なくなり、それは更に公爵を苛立たせた。

学園に通い出したが、エブルは常にアルクリスタ以外の女性と一緒におり、その中にチャルロイトがいた。
エブルがアルクリスタに構うことが一切無いので、周囲の貴族たちはアルクリスタに新たな婚約を勧めてきた。

そんなことが数年続き、気付けばエブルの隣には常にチャルロイトがおり、周囲もそれに慣れ始めていた。
パーティの度に入場が終わればチャルロイトと常に一緒にいるエブル。
周囲はそんな二人を応援する派と軽蔑する派に別れていた。

家に帰れば公爵から叩かれ、学園に行けば好奇の目に晒される。
アルクリスタの心は、もうほとんど死んでいた。

そしてあの日。
国から出て行けと言われ、アルクリスタは初めて心が踊った。

(逃げられる……あの家から……!)

そして、アルクリスタは"死の森"へ捨てられた。いや、逃された。





「……そうか……」

「あの家に帰ればまた……殴られる日々に戻りますわ」

微かに震えるアルクリスタの手を、ノワールは力強く握り締めた。

「婚約を破棄されたのですもの……今度こそ殺されるかもしれませんわ」

アルクリスタを抱き寄せ、ノワールは言う。

「そんなことはさせない」

「ノワール様……」

ノワールはアルクリスタを見つめ、顔を仄かに赤くしながら言う。

「アルクリスタ……本当に、俺と、婚約しないか?」

その言葉に、アルクリスタは目を見開く。

「ですが……」

「俺は本気だ」

ノワールはアルクリスタを膝の上に乗せ、じっと見つめる。

「私は反対です」

声を上げたのはサンだ。

「アルクリスタ様は……正直、嫌いではありません。ですが、魔王様のお妃様となるならば、話は変わります。そもそも人間です」

サンは失礼を承知の上で、ノワールにそう言った。

「人間でも構わない」

「寿命が違いすぎます」

「きちんと考えてある」

「魔王様だけの問題ではありません」

一歩も譲らないサンを、ノワールは見つめる。

「サン、俺は本気だ」

「あ、あの……私の意思は……」

「もちろんむ。アルクリスタ……お前は俺と結婚するのは……嫌か?」

ノワールに見つめられ、アルクリスタは首を振った。

「嫌なわけありません。ですが私はペットで……」

「関係ない。俺はお前が……その……好きだ」

ノワールのその言葉に、アルクリスタだけでなくサンも絶句した。

好き。好きだと。サンが見てきた限り、このようなノワールは見たことがなかった。
まさか、人間の娘にそのようなことを言うとは……。
サンは驚きのあまり、言葉が出なかった。

「……ノワール様は魔王です。民の意思を優先されてください」

アルクリスタがそう言うので、サンはやっと我に返った。

「そうです。魔族の貴族ならまだしも、アルクリスタ様は人間ですよ。民が許しません」

ノワールはニヤリと笑った。

「なに、理由をつけて認めさせるさ。アルクリスタの成人もまだだしな」

サンは今のノワールには何を言っても無駄だと諦めた。
アルクリスタはノワールのその言葉に何かを思いつき、ノワールに耳打ちした。



次の日。ノワールは森に住む魔族を全員城の外へ集めた。
魔族は人間に比べ数が少ないが、それでも城を覆う程度にはいる。

「皆、よく集まってくれた」

響く声でそう呼び掛ける。
魔族は皆、ノワールの言葉を聞き逃すまいと耳を澄ましていた。

「突然だが、俺はしばらく人間の国に行こうと思う」

その発言に、瞬く間にざわつく魔族達。

「静かに!訳あって人間の少女を保護していたことは、皆が知ることと思う」

続くノワールの言葉に、魔族達は更にざわつくことになった。

「その少女、アルクリスタ・ヘマ・アダマースと、魔王ノワール・オブシディアンは、今ここに婚約を宣言する」

非難する声が上がる中、ノワールは更に大きな声で続ける。

「この婚約は、人間がこの森に攻め行って来ないようにするためのものだ。俺は今回、人間と魔族の不可侵条約を結ぼうと思っている。いわば人質のようなものだ。この娘は人間の国の貴族の娘だ。人質として過不足ないと思う」

人間と魔族の戦争は、魔族にとっても喜ばしいことではない。
血の気の多い者がいるにしても、誰しも家族を失いたいわけではないからだ。
戦争となれば少なからず犠牲者は出る。
それが無くなるというのであれば、正直賛成に傾く者が多くなるものであった。

「しかし魔王様!!その人間、信用できるのですか!!」

群衆の中からの声に、民はそうだ!!と声を飛ばした。

「今の所、俺は信用している。側近たちも、大丈夫だという判断だ」

ノワールの後ろに控えていたアレク、ペリー、サンは手を上げてそれを示した。

「アルクリスタは魔族思想のわかる人間だ。人間に対しても、不信感を持っていた。人間が何かをしでかせば……滅ぼすことも了承してくれた」

その言葉に、更にざわつく。

「人間であるのにあっさり裏切る者を信用できません!!」

次々上がる声を、ノワールは手で制する。

「……アルクリスタは、人間の手によって暴力を受けていた。貴族の娘……第3皇子の婚約者であったにも関わらず、だ」

その言葉に、魔族達が息を呑むのがわかった。

「アルクリスタ」

アルクリスタは呼ばれ、前に出る。
群衆に背中を向け、サンによってドレスが開かれる。
ノワールの投影魔法で大きく映し出された背中には、まだ治りきっていない生傷が至るところにあった。

「これはサンストーンが湯浴みをさせる時に見つけた傷で、体の至るところについていたと聞く。アルクリスタの意向で、俺も昨日まで知らされていなかった」

見た目の美しさに隠された生々しい傷痕は、魔族達を黙らせるのに時間を要さなかった。

「これはひとえに魔族に味方していると告げるために、アルクリスタが恥を忍んで提案したことだ。これが、アルクリスタの誠意だ」

成人前にしても、女性が肌を晒すこと。しかも大勢の前に、そのシルクのような背中を見せることは、大いに意味を持つ。
反発する者はいなかった。

「昨日、アルクリスタを探しに来たと森を訪れた者がいた。紹介しよう」

カライスがアルクリスタと入れ違いに前に出る。

「アルクリスタの出身国、アズレイト帝国の第1皇子カライス・ヘマ・アズレイト・トパズス皇子だ」

まさかの第1皇子の登場に、落ち着いていた魔族達はまたざわつき始める。

「彼は我ら魔族に臆することなく、アルクリスタを心配し声を上げた勇敢な人間だ。魔族と人間の和解にも協力することを約束してくれた」

カライスは見た目も整っていることから、所々から黄色い歓声が飛んできていた。
早くも魔族内にファンができそうな予感だ。

「はじめまして、魔族の皆様。アズレイト帝国第1皇子カライス・ヘマ・アズレイト・トパズスです。アルクリスタ嬢が森に捨てられたと聞き森に参りました所を魔王様に保護され、私も魔族との友好に協力したいと申し出た次第です。私の力の限り、穏便に済ませたいと思います」

皇族らしく堂々と発言し、一礼して下がる。

「これからアズレイト帝国に向かう。その際、アレクに仕事を一任することになる。頼られることもあるかと思うが皆、協力してくれると助かる」

ノワールがそう言うと、不穏な空気は吹き飛び、暖かな声援が上がった。
第1皇子であるカライスの登場により、不可侵条約が現実味を増したのだ。

魔族達にとっても、人間との関係が改まるなら喜ばしいこと。
声援を背中に受け、ノワール達は城に戻った。










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