白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第2章1話




「ペリー、魔法を」

ノワールの左隣に立ったペリーが軽く手を振ると、男の声が聞こえるようになる。

「魔王だって?この森は魔族が統治していると言っていたが、本当なのか?それならば何故魔物は人間を……」

「口を慎め!」

右隣に立つアレクが、声を上げる。
今までの経験上、そのままだといつまでも男は質問を止めないとわかっているからだ。

「人間、名前は何という。見たところ貴族の子息のようだが……本当に追手は来ないのだな?」

「……追手は明日までは来ないと思う。が、保証はできない」

先程までの無礼な自分を恥じ、男は一つ咳払いをして答えた。

「何の目的でこの森に入った?」

「……それよりも、こちらの質問に答えてもらおう」

男は態度を改めることなく、疑い深くこちらを伺っているようだ。

「俺は魔王だ。この森を統治しているが、魔物は知性を持たない。ある程度の自由を与えているが、森を出ての人間への干渉は俺の管理外だ」

ノワールは表情を崩すことなく告げた。

「……本当に魔王なんだな?」

更に聞かれ、ノワールは頷いた。
すると男は膝を着き、最上の礼をとる。

「不躾な態度をお許しください。魔族は初めて故、真実か確認させて頂きました。種族は違えど、王の前で失礼な態度を取ったことをお詫び申し上げます」

突然の対応に、ノワールだけじゃなく、左右の二人も驚いた顔をした。

「私は……失礼ながら、今は名を名乗れません。ただ、森へ侵攻して来た訳ではありませんのでご安心を」

「貴様の目的はなんだ」

ノワールが聞くと、男は顔を上げ碧眼へきがんの瞳を向けて言った。

「森に捨てられた少女を探しに参りました」

その言葉に、顔や態度には出ていないが、3人に緊張が走る。

「どのような少女だ」

「真っ白の髪に金色の瞳の少女です。……先程そちらの女性が、最近の人間はとおっしゃっていました。最近、人間を見たのですか?」

その問いに、ノワールはペリーを見る。
ペリーは少し冷や汗を流しながら、ノワールを見返した。

「何故その少女を、危険を犯してまで探す」

「……私は東にあるアズレイト帝国から参りました。その少女は第3皇子の婚約者なのですが、その皇子が勝手に少女を森に捨てたと言うので、国が大変なことになっているのです。そのような国の状況に居ても立ってもいられず、私が探しにきた次第です。皇子が捨てたことを白状したのが捨ててから3日後のことで……やっとの思いで探しに参りました」

アルクリスタのことであることは明白だ。
だが、この男がアルクリスタを連れ帰りどうするのかがわからなかった。

「少女を連れ帰りどうするつもりだ」

「もちろん家に帰すつもりです。そのようなことがあっては婚約者ではいられないでしょうから……」

目を伏せ悲しげな顔をする男に、ノワールは嘘をついていないことを確認した。

「……それでは俺の方でも探そう。だが、見つかる保証はない。見つかれば国の近くまで帰す。お前は国に帰ればいい」

「それはできません」

ノワールは男を森から出そうとするが、男は首を振る。

「見つけるまでは帰りません」

「城に人間に長居されては困る」

「森で結構です」

「魔物に喰い殺されるぞ」

「なんとかします」

食い下がる男にノワールは内心イライラとしてしまう。
アルクリスタを連れ帰られる訳にはいかないのだ。

「無理だ。帰ってくれ」

ノワールはそれだけ言うと玉座から立つ。

「話は終わりだ」

「待ってください!最近見た人間はアルクリスタという名の少女じゃないんですか!?それだけでも……」

「知らぬ。素性も知らぬ人間と話すことはこれ以上ない。森に人間の軍が入れば殺す。そうなる前に帰れ」

玉座に近づこうとする男をペリーが抑え、その間にノワールは部屋を出ようとした。

「……私の名は、カライス・ヘマ・アズレイト・トパズス。アズレイト帝国第1皇子にして、トパズス領の領主です。愚弟ぐていがしでかしたことに責任を感じ、また、アリーは幼い頃から見てきた妹のような存在です。どうか知っているなら居場所を教えてください」

その名に、ノワールは驚いて振り返った。
確かに身なりは上流貴族のそれであるが、皇族とは思えない。

「城から見張りを撒いてまで探しに来たんだ!こんなことで帰れない!」

「……皇子か」

ここで皇子を森に放っておいては、それこそ侵攻の口実にされかねない。

「……わかった。とりあえず、座ってくれ」

ノワールは玉座に戻る。

「魔王様……」

心配そうにノワールを伺うアレクにノワールは首を振った。

「皇子では話す他あるまい。だが、変なことをすれば記憶を奪ってでも国に帰す。いいな?」

その言葉に男……カライスは頷いた。

「……アルクリスタはこの城にいる」

「……やはり」

その言葉は予想内だったのか、カライスはノワールを睨む様な目つきで見つめた。

「ペリー、呼んできてくれ」

「いいんですか?」

「ああ」

ペリーが部屋から消えると、そこには沈黙が落ちる。

「何故アリーを……」

沈黙を破ったのはカライスだ。

「来ればわかる」

「まさか奴隷になどしていないですよね」

今度こそ睨むような目つきでカライスは問う。
丁度その時、玉座の奥からアルクリスタとサンが現れた。

「ノワール様、お呼びですか……カライス殿下!?」

アルクリスタは玉座の下に見えた自国の皇子に、慌てて頭を下げた。

「アリー!無事であったか!」

駆け寄ろうとするカライスの前に、アレクが立つ。

「魔王様の御前ごぜんだ。そう近付くな」

静かにだが、有無を言わせぬ声音で告げられる。

「ノワール様、これは一体……」

「お前を迎えに来たそうだ」

ノワールの言葉に、アルクリスタは絶句した。
まさか迎えが来るとは思わなかったのだ。
しかもそれが第1皇子とは……。

「アリー、エブルがとんだ無礼を……。本当に申し訳ない。婚約はもちろん破棄してもらって構わないが、公爵も心配している。帰ろう」

その言葉に、アルクリスタは肩を跳ね上げた。

「……ぃや!!」

急にカタカタと震え出したアルクリスタに驚き、サンがふらつくアルクリスタを支える。
いつもは然程さほど表情を変えないアルクリスタが、この時ばかりは恐怖を全面に出し、縮こまっていた。

「どうした?アルクリスタ。大丈夫か?」

ノワールはアルクリスタを抱き上げ、顔を覗き込む。
アルクリスタは構わずノワールに抱き着いた。

「いや……いやぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……」

ぼそぼそとうわ言のように呟くアルクリスタに、ノワールだけでなくカライスも呆然としていた。

「いや……帰りたくない……助けて……助けて……」

「アルクリスタ、俺がいる。帰らなくていい。こっちを見ろ、アルクリスタ」

ノワールが囁くと、震えながらアルクリスタはノワールの瞳を見る。

人を惹き付けるような真紅の瞳にアルクリスタの荒れた心は安心し、落ち着いた。

「ノワール様……申し訳ありません……みっともない姿を……」

「いい。落ち着いたか?」

「……はい。ノワール様……私を……捨てないでください……」

きゅっと弱い力で胸元を握り締められ、ノワールは迷わず頷いた。

「捨てる訳がないだろう」

その様子を呆然と見ていたカライスは、やっと正気に戻ったようだ。

「アリー……帰りたく、ないのか?」

「カライス殿下……わざわざ危険を犯し来て頂いて申し訳ありません。ですが私はノワール様の……」

「アルクリスタと俺は婚約している。彼女を帰す訳にはいかない」

ノワールがアルクリスタを遮るようにそう言った。
その言葉には、カライスだけでなくその場にいた全員が驚いた表情をした。

「アルクリスタは今や魔族の王である俺の婚約者だ。アルクリスタを捨てた国に帰せる訳がないだろう」

ノワールは堂々と言うが、アルクリスタすら驚いてあわあわとしている。

「こ、婚約など……人間と魔族が……」

「アルクリスタの首元のチョーカーが見えぬか?これは俺が魔法で作ったものだ。魔族が魔法で作ったアクセサリーを送るのは……ペリー」

ノワールに名指しされ、その続きをペリーは呟く。

「……所有物の証。恋人が自分の魔法を込めたものを送ることが多い」

かく言うペリーも、右耳にはアレクから貰ったペリドットのピアスを着けている。

その言葉に、アルクリスタは頬を染めた。
それの意味することにカライスは気付き、俯いた。

「帰ってくれ。人間が攻めてくる前に」

ノワールがそう言うと、アルクリスタはカライスから目を背けた。

「……申し訳ありません、カライス殿下」

カライスはアルクリスタの言葉にぐっと拳を握り、頷いた。

「……アリー……いや、アルクリスタの意思はわかった。だが、国には一度戻ってもらう」

「なに?」

「無事であることと……婚約のことを父上に報告してほしい」

カライスの言葉に、アルクリスタは目を見張る。

「国王様に……ですか!?」

「ああ。今のままでは父上は、森に攻め行ってでも君を連れ帰ろうとするだろう。それだけ、今国は荒れているのだ」

「何故そのような……」

「……公爵家の娘である君が、エブルの独断で捨てられたんだ。公爵は婚約が勝手に破棄されたことで国に対して怒りをぶつけている。最も皇家に近い公爵家の娘が森に捨てられたことから、身分の低い貴族がほとんど公爵家に寝返っているんだ。このままでは……父上は国王の座を引きずり降ろされるだろう。そして、国を乗っ取りたい貴族共は全員エブル派だ。公爵も……。そのままエブルが王座に座れば……」

思ったよりもひどい国の惨状さんじょうに、アルクリスタは口元を押さえた。

「……そんなもの、ほとんど自業自得ではないか。弟が勝手にしたことだろう」

「その通りだ。だが、エブルは頭の働かない、正直言って馬鹿な弟なんだ。皇族としての自覚もない。今も、何故自分が非難されているのかをわかっていない」

余りの酷さにノワールは思わず頭を抱えたくなってしまった。

「そのような酷い人間がお前の婚約者だったのか……」

ノワールの呟きに、アルクリスタは苦笑で返した。










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