白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第1章9話




それから数日、ノワールは毎日アルクリスタに会いに来ては欲しい物はないか、したいことはないかと聞いてきた。

「ノワール様、毎日お昼も夜もこちらに来て大丈夫なのですか?」

「構わん。それより、魔法でルビーを生成してチョーカーを作ってみたんだ。……うん。思った通りとてもよく似合う」

頬を撫でられ、アルクリスタの心臓が早くなる。

ここ最近、アルクリスタは少しおかしかった。
今までは何に対してもどこか俯瞰ふかんで見ていて、心ここにあらずという感じだった。
しかしどうだろう。森に捨てられ、ノワールと出会い……アルクリスタは初めて、自分がそこにいるという実感が湧いていた。
そしてノワールという魔族に、初めて興味というものを抱いた。

「こんな美しいもの、頂いていいんですか?」

「貰ってほしいんだ。……俺の所有物の証だ」

額にキス。
最近はこのようなスキンシップも増え、多少は慣れてきていた。

過度なスキンシップ────唇へのキスなど────は最初以降なかったため、そろそろ警戒心?も解けていた。

ドンドンドンドンッ

大きなノックに、ノワールが何事かとアルクリスタの前に立つ。

「ま〜お〜う〜さ〜ま〜〜〜」

アレクの響くような低い声が、扉の外から聞こえる。
ノワールは顔を真っ青にした。

「あ、アレク!待て!今そちらに……」

ノワールが言い終わる前に、アルクリスタの部屋の扉がものすごい音を立てて破壊された。しかし木屑きくずは舞うことなく、まるでそこには何も無かったかのように音だけが響く。

「……アルクリスタ。ベッドの後ろに行け。今すぐだ」

「は、はい」

サンがアルクリスタを守るように覆いかぶさる。

チラリとノワールの先に見えたアレクは、いつもの暗緑色の髪ではなく鮮やかな赤色に変化していた。

「あれは……アレク様……なんですか?」

アルクリスタは驚いてサンに聞く。

「……魔族のコアは宝石です。コアの名称を自身の名前とします。アレクの正式名はアレクサンドライト、コアはアレキサンドライトです……月光のもとでは赤く輝くとされているんです。その性質を引き継いでいて、アレクは怒りが頂点に達すると髪を赤く染めるんですよ」

つまり、アレクは今、これまでにないくらい怒っているということだ。

「ふ、ふふふふふふふ」

不気味に小さく笑い続けるアレク。
口は楽しげに歪み、対照的に目は微塵みじんも笑っていない。

「魔王様ぁ……僕はもう我慢できませんよぉ……何回何回何回何回言えば貴方は仕事をするんでしょうかぁ?」

「アレク。落ち着け。今すぐに向かう。ここではやめよう」

ノワールは冷静にアレクの目を見据えるが、アレクはそれに対し目を細めた。

「何故です?貴方のせいでこうなっているんです……よっと」

アレクは手に緑色の光の玉を作り出し、ノワールに向かって放り投げる。
ノワールはそれをなんなく受け止めると、握り潰した。

「やめろと言っている。これ以上この部屋を破壊することは許さん」

今まで以上に殺気を放つノワールに、アルクリスタは身震いした。
サンも少し冷や汗をかいているのがわかる。
しかしその殺気をもろに受けているであろうアレクは、顔色を一切変えていない。

「それは……あの人間がいるからですか?」

アレクから冷ややかな視線が向けられ、アルクリスタは更に縮こまる。
アルクリスタは知っている。この視線を。
殴りたくて、壊したくてたまらないという視線を。

「あの人間が来てからです。貴方が仕事をまともにしてくれなくなったのは。……邪魔だなぁ」

一際大きな光の玉を、サンとアルクリスタ目掛けて投げてくる。
ノワールは一瞬で移動し、その光を受け止めた。

「……アレク。お前はいい臣下だ。俺のこともよくわかっている」

アルクリスタからはノワールの背中しか見えないが、その背中から禍々しいコウモリのような翼が生えるのが見えた。

「しかし」

声がどんどん低くなる。

「こいつに手を出すならば、俺はお前を殺す」

地を這うような恐ろしい声に、アルクリスタはサンにしがみついた。

「……大丈夫です」

サンがアルクリスタを宥めるように背中を撫でてくれる。

「……何故」

アレクは怒りに顔を歪めた。
目の前には、敬愛して止まない大切な主君。
その瞳は紅く輝き、魔族の証である角は禍々しい黒いオーラを放っている。
目の下には魔物化が始まっているのか、鈍く光る鱗が数枚キラついていた。

「何故貴方は……そんなにあの人間に……」

心がざわめく。これは良くない兆候だ。自我を保っていられなくなる。
そうなればそれこそ、自分の命はないだろう。

アレクは必死に自分の心を宥めた。
ノワールの背後には、愛しい人によく似た容姿の魔族と、憎き人間。
造形こそ美しいが、魔王を堕落だらくさせる悪魔のような女。

「……殺さなければ……これ以上……城を乱されるわけにはいかない……」

うわ言のように呟くアレクの瞳は、アルクリスタを捉えて離さない。
瞳孔どうこうは猫のように細く、白目だった部分はどんどん黒くなっていく。

「あれは一体……」

「魔族の戦闘体勢です。気分が高まり戦闘をする時、魔族は魔物に近付きます。アレクの角の周りを覆うオーラが見えますか?」

「はい……」

「あれは魔力が角に溜まり、視覚化される程濃ゆくなっている状態です」

アルクリスタは今日勉強のために読んでいた魔族に関する文献を思い出していた。

魔族は人形が本体だが、それぞれ魔物に変化することもできる。
変化する魔物はそれぞれ違うが、神に近いとされるドラゴンに近ければ近い程強力である。
変化の兆候は人それぞれだが、多くは目から変化が始まる。

アレクの瞳孔は細く鋭い。
その目の変化は……ドラゴンに近い者であると推測される。

「アレクサンドライト様は何の魔物に変化されるんですか?瞳は……ドラゴンに近いようですが」

「……そこまで勉強なさっているんですね。アレクは……リザードマンです」

リザードマン。個体でも強いが、そのほとんどが集団で真価を発揮するという。
見た目はドラゴンの羽が生えていない状態のような者や、トカゲのような者まで多岐にわたる。

限りなくドラゴンに近い魔物だ。

「アレクは変化前は戦闘には不向きですが、変化すれば私やペリーよりも強く、頭も切れます。そのことから魔王様の一番の側近なのです」

アレクは今もアルクリスタに視線を向けている。まだ動く様子はない。しかし、変化は少しずつだが進んでいるようだ。目の下に緑色に鈍く光る鱗が、指の間には水掻きが見える。

ノワールは警戒を続けているが、アレクには既にノワールが見えていないようだ。

(アルクリスタに狙いを定めたか……くそっ)

ノワールは自身の不甲斐なさを悔やんだ。
アルクリスタを溺愛する余り、仕事をおろそかにしすぎたのだ。
アレクがこれ程までに怒っているということは、アレクの手に余る程仕事が増えすぎたということ。
一番の問題は、魔物の繁殖だろう。
一気に消せなければ、増える一方だ。

(つまり、理性を失った者が民に被害を与えているということ……)

口に血の味が広がる。どうやら、歯を噛み締めすぎて血がにじんでいるようだった。

(俺は魔王だ。魔族、魔物を束ねる者だ。そのような者がこのような……)

自分の不甲斐なさを今嘆いても仕方がない。
とにかく今はアルクリスタを……と、ノワールが思ったところで、アレクが動いた。

飛躍して、アルクリスタに向かって一直線に飛んでくる。
アルクリスタは思わず目をつむった。

ノワールは一瞬で先程の倍以上の殺気をアレク目掛けて放つ。
アレクは一瞬体を震わせ、その場で倒れた。



気付けば、アレクはベッドの傍で倒れており、ノワールは羽がなくなりいつもの姿に戻っていた。

サンが立ち上がり、アルクリスタを助け起こす。
アルクリスタは腰が抜けており、サンに抱き上げられベッドに座らされた。

「すっごい魔力と殺気があったけど、どうしたの!?」

今更ながらに、扉から慌てた様子のペリーが入ってきた。
扉がないことと、倒れたアレクを見て状況を理解したのか、部屋に入ってすぐに土下座をした。

「も、申し訳ありませんでした!魔王様、どうかお慈悲を……!アレクも、休日もなく働いて少し疲れていただけなのです……!どうか……どうか……!」

泣いているのか、声が震えている。
いつもの明るいペリーはそこにはいない。

アルクリスタには、何故ペリーが泣いているのかわからなかった。

「どうしてペリー様は……」

「……魔王様のお気に入りであるアルクリスタ様の部屋に襲撃しゅうげきをしたのです。なおかつ、アレクは明らかに貴女に対して殺意を持って襲い掛かってきた。普通であれば……処刑でしょう。姉さんが泣いているのは……アレクが姉さんの夫だからです」

サンの淡々とした物言いに、アルクリスタは驚いて目を見開いた。
ペリーも驚いたように顔を上げた。

「アリー様を……襲った……?」

ペリーはアレクがアルクリスタを襲ったという事実に目の焦点が合わず、魂が抜けたような諦めた顔で、俯いてしまった。
目からはいつまでも涙が流れている。

アルクリスタはアルクリスタで、アレクとペリーが結婚していたことに驚いていた。

「……アレクの処遇は、アルクリスタに任せる。襲われたのはアルクリスタだ」

ノワールはアルクリスタを見つめた。
ノワールにとっても、アレクは失い難い忠臣であった。だが、襲われたアルクリスタのことを考えると、自分が不問にするのは気が引けたのだ。

「……もちろん、何らかの処罰は希望します。ですが、処刑は……」

アルクリスタはペリーに目をやる。
ペリーは、倒れたアレクを抱き上げ、抱き締めていた。

「……襲われたのは、私にも原因があります。ですが、何も処罰を与えないのは、ノワール様の魔王という立場上できないと思います。ですので……しばらくの自宅謹慎で、反省して頂きましょう」

ペリーは驚いてアルクリスタの顔を見る。

それは実質、ただの休日だ。
働き詰めで休んでいなかったアレクにとって、それは罰というよりも、休息に近い。

ノワールも頷き、それを了承した。

「……ありがとうございます……!ありがとうございます……!」

ペリーは涙を流して、また頭を下げた。
その顔は安心感で満ち溢れていた。



「……アルクリスタ、良かったのか?」

アレクとペリーを自宅まで送り、部屋の扉を直したノワールは、再びソファに座りアルクリスタに聞いた。
もちろん、今は対面に座っている。

「ええ。私が来たことでがノワール様の仕事がとどこおっていたことは事実ですから……」

「……それは、俺が勝手にしてしまったことだ。だが……ありがとう」

ノワールは頭を下げた。

「ノワール様!魔王様である方が、ペットなんかに頭を下げないでください……!」

アルクリスタは慌ててノワールに頭を上げるよう言う。

「しかし……」

「いいのですわ。それだけ、アレクサンドライト様が大切な臣下であるということはわかっておりますから」

ノワールは頭を上げたが、その顔はまだ曇っていた。

「……明日からは、しばらく執務室に篭ると思う。魔物の他にも、仕事は山積みだからな」

「承知しましたわ」

にこりと微笑むアルクリスタに、ノワールは頷いた。

「しかし、やはり数日会えないと考えると、少し寂しい、な」

ノワールが少し照れながら言う。

「そうですわね。そろそろ魔族文字も覚えてしまいましたし……他にやれることがないか、探してみませんと」

「そうだ。アルクリスタも来たことだし、そろそろ人間の国について色々聞きたいことがあったのだ。どうだ?アルクリスタさえ良ければ、執務室で書類にしてまとめてくれないか?」

名案だとばかりに輝いた顔で言うノワールに、アルクリスタは考え込んだ。

「……あれだけアレクサンドライト様に嫌われているのに、勝手にお邪魔して大丈夫でしょうか?」

サンもそれに同意したが、ノワールは真面目な顔でそれを否定した。

「いや、前からアレクとは話し合っていたんだ。人間は……数100年経てば、我ら魔族の存在を忘れたかのように森に攻め入ってくるんだ。だからこちらは100年経たない内に人間側に隠れて調査を入れるんだが……今回はそろそろというタイミングでアルクリスタが来たからな。わかることだけでも聞いておこうということになっていたんだ」

確かに、その話はアルクリスタにも聞き覚えがあった。
だが……

「人間の国では、数100年に一度大量の魔物が人間を襲うだとか、そう言ったことが文献として残っておりましたが……それを根絶やしにするべく、森に進行するも、魔物の多さにやられて撤退、その後数100年は安全だとか……」

「ああ、その話なら俺も知っている。まぁ、敗戦した300年程前の人間の仕業だろう。自分達が侵略したいだけの者だというのに……」

はぁ、と分かりやすくため息を吐くノワールに、アルクリスタは初めて魔王としての一面を見た気がした。

(300年前……ノワール様はやっぱり、とても長生きですのね)

「とにかく、最近の情勢や人間の国の王族のこと、民のことが知りたい。できるだけ同族を人間の国にやって危険な目に合わせることはしたくないからな。教えてくれるか?」

これは、実は一種の確認であった。
実はもう、人間の国にはそれぞれ間者をやっている。
アルクリスタがどこかの国の間者であれば、食い違うことが出て来るであろう。
アルクリスタを見極める上でも、この頼みは断ってほしくはなかった。

「……ええ、わかりましたわ。私でできることでしたら、ぜひ」

「助かる。それでは明日、執務室で待っている。……おやすみ」

アルクリスタの額にキスを落として、ノワールは帰って行った。
部屋に通じる扉ではなく、出入り口の扉から出たということは、これから執務室に向かうのであろう。

「ノワール様……がんばってください」

見えなくなった背中に向かって、静かに呟いた。



次の日、早速準備をして執務室へ向かう。

「今回は歩いて向かっていいのですか?」

「魔王様専用の浴場は、賊が入らないよう場所は限られた者しか知らない上、転移でしか行けないからそうしていただけです。執務室へは歩いて行きます」

「わかりました」

今日のドレスは、仕事用ということでレースは抑えめで、ほとんどが刺繍で飾られているものにした。
色はダークブラウン。腕の部分がパフスリーブで、長袖の先に少しフリルがついている。
Aラインのスカートが、いつもよりアルクリスタを大人っぽく見せてくれる。
全体的に刺繍が施してあり、優雅さもあった。
書類仕事をするからと、長い髪は三つ編みにしてまとめてもらった。

「……やっぱり、視線が痛いですわ」

チラリとサンを見遣ると、サンは頷くだけで何も言わない。

不躾にこちらを見る視線を周囲から感じながら、アルクリスタは心の中でため息をついた。表情に出ないのはもうクセみたいなものだ。
周囲からの熱心な殺気を受けながらも、執務室へ着いた。

「失礼致します」

ノックをし、サンが扉を開く。
ノワールは山積みの書類を黙々と処理していた。

「おはよう、アルクリスタ」

「おはようございます」

書類から一旦目を離し、アルクリスタを見るノワールの顔には、疲労がありありと浮かんでいた。

「とりあえず、わかることを書いていってくれ。俺が目を通して、気になったことを聞いていく」

「わかりました」

それからは二人とも無言で仕事をした。










「白い令嬢は愛を知らない」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く