白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第1章6話




「そうだ。少し手を貸してくれ」

ノワールの言葉に、アルクリスタは手を差し出す。

「……っ」

ノワールが人差し指に触れたかと思うと、チクっとした痛みが走った。

「指をこちらに」

人差し指からは少し血が出ている。
それを小瓶の蓋に触れさせると、小瓶から一瞬赤い光が発せられ、すぐに消えた。

「な、なんですの?」

一体何をされたのかと、不安でノワールを見る。

「ああ、すまない。言えば良かったな。今のは小瓶に所有者のしるしを刻んだんだ。ほら」

蓋には確かに、先程までなかった紋様もんようが浮かんでいた。レースのような、複雑な形の紋様。

「紋は人間も魔族も持つ、所有者の証みたいなものだ。魔法が使えなければほとんど意味はないが……これがお前の紋か。……お前に似て、美しい紋様だな」

恥ずかしげもなく言われた言葉に、アルクリスタは俯いてしまった。

「すまない。気分を害したか?」

不安そうな瞳でアルクリスタの顔を覗き込むノワール。

「いえ……恥ずかしいだけですわ」

目を逸らし、少し口を尖らせてそう言うアルクリスタは、とても可愛らしく、愛らしい。

「そうか……」

ノワールは優しくふっと微笑み、アルクリスタの額にキスを落とした。

「ふぇ……」

咄嗟とっさに額を抑え、顔を真っ赤にしてノワールを見るアルクリスタ。
ノワールもノワールで、自分がしたことに少し恥ずかしくなったのか、顔を逸らしていた。

「き、今日はこれくらいにする」

そう言い立ち上がり、さっさと扉まで歩いて行くノワール。
アルクリスタも慌てて追いかける。

「ご主人様、来て頂いてありがとうございました」

お辞儀をして、アルクリスタはノワールを見上げた。身長差が激しいので、これを続けると首が少し痛くなりそうだ。

「……何か、欲しいものはないか?1日何もない部屋で過ごすのは辛いだろう。何かあれば物でも何でも言ってくれ」

ノワールがそう言うので、アルクリスタは少し考える。

「……でしたら、本を持ってきて頂けないでしょうか?魔族について書いてあるものを読んでみたいですわ。今後ここで生活していく上で、少しでも理解していきたいんですの。それと……」

本をお願いしたあと、少し俯きながら、アルクリスタは言いよどむ。

「なんだ?」

ノワールは首を傾げながら、アルクリスタの言葉を待った。

「……私のこと、名前で呼んでほしいのですわ」

「名前?」

「ええ。ご主人様……お前としかお呼びにならないから……」

無意識なのか上目遣いで頼まれ、ノワールはアルクリスタを抱き締めたい衝動に駆られながら、頷いた。

「そうだったか。すまない。呼んでいるつもりだった。他には何か、してほしいことはないか?」

ノワールがそう言うと、アルクリスタは首を振った。

「そうか。それでは……またな、アルクリスタ」

髪を一房掬ひとふさすくい、それにキスを落とす。
すぐに扉を出たのでノワールの顔は見えなかったが、扉が閉まる直前に見えた横顔は、少し赤く見えた。

「……んんっ」

アルクリスタはその場で顔を真っ赤にしながらうずくまってしまった。

「……反則ですわ……」

ノワールは、アルクリスタに引けを取らぬ程の美人だ。男性に美人というのはどうかとも思うが、本当に美人という言葉が似合う男性である。
そんな男性にあんなことをされたのだ。恥ずかしくないわけがない。

アルクリスタにとって、社交辞令としての"美しい"は何度も言われ慣れたものだ。
しかし、それに伴う行動……愛情表現というようなものには、一切の耐性がなかった。

婚約者は先の通り、アルクリスタに対して愛情表現をするような者でもなく、生みの親とも3歳の頃より会っていない。
育ての親である公爵夫妻には、愛情らしい愛情なぞ向けられたこともなかった。

(あれが例えご主人様のただの気まぐれでも私は……私には……)

ただ、恥ずかしいことではあった。
親はもちろん異性から、額や髪にキスをされるなど、慣れているはずもない。

普段は表情の薄いアルクリスタであるが、この時ばかりはさすがに恥ずかしいという感情が全面に出ていた。

「失礼いたします……アルクリスタ様!?」

部屋に戻ってきたサンが、蹲るアルクリスタを心配して駆け寄る。

「大丈夫ですか…………大丈夫なようですね」

アルクリスタの表情に少しだけ見惚れてしまった自分をいましめながら、サンはアルクリスタを支え起き上がらせた。

「本日はもう夜も遅いので、ベッドに入られてください」

そう言いながら、ネグリジェに着替えさせてくれる。

「湯浴みするにはもう時間が遅いので、明朝お願いいたします。むしろ夜のこの時間は魔王様が入られるので、朝の方がよろしいかと」

「魔族は毎日お風呂に入るんですの?」

「はい。水は魔法で用意し、温めるのは火魔法ですので。……人間は毎日入られないのですか?」

サンは怪訝けげんそうにそう聞いた。

「お風呂は毎日大量に水を消費するので、貴族以外はほとんど毎日入られないのですわ。私は貴族ですが……家の事情という感じですわね」

少し誤魔化したアルクリスタにサンは首を傾げるが、それ程関心がないのか、質問をやめた。
鏡台の前に座らされ、就寝前に髪をかされる。最後に長い髪をゆるく三つ編みにして、寝る準備は終わった。

「それでは、おやすみなさいませ」

礼をし、サンは部屋を出て行く。
ふわふわふかふかのベッドに潜り込んだ。
昨日今日と、今までには考えられない程せわしなく過ぎていった。

幼少の頃からの婚約を一方的に破棄され、国を追い出され、魔族に……しかも魔王に保護され。仕事として魔王のペットになり、友人のようなものができ。

昨日の昼には考えてもいなかったことだ。

「明日はどうなるのかしら……」

意識がどんどんと深い闇に落ちていく感覚に、アルクリスタは心地よく意識を手放した。










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