白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第1章4話




「……昨日着ていた服は、綺麗にして部屋のクローゼットに仕舞っている」

突然何を言うかと思えば、ノワールは昨日アルクリスタが着ていた服の所在を伝えた。

「あ、ありがとうございますわ……あの……」

「生地の感じからして上等なもののようだったからな。……着替えはきちんと別の者にさせたので心配するな」

アルクリスタの言いたいことが伝わったのか、ノワールはぶっきらぼうにだがそう言った。

「今日の服は魔王様が直接、アルクリスタ様に似合いそうな物を集めてきたのよ!他のも一緒にクローゼットに入れてあるから、また欲しい物があれば魔王様に言えばすぐよ!」

ペリーがにこやかに言ったのに対し、ノワールは飲んでいたお茶を吹き出しそうになっていた。

「ぺ、ペリー……」

「あら、本当のことですわ!それより……どうです!?今日は魔王様と初めてのお茶会なので、少し豪華な物を着せてみたんですよ!アルクリスタ様は本当にお美しくて何を着せてもお似合いになるから選ぶのが楽しくて楽しくて……髪も私が結って差し上げたんですよ!?ああ、なんて可愛らしい……」

今にも頬ずりしそうな勢いでペリーが言う。
髪は左右を緩い三つ編みにして、耳下でそれぞれまとめた可愛いものである。

そしてペリーが言うように、今アルクリスタが着せられているのは昨日のものより豪華な物であった。

白をベースにしているのは変わらないが、昨日着ていた物よりも生地も刺繍も桁違いに豪奢だ。
スクエアネックの首元にはピンクパールのネックレスをあしらい、胸下にはサーモンピンクのリボンを後ろで大きく結んでいる。
ベルラインのスカートには薄いシフォンレースが重なり、裾に銀糸ぎんしで細やかな刺繍が施されている。
レースの下のスカートには裾から中間くらいまでを金糸きんしの刺繍が施されており、レースと合わさり上品に見せてくれる。
そして袖は手首より少し上の位置までのパゴダスリーブで、それもシフォンレースが重ねられていた。

まるでウエディングドレスのようだ、と、アルクリスタは思った。
アズレイト帝国では神に愛を誓う神聖な儀式であり、平民ですらその時ばかりは白を身につけることを許されている。

「まるで結婚式みたいでしょう?」

ぼーっとそんなことを考えていると、思っていたことを後ろのペリーがそのまま言ってしまった。

「私も思いましたわ。……私には不相応な、とても綺麗な……美しい白だと……」

ふと国の父……義父である公爵のことを思い出して、アルクリスタは俯いた。

「そんなことはない」

ノワールの少し怒ったような声に、アルクリスタは驚いて目を向ける。

「お前程白の似合う者を、私は見たことがない。……だから……その……ドレスや部屋は白を多く使った物を選んだ……んだ……」

途端に見るからに照れたような顔になったノワールに、自然と笑みが溢れてしまった。

「ふふ……ありがとうございます、ノワール様」

心置きなく笑ったのはいつぶりだろう、と考えるアルクリスタとは別に、その場にいた3人はその笑顔に見惚れてしまっていた。

「そうですわ」

アルクリスタは思い出したかのようにノワールに聞いた。

「お借りしたあのお部屋、昨夜から私のお部屋と仰っていましたが……」

「ああ……お前、行く宛があるのか?ないのであれば、しばらくは私の城で暮せばいいと思って、部屋を用意させたんだ」

優雅にお茶を飲みながら、ノワールはそう言った。

「行く宛は、ありませんが……あんなに綺麗なお部屋を私なんかがお借りしてもよろしいんですの?」

「むしろ用意したんだから使って貰わなければ困る」

飲み干したカップをソーサーに戻すと、すぐに後ろの少年がおかわりを注ぐ。

「でしたら、お世話になっている間、何かお仕事をさせて頂けないでしょうか?さすがにただいるだけというのも……」

そういうアルクリスタに、ノワールはアレクを見た。

「こいつが城の使用人全部を取り仕切っている。名前はアレクサンドライトだ」

「……この城には数え切れない程のメイドがいますので、人間にできることはなにもありません」

アレクはつっけんどんにそう言う。

(ノワール様より、アレクサンドライト様の方が私を嫌っているのですわ……それもそうですわね……私は人間だもの……)

人間に無闇矢鱈むやみやたらに城をうろつかれたくはないだろう。仕方ない、と諦めようとすると……

「たかだか人間にできることなぞ、魔王様のペット程度でしょう。城をうろつかれては……」

嫌味なのだろうが、アルクリスタは気にもせずに言う。

「あら、私はペットでも構わないのですわ。せっかく拾って頂いた命ですもの。ノワール様のお好きにお使いくださいませ」

その発言に、それを言った張本人であるアレクさえ目を見張っていた。

「は……え……?いえ、今のは嫌味……じゃなくて冗談のつもりだったのですが……」

「そうですの?私は構わないのですわ。ペットとはどのようなことをすればよろしいのかしら?さすがにまだ成人前ですから、夜伽よとぎなどは困りますが……」

キョトンとした顔でノワールを見ると、あからさまに顔を真っ赤にしていた。

「よ、よよよ、夜伽など!そのようなことは……その……夫婦間で行うものであってだな……」

このノワールという魔王。実はそのような経験が一切ない。今までそのようなことに興味がなかったことと、生来せいらい純朴じゅんぼくさにより結婚するまではそのようなことは許されないという考えからである。

「あら、でしたらペットとは一体……」

「公務でお疲れの魔王様を癒せばそれでいいんじゃないかしら?」

アルクリスタとペリーはどんどん話を進めていく。

「いや、そもそもペットなど……」

「そ、そうだ!人間風情ふぜいが魔王様のペットなど……!」

自分でいた種ではあるが、アレクは明らかに焦って止めようとする。

「いえ!ノワール様……ご主人様を癒せるかどうかはわかりませんが、人間である私にできるのはそれくらいなのですわ……。ぜひやらせて頂きたいのですわ!」

「部屋に篭もるだけなんて可哀想よ!アルクリスタ様がこう言ってるんですから、どうか魔王様!」

女性2人の圧に、ノワールとアレクは押し負けた。

「……わかった。お前がそう言うのなら……」

「うう……魔王様がそう仰るのなら……」

こうして、貴族令嬢であるにも関わらず、アルクリスタは魔族のペットになった。

「どちらにしろ、しばらくは部屋を出るのは控えてくれ。人間に反感を持つ者も多い。部屋にいれば安全だ」

やや疲れたような顔をしつつ、ノワールはそう告げた。

「わかりましたわ」

素直に頷き、その日のお茶会?は解散となった。

「アルクリスタ様、申し訳ないけれど、私も別の仕事があるから部屋までお送りしたら失礼するわね」

「大丈夫ですわ。気にしないでください」

申し訳なさそうな顔でペリーがそう言うので、アルクリスタは首を振ってできるだけ優しい声音で返す。

話している内に、部屋の前へ着いた。

「それじゃ、また後でお話しましょう」

手を振ってペリーを見送り、一人で部屋に入る。

与えられた部屋はとても大きい部屋だ。30畳ほどはあるだろうか。
ベッドはアルクリスタが3人は寝れそうな程の大きさで、天蓋てんがいのレースが床に小さく広がっている。
可愛らしい薄い青を基調としたチェストは大きいものが3つ、小さいものが2つ置いてある。
部屋の中央には白いテーブルと白い足にピンクの長ソファが置いてあった。
床はラベンダー色で、ベッドの足元には白のふわふわとしたマットレスが敷いてある。
鏡台も家具と同じ薄い青を基調としており、鏡を覆う布は白と、部屋全体が可愛らしい造りになっていた。

部屋にある扉は3つ。
1つは今アルクリスタが入ってきた、出入り口の扉。
もう1つはウォークインクローゼットとなっている、ベッドの傍の扉。
もう1つは何かわからない、入り口付近左側の壁にある扉。
外から見た所、隣はまた別の部屋になっていそうではあったが、さすがに勝手に開けるわけにはいかない。

「クローゼットでも見ようかしら……」

ポソリと独り言を言いながら、ベッドの傍の扉に手をかける。
鍵がかかっているわけではないので、扉は簡単に開いた。

「まぁ……」

朝に見た物よりも沢山のドレスや靴が、入っていた。

クローゼットの大きさは部屋の半分程ではあるが、優に3人はそこで過ごせそうな程に広い。

ドレスは色ごとにグラデーションになるようにかけられており、部屋のほとんどを占めていた。
靴はドレス程の数はないが、壁の一面の半分を飾る程には用意されている。
残り半分にはこれまたきらびやかなアクセサリーが飾られていた。靴は全面飾り棚になっていたが、アクセサリーは一番上の棚以外は引き出しになっている。

「とっても綺麗……」

見る人が見れば目がチカチカしそうではあるが、アルクリスタは"初めて"見るきらびやかなクローゼットにただただ感動していた。

アルクリスタが一人でクローゼットを見て回っていると、30分程経っただろうか。
出入り口の扉からノックが聞こえた。
慌てて部屋へと戻る。

「はい」

返事を返すと、メイド服を着た女性が入ってくる。

「あれ……ペリー様?」

そこにいたのは、髪と瞳の色以外ペリーと瓜ふたつの女性だった。

「お初にお目にかかります。城に仕えるメイドのサンストーンと申します。今後アルクリスタ様のお世話を仰せつかっております。よろしくお願いします。……ペリドットは双子の姉です」

淡々と今後の業務内容を話し、ペリーとの関係を説明し終わると、それ以降サンストーンは部屋の隅に待機し、自分から話かけてくることはなかった。

「あの……」

「なんでしょう」

「えっと……」

アルクリスタはサンストーンの事務的な話し方に、それ以上言葉を紡ぐことはできなかった。










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