白い令嬢は愛を知らない

暁月 陽-アカツキ ヒナタ-

第1章1話




真っ白な白亜の壁。白であるのにそれは冷淡さではなく、暖かさを感じさせる。
そこはアズレイト帝国の帝都・シュムックの中央に位置する、この国の城であった。

城の1室、大きなパーティーホールは、13歳〜16歳程の貴族の男女の声がざわざわと聞こえている。その他にもアズレイトの貴族は勿論、周辺諸国からも何人かの貴族が来ている様であった。
その喧騒けんそうの中に、彼女はいた。

透き通るような白い髪と光って見えるかのような金色の瞳。小さくポテッとした唇は真っ赤で可愛らしい。
いつもは後ろに流しているサラサラでゆるーくウェーブのかかった髪を今日は綺麗に飾り、ドレスも彼女に似合う真っ白なレースがふんだんに使われており、差し色の薄い青や黄色が、広がるスカートを彩る。

いつものパーティーよりも一段と着飾っている彼女だが、当の本人はどちらかというとぼーっとしている。周囲はそれを遠巻きにヒソヒソと言葉を交わしていた。

「何故お一人で……」
「一体どうされたのかしら……」

それもそのはずである。
パーティーというものは、通常それぞれ開催者の屋敷で行われるもの。それが今回城で行われるということは、開催者が皇族こうぞくであるということだ。

今日はアズレイト第3皇子、エブルの誕生日パーティーであった。

そしてそのエブルは、先程から遠巻きにされ小さく注目を浴びている少女、アルクリスタ・ヘマ・アダマースの……婚約者である。

本来主役の婚約者は、主役と登場するのが常。それなのにアルクリスタは一人、ここにいる。
そうなると必然的に注目が集まるというもの。

しかしアルクリスタは、別段そんな視線を気にしてはいなかった。

周囲からヒソヒソと声が聞こえる中、給仕から飲み物を受け取り優雅に口にする。
絶世の美少女だ。
飲み物を飲む、それだけで絵になるというもの。

周囲がヒソヒソと話すのをつい止めてアルクリスタに見惚みとれていると、パーティーホールの扉が勢い良く開いた。

「本日の主役、エブル・ヘマ・アズレイト第3皇子殿下が参りました。そしてお連れの……チャルロイト・ヘマ・セレスティン様の入場です」

入り口の従者が一瞬戸惑ったのか溜めを入れつつ、皇子の入場が高らかに宣言された。
それに周囲は更にどよめく。
何故、只の子爵令嬢が皇子であり今日の主役のエブルと一緒であるのか、と。

チャルロイト・ヘマ・セレスティン。子爵令嬢であり、アルクリスタやエブルの通うアズレイト帝都学園の2年生である。

2人は寄り添い堂々と会場に入ってきた。
チャルロイトはエブルの隣に寄り添い、エブルはチャルロイトの腰に手を添えている。
それはどう見ても、仲睦まじい恋人同士であった。

混乱が続く中で、2人は中央の台に到着する。

「皆、今日は私の誕生日パーティーへようこそ来てくれた。本当にありがとう!」

にこやかに話しながら、エブルは数m先のアルクリスタを見つけた。

「今日は皆に言わなければならないことがある」

そう言って、エブルはアルクリスタを鋭い目で睨みつける。

「アルクリスタ・ヘマ・アダマース!」

名を呼ばれ、アルクリスタは一歩前へと出る。

「私はこの場を以てして、貴様との婚約を破棄することとする!!そして、今隣にいるチャルロイト・ヘマ・セレスティンを新たに婚約者とする!」

突然の婚約破棄、更に新たな婚約者登場の言葉に、会場は今までにないくらいのどよめきが起こった。

そんな中、アルクリスタは透き通る様なよく通る声で、エブルへと言葉をかけた。

「理由をお聞きしてよろしくて?エブル様」

感情の読めない声色こわいろに、エブルは怒りを露わにアルクリスタを責め立てる。

「そんなもの、聞かなくてもわかるであろう!貴様がチャルにしでかした所業の数々、忘れたとは言わせんぞ!」

アルクリスタは慌てる様子もなく、首をコテン、と傾げた。
そんな場合じゃないであろうが、あまりの可愛さに所々から溜息のような声が漏れ聞こえている。

わたくしには、身に覚えがありませんわ」

そんな仕草もしゃくにさわったのか、エブルは更に声を荒らげた。

「貴様!俺の目を盗んではやれ色目を使うなだとか、男に取り入るなだとか言ったそうだな!更にはチャルを学園から追い出そうとしたそうじゃないか!それを覚えていないだと!?」

アルクリスタは考える様な素振りを見せ、ああ、と口を開いた。

「婚約者がいる、ましてや皇族の方に気安く話し掛けるのは如何なものなのでしょうか、とは言いましたわ。また、婚約者がいることを知っているにも関わらず、無闇にパーティーへの同伴やボディタッチは未成年だとしても貴族令嬢として如何なものなのかとも言いましたわ。また、他国の特産をもっと知りたいとのことでしたので、留学をおすすめ致しました。それだけのことですわ?逆に、そのようなことを許すエブル様の評価も気にするのが婚約者であった私の務めであると思いましたので」

その内容は貴族令嬢であればごくごく当たり前のことであった。
つらつらと表情も変えずにゆっくりと話すと、エブルは顔を真っ赤にして更に怒りだす。

「ええい!言い訳は不要だ!貴様は未来の王妃候補に無礼ぶれいを働いたのだ!国外追放とする!」

「そうですわ……私、アルクリスタ様に冷たくされて悲しかったのに、言い訳なんて……それにそのドレス……高貴な白は主役とその同伴の者が許可した者しか許されていない色ですよ?それを着てくるなんて、それこそ貴族令嬢としてどうなんですの?」

チャルロイトはおよよとエブルに寄りかかり泣きながら────実際は涙は出ていないのだが────指摘した。

しかし、チャルロイトのその言葉に一度は落ち着いていた周囲のどよめきがまた復活する。

「チャルロイト様……それは一般的なパーティーの話ですことよ。皇族が主催の、しかも誕生日パーティーという他国の貴族様方も集まる様なパーティーでは、侯爵以上の家の者はむしろ白を身につけて参加するのが常識ですわ。そして私はアダマース公爵家の娘ですわ。白を身につけているのは当然ではなくって?」

その言葉にチャルロイトは何も言えず、一瞬顔を歪めて、すぐにエブルの後ろに隠れた。

「ええい……うるさいぞ!とにかく貴様は国外追放だ!未来の王妃候補への無礼の数々!反逆罪もいいところ、死刑でもいいが……貴様は曲がりなりにも公爵家の娘。国外追放とする!衛兵!反逆者を”死の森”へ!」

皇子のその言葉に、会場は一際ひときわ大きなどよめきを見せる。衛兵が走ってアルクリスタの両隣を囲み、優しく両腕を抱え込む。

「アルクリスタ様、申し訳ありません……」

衛兵が周囲に聞こえない位の小さな声で、痛々しく謝罪の言葉を口にする。

「いいのですわ。それより、一言だけ言わせてもらえるかしら?」

衛兵が立ち止まり手を離すと、アルクリスタはエブルに向かって真っ直ぐと言った。

「婚約解消、了承させて頂きますわ。今までありがとうございました、エブル様……いいえ、エブル殿下。失礼致しますわ」

優雅なお辞儀と美しい微笑を浮かべるアルクリスタに、周囲はまた感嘆の息を漏らす。
それを背に、アルクリスタは会場を後にした。



ガタガタと舗装ほそうされていない道を馬車が走る。
城から約1時間程だろうか。国の中央にある城から東にある森まで、帝都を馬車で走ってきた。森にはもうあと10分もせずに着くだろう。

馬車にはアルクリスタの他には誰もおらず、馬車から見えるのは左右に2人ずつの騎士だけ。
東側は森しかないため、東門を出ると景色はほとんど変わらない。

数分後、馬の鳴き声と共に馬車が止まり、扉が開く。
ドレスのすそを踏まないように騎士の手を借りて馬車を降りる。

「アルクリスタ様……申し訳ありません」

騎士は皆、一様に沈痛な面持ちでアルクリスタに頭を下げた。

「しょうがないですわ。第3位にしても皇族の言うことです。気にしないでくださいまし」

アルクリスタは微笑み、騎士達の顔をそれぞれ見て頷いた。
国に仕える彼らである。皇族の言うことには逆らえない。

「最後の最後に申し訳ないのですが……エブル殿下がどうしても伝えろと……」

騎士は顔を見合わせ、更に申し訳なさそうな声で言う。

「言ってちょうだい」

「……”不気味な貴様には死の森がお似合いだ。そこでしかばねを晒せ、薄汚い魔女めが”……と……」

騎士は拳を強く握りしめ、酷い言葉を口にする。

「そう……貴方が傷つくことはないですわ。気にしないでちょうだい。……そうですわ」

アルクリスタは思いついた様に髪を飾っていた2つの飾りを外し、騎士に渡す。

「これを差し上げます。私をきちんと置いてきた証拠にもなるでしょう?帰ってから売って皆で分けてもいいわ。それなりの額になるはずです」

騎士達はだめです!と言うが、アルクリスタは譲らない。

「嫌な仕事を押し付けられたんだもの。いいのですわ。それじゃあ私は行くわね。ここまで送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってくださいまし」

騎士達は皆、深々と礼をして馬車と一緒に帰って行った。

……ここは死の森の入り口よりほんの奥に来た所。帝都に帰れなくもないが、帰った所で一緒であるとアルクリスタは思った。

「私、魔物は見たことがないのですわ。とっても楽しみ」

アルクリスタは普段特別感情を出すことはないが、実は恐怖よりも好奇心を優先してしまう少しお転婆な娘であった。
公爵令嬢という立場上、本当のアルクリスタを知る者は誰一人いなかったのだが。



死の森。そこは魔物が住むと言われる真っ黒な森であった。
森の最初こそ普通の緑であるが、ある場所を境に真っ黒な木々が生い茂る森になる。手練てだれの冒険者達すら近寄れない、魔物の住処すみか
森は魔王が統治しているという噂があり森の外に魔物が溢れるようなことは早々ないが、大昔に森に手を加えようとして魔物が大量に攻め込んでくるということがあったらしい。
それからは森は手付かずのまま、アズレイト帝国の東門は万が一のために厳重に警備がされていた。

アルクリスタがいたのは、緑と黒のほぼ境目。これより先は、騎士達が危険だからと少し進んだ所で降ろされたのだ。
そのまま迷い無く死の森に踏み込み、意気揚々いきようようと進んでいく。

魔物と遭遇そうぐうすれば多分死ぬであろうにも関わらず、アルクリスタはどんどん進む。

(死ぬ時は死ぬのですわ。ここに送られた時点で私に残された道はないのですし、このまま探検でもするのですわ!)

今にも鼻歌が聞こえてきそうな足取りで、なおかつスカートを気にしながら森を進んでいく。

木々の隙間から微かに見える空は濃いオレンジに染まり、すぐに夜の帳が降りてくる。
気付けばどれ程進んでいたのか。
アルクリスタは自分が今どこにいるのかわからなかったが、少し疲れてきた足を休むことなく進めていった。

「泉だわ」

少し開けた所に、直径20mはありそうな泉があった。
死の森という割には魔物にも出会わず、澄んだ綺麗な水である。

「運がいいのか悪いのか……とにかく喉が乾きましたわ」

ふう、と息をつき、泉の水を口にする。
毒が含まれている可能性もあったが、泉の周囲には見慣れた花もちらほらと見かけたので大丈夫であろうと飲むことにした。

「うん、歩いた後の水は美味しいのですわ」

周囲を見渡すと、アルクリスタが3人は眠れそうな大きな切り株を見つけた。

「丁度いいですし、今日はここで寝ちゃいましょう。お腹が空いた気もしますが……まだまだ大丈夫そうですわね。よいしょっと……」

思いの外お腹が空いていないことを確認して、アルクリスタの腰より少し低い位置にある切り株に登る。
アルクリスタは年齢の割に身長が低いので、大きな切り株に乗るのにも少し力がいった。

「あら、絶景ですわ」

ごろん、と無造作に横になると、真上には満点の星空が見えた。
白、青、赤など色とりどりの星が溢れる程見えた。

「ふあぁ〜……ぁぁ……」
(数時間は歩きましたし……さすがに少し疲れましたわね……)

横になったかと思うと、まぶたがすぐに重くなった。

(寝てる間に襲われても……仕方ないですわね……)

途切れかけの意識の中でそう考える。

……アルクリスタが意識を手放す一瞬。最後の最後に目の端に写ったのは、とても美しい魔物であった。










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