四ツ葉のヒロイン候補達は幸福を届けてくれない

コタツ

6話こうして物語は始まった

 家に着き、リビングに入ると俺は感嘆の声を漏らす。
 畳まれた洗濯物、掃除された部屋、何か香ばしい匂いが立ち込めるキッチン。
 姉妹の誰かが覚醒したならば喜ばしいことだが、そこで作業している女性は間違いなくこの家の現主婦にして四人の母親にして俺のおばさんにあたる人物だ。

「ただいま」

「あら。 悠河、今日は少し遅かったのね?」

 おばさんと呼ぶには失礼なその美貌。 三十代……いや二十代と言ってもまだ通じるその若さ。 どこか包容力のある優しい口調……どうしてこの人からあんな四姉妹が生まれてきたのだろう……。

「ごめん。 俺がやるはずなのに、疲れてるんだから休んでて」

 四葉家の両親は県外の大学病院で働いておりこの家に帰ってくるのは月に数回程度。
 毎日遅くまで働いてると言っていたから、家のことぐらいは俺に任せて欲しい。

「大丈夫よ、こう見えて私まだ若いから? 毎日、悠河に任せる方が申し訳ないわ」

 手を動かしつつ、おばさんは優しく微笑む。
 目に残るクマを見ると相当疲れているはずなのに……やっぱ似てるな。

「それよりお父さんが部屋に呼んでたわよ? 進路調査表出たんでしょ? 少し話がしたいって」

「あー、わかった……。 すぐ行くよ」

「うん。 晩御飯は私に任せて行ってきて」

「お願いするよ。 楽しみだな、久しぶりに手料理食べれるなんて!」

 俺は二階にあがり、私服に着替え進路調査の紙を持ちおじさんがいるであろう部屋に行く。
 玄関の前を通るとき、ちょうど冬華が帰ってきていた。
 嫌なものを見たような視線を向けられる。

「……ただいま」

 そう言って会話することなくリビングに入っていく。
 親が帰ってくる日だけはホント帰ってくるの早いなあいつ。 それだけバレたくないんだろうか……まぁちくったりはしないけど。
 部屋の前に立つやどこか緊張する。
 俺とおじさんが話をするのは基本たわいもない話ばかりで、俺の個人的な話をした記憶がない。 それに対してどう反応されるか……。
 部屋に入ると机をまたいでおじさんと夏希が談笑していた。

「お、悠河やっと来たか! まぁ、そこ座れや」

 医者とは思えないチャラけた様子でおじさんは夏希の隣を指差す。

「今日は遅かったんですね」

「ちょっとな。 先生に呼ばれて手伝ってた」

 腰を下ろし、硬くなった肩をほぐす。
 そして数分、学校はどうだ? とか友達と仲良くしてるか? といった雑談をし、一旦キリの良いところでおじさんは本題へと入る。

「夏希から聞いたが、進路の紙が出たらしいな。 まだ後二年あるが、今の二人の考えを聞いておきたい。 それに、俺や母さんはずっと家にいるわけじゃないからな……早め早めに知っておきたいんだわ」

 どちらからでもといった感じだったので、俺は夏希を見て先にどうぞと譲ると夏希はコクリと頷く。

「私は春香と同じ大学の医学部に行こうと思っています。 家からも近いですし、それなりの業績もあります。 小さい頃から言っていますが、私の夢はお母さんと同じ看護師になることです。 その道を考えるとそこが一番の近道だと思います」

 二年の春でここまで自分の進路を明確に言えるのはこいつぐらいじゃないかと思うぐらいしっかりと考えてある。 大学の面接かよ。
 おじさんも口を挟まず聞くと、特に不満もないのか。

「夏希は何も心配することがないな。 父ちゃんが心配するのはそれより恋愛関係の方だよ! 夏希は可愛いのにそんな色恋沙汰一度も聞いたことがない……父ちゃん心配だ!」

 この親バカわ……。

「お父さん!!! 関係ない話はやめてください。 私はその……恋より今は勉強に集中したいんです……」

「そうかそうか。 夏希もだんだんとお母さんに似てきたな……」

 おじさんはどこか満足した表情を浮かべると、俺の方を見る。

「悠河はどうだ? 好きな女の子とかできたか?」

「いや、進路の話しろや!」

 この人、すぐ話変えるからな。

「ほぉ、ノリツッコミを覚えるとは成長したやんけ。 まぁおふざけはここまでにしとくか!」

「ほんと、すぐふざけるんですから……」

 呆れた様子で夏希が言い、俺もこのタイミングだと話の路線を戻す。

「俺は心理学を学びに大阪の方に行こうと思う」

「大阪? ほーまた遠いところを選んだな」

「そうですよ? 心理学なら私が行く大学でも学べますし、近くにたくさんあると思いますが?」

「それじゃあダメなんだよ。 俺だってある程度上の大学で勉強したい。 それを考えたらこの辺の大学じゃ低すぎる」

「だが、通うとなればしんどいぞ?」

 そして待っていたおじさんの一言、俺が遠くを選んだ理由、伝える準備は整った。
 俺は元々この家の住人じゃない、いつまでも四葉家に居候するわけには行かない、自立するタイミングはここしかない——。

「いや……俺ここ出るつもりだから」

 ハッキリと強く俺は正面から言い切った。
 おじさんと夏希は目を開き、空気が一瞬張り詰める。

「そうか……。 だが住む場所はどうする? 一人暮らしするにしても食費や生活費が必要になるだろ?」

「寮があるんだ。 バイトして……お金貯めて。 どうにかする」

 そう。 
 ここ数週間、俺はいくつかのバイト募集先を周ってきた。
 インターネットで比較的安い寮のある学校を調べた。
 いつまでも頼っていられない、一人で暮らしていく準備はもうし始めている。

「計画性も上手くいく見込みもない、今の話じゃ、認めるわけにはいかないな」

 おじさんはいつもの様子からは想像できないような冷静な声音で言う。

「本当にその大学に行く必要があるのか? 悠河、お前はただこの家を出たいだけじゃないのか?」

「!?」

 図星を突かれ俺は声なき声で驚いてしまった。
 流石に十年以上も共に過ごせば俺のことぐらいお見通しだと言ったところか。
 だが俺の本心に気がついたはずなのに、それ以上の追求をしてこない。

「なんてな! 年頃の男がずっと家に居てたまるかよって話だよな! 俺も学生の頃は親と喧嘩しながらも家を出た。 お前にとっても少々居心地が悪かったのかもしれないな。 悠河が出たいなら俺は止めない——」

「そいうわけじゃないけど……。 でも、少なくとも俺の進路は今それで行こうと思う」

「分かった。 だがどちらにしろ学生一人がバイトしたところで難しいぞ? そこで一つ条件がある!」

「条件?」

 俺は首を傾げる。
 おじさんは優しげに言い聞かせるよう俺の目を真っ直ぐ見た。

「もっと頼れ悠河。 お前は一度も俺の事を親と思ったことはないだろ? けど、俺や母さんからすれば血は違えどお前は大切な一人息子なんだ。 お前が気を使う必要はない、お前のしたいことがあるなら俺は全力でサポートしてやる、だから困ったことがあれば話す! それが条件だ」

 クールで真剣なおじさんを見たのはいつぶりだろうか。 父親がどのような存在かは知らないが、この人がここまで自分のことを思ってくれているのが驚きでどこか照れ臭い。
 でもワガママだからさ、やると決めたら折れるまでやらせて欲しいんだ。

「分かった。 困ったことがあればすぐ頼る。 でも、出来る限り一人でやりたい。 でも学費とか入学費とかどうにもならないことは頼みたい」

「まぁそこまで肝っ玉が据わってんなら心配する必要もねーな。 お金に関しちゃどうにかしてやるよ。 それと、お前達二人の進路は俺から母さんに伝えとくから、二人は残りの高校生活を楽しみなさい」

『わかりました・わかった』

「悠河、もう少しだけこの家のこと任すな」

「言われなくてもそのつもりだから、安心して仕事してくれ」

 話は終わり、おじさんはタバコを吸うからと俺たち二人を先に部屋から出す。
 晩飯はおばさんが作ってくれるし、こう考えたらすることもないし暇だな。 まぁ暇を愛してやまない俺からすればゲームのやり込み時間にでも費やすか。

「ねぇ、悠河」

 俺が部屋に行こうとしたところで後ろから呼び止められる。 

「ん? どした?」

「本当に家を出るんですか?」

「なんだ? 寂しいのか?」

「ち、違います! むしろ比べられる必要もなくなりせいせいしますね」

 意地悪な笑みを浮かべて高らかに言いやがったなこいつ。
 本当。どこに可愛い要素が盛り込まれてるんだよ。

「なら良いじゃねーか。 元々俺はこの家じゃオマケみたいな存在だし。 居ても居なくても一緒だろ?」

「私は別に……悠河が出るならそれはそれで良いですけど。 他の三人がどう思うかって話です」

 他の三人ね。 俺の記憶を頼りにし三人の反応を簡単に想像してみる。

 春香『へー、ゆーくん大阪行っちゃうんだ。 お姉ちゃん寂しいなぁ……でも大阪って美味しい食べ物いっぱいあるよね。 たこ焼き、お好み焼き、串カツ……ハッ、お土産よろしくねっ』

 愛秋『んえ!? ゆーにぃどっか行っちゃうの!? ウムム……あっ! 大学の女の子可愛いからって家に連れ込んで毎日ハッスルしちゃダメだよ!? あっでも初めての時は感想教えてちょ!』

 冬華『あっそ、勝手にすれば良いじゃん』

「ロクなやついねーな……」

「悠河の中で、私達はどう思われてるんですか……」

 ジト目で睨まれるも、想像した結果がこれだから仕方ない。
 それにかなり的確だと思うんだが、それで考えると家を出る方が喜ばれてるんじゃないかレベル。

「どっちにしろ、あいつらに話すのはまた今度だ」

「今言わないんですか?」

「今言ったところでまだ二年もあるんだぞ? それにわざわざ話すようなことでもないし、いつかサラっと言えば良いだろ? 変な気を持たれても嫌だからな」

「そうですか。 なら私の方から言わないでおきます。 家のことは任せてもらって良いので、どこへなり行ってくださいね」

 なんでこいつはこんなに満面な笑みなんだ。
 …………ん? 家のことは任せる?
 俺は重大なことに気がついた。 そうだ、今この家から俺が居なくなったら家庭が崩壊するんじゃないか。
 全ての家事を俺が担って、月に数回おばさんが手伝ってくれる。 だが、俺が消えることで家事をやる奴が居なくなる。
 非常にマズイですね、お正月とか帰ってきたら家なくなってるんじゃないか。

「……夏希」

「なんですか? 改まった顔をして」

「明日から家事教えてやる」

「……嫌です。 悠河に教わることなんて一つもないです!」

 こいつは本当に強情な。 少なくとも俺が居なくなって一番困るのはこいつらだ。

「なら誰が飯を作る? 誰が洗濯をする? 誰が掃除をする? お前達だけで出来るのか?」

「で、できますよ……。 見くびらないでください! 私だってやれば出来る子なんです。 ちょっと不器用があって……要領が悪いだけで……」

 最後に致命的な発言を聞こえたんですけど……。
 だがやる気だけ見ればこいつに任せるのが一番なのは間違いない。
 長女は能天気でやる気なし、下の妹の片っぽはバカでどうしようもなければ、もう片っぽといえば絶賛思春期。 消去法にはなるがここで夏希のモチベーションを高めたい。
 なら方向性を変えるか。

「よし! じゃあ勝負するか」

「勝負ですか?」

「そうそう。 お前が俺より一度でも家事を上手くこなせば今後は俺がお前の指示に従ってやるし、余計な口出しはしない」

 簡単に要約すれば俺の仕事を全て夏希に押し付けると言ってるみたいなもんだが、多分こいつは断らない。 
 人間は時に他と自分を比べたがる生き物で、劣っていると分かればその醜い姿を隠そうと自分よりも下の奴を見下して嘲笑うのが人間の心理というものだ。 
 だが四葉夏希という人間は自分が負けていることを認めない、だからこそ俺の簡単な挑発にも乗ってしまう。

「その勝負受けてあげます。 悠河が安心して家を出れるよう、こてんぱんにしてあげますよ?」

 ほら釣れた釣れた、これだから単純な奴は楽だ。
 まぁ、でもこいつが家事をこなせるような日がもし来るのなら俺は確かに安心して家を出れるだろうな。

「今言った言葉、ずっと覚えててやるよ」

 この家の問題はこれ一つじゃないからな……。
 アニメや漫画のラブコメの主人公のような生活してるねなんて何処かの誰かが言ったけど、そんな幸福な生活を送ったことはこれまで一度もない。
 逆に、この家の姉妹に日々頭を抱えるばかりだ。
 やっぱ今のままじゃここを出るわけには行かねーや。 俺が安心出来る日はいつ来ることやら……。

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